ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

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ねぼけたり書き直しながら書いたので、きっと変なとこがあります。


喧嘩するデート後編

 

 女神のお膝元のこの街の外れには、風が少なく吹き散らされることのない雲に包まれた一帯があった。

 足元の石畳を踏み外さないように気をつけながら、マーミアの手を引いて人の目を遮る雲の中へ連れてきて、そうして二人きりとなったところでゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「なんというか、色々あるけれどお前の気持ちを受け取っても、気持ちに応えられるかは分からない。

 けど、俺にも見栄ってものはあるから、一度気持ちを受け取ったなら出来る限り、尽くしていきたい……とは思ってる」

 

 転生チートでハーレムを築きたいという男の夢があって、実際に築ける身となったからにはと一人の女性を借金で買い上げたはいいが、結局それ以上の女性を周りに増やすことはなかった。借金で恩を売ってもその女性が俺に尽くすかは別で、俺は彼女の心を掴むだけでも精一杯だった。

 いやそれも間違いか、彼女一人の気持ちですら汲みきれてなかったのは明らかだ。俺の気持ちの水くみ桶は穴空きのボロボロだ。

 彼女が俺に失望することなくついてきてくれたのは、彼女が俺の思っていた以上に優しい善人だったから。僅かに見せたつもりの優しさだけで、俺の傲慢さを受け止めてくれた。

 

「でも、それでお前の思いにはっきり答えるのはきっと無理だ。

 俺が持っている沢山のアイテムは知っての通り、俺の身の丈すら超える強力なものばかりで、それだけやれることが多いから、やりたいことも目移りして。

 お前を助けたのも、本命は戦力とか囮にする目的で使うつもりだったからそれだけだと女である必要すらなかった」

 

 それでもマーミアを選んだのに、丁度遭遇した偶然以外にも女性を侍らせたいという思いがあったのは否定しない。

 

「俺の目移り、言ってしまえばわがままはきっとこれからも続ける。俺がそちらに気をやっている間は、マーミアの気持ちに気持ちで答えることは出来ないだろう。

 ……と、これが俺の本当の気持ちだ。傲慢と思うか?」

「いいえ、ご主人だけじゃありません。私だって、ご主人に悪い気持ちは抱いてます」

 

 周りから姿を隠すこの雲霧の中で俺の本性を唯一の相手に語ると、彼女は同意する意見を口にした。

 

「俺に対するお情けか?」

「……はい、少しだけ。

 でも、それは可哀想とかじゃなく、私もご主人に甘えている悪い子だからです。

 魔法の剣や鎧、数々の指輪たちは、私に貸し与えてくれたものは沢山のモンスターを簡単にやっつけられるすごいものでした。倒した懸賞金で沢山の金貨を手に入れて、果物や珍しいお肉だって食べられて。

 そうなると、借金を返すよりもこのまま美味しい思いをしたいと私も思うようになりました。ご主人は私がそうなるように私を誘ったのでしょうが、実際乗ってしまった私も悪い子です。借金分の金貨はとうに稼いだのに、それでも主従関係を続けさせてくれるご主人の優しさに甘える私は実に怠惰でしょう」

「確かに。でも、最初に道を踏み外させた俺が最大の悪だろう」

「ご主人が主犯なら、私は共犯です。どちらも悪いことには代わりありません」

「優しいなあ、マーミアは。俺たちは二人とも悪い人間だと言い張るか。

 そんなお前の言葉に甘えてしまったら、俺は本当に悪い人になってしまう」

 

 実際、家での食事から洗濯・家事を全部彼女に任せたり、戦闘ですら彼女に前衛を張らせて楽してる俺だけど。

 

「いいんですよ、ご主人は悪い人なんですから。

 私に思う存分甘えてください、私もご主人と一緒に悪い企みに乗って差し上げます」

「いいや、俺がお前の優しさに乗ってしまえば、この先 俺に優しくしてくれるお前だけが善人になって、俺はお前の気持ちを食い物にする悪人になってしまう。

 だから、それに乗ると俺だけが悪人にされる全くの罠だな。この嘘つきめ」

「そんなことないですよ。本当に私が良い人なら、ご主人を改心させようと努力するでしょう」

「そんなことあるのさ。俺がそう思っているんだからそうなんだ、俺の中では」

 

 この良し悪しとは、俺の心の中の基準だ。他人から見た評価でも彼女の評価でもなく、本人の自己評価によるもの。しかしながら善悪とは人格で済まされず、この世界において善悪は明確な属性(アライメント)となって他人の目に写る。

 現に、彼女を善感知(ディテクト・グッド)魔法で照らせば善人と判定させるし、俺を悪感知(ディテクト・イーヴル)魔法で照らしてもまだ悪人と判定させることはない。

 この世界ではその当人が持つ罪悪の重さではなく、罪悪感を人格がどう受け止めるかによって判定されるのだ。怠惰を悪だと感じているが、俺の気持ちを汲み取る優しい彼女はいまだ善人であり、同時に傲慢だが見栄ゆえに恥じらいを捨て去りきれない俺は悪人になりきれないどっちつかず、中立の存在である。

 悪を悪だと恥じるモノが善人であり、悪を悪と受け入れれば悪人となってしまうこの世界では、悪を対象とした魔法や悪を誅伐する聖戦士(パラディン)がいるために悪人は悪であるメリットと、大きなリスクを受けることになる。

 その危険性が、俺を悪人になるまい一線を守らせている。

 

「むう。私、またちょっと怒ってきました。どうして素直に受け取ってくれないんですか、私をメイドにしたのはご主人でしょう。ご奉仕されてください」

「身の程をわきまえながらお仕えするのもメイドの領分だぞ」

 

 何よりも、大半の創作物では、メイドに焦点を当てたものでなければ彼女らの殆どはサブヒロイン止まりにすぎないしな。

 なんて漫画小説アニメの話を彼女に語っても通じるわけはないし、転生前の知識を語るのは禁じられているので、この常識だけは彼女には決して伝わらない。

 今日は随分と鋭い彼女も、それだけは理解出来なかったらしく首をかしげている。

 

「どうしても嫌ですか」

「答えなきゃいけないのか?」

「だって、私の気持ちはもう伝えてしまいましたから。これから私は実らない気持ちをもやもやと抱えたままお仕えしたくはないのです」

 

 俺はこのままでいたい。彼女は気持ちを打ち明けた関係になりたい。両者ともに平行線だ。

 

「ダメだな」

「ダメですか」

 

 このままお見合いになれば、俺の勝ちだ。が、しかしここで彼女の様子が変わる。

 気配を立ち上らせて、力ずくで挑む構えを見せている。

 

「やる気か?お前に渡したアイテムは当然、俺も着けている。

 取っ組み合いは効かないし、アイテムの備えがある以上は俺の方が有利だぞ」

「勝算はあります。ご主人が日和った時には、力づくで既成事実を得ようと考えてきました。

 だから、もし勝ったら私の気持ちを受け入れてくださいね?」

 

 しかも勝算があると来た。

 ここで勝負を受ければ、結局お見合いになって俺の有利なのだが……しかしここで逆に組み伏せれば、彼女を納得させる良い口実となる。

 換えをなら受けるメリットはこちらにもあると見ていいだろう。

 

「いいぞ。その代わり、お前が勝てなければ成就は諦めろ」

 

 しかしそうは言っても、何を出すか。ワイヴァーンの時にも着けさせた組みつき回避の指輪は俺も常に装備しており、拘束系の魔法は意味がないと彼女には教えている。もし力ずくで俺をはっ倒すつもりであれば、遠慮無く魔法やアイテムで自らを強化して分、こちらが有利だ。ひょっとすると魔法によらない拘束―――例えば“足止め袋”(空気に触れると途端に硬化するネバネバした物体)を使ってくる線がありうるかもしれない。現に彼女は今日のために精一杯選んだおしゃれ着のポケットにに手を突っ込んで、何かを取り出そうとしている。最初からこの展開のために備えていたというのか?だが貯金してない彼女に買える非魔法のアイテムなんて大して選択肢はないはずだ、一体何が出てくることやら。

 彼女の滅多に見られない、珍しく強気な姿勢に少々ワクワクしていた俺は、次に驚かされることになった。

 

 彼女が袋から何かを取り出した途端、全身を張り巡っていたはずの身体強化が消散する。魔法効果の抑制だと?

 予想を超えた影響に俺が驚く間もなく、彼女はすかさず俺に近寄り、押し倒さんとした。相手がどれだけ歴戦のレスラーであろうと抜け出せるはずの指輪は身体強化同様、当然のように機能しない。

 これは不味い。慌てて組み付きに抗うが、魔法によらない俺と彼女の筋力は五分五分といったところ。完全に押し倒される前に、抑制の効果が効かない何か強力なアイテムを取り出そうとしたが……危険な奴らの気を引くそれらを取り出すリスクを思い出して、動きが止まる。それが失敗だった。

 彼女は俺の袖を掴みあげて、そのままひねるように強引に地に叩き伏せる。彼女はその上からのしかかって、俺の体を地に繋ぎ止めてしまった。

 叩きつけられた時の久々の痛みで一瞬思考が止まり、回復した時には彼女は俺の上にまたがってにたりと勝利の笑みを浮かべている。

 それを見て、しまったと、ついさっき交わした約束を思い出す俺。

 

「組み伏せてあげました。私の勝利ですね、ご主人?」

「マジかよ……、は、ははは」

「勝ちの条件を決めてなかった、なんて言いませんよね?」

 

 正直、彼女の安易な策などたやすく覆してやろうと舐めてかかっていたため、まさか負ける可能性など万に一つも思っていなかった俺。そのことに衝撃を受けるも、同時に笑いがこぼれ落ちた。

 本気で嫌なら、勝負を受けてない。そもそも戦闘に関しては彼女に負けることなどありえないはずだった。

 なのに、なんだこのザマは。

 

「ああ、負けた負けた。勝敗よりも、唯一取り柄だった戦闘でしてやられたという気持ちが負けたよ。

 完全な魔法効果の抑制なんて、高位の呪文でしか再現出来ないぞ。そんなもの俺は渡した覚えがないし……何を使ったんだ?」

「え?なるほど、そんなものだったんですね。それは、これです」

 

 約束ごとを破るなんて情けなさすぎる。見事にしてやられたからには認めざるを得まい。

 勝敗もだが、何より彼女が俺の意表を突き、策を果たしたことに称賛を飾る意味合いで、勝ちを称えずにはいられなかった。

 一体彼女の何が俺に敗北を与えたのだろうと、彼女があおむけに組み伏せられる俺の目の前にぶらさげた“勝算”を見て……

 その正体、それがここにあるはずのないもので、何故それがここにあり、彼女が持っているのかを悟った俺は恥ずかしさのあまり自由な腕で目を覆い隠した。

 

「そうか、それには勝てねえよ……。

 やたら鋭い意見も、俺の内情を知るあいつに聞いた言葉だったんだな。というか、いつ渡された?」

「昨日、ご主人が出かけていた時にやってきて、助言と共にこれを貸していただきました」

「妹もグルかよ」

「はい。ご主人の妹様……お嬢様は私の悩みを聞いて、恐れ多くも気前よく貸し出していただきました」

 

 彼女が用いた“勝算”のその正体は、チェーンのついた六芒星の飾りで、中央には吸い込まれるような黒い玉が嵌め込まれている。その魔力を見ると、眩い圧倒的なオーラを放っているその六芒星は、『闇のタリスマン』と呼ばれるアーティファクトで、魔王退治に挑む六勇者のうち、闇の勇者が携えているはずの闇の神器だった。そんな代物が何故ここにあるかと言えば、その闇の勇者が俺の妹で、なにかしらのやりとりがあってマーミアに協力として貸しつけたのだろう。魔王退治に重要なアーティファクトなのに不用心な。

 闇の女神の祝福を受けて転生した俺は、やがて闇の勇者となる妹の成長を直に見守る役目を任された時期がある。妹が十歳に成長し、故郷の神殿で勇者認定を受けた後、それから神器を手に入れ他の勇者と合流する旅についていった。その後はお守役の御役目は果たしたと別れたのだが、魔王退治の最中にも関わらずたびたび俺のところを訪れている。

 恐らく、俺がデートスポットの下見の最中にやってきて、マーミアから事情を聞き、神器を貸してまで手助けを決めたのだろう。

 

「お前な、それなくしたら人類の進退に影響が……いやまあ、それくらいしないと俺の意表をつけないか。

 それに悪いのは大事なものを貸し出した闇の勇者様で、お前に非はない」

 

 闇のタリスマンは、六つの神器で唯一武器ではないアーティファクト。その代わり、魔法の解呪・抑制あるいは解体する強力なパワーを持つ。俺が持つ奥の手を除けば、俺が持つチートを実質無力化してしまう相性最悪の神器だ。

 かつて俺が持つチートを妹に語ったことはないが、偽装しつつも何度か強力な魔法のアイテムを使ってみせたことがある。今やこのメイドを通じてその事実は当然バレているだろうし、対処法を知っていても不思議ではない。

 

「はー……満足か?」

「いいえ、満足するのはまだまだですご主人。約束どおり、私の気持ちを受け取ってください。

 これからは私のことを女として見てください」

「じゃあ早速、肌の付き合いでもしようか?」

「あ、いえ……その、まだそこまでは早いと」

「なんだ、威勢は良かったのに結局そっちが日和るのか」

 

 観念して逆にノリ気になったら、これである。

 

「い、いきなりお肌の付き合いなんて下半身直結すぎます!

 もっとこうデートとか、恋人的なお付き合いから段階を踏むのが男女の付き合いでしょ!」

「段階といってもなぁ……もうキスは済ませただろう。

 Aは済んでるから次はBの触り合い、最後にCの本番といってもおかしくないぞ」

「どこの話ですかそれは!」

 

 恋のABCはこの世界では伝わってないようだ。元の世界でも流行ったのは割と昔のネタらしいが。

 俺の上に跨ったまま怒っている彼女は、ケフンと取り直して俺の目を見て語る。

 

「まずは健全なお付き合いからです。デートとお話を繰り返して、もっと親しくなったら次に進みましょう」

「まあ贅沢三昧って形で何度もデートは繰り返してきたけどな」

「趣味活動と恋愛活動は別です。……コホン、とにかく今日みたくデートを繰り返しましょう。

 そうですね、5回……いえ、あと4回もしたら次の段階を考えます。それまではご主人が私をエスコートしてください。

 私の中の好きが嫌いを余裕で上回るくらいに一生懸命に気にかけてください」

「ええー」

「なんですかその不満気な声は!」

 

 ぐえ。

 俺の襟首を掴んで、何事かと絞り上げる鬼畜メイド。

 というか、今回のデートは先日の謝罪も合わせてセッティングしたわけだし、義理は果たした以上二度も考える必要はないと思うんだよね。

 負けたからにはマーミアのことを女性として見て、気にかけるとは誓うけど、積極的に付き合うかどうかは含まれてないし。

 と、そこでふと良いアイデアを思いついたので即提案する。

 

「ああ、そうだ。そんなにデートがしたいなら、次はマーミアが行き先を考えてよ。

 男には考えつかない、あるいは男からは言い出せないけど女性が行きたい場所ってあるだろう?」

「えっ」

「お互い、お付き合いの経験はまだ浅い。なら互いの仲を深め合うために、それぞれでお互い相手のことを考えるのはためになるだろう。

 自分の気持ちを理解してほしいなら、相手の気持ちを考えるのも当然だよな」

「……そういうのは普通、男性から提案するものだと思います」

「お前の気持ちは受け入れるし、怖がらずに信頼すると心に決めたが、それはそれ、これはこれ。

 『付き合って欲しい』と思ったなら、それが女性でもそう思った人物から積極的にアプローチをかけるべきだろう。

 ちなみに俺はそこまで積極的に付き合いたいと思っていないし、これからも我慢出来ると言っておく。今更だもんな」

 

 迷惑をかけた詫びは今回のデートで返した。

 しかしまたも俺にばっか負担をかけられるのはなんかムカつくあまりに、意趣返しとしてマーミアにデートのセッティングを約束させる。良い感じにいいくるめられて、固まった彼女を上から押しのけてようやく立ち上がった俺は、魔力消失空間(アンティマジック・フィールド)のオーラを放出している神器を小袋に収納し、そのオーラが漏れることないようきっちり締めて大事に保管した。勇者にしか操作できない神器だってのに、アンチマ起動しっぱなしなんて危険な状態で手渡しやがって。おのれ妹。

 後々返す機会を設けなきゃなと日取りを考えつつ、メイドを引き寄せて次元渡り(プレイン・シフト)の魔法で世界間移動し、大陸の街に帰還した。やれ、本当に大変な一日だった。

 

 


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