ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

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007 死神教団

 

===

 

 なんかの物音で目が覚めた。頭が痛ぇ、鼻も効かねえ、耳鳴りもする。身体が寒いと下半身を見やれば、毛布だったボロ布を蹴落としてたことに気づく。そもそも見ねえ部屋だが ここはどこだ。

 

「おいアンドリュー、お前らにご指名の依頼だ。へんてこな依頼人だが金っ払いは良い話だ。やる気があんなら下へ来て、ツケを払いな」

「うるせえよマスター、じきに行く。頭が痛えんだ、迎え酒用意してろ。金は後で出す」

 

 思い出した。俺はアンドレ。腕っぷしでモンスターをシバき倒して財宝を取っ払う稼業を続けて二年のファイター(戦士)だ。ローグのブルソンとは同郷のツレで同じだけの付き合いがある。最近、この街で太陽神クレリックのデリックと、見た目は良くても口が最悪のクレアもとい毒女と会って、四人組(パーティ)を作った。先日はコボルド(とかげ人)ごとちびドラゴンをぶっ殺して持ちきれない財宝を手にしたが、デリックのやつが人の金を勝手に使いやがって俺の分け前がなくなった。くそっ、何が「より良き冒険のための投資にはこの武器がよろしい」だ、誰も喜んで切った張ったしてんじゃねえよバカ。酒と女なしで何が男だチンコなし。

 

 節々の痛みを抑えて、キョロキョロと見やり ブルソンのうるさいいびきから逃げた個室だったことも思い出す。ひりつく寒さにたまらず毛布を外套代わりに、部屋を出て階段を下り、カップ片手に待ってる野郎と毒女どものつくテーブルに合流する。空いてる席に俺のカップがない。見ればブルソンの野郎が二つ持ってやがる。やつは俺にニヤリと笑ってこう言いやがった。

 

「センキュー、アンドリュー。マスターに言って酒をおごってくれるなんてお前はホントに優しいやつだ」

「てめえ、ふざけんじゃねえ。それは俺の酒だ、返せ」

「アンドレ、ふざけてるのは貴方です。我々を頼る依頼人を三十分も待たせているのですよ」

「あんたのせいで依頼金が減ったらそれだけ取り分減らすわよ。ただでさえあんたに必要な装備は金かかるってのに更に減ったら次回も金無しね。ツケ払いされるマスターはかわいそうに、でも全部あんたの自業自得なんだから」

 

 うるさい仲間たちにどういうこったと聞き返そうと、俺は三人のテーブルを見回して、ようやく一人多いことに気づいた。

 頭身が低くてパッと見 気づかなかったが、小さなガキだ。茶髪の女子だが、目が強い悪ガキだ。将来は絶対ろくな女にならねえ、間違いなく毒女の同類だ。

 

「はあ、このガキが依頼人か?ブルソン、てめーの冗談はベッドの上で女に吐いとけ」

「冗談じゃねえよ。いいから話聞いてみろって、美味しい話だぜ。色々とな」

 

 真っ先にブルソンが俺を騙すために仕込んだ罠じゃねえかと疑った。いつもどおり漂々した様子だから分からん。舌打ちをして依頼人とほざくガキの話を聞くことにする。だが確かにブルソンの言う通り、美味しい話だった。

 

「私が、あなたたちにお願いしたいことは、この街から南東に百五十キロメートルほど離れた古い砦に住む、墓荒らしの討伐です。報酬は一千金貨で、一ヶ月以内に報告を。敵の人数は二十ほどで、過半数を潰してください。全滅して略奪しても構いません。完了の報告を受けた後にこちらの方で確認したら、報酬をお渡しします」

「墓荒らしが二十だ?そこまで分かってるなら傭兵にでも任せりゃいいじゃねえか。なんで俺たちに頼む」

「それは、リーダーが邪教の魔法使いだからです。同じく魔法使いのいない傭兵には任せられませんでした」

 

 確かに一応、依頼人のようだ。しかしガキは淡々と話してる、どこのお使いか知らねえが見た目通りガキっぽいし、揺さぶってみりゃ金も増えそうだ。

 

「邪教の?墓荒らしじゃねえじゃねえか……魔法使い相手に四人で千じゃ足りねえ、三千はないと話にならんね。当然、前金つきだ。困ってるんならそれくらい出せるだろ?」

「それは……」

「おっとお嬢ちゃんちょっと待ってくれ、今の話無し!おいアンドリューちょっとこっち来い」

 

 俺が威圧してみれば、明らかに顔色を変えた。意外と行けそうだと判断したところにブルソンのやつが邪魔して、卓から引き離してくる。ガキに聞こえないとこまで離れた小声で

 

「なんだよ、仕込みがバレたってんなら早く白状しろよ」

「何言ってんだ。あの子はここ最近 噂になってる貴族のお使いだ。先日から他のパーティに同じ話を当たってて、俺たちは五つ目。

 尾けたやつの話じゃアーチー家の末女の侍女らしい」

「アーチー貴族の末女?最近噂の魔法使いってやつか?やつらには俺らより質も数も優れた騎士軍がいるだろ、どういうことだ。

 もしかして騎士が敗走した相手なのか?」

「いや、そんな話はねえ。墓荒らしの方はまだ誰も知らねえが、昔から死神の邪教団が潜伏してるって話がある。

 ローグ仲間(うちら)は、奴ら、何か恨みを買ったんじゃないかって予想だ」

 

 アーチー家の末女といえば、数年前にアーチー家が養女にした有名な魔法使いだ。魔法とその腕で貴族に取り入って、このあたりを盛り上げたっていう話。貴族さんは大変そうだが、俺ら冒険者にとっちゃ苦労して作ったお高い魔法のアイテムを安くバラ撒く、奇妙でありがたい変人でもある。

 

「まあ分かった。そんで、なんで俺らに話が来たんだ?魔法使い相手ならオカルトスレイヤー(魔術師殺し)の、ハレック向きの話だろ。まさか断ったのか?」

 

「いや、依頼人に断られた。お前みたいに報酬を値上げしたら、速攻で断られた。

 グランとこは奴さんのお家の話を出して揺さぶりかけたら、話が即死した。いったん断られたら、取り付く島もなくなる。

 多分 釣り上げとかお家の話とかタブーをがっちり決められてるんだ、それ以外は子どもだがお前みたいに報酬をふっかけるのはアウトだぜ」

「そうかよ。でも魔法使い相手に前線張るのは俺らだぞ、四人で千なんて安値で受けてらんねえ。お前も分かってんだろ」

「分かってる分かってる。ただな、前例じゃ釣り上げが全く駄目だったわけじゃない。

 断られた連中に聞いたんだが、前金つき二千が大丈夫で、三千だと駄目だった。財布のボーダーは恐らく二千から三千だ」

「二千、三千か……まあ、悪くはないな。だけどガキだろ?お前ならもっと上手いこと引き出してみろよ、人の酒飲んで俺の邪魔したんだからそれくらいやれ」

「へいへい。

 嬢ちゃん悪かった、話を続けたいんだが構わない?」

 

 どうも俺の知らん間に噂になってたガキらしい。知らない俺が下手に口だしても仕方ないので話はブルソンに任せた。この手の交渉はあいつのほうが得意だ、脅しが効かないとなれば俺にゃどうしようもねえ。

 

「はい。受けていただけますか?」

「それだが、魔法使い相手に千金貨ではちと厳しい。前金を増やすか、魔法使い対策の現物でなんとかしてもらうことは出来ないか?

 ほら、例えば嬢ちゃんのその下着だって魔法を防ぐものだろ?」

「ブルソンさん、そのようなはしたない要求を女子にすることは許されませんよ」

「いや違うってデリック、パンツじゃなくて裏に着てるアンダーシャツ(下着)だ。

 そのシャツの柄、レジスタンス(抵抗)の刺繍だろう。それを前金に渡してもらうのは駄目かな?」

「これですか……その、これは駄目です。大事なものでと恥ずかしいです」

「いやいやそれそのまま貰うなんて言わないよ。それと同様のものを四人分用意してもらうことでどうだい?」

「それは……いえ、駄目です。お金でお願いします」

「具体的には幾らまで出せるんだ?」

「五百……五百です。それ以上は駄目です」

「よし分かった。じゃあ前金五百金貨、報酬二千金貨でどうだ?」

「二千ですか……、はい、分かりました。合わせて二千五百でお願いします」

「よし。なら分かった、依頼を受けよう。前金はいつ渡してくれるんだい?」

 

 良し。ブルソンの声と俺の内心が一致した。

 奴が上手いことせしめたので酒の恨みを許してやる。

 

 ブルソンが前金をねだったら、貴族の従者だっていうガキは絹のハンカチみてーのを取り出して、そこに手を突っ込んでジャラジャラと金貨を転がした。毒女はハンカチの方を見てポーなんとか言って驚いてたが、後で聞いたらその布切れが二万金貨はする魔法のアイテムだというから俺も驚いた。まるで豚に真珠だ。それを知ってればもっと強引に行ったんだが、畜生。

 ガキが去った後、俺はマスターにツケの分と宿泊代の金貨を投げつけて、二日酔いが抜けるまで二度寝しに部屋に上がった。毒女とデリックはクソ真面目に依頼の相談をするなど言ってるが、ブルソンと俺は目を合わせてニヤリを笑うだけで何も言わずに無視した。

 前金で五百も貰えるなんて、依頼をすっぽかして評判が落ちてもお釣りが来るね!

 

 

 七日後、俺らは契約不履行だなんだで領主にしょっぴかれた。ブルソンの野郎やっぱりハメやがって、絶対許さねえからな。

 

 

===

 

 

 準備と実行に二ヶ月をかけてクレリックの居場所を突き止めることに成功した私は、敵の強大さに嘆息する他なかった。母の骨を奪っていった死神神官の女性アンデッドは、ネイシャと呼ばれる8呪文レベルを唱える強力なヴァンパイア・クレリックだと判明した。明らかな格上だ。

 ヴァンパイアといえば前世でも有名な弱点の多いとされる化物だが、この世界でも日光で焼かれる、流水を渡れない、家に招かれなければ入れない、十字架や沢山のにんにくに近寄れないなどの弱点を有する。しかしそれらを補ってあまりある高い肉体スペックに超治癒能力、霧化やレベルドレイン、狼やコウモリを呼び寄せる多彩な能力に加え、即死呪文を代表とした強力な呪文を操る高レベル・クレリックと来た。対策は可能だが、そのためのレベル上げが必要となり、またアイテム制作にも時間を取られそれで結局二ヶ月もかかってしまった。

 一方でコッペリアに任せた仕事―――冒険者への依頼といえば、依頼をなんとか届けたものの、彼らの行動にタイミングを合わせるために見張ってみれば全く動く気配はなし。コッペリアと反省会を開き、どうも前金を与えすぎた、表沙汰に出来ないだろうと舐められたことが分かった。失敗と失態で赤恥をかいたコッペリアは復讐しようと盛んになるのを止め、代わりにアーチー家の騎士を派遣してしょっぴいた。

 というか、依頼人のコッペリアを不審に思って尾行した冒険者たちが密告したことで私の企みは割とすぐに父上に伝わっていた。もっとも父上に私の真意までは分からず、貴族が舐められる振る舞いをした(従者にさせた)ことへの注意だけを受ける。父上はその後、邪教団については正式に騎士軍を派遣しようとした。注意は素直に受けるがそちらは見過ごせない。

 私は急遽仕上げを完成させて、現地の旧砦へ急行した。“シミュレイクラム”の分身は以前のものと合わせて三体用意、それぞれがバフを施し数本のワンドおよびダガーを装備させる。レベルも能力も装備も劣り、また本物の私のようにチートも使えない分身たちは大物を相手するには心もとない存在だが、私が戦っている最中に雑魚を払う分には活躍してくれるだろう。

 

 南東の旧砦は昔ここでアーチー家の先祖と別の国が戦争したときに使われた場所で、今はアーチー家の領土となったために必要がなくなった砦だという。撤去する手間を惜しみ、せめて山賊に使われないよう城壁の一部や門を崩したそうだが、それでも邪教団は崩された城壁を“ストーン・ウォール”呪文らしき後付けの石壁で補い、門無き門には多数の人間のスケルトンやゾンビを配置して死者の門を築いていた。城壁付近には低レベルながら信仰魔法を使える邪教の信者たちが詰めており、正面から彼らに挑めばその数の多さに手こずっている間に魔法を打ち込まれ、そのまま押し潰されて死者の仲間入りするだろう。

 しかし、分身を含む私たちは“イセリアルネス(エーテル化)”呪文により、エーテル界を通って侵入した。エーテル界は我々が普段いる物質界と併存し、一般にゴースト(幽霊)の世界と言われるほど僅かな霧が立ち込めるだけで何もない別世界である。エーテル界側から物質界を見ることは出来ても、物質界からエーテル界を肉眼で捉えることは出来ず、例え見えたとしても力場による攻撃や、幽体に効くような特殊な能力、あるいは魔法を施した武器だけがエーテル界の住人たちに効果を及ぼす。

 そのためエーテル界を通る私たちに城壁という物質界の障害は意味をなさず、多数の肉のあるアンデッドや信者たちは気づくことなく素通しした。そうして砦の本拠地に差し掛かろうとしたところで、霧の向こうから別の住人が姿を現す。三体のゴーストが、砦の本丸を守っていた。これも事前の調査で分かっていた存在だ。

 当然、同じエーテル界の住人であるゴーストは私たちの姿を視認することができる。スケルトンらと違って知性を残し、また半ば物質界の住人でもある彼らを介して直に信者たちに襲来が伝わるだろう。だがここまで来たら後は首魁のところへすぐだ。

 分身たちにゴーストの相手を任せ、飛び交う熱線を背に私は砦の地下牢へと壁や床を突っ切って文字通り直行する。あのゴーストたちを支配していたマスターのヴァンパイアには、その魔法的繋がりによって異変が即座に伝わる。昼間であったことから寝台の上で精神的休息を挟んでいた彼女の体がむくりと起き上がるところに、すかさず私は“ディメンショナル・アンカー(次元の錨)”呪文を打ち込み、魔法的逃亡を阻止する。

 この呪文自体にダメージや(目に見える)悪影響はないものの、不意に魔法を受けたことで即座に敵の危機感が高まった。跳ね上がるように飛び上がったヴァンパイア・クレリック、ネイシャは私を見て驚きを口にする。

 

「なぜ生きて……?いや、違う、あいつではない。そうか、お前はあの娘だな」

 

 私を母と誤解したか。父上が言ったように、私の見た目はかなり母親似であるらしい。しかし身長なり雰囲気は違うもので、ネイシャは即座に私を娘と見破った。

 

「ご存知のようで。私は覚えていませんが、約十年ぶりだそうですねネイシャさん。

 亡くなった母を知る者を探して、まさかこんなところで邪教の神官、しかもヴァンパイアが最も母をよく知る人物であるとは思いませんでした」

「やはり娘か。関わった覚えはなかったが、私をどこで知った」

 

 ドオンと、天上の向こうから“ファイアーボール”の爆音が響く。分身たちは早々にゴーストを始末し、信者やアンデッドたちと交戦し始めたようだ。

 対するネイシャもそれに気づいており、私から目を離さずにちらりと天上に目をやる。

 

「無論、魔法で。母を知る人物を追い、墓を訪ね、なくなった骨を浚った人物があなたであると居場所を突き止めたのまで全て魔法によるものです」

「その歳でその数の魔法を使いこなすか……変質した才が、遺伝したのか」

「母には魔法の才があったのですか?」

「さてな。しかし母を知りたいと言ったな、答えてやろう。

 あいつは魔法使いではなかった。しかし、魔法よりも奇天烈な幸運に守られている、天の才を持っていた。

 針穴を通るように危機を凌ぎ、神が定めた死すらも遠ざける才。私は死神様のご命令により生前のやつを殺そうとして、その幸運の守りに阻まれ殺しきれなかったことで、私は神に失望されて一度信者として見放された。

 十年前、ようやく 自然死したやつの骨に触れることが出来、その死を神に捧げたことで私は信者として許されたのだ」

 

 ネイシャは私の方を見ながら ゆっくりと横に歩きつつ、私の問いかけに対して答えてくれた。

 

「それはなんともまあ。幸運ですか、二十面の賽子で常に二十を出すようなものですかね」

「なんのことだ?」

「分かりませんか。別に貴方が分からなくてもいいんですよ。

 私の存在が母譲りの血筋であると分かり、安心……していいものか分かりませんが、そういう血であると分かって良かったです」

「そうか。良い死の土産になったろう、安心して殺され、神の御下で行け。

 私はかつてお前の母を殺しそこねたことで神に見放され、その骨を捧げることで許された。

 お前のような者たちが何人も現れるのであれば、私は過去を雪辱するためにお前らの血筋全てを殺し尽くすことを神に誓う」

 

 私はネイシャがゆっくりと歩いて、寝台の横の壁にかかっていたサイス(大鎌)を手に取ることを邪魔しなかった。邪魔をして質問に答えてくれなかったら困るのが一番の理由だったが、仮に邪魔しなかったところで逃げでもしなければ問題ないというのが二番目。三番はもし逃げられたとしても今は昼なので外には出られないし、つい先ほど打ち込んだ呪文が呪文による遠距離移動を防ぐものだから、もうここから逃げる先が残ってないという話。

 

「死を撒き散らす、邪悪な死神の信者にしては親切でしたね。

 私は母が持っていたというような幸運の死への守りなんてものありませんから、安心して殺しに来るといいですよ」

「余裕だな。しかし、私とお前には決定的な格の差があるのだ。

 それを思い知らせてやろう、死後に後悔しろ、“ワード・オヴ・ケイオス”!!」

 

 ネイシャは真っ先に、“ワード・オヴ・ケイオス(混沌の咒)”呪文の音波を放った。特定の属性でない術者よりも力量が下の者に、抵抗ほぼ不可で行動不能や弱体化、レベル差によっては即死をも もたらす強烈な高レベル・クレリック最凶の実質即死・弱体化呪文である。

 判断力が高いクレリックは相手の力量を測ることが出来るため、ネイシャは私を格下であると見て それを放ったのだろうが……私はそれに一切怯むことはなかった。

 

「なにっ」

「決定的な差でしたか。上にいるのは果たしてどちらでしょうか」

 

 確かにその呪文自体に対してステータスによる抵抗力は意味をなさず、レベルが格下の私には確実に有効だ。ただしそれを防ぐ三つのうちの一つ、呪文全般に対する呪文抵抗の特殊能力を取っていなければだが。

“グレーター・スペル・イミュニティ(上級呪文完全耐性)”呪文により、私は“ディクタム”等、それら最も危険な呪文四種類を指定してあらかじめ耐性を得ていた。これは本来、ネイシャと同レベルの魔法使いが使える高レベル呪文なので、格下で使えないはずの私が対策しているとは想像もしていなかっただろう。

 レベルで劣る私が、戦いが始まってから相手に対応するなんて下策は取れない。とっくに私の戦いは始まって、もう既に終わっているのだ。

 

「くっ、呪文による防御か……ならばそれを剥ぎ取って、死を与えてやる」

「先手を譲ったのは、回答のお礼。もう譲る理由はありませんね」

 

 先手必勝を失敗したネイシャが次に取った行動は、私にかかっている呪文の解呪(ディスペル)。防御呪文を強制的に解いてから、攻撃呪文を打ち込むのは対術者戦の基本だがネイシャは私を格下と見てそれを怠った。その一手差が戦闘では致命的となる。

 

「“グレーター・ディスペ”、るぅぅぅ!」

 

 腰元から魔法のダガーを抜き取って、その羽のような軽さでネイシャの喉元に突き刺す。彼女が身に纏うミスラル製のブレストプレートと、ヴァンパイアが持つ銀製以外の武器への耐性がダガーを食い止めるが、それは進攻を僅かに鈍らせただけで苦せず首の半分を切断した。しかしヴァンパイアは死した肉体を持つアンデッド、急所が意味をなさぬため身体が千切れぬ限りは死滅しない。そして高レベルの熟練した詠唱術は、大きなダメージを受けたにも関わらず見事呪文を完成させて私に宿る呪文の幾つかを剥ぎ取った。

 私は冷めた表情をしながら彼女を褒める。

 

「ああ、今ので防御呪文が剥げてしまいました。やはり術者相手は怖いですね」

「今度こそ貴様の死だ、“ディクタム”!」

「それ効きませんよ。殴ってきた方がマシでした」

 

 混沌(ケイオス)の“ワード・オヴ・ケイオス(混沌の咒)”と対をなす秩序(ローフル)の“ディクタム(法の言説)”。効果に差はあるが、どちらも中立(ニュートラル)である私には有効だが……結局、肝心の防御が剥がれてなければ効かないのだが。15レベル・クレリックの彼女では、その強度200レベル超の防御呪文を解けるわけは無い。

 スクロールに込めた呪文の強度は、書く際に術者が選ぶことが出来る。強度が違うスクロールを複数枚用意して、それぞれの「枚数」の数値の近くにあるパラメータを比較すればどのパラメータが「強度」の数値を表すか特定することは、下準備に手間はかかるけど簡単なことだった。

 

「はい。親切にも質問にお答えくださり、ありがとうございました。あなたとの出会いは今後大切にします」

 

 呪文行使で生まれた隙に、鎧の上から胸元をダガーで突いた。ダガーはまるで豆腐を解くように鎧を貫き、中のヴァンパイアの腐った臓腑をかき回す。その衝撃はまるで粉砕呪文のように彼女の死体をボロボロにし、やがてダメージに耐えられなくなったヴァンパイアの体がその不死たる機能を発動し、霧状となって抜け出し、扉の隙間から逃げていった。

 ネイシャは未だ健在なものの、それを慌てて追う必要はない。復活のためには急いで自らの血肉が染みた墓場の土を敷く棺桶に戻る必要があり、またその途中でも日光にあたれば死ぬ特性はそのままなので、彼女が砦の遠く外に棺桶を置くことは決して叶わないのだ。

 

「魔法、幾つか解けてしまいましたね。消えたのは“シェルタード・ヴァイタリティ(肉体の保護)”ですか。

 まあ、結局殴って来なかったので、意味はありませんでしたが」

 

 先ほどの彼女の解呪により、なにか呪文が剥がれてないか自分を“グレーター・アーケイン・サイト”の魔法視力によって見回し、早期決着はつくだろうが念の為にかけていたヴァンパイアの特殊能力対策呪文が剥がれていたと気づく。途中、増援でゴーストが現れたり、吸血によって直接 生命力を奪われることがあれば危険だったろう。

 

「えー、分身A、応答なさい。状況は? ……そうですか、空中から早々と術者を始末し、現在 空対地で多数のスケルトンと射撃戦中と。

 こっちに来られても困りますから、そのまま外で数減らしといてください」

 

 呪文によるテレパシーで、シミュレイクラムの分身たちと連絡を取る。あれらは敵の数が多かっただけにまだ戦闘が長引いているようだ。汚い仕事を任せられそうにないなと、私は一人でネイシャを追って更なる地下、砦のゴミ捨て場に埋まった彼女の棺桶を探しに行った。

 途中に仕掛けられた罠の回避や、また別に残っていた木っ端アンデッドの駆除が大変ではあったが、彼女は復活の最中に全く動けないこともあり、何の抵抗を受けることなく彼女を弱点である白木の杭を突き刺して棺桶へ磔にし、そのまま太陽光に晒したことで不死のヴァンパイアは塵となって真に死んだ。

 信者を蹴散らした分身たちと、死神の信者らが残しためぼしいアイテム―――特に魔法のもの―――と、一番の収穫であるネイシャの体の一部を回収して即刻で退散した。

 

===

 

 館に帰った私は工房に入り、戦利品の中でも特に有用なネイシャの体の一部……ヴァンパイアの牙を取り出す。

 まず取り置きのルビーの粉末から沢山の分量を採り、氷室から取り出した雪にそれとネイシャの牙を粉末にしたものを混ぜ、銀盤に乗せ白紙のスクロールの上に置く。高位の魔法のスクロールを描くための特殊なインクにクウィル・オヴ・スクライビング(自動筆記の羽ペン)を浸し、竜の言葉(ドラコニック)で“記せ”の合言葉を命じれば、私から経験点と共に秘術回路を模したイメージを吸い取り、特殊なインクと銀盤に乗せた魔術素材から秘術エネルギーを抽出して自動的に“シミュレイクラム”の呪文を描き始めた。

 私にとってあの教団より得られた最大の収穫物は、他でもない人間のエセ魔法使いの私が持たない、ヴァンパイアでクレリックの特徴を持つネイシャの一部を得られたことだった。

 雪像には記憶は引き継がれず、また吸血鬼たるヴァンパイアの特性は全て引き継がれるため表に出る(・・・・)ことは出来ないが、私やアーチー家の手を借りられない信仰術者の代替として今後 役立ってくれることだろう。

 

 ヴァンパイアを使うなど、邪悪なアンデッドの滅却を主命とする太陽神のクレリックに知られれば神罰を与えられかねないが、悪性の私は彼ら善の力を借りることが出来ない。しかしアンデッドや来訪者を相手に特攻となる信仰の力は欠かせないのなら、悪の力を借りることを考えるのは当然のことではないか。私はネイシャの分身に命じて、街から人を浚い、一部を吸血してヴァンパイア・スポーン(吸血鬼の下僕)とし、あの旧砦を守らせながら多くの死を死神に捧げた。善神邪神問わず、神は自らの信徒を見張っていると聞く。私はネイシャ個人に敵意があったのであり、死神へ敵対したいわけではないという表明だ。

 叔父上たち騎士団は旧砦に入ってスポーンを退治して、多くの被害者たちを埋葬した。ネイシャの分身をその前に避難させて、続いて街の暗がりの一角を支配させた。記憶は引き継がれずともレベル半分と肉体・知的能力はそのまま引き継がれる。その大いなる力によって、ネイシャは早々にアーチー領の闇の一部を実効支配した。しかし、間もなくその分身から私に二つの報告が寄越される。

 一つはネイシャの分身が死神様から信仰の力を授けてもらえなくなったこと。そしてもう一つは死神教徒の生き残りがアーチー家への復讐を企てており、その中には死神様の命を受けた強力なアンデッドが含まれていること。

 どうも私が死神へ為した行いは、領の人間の死を捧げた程度の誠意では許されなかったらしい。

 


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