ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

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006 母

 

 お手つきで知らぬうちに生まれ、謀略で生き別れて行方不明になっていた当主の次女。しかし念入りな調査の末にその娘を発見し、連れ帰った……と、その娘を偽っている(ことを偽っている)私がアーチー本家で家族に紹介、お披露目される。もっとも上手いこと騙されたと私は不貞腐れてたので、その愛想の悪さから叔母上と従姉以外の家族や、多くの使用人から可愛らしくないと不評を受けた。

 一方で逆に私を知る叔母上とその娘のリッカ嬢、もといリッカ姉上からは可愛い従妹や姪として可愛がられる。また古参の使用人には私の母を知る者が、私を見て間違いなく母の娘だと断定したことが家中に広まった。勿論、呼びたくもないけど“父上”は私を娘として認めているので、私が娘にされたと知ってても口にするものはおらず、アーチー本家で私が娘というのは既成事実になった。

 

 娘になってから更に半年、十二歳になった頃。

 父の命令で工房の中身はアーチー家本館に移され、魔法のアイテム作成は本格的に貴族相手の商売だけになる。ただし以前と異なり、代金よりも利権など形を持たない形で支払われることが増えた。特にアイテム作成のための素材採取許可などを得て、本家の人や冒険者をよこして取ってきてもらうことが可能になり、向こうは貨幣を支払わず、こちらは材料を調達できてお互いに得した形だ。活動の手間が楽になった反面、規模が広がり始め次第に私一人では注文への対応が間に合わなくなったので、やむを得ず12レベルに上がり、“シミュレイクラム(似姿)”の呪文により作り出した、半分のレベルを持つ私の分身に簡単な注文の半分を任せる一方で、重要なアイテム製作については複製した“グレーター・テレポート(上位・長距離移動)”呪文のスクロールで館に一日一度戻り、作成代行のホムンクルスに必要な呪文のパワーを宿して完全に任せている。

 そうして空いた余裕を利用して、コッペリアの特訓にも取り掛かった。彼女、コッペリアは娼婦ないし奴隷の身のため、そのまま館に連れて行くわけにいかなかったので叔母上から人を借りて私の女中として教育した。甘やかされていた生活から一転して厳しい教育を受けさせられたため、反発しつつあった彼女をどう再び手懐けるか手を焼いたが、一か八か魔法で交渉力を強化した私が耳元で囁きながら“チャーム・パースン(人間魅了)”呪文をかけ、私に対する貢献を至福だと錯覚させることで再び彼女は私を最上位として疑わない従者となった。魅了の持続が切れても様子が変わらないことに安心して、彼女を魔法やアイテムで武装し、野外に連れて行って単身でゴブリンや(ウルフ)等野生のクリーチャーらに不意を打つ経験を積ませた。大半は失敗したものの、実地での試行錯誤が何よりの経験値となり、コッペリアは2レベル・ローグになった。私同様に非術者でも魔法のアイテムを使用する技術は習熟中で成功率は低いものの、運動能力、知覚力に関しては所詮 人並の私を超えて、警護に信用を託せるレベルにはなった。

 特訓を終えて館に戻ると、新たな私への客が訪れていた。離れた街の貴族の使いで、親戚経由で魔法のアイテムの評判を聞きつけたとのこと。注文されたアイテムの相場を元に、家令と相談して要求する代金あるいは利権を定めた。どちらも高額だと渋られ、交渉の末 六割を代金、四割を利権で支払ってもらった。

 交渉を終えて素材調達と製作の支度を済ませたが、暇が出来たとみるやすかさず姉上から外出に誘われる。不服ながら護衛にコッペリアを連れて街に出て、着せ替え人形のごとく遊ばれる。見た目は幻術呪文で幾らでもごまかせるし、頭飾り(サークレット)外套(クローク)は効果目当てで着けているアクセサリなので勘弁してほしい。翌日、お礼参りに姉上を訪れ、“ディセプティヴ・ファサード(外見の欺き)”呪文を強制にかけて下着姿にすると、幻だというのにマジ泣きした。更にそれが叔母上の耳に入り、こっぴどく説教される。露出はやりすぎた、ボンデージ姿にすべきだったか。

 

 また一年が経った。十三になったが、近頃 領地の雰囲気がよろしくない。

 というのも武装の整った山賊が頻出するようになり、農村や近隣をゆく商人がたびたび襲われている。

 父上や兄、伯父が兵を集めて討伐に向かっているが、たかが山賊相手に戦力損耗の激しい戦いが続く。私は親族の元からかつて魔術を教えた弟子を数人徴発し、“シンティレイティング・スフィアー(きらめく電撃球)”のワンドを握らせて父上らの軍に同行させた。

 野戦において決定打となる範囲砲撃呪文の火力を得たことで快勝が続き、情勢の悪化を感じ取った山賊たちがアーチー領から早々に去ったことで街の雰囲気が元の明るさに戻った。しかし犠牲は決して少なくはない、多くの兵が命を落とした他、流れ矢を受けて魔術の弟子の二人が命を落とした。

 徴発した親族たちへの詫びも合わせて、久々に三度目の弟子を取ることにしたが、貴族であり騎士である伯父上から軍に魔法を組み込む提案を受けた。クラス・レベルを持たない相手をウィザード(魔術師)にするのと、既にファイター(戦士)である相手をウィザードにするのは後者が圧倒的に努力が必要になるのだが、一先ず試しということで士官から魔術の才能がありそうな人と、新兵からそれぞれ十名ほど採用し、それと別に親族から派遣された人員五名をあわせた二十名余りに例によって魔法を直接体験させる形で教え込んだ。結果、新兵たちと派遣組は早一ヶ月で全員身につけたが、士官からはたった二人しか魔法を身につけた者が現れなかった。原因は戦士としてのトレーニングも並行して行っていたため、新たな技術に身を入れる余裕がなく身につかなかった―――つまり従来のクラスレベルを完全に会得しきれていない、要するに経験値不足が形になって現れたという話だ。結果について伯父上と相談したが、魔術戦士(エルドリッチ・ナイト)訓練案は保留になり、今は従軍ウィザードだけを増やすことで結論づいた。

 いずれ外部からきちんとしたウィザードを招致し、教本作成に協力してもらうことを伯父上に頼みながら今は私の我流による促成栽培で多数の従軍ウィザードを作った。十四歳になる頃には、我が領に五十人ものウィザードが生まれ、中でも最も優れた者は私の手を離れて“ファイアーボール”を撃てるようになった。今や似非(エセ)ウィザードの私よりも秘術に限れば詳しい彼の主導の下で教本を完成し、軍における私の役目は終了した。

 かと思いきやその翌日、教本が失われる事件が発生。“ロケート・オブジェクト(物体定位)”呪文によって失われた教本の在り処を捜索すると、軍に紛れ込んでいた他領のスパイが盗んでいたことが判明。即刻 処罰すると共に伯父上が軍内の取り締まりを強化した。あと、新たに魔術によるアンチ・スパイを考えるよう頼まれた。一連の成果で、伯父上からの信用を得て、有事の際に軍を動かす権限を与えられた。

 

 同時期にリッカ姉上の留学―――この世界に学校があることにまず驚いたが―――を検討していることを父上より聞く。行き先は、マリランス領よりも先の西海(ノース・シー)を渡った西にあるセーアン帝国のドナヴ学園。セアン帝国は国の発足からブロンズ・ドラゴンと密接に関わる島国で、アーチー領が属するピュロヌス王国と彼の帝国はお互い攻めにくい地理的都合から友好関係が長く、竜の知識や古い歴史と引き換えに、向こうにはない大陸の作物や物資を輸出する関係にある。海に面するリーフス・バレーでも北の竜の島のことは話になるが、危険な外海を渡る商船は滅多にいないために具体的な話を聞いたことはなかった。

 父上がこの話を提案したのには理由がある。姉上は元々マリランス家へ嫁いだ娘である、叔母上が連れ戻したものの対外的にお手付きの女だと見なされるため、このさき良い条件で嫁げることはないだろう。しかしそれは社交界を通じて話が広まる王国内での話、外国ならば過去の話は広まりにくく、何より政治より美貌や性格で選ばれる、現代でいう恋愛婚が生じることも多い。運が良ければ帝国と関係を結ぶことも出来るし、少なくとも国内で活動するより目があると考えて私に話したという。

 姉上が実家を離れることを少しだけ寂しく思うも、当初親しくした目的である彼女の権威は、私自身がアーチー家の娘となったためにもはや必要ない。そもそも貴族の子の将来が親に決められるのは普通のこと、(本人が納得するかは別として)政治に疎い私に相談する意味はないのでは?と疑問で返すと、父上は私のことも姉上とともに留学させる予定であることを告げた。

 生粋の貴族である姉と違い、(生まれはともかく)魔法使いとして育った私は貴族の話など全然詳しくもなければ、男を喜ばす作法など何一つ学んでいやしない。何より今現在手につけているアイテムの注文は沢山あるし、伯父上より任された軍の仕事も残っている。それらアーチー家の利益になる仕事を止めて、能を活かせない貴族の女性になる気はないと強く反対した。

 父上は私の反対に、同じ留学でも姉上と同じ目的のためではないと答える。セアン帝国は竜の国、竜の神秘が伝わり、竜を戦友とする竜騎士が存在するなど王国とは気色の違う社会、軍事、文化が存在する。現在でも私はアーチー領のために役立っているが、もっと時間が経てば背負うものが増え、自由な時間は取れなくなる。父上は、背負うものの軽い今のうちに、聡明である私に王国より広い世界を学ぶ時間を取ることを願った。

 アーチー領を強化する日々を楽しんでいただけに、水を差された気分だが父上の話すことも尤もだ。私は、あの多くの書籍からデータとして様々なことを知ったが、それらデータがこの世界にどのような形で存在するか分からない。私の手が出ない分野、特に秘術魔法とはまた別の神秘を伴う技術の教育は今の私では思いつかないが、それが既にこの世界に存在するのであれば、参考にし、役立てることも可能だ。何より当主である父上が発展より下準備を優先しろと、そう言うのなら私はそれに従うすべきだ。今の私は、彼に使われる存在だから。

 私はこの話を受け、半年後に留学する予定で日程の調整を始めることにした。姉上は後日、そのことを父上から告げられて、まるで旅行か遊びと勘違いして留学を喜んだ。喜びのあまり私のとこへ押しかけて、恋話を始めるほど。

 

===

 

「フラン、伯父様は私たちを学園に連れてってくれるそうよ!」

「姉上、旅行ではありません、留学です。私たちは学園でしっかり、歴史や文化を学ばなければなりません」

「そんなもの、学園の教師が手取り足取り教えてくれるわ。それよりお父様は、私たちにこの留学で恋人を見つけなさいって言ったの。

 フラン、あなたはどんな男性が好き?」

「私は別に、お姉さまと違って帝国と関係を結ぶために訪れるわけではありませんから。しいていえば、今は仕事が最大の恋人です」

「駄目よ、貴族は未来も自領を守るため、子孫に優れた血筋を残さなくてはならないんだから。フラン、あなたも二十になる前にお相手を見つけなきゃ。例えば、竜騎士なんてどうかしら?帝国には竜と生涯の誓いを交わして―――」

 

 貴族の娘にはなっても、貴族であるつもりのない私にとって、夫や子どもを取ったり、家のためにどうしようということは考えていない。アーチー家を富ませるのも、あくまで私の力となるからこそ。代わりは利くし、不老の目処もとうに立っているだけに子を残す必要すらない。しかしそんなことを口にするわけにはいかないし、そもそも姉上が求めているのは私がどんな男性と付き合いたいかという回答。本当にそんな男性と付き合う必要はないのだから適当に答えておけばいい。

 

「しいていうなら、強い男性が理想。かつ、私の上位互換であること。

 少なくとも私が子を産み、育てている間に生じる損失を全て埋められる男性ですか。歳はできるだけ若いにこしたことはありませんが」

「まぁ、贅沢な願い。お姉ちゃんは、むしろフランには支え甲斐のある男の子がお似合いと思うわ。

 さる王族の血を引き、悪臣に国を奪われ、獣に転じる呪いをかけられた王子。畜生の身になろうとも誇り高き心を忘れず、野山を駆けて賊を打ち倒し、川を割って溺れ人をすくい上げ、数々の善行を積み上げてついに太陽神の目に―――」

 

 

===

 

 などと姉上には最低限の要求を答えたが、実際 私のチートを他に有す男性などいるまい。ゆえに真に私の互換となることは、少なくともあの邪神が気まぐれで私以外の者に目をつけているのでもない限りは不可能だ。尤もそれを私は調べようがないし、今さら邪魔しようもないし、そもそも私の道行きに現れなければ関係のないこと。藪蛇を突く行為でもあるから現状放置。

 ただ、一つだけ気になることがあったので、私は父上に母の消息を尋ねた。しかし母は既に十年前、私を産んで村長により神殿へと預けられた後に病で亡くなってたそうだ。

 遺品や家は村の者の手によって売却・処分され(村長が取り替え子を企んでいたなど碌でもなかったこともあり)、母の痕跡を残すものは残されてなかったそうだ。遺骸から呪文で情報を探れないかと墓の在り処を聞くと、村の共同墓地に埋められているという。墓参りの習慣はないが、母上への感傷に浸るために訪れたそうだ。私も母上への不孝や慙悔を悔いるフリをし、留学前に墓を見舞いたいと父上にお願いして当時 父上に付き添った騎士に先導してもらい、領内僻地の故郷の村を訪れた。

 

 幼少時以来に訪れた私の生まれ村は相変わらず木造の家が立ち並ぶ、なんとも辺鄙な田舎だ。当時は物理的に見回われなかった村を改めて見ると、田舎にしては人も家も多い方で小さな町と呼んでも過言なかった。

 私は挨拶がてら、母上の話を聞くために、唯一 石材や鉄が混じり丈夫に作られた村長の家を訪ねる。以前の村長は家族ごと例の罪で処罰され、村長は別の人間に代替わりしている。私は村長に母上のことを尋ねて、その村長が母上を知っている人物を呼んで回って、そこから更に親戚づきあいのあった人物の口コミを得て更に呼ぶなど回りくどいことに数日かかったが、なんとか母上を知る老人に出会えた。私は彼らに母上のことを、特に母上の血縁について尋ねた。私が気にしていたのは、私の生まれが母上の血筋によるものでないかということだ。

 しかし彼らの話を聞いていくと、若干違う方向でおかしな話になった。私はこの村を母上の故郷と聞いていたが、母上の両親はこの村に骨を埋めたはずなのだがその両親はどんな人物かというと、全然出てこない。老いで耄碌してるなら分かるが、目の前の老人たちは私も知る母上の見た目や発言に加え、私の覚えてない母上より少し歳が上のお手伝いの話などを作っている風もなく次々に語ることからボケてるようには思えない。しかもそのお手伝いについても、また母上の両親と同じく昔から住み込んでいたはずが、いつからかとなるとさっぱり出てこない(私も母上以外に誰かが住んでいた記憶はあるが、母上がつきっきりの頃に神殿に飛ばされたため、歩き回って他人の顔を見る機会がそもそもなかった)。老人たち同士で記憶をたぐるように過去を振り返った結果、少なくとも母上がこの村で子どもだった頃から両親はいなかったけど綺麗な黒髪がトレードマークのお手伝いがいて、しかも母上の死をきっかけに村を離れるまで思えば年を経て老化した様子も見られない人物であったと聞いて私の疑念は確信に至った。私の特別性は転生者だけでない、生まれにも何かしら悪縁があるのだろう。

 私は新村長に墓参りしたいとお願いし、その場所を教えてもらう。共同墓地に百本は立ち並ぶ簡素な木の杭のうち、ある一本の墓前で私は拝むように手を組み、そして心中で恨みとも感謝とも煮え切らないこの思いを訴えた。用は済んだと、さっぱりした様子で村を立ち去り、その後 館に戻って十数日かけて下準備を整える。準備が整った夜にコッペリアを連れ、“グレーター・テレポート”で再び墓を訪れる。

 私より知覚で優れるコッペリアに周囲の警戒を任せ、私は“サイレンス(消音)”呪文をかけて完全に消音し、“ダークヴィジョン(暗視)”による黒闇の中 殆ど白黒の世界で母の墓を掘り返した。力仕事は任せるべきだとコッペリアの訴えは退けた、なんせ“サイレンス”は私自身に聞こえる音も遮断するから、それだと誰かが近寄ってきた時に気づくことが出来ない。なんとか十分ほどかけて掘り起こしたが、母の骨は見つからない。棺なしに埋められて十年も経った今、土に還った可能性も僅かにあるが、しかし前世で約五十年前の戦争で亡くなった人間の骨が出てきたという話を何度か聞いたことがある。食事も保存料にまみれていなかった時代で、風雨の激しい地域の話だから雨も少ないこの地域、世界においても信憑性はある。だとすれば母の骨は土になったのではなく、誰かに持ち去られた可能性が高い。

 下準備が無駄にならずに済んだと喜ぶべきか、予想が現実になったと悲しむべきか。私は“サイレンス”呪文を中断して、新たなスクロールを取り出して詠唱にかかった。“ヴィジョン(幻視)”の呪文だ。物体や人物や歴史を対象にし、その伝説を映像によって知る呪文であるが、伝説を為すほどの人や物、すなわち高レベルの英雄とかでなければならないなどの条件があり、そうすると何も情報が得られないこともある。しかし私はそのあたりを全く危惧していない。なんせ転生者でチート能力者の私を産んだ母である、例え母や両親や謎のお手伝いが伝説を持たずとも、少なくとも私のレベルは既に英雄の端っこに引っかかっており、伝説に無関係というのはその時点でありえない。私が伝説の主体になって大した情報は得られないようなら、それで良い。しかしそうでないとしたら……。

 

 “ヴィジョン”の呪文はその呪文のレベルの高さ以外にも、別の呪文を高速かつ高度化した上位版でもあるため、術者のレベルに依る技量によって呪文を完全な完成に導く必要がある。術者レベルを既知の呪文で強化(バフ)するのは難しいため、同じスクロールの数を十枚は用意して質より量の構えで挑んだ。“サイレンス”を切った状態で何度もスクロール発動の詠唱を行うため村の墓守りにバレる可能性があったが、なんとか一分かからずに四回目で成功した。

 幻視が完成した刹那、私の眼下へこの墓のいつかの光景が映し出された。

 

 

―――私がやってみせたように、同じく暴かれた母の墓。しかし、底にはまだ多くの人骨が残っていた。

 母の墓の周りを多数のフード付きローブを着て姿を隠した人物が取り囲んでおり、その中の二人が骨を拾って、壺へと収めている。彼らとは別にまた一人が壺へ歩み寄り、懐より小さな頭骸骨を象ったシンボルを取り出して、グッと強く握りしめる。その時、フードが揺れて、一瞬だけ星空に素顔が照らし出された。村の老人たちに聞いたお手伝いの容姿の特徴とそっくりだ、ただし銀髪で、その手、その肌は人間のものでない青白さを持ち、目が赤く爛々と光ってまさに人外であることを除けばだが―――

 

 

 幻視はそこで終わった。私は嘆息し、墓漁りの途中だったことを思い出してコッペリアに穴の片付けを指示する。

 彼女がせっせと穴を戻す間に、私は幻視で見たものを整理する。まず、奴は間違いなく人外だった。青白い肌に赤い目というと何らかのアンデッドを思わせるが、それらの特徴で判別がつくほど私は死霊に詳しくない。しかし奴がローブから取り出したシンボルが“生者を憎む神”と呼ばれる邪神のクレリックが持つ邪印であると気づいた。“ヴィジョン”に引っかかる高レベルのクレリックにしては墓漁りなど、「生者は殺せ」という教義から外れた穏健な行動にも感じられるが、何にせよ強力な神官には違いない。

 奴らを倒すだけなら不意打ちが可能だが、情報を聞き出すには問答無用で倒すことはできない。アンデッドは眠りも気絶もしないし、精神干渉呪文が効かないため無力化が極めて難しい。真正面から問い質す必要があるが、そうなると取り巻きに抑えられている間に高位呪文で私が殺される可能性もある。急所のないアンデッド相手にローグのコッペリアは相性悪く、そもそも実力が足りない。奴らの握る情報が私の出生、すなわち弱みである可能性を考えると、アーチー家の騎士を連れて行くことはできない。同様の理由で“プレイナー・アライ(来訪者招請)”呪文でまたアルコンや来訪者を呼び出した末に土壇場での契約反故や、後々 脅迫される恐れがあるので出来ない。いまいちレベルも耐久力も低いので主力にはならないが、“シミュレイクラム”で分身を作って攻め込むのがベターな選択肢だろうか。しかし奴らの調査を含めて留学までにかけられる時間を考えるともう一人、二人分の装備を整える時間があるかどうか……。

 

 ……いや、今の私は貴族の端くれ。以前の私には使えない手段が取れる。金もある。あとは時間と情報だが、アイテム作成に必要な時間に比べればずっと短くて済むだろう。

 

 穴を埋め戻したコッペリアに労いの言葉をかけて、この先 任せる予定の仕事を一つ告げる。

 やったこともない立ち回りの仕事を告げられて、失敗する不安や戸惑いを隠せない彼女だが、彼女が未熟なのは私も承知。必須で重要な仕事ではないことを伝え、成功に“ご褒美”を約束すると彼女はがんばりますと奮起した様子を見せる。

 

 準備の一端はこの子に任せたが、対象と接触に関しては任せられない。責任は自己に帰結する、格上相手の戦いを想定して念入りに整えねばならないだろう……。

 

 

 


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