ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

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この話のあと、20時に連続投稿します。


004 アーチー領にて

 

 帰りの船もまたアルコン(守護天使)を雇用し、その代償に船員たちに音楽の演奏を提供する私。

 生前は楽器などリコーダーとピアノしか触ったことのない私だが、数値上は弦楽器の《芸能》技能(スキル)に加え、高いカリスマ(魅力)の才能によって運指がつっかえることはない。

 記憶にあるリズムの通りに大海原を征くBGMを演奏し、アルコンと船乗りたちを満足させていると、海上の変わらない景色と退屈な時間に飽きたのか、イトコお嬢様が話しかけてきた。

 

「聞いたことのない曲ね、これはあなたの生まれ故郷の曲かしら」

 

 忙しい私よりも船員や侍女と話していれば良いのに……とは思ったが、侍女は襲撃の際に死んでいたことを思い出す。汗臭く、世代も住む世界も異なる船乗りの野郎ども、そしてそれ以上に異なる世界の存在で話しかけづらいアルコンを除くと、消去法でオバウエと私しか話し相手がいない。

 流石に意識せずに奏でるほど演奏に慣れたわけでない私は切りの良いところで曲を中断し、お嬢様の話し相手になる。

 

「いいえ、海を渡った遠い島国の軍歌だと伝え聞く曲です。私はものを覚えた頃には神殿にいましたから、故郷のことは知りません」

「そう。魔法使いというと偏屈者で世間知らずのイメージがあったから、こうして人を感動させる技を身につけている者がいると思わなかった」

「おおよそ、そのイメージは間違っていません。“魔法”を使う者にも数通り存在して、お嬢様の言う偏屈者は知識に重みを置き、秘術の神秘を学ぶことで呪文を得るウィザード(魔術師)です。初見で申したように、私は良くも悪くも特別な魔法使いですからウィザードほど深く知識を学ぶ必要はなく、代わりにとらえどころのない神秘の紋様を理解するセンスを要求されました。この演奏はその副産物のようなものです。

 というより、魔法使いは強力な秘術の神秘を収めるために個々人が自力で研鑽せねばならないので、それぞれの手法は似て異なるものが大半です」

 

 初対面でイトコお嬢様はあまり虚偽を見抜けないと知ったから、それなりに嘘を交えて話しているが気づく様子はない。

 

「そうなの?神殿の神官は、みな同じように治癒を施すことが出来ると聞くけれど」

「それは、俗に言う魔法使いであるウィザードは、神官と全く異なる系統の魔法使いだからです。

 クレリック(神官)たちは神へ捧げる信仰の見返り、あるいはより多くの信仰を布教するために神から魔法のパワーをいただきます。各々で神秘を解明するウィザードと違って、クレリックが神から授かる呪文は皆 同じものですから、同じ神を信仰していれば必然同じ呪文が出来るようになります。

 秘術でも治癒の呪文を使うものはおりますが、肉体を変異させて結果的に傷を癒やすもの、傷をツギハギするように肉のパッチを当てるものと再現するためのアプローチはウィザードごとに変わりますから、治癒術者としてウィザードが信用されることはありません」

「う、うん……詳しいのね」

 

 おっと、思わず説明する口調になってしまった。まくしたてるように答えた結果、少し引かれている。空気を変えよう。

 

「それで、私に何か御用が?現在は天使との契約の一貫で演奏中なので、魔法のご質問は後にしていただきたい。

 曲のリクエストなら、あいにく演者としては未熟者のため、曲風とジャンルを合わせるくらいしか出来ませんが、お望みであれば多少は受け付けましょう」

「質問でもリクエストでもないけど……初日のことを謝らなきゃ、と思って。

 ごめんなさい、私、貴方に悪いことを言ってしまったわ」

 

 こちらから話しかけた理由を(ただ)せば、謝りたいことがあるという。はて、初日の失礼というとどのことか。

 

「悪いことというと、詐欺だと怒ったことですか?はたまた、私を侍女とでも勘違いしたことでしょうか」

「それも悪かった……でも、私が最も謝るべきはその後の事件のこと。

 あなたは私たちを襲う賊たちを魔法で退けてくれたのに、私はそれをつまらない魔法なんて言ってしまいました。

 ごめんなさい、そしてありがとう。あなたの魔法はつまらないものじゃなく、人を守ることが出来る素晴らしい魔法です」

「ああ、そのことは別にどうと思っていませんよ、人を傷つけることで解決する、生産性のない手法を取ったのも事実ですから」

「それでも、私は母さまが受けた恩に仇なす言葉で報い、礼を失する行いを犯しました。

 私は誇りある貴族にあるまじき軽口で、貴方の誇りを傷つけたことを謝ります。どうかお許しください」

 

 どうやら彼女は私に文句を言ったことを謝りたいらしい。別に誇りなんてものを信じていない私にはどうでもいいのだが、この手の察しがよく、ことさら面子を重視するアルコンが見ている手前、適当に扱えば召喚主にふさわしくないと契約を反故されることもありうる。かといって具体的な弱みではないので、無茶な要求を言えばそれが誇りを傷つけたと逆ギレされるまでもある。

 私はイトコお嬢様の罪を許すのに相応しい罰を考え、今後のことを考えると丁度良い条件があったので それを申し出ることにした。

 

「では、一つだけ約束を。これは貴方の母上と交わした契約ですが、貴方たちがご実家に戻ったときに私のことを客分として遇してもらうことになっています。

 しかし私の目から見て、貴方の母上はこの旅の中で失敗や災難が多いことから、ご実家での発言力もあまり持たないのではないかと信用を疑っています」

「そんなことはありません。母さまはご実家では、蝶よ花よと大事にされていたとお聞きします。アーチー家は血を分ける家族を無碍にする貴族ではありません」

「それでも仕事に私事を持ち込まない厳しい人間はいます。

 所詮 どこの誰かも知れない私との口約束ですから、約束を破られるなら破られる私が未熟が悪いのですが、それで名を落とす人物が一人のみならず二人もいるとアーチー家当主も沽券に関わると考え直すかもしれません。

 ですから、もし私が約束を破られて追い出されるようなことがあれば、その時は貴方が私を引き立ててくださいませんか?

 それを、私が貴方を誇りある貴族だと認め、許す条件とします」

「承りました。リッカ・アーチーの名にかけて、貴方と約束します」

 

 貴方は果たしてアーチー家の人間なのだろうか?という疑問は口にせず飲み込んだ。

 話が終わったとして、アルコンが睨みを利かせる前に演奏に戻ろうとするが、謝罪を済ませてもイトコお嬢様は去る様子はなかった。

 

「まだ何か?」

「その、謝罪を申した直後で申し訳ないのですが、魔法で身を洗う―――」

 

 私は魔法の水筒を半ば投げるように押し付けて要求を無視した。侍女の真似事は御免こうむる。

 

===

 

 行きと同じくリーフス・バレーまで二十日をかけて到着。途中、サフアグン(魚人)の部隊に夜襲され、船員の何人かが海にネットで引き落とされ、奴らのペットのサメに食われる。しかし船縁に張り付くサフアグンを空中からアルコンが払い落とし、船の縁から見下ろして必中の“マジック・ミサイル”で一体一体潰して撃退した。

 船上の生活にくたびれたアーチー家の母娘は、高級とは言えない宿屋でも満足し、数日間くつろいだ。

 時間をもらったのでこれ幸いと金にあかせてアイテムの材料を調達し、特に“テレポート”(長距離転移)のスクロールの素材を用意した。術者の力量次第で一千から三千kmを三、四人連れて瞬間移動することのできる呪文だが、術者が知っている場所にしか転移できず、その上で失敗する可能性も高くて信用性は低い。上位版(グレーター)であれば距離制限なく地図上の知らない場所に確実に飛ぶことが出来るも、高位呪文を用意することは今の私のレベルでは届かないので船中からの緊急避難に備えて作成するためだけの予備である。レベルを上げるために、なるべく早く能力値を恒久的に上昇させるアイテムを調達したいところだ。(そういったアイテムは自力作成するには非常に高位なので、私では早期能力値上昇による恩恵と基本的に相反となる)

 その他、幾つかのスクロールを確保し、再び海上での戦いに備えた上でアーチー領目指して出港した。しかしその帰路では大きな襲撃はなく、15日後には船員の損失なしにほぼ無事でアーチー領所有の小さな港街へと到着した。

 オバウエとイトコは多くの災難に見舞われても生きて戻ったことを神に感謝し、護衛と馬車を備えて私を館に招く。三日後、アーチー本家の館にて私はアーチー家当主と話を交わし、立ち退くよう命じられた。

 

===

 

「妹が非常に世話になったと聞いた。我がアーチー家の血を引く二人を無事に連れ帰って頂いたこと、誠に感謝する。金銭での礼もしよう。

 しかし、申し訳ないが我が家に招くことはできない。お引き取りいただきたい」

「それは何故か、とお聞きしても?」

「貴族の特権は力を持たぬ者に対する義務のために振る舞うべきものであり、力ある者のために振る舞うものではない。貴方は力があり自由な者、貴族が庇護すべき相手ではない。

 何より、貴方の目は人に使われるもののそれではない。人を使う側のものだ」

 

 アーチー家当主は、オバウエとイトコに反して想像もつかないほど見るからに優れた男性だった。

 戦闘力は戦士でない私と魔法抜きでようやく互角といった程度の非力と見るが、白髪(しらが)が混じるほど年月を重ねた知識と経験は、交渉、はったり、そして真意を看破する目と耳に長けている。まさに貴族、政治家として理想の成長を遂げた人物だ。

 

「私は妹御に好待遇を約束していただきました。アーチー家はその誓いを裏切るのですか?」

「無論、それらの詫びに相当する金銭は支払う。それでお引き取り願う」

 

 約束を盾に交渉しようにも、金で済ませると言って聞かない。勿論、詫びといって高額をせしめることは可能だが、私にとって金銭はなんの意味もなさない。こちらの狙いは見透かされているようだ。この様子では仕方ない、一度出直し、手口を変えよう。

 

「分かりました。ではアーチー家のご令嬢に協力した分を頂戴しとうございます」

 

===

 

 二万金貨に相当する金貨や白金貨、八割は軽くて換金しやすい宝石の形で頂いた。かなりの負担になるはずだが、私を追い出すには安いからか遠慮なく支払われた。

 しかし私は貴族に、もといアーチー家に取り入ることを諦めていない。帰りの船上での様々な用意、予備がここで役に立つ。追い出されるように館を出た後、私は“センディング(送信)”のスクロールを起動し、魔法の短い伝言でイトコ嬢に約束が果たされなかった旨、誓いの遂行を求む旨を伝える。この呪文は同じく短い返信も伝えられるのだが、返信が帰る様子はなかったのでアーチー領の街宿で数日待つことにした。

 二日して、イトコ嬢から使いのメイドが来る。お嬢の権力では相変わらず館には入れてもらえないようだが、それでもお嬢様御用の魔法使いとして名義を借りることが認められた。目論見は完全に果たされなかったが、早速 その名を使って工房を購入し、より彼女に取り入る準備をした。

 

 工房を買ってから早速二週間半を費やし、私は一つの小さな絨毯(じゅうたん)を製作し、イトコ嬢に献上した。世にも名高い、「カーペット・オヴ・フライング(空飛ぶ魔法の絨毯)」である。目に見えて分かりやすいだけにお嬢様以外にも受けがよく、アーチー家の親族が工房を訪れるようになった。しかし全員の注文を同時に受けることは難しい、なにせ魔法使いの手が足りないからと伝えて、遠回しに弟子を催促した。親族たちは当主ほど鋭い目を持ってなかったので、彼ら自身の利益のために心地よく人を貸してくれた。

 私はその中から魔法を使うに相応しい才能を持つ――具体的には知力や魅力(カリスマ)の高い――人物を見極め、注文されたアイテム作成をホムンクルスに代行させながら彼らの育成に取り掛かった。

 魔法は才能や感性が七割、残る三割を努力と経験と勉強で身につけるもの。初歩中の初歩の呪文でさえ会得するまでに弟子は一年以上かかるのが普通で、私でもその過程を省略させることはできなかったが、あの夢の中で得たデータとしての知識、それから私自身の弟子時代の経験と重ね合わせて、魔法を扱うことに必要な課題だけを抽出。“シュア・タレンツ(技能共有)”呪文やその他魔法を付与する呪文によって先に魔法を扱う感覚を体験させ、その経験を元に各自が学習して魔法の才能を引っ張り出させる。最初は訓練や私の見た目に不平不満を述べる彼らだったが、黙って経験を積ませるうちに未知なる魔法の感覚に感動し、励むようになった。

 一ヶ月後、付け焼き刃ながら初歩の魔法を扱えるようになった四人の1レベル・ウィザード(魔術師)見習いたちが誕生した。魔法の会得に浮かれる彼らだが、なりたての彼らに魂のパワー(=経験点)を込める必要のある注文品のアイテム作成はまだ任せられない。というよりそもそも巻物以外の魔法のアイテム作成技術(特技)を身につけられるレベルではない。

 そうと分かっていても納得しないのが浮かれる彼ら、なのでふんだんに金を費やして素材だけを数揃え、実際に自力で作成させてみて、失敗する経験を与えて理解させた。その後に、彼らにも可能な「アイテムに呪文を提供する段階」を経験させて二つ目の品を作成した。一般的な材料を用いた建築物に限るが完成形を想像しながら演奏するだけで三日分の建築作業を三十分で完了する魔法の竪琴、「ライア・オヴ・ビルディング(建造物の竪琴)」もまた目に見える形で魔法が効果を表し、実用性もあるデモンストレーションにもってこいのアイテムだ。これに加えて、見習いウィザードたちを親族たちに返し、各々の下で更なる訓練と魔法の普及に務めさせる。親族たちがより私に親しくなり、時に彼らの館の晩餐にも招待され、当主の意向を無視した勧誘を受けるようになった。しかし私が貴族に取り入るのは目的ではなく、人を使うための手段だ。彼らを通して人がもらえるのなら立場や名誉に固執する意味はない。私はその申し入れを丁重にお断りし、その詫びにまた新たに弟子を取ることを約束しながら、本命のお願いを申し入れる。

 彼らは心地よく協力してくれ、結果、私の要望にあった幼い一人の女の子を工房に迎える。その子の名はコッペリア、偶然にも私のようにギルドに誘拐され、奴隷として娼館に売られたかつての私のような境遇の幼い少女だ。

 二回目の弟子を育てる合間に、私は彼女コッペリアに別の訓練を施していく。彼ら弟子と違うのは、魔術の扱いよりも知覚と知識に重点を置いた訓練内容で、そしてその成果に対しご馳走を用意して優しくして―――いわば餌付けによって私への忠誠を高めたこと。すなわち、私は彼女を私に忠実な腹心に仕立て上げるのだ。

 アイテム製作の合間に弟子と少女、二者にそれぞれの訓練を与え続けて、一ヶ月後に第二のウィザード見習いたちが誕生し、彼らの元へ送り返した。

 更に一ヶ月かけて、コッペリアは1レベル・ローグ(技術屋)になった。単純戦力では魔法抜きの私に劣る彼女だが、私を姉や家族のように慕う彼女はどうしても生じる睡眠時など私の隙を補うのに欠かせない信頼できる人材だ。ウィザード見習いたちと同じくノウハウを後回しにした促成栽培なので実戦経験はないし機転も利かない信用出来ないから、いずれまたあの船旅のように危険な戦いを伴う冒険に連れていって、経験を積ませたいと思っている。

 

 なお、コッペリアを通じて他人に対するチートを試したが、自分自身や手持ちのアイテムのように数値(特に経験点)を操作することは出来なかった。おそらく私自身は当然ながら、手持ちのアイテムは私のキャラクターシートにも書かれるものなので直接操作できる、しかし他人やその持ち物は私のシートに載ることがない関係だと思われる。私はあの邪悪な檻の夢の中で不愉快な気持ちを抑えて書籍を漁り、今も彼女を成長させられる手段を探している。

 

 アーチー領に来て半年、最初にアイテムを献上してからしばらく会う暇がなかったイトコお嬢様が工房にやって来て、寂しさを口にする。自分と母が引き上げた人物なのに親族たちが使っていることへの嫉妬も漏らし、今度プライベートの付き合いをしたいと申し出る。半ば用済みとはいえ今も使っている名義は彼女のものなので断ると関係にヒビが入る、そう考えた私は承ろうとするが、ここで忠誠を優先して制御を後回しに教育したコッペリアがイトコ嬢へ怒りを口にして食いかかった。これは不味いと止めるも遅く、イトコ嬢は泣きそうな顔をして工房を出ていってしまう。

 飴ばかり与えた従者の躾を後回しにしたツケが来たと反省。コッペリアに体罰を与えながら私はイトコ嬢への詫びを考える。

 アーチー家の親族たちと多くの繋がりが出来ても、未だ当主より本家に足を踏み入れる許しは出ていない私は直接謝罪を入れることが出来ない。手紙などを通じて間接的に連絡するしか無いだろうが、当然私名義で手紙を出しても当主の指示で彼女に届く前に焼き捨てられかねない。

 借りを作ることになるが仕方ないと、私はアーチー家親族を通してイトコ嬢へお詫びの手紙を送り、一方で金で場所を借りてコッペリア調教のためにも用いた“ヒーローズ・フィースト(英雄の饗宴)”で支度を行う。この呪文は毒や恐怖に対する耐性も与えられ、更に脳に染みる味わいを持ち、優れたクレリック(神官)かバード(詩人)にしか使えないため王侯貴族以上しか食べられないとされる高位呪文のご馳走だ。実際はたった呪文やアイテム一つから生まれるご馳走だが、十分な(もてな)しを用意していることも手紙に記し、親族から手渡したことを確認とってその日を待った。

 当日、イトコお嬢はビクビクとした様子でやってきた。私に対する申し訳無さ……もあったのだろうが、最もな理由はそれでない。私を館から追い出したアーチー本家当主が同伴していた。

 

 


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