ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

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003 取り入る

 オバウエは念願の自分の娘を取り戻した。しかし彼女は娘への愛ゆえに動いたのではない。彼女は夫に見初められた女としての矜持と、正妻への怒りを表す手段として娘を取り戻すことを選んだのだ。だから結果が伴えば方法は構わないと、彼女は私の悪魔の提案を望み、簡単に受け入れた。私ごときの言葉に揺り動かされたのは、窮地を救った信頼によるところもあったが、何より度重なる不幸、不遇で心が弱っていたのが大きかった。

 馬車で待っていた私に、オバウエは震える声で約束を果たしますと私に告げて、自らの娘の肩を押した。やろうと思えばこの場で私との約束を裏切れるはずが、彼女は心が折れてしまったようだ。可愛そうなオバウエ、実家からつけられた護衛の方も彼女のことをかばおうとしない……まあ余ったミスラル武器を一つ与えるだけで私へ転ぶ、金にがめつい人だったから彼女が土壇場で裏切られる目に合わずに済んで良かったというもの。

 オバウエの実娘は私よりも背丈がやや年上の、まだ大人になりきれない十三歳程度の女の子で、紫地に前面を黒のフリルで着飾ったゴスロリ調のミニドレスを着け、ブラウンの髪を立派な縦ロールにした見るからに生意気そうなお姫様であった。

 

「何をジロジロと見てますの。ぼうっとせず、仕事をなさい」

 

 娘―――イトコ(従姉妹)(仮称)は実母の不審な行動へ僅かに動揺を見せただけで気を取り直し、目の前で不躾な態度を取る私を侍女か何かと勘違いし、叱る。

 

「いいえ、リッカお嬢様。私は雇われの魔法使いフランドール、災難に遭った貴女の母上様を助ける代わりに、ご実家で取り立てていただく約束を交わしています。

 敬意は払いますが、母上様にはここまで大きな貸しが出来ました。

 私はアーチー家とは恩を返す誠実な貴族と思っていましたが、まさかその血を引くお嬢様がそのようなことをなさるとはとても、とても残念です」

 

 私は名乗り、皮肉を込めて優位にあることを遠回しに伝えると、イトコは苦い顔をした。貴族相手に口勝負など本来は相手の土俵だが、先に貸しを作った優位に加えて、経験値とアイテムの差でこちらのカリスマ(魅力)が上回った。

 

「そんなことはないわ。この***家次女リッカは、たとえ受けた恩が返します。それが金貨百枚や千枚に値する恩であろうとも……何?」

 

 私はフルフルと顔を横に振って訂正を入れる。

 

「百や千では済みません。母上様への貸しを金貨に直すと、一万枚を超える額になりますリッカお嬢様」

「バカを言いなさい!そんなの詐欺よ、さては母さまを騙したわねこの魔女!」

 

 金貨一万枚といえば、小さな屋敷が買えるほどの額で貴族の財布でも気軽に払えない。文字通り桁が違う。

 彼女は詐欺だと私を糾弾するが、取引の張本人には私の貢献を深く知ってもらうために当然その価値を伝えてあった。私がオバウエに目線を送ると、ふるふると肩を震わせて謝りの言葉を口にしながら娘を止める。

 

「いいえ、いいえ。違うのよリッカ……私はそれを知った上で彼女の手を借りたの。たとえ魔女でもその手を取ったのは私、悪いのは私なの」

「そんな、母さま。嘘よ、こんなチビッ子に大金を用意できるわけない。魔法を使って騙したに違いないわ、そうでしょ?」

 

 オバウエとイトコは母娘で愛情を交わしあっているが、私は興味がない。それに正直、金額はどうでもよく、彼女らが借りを自覚してくれればそれで良いのだ。

 

「はあ。魔法使いが本気で才能を金につぎ込めば、貴族並の財産を得るくらい余裕ですよ。ですが私も魔法使い、金銭よりも優先すべき信念と目的があります。

 そのためには魔法使いにない力を持つ権力者に取り入るのが一番ですが、いかんせん貴女も仰ったようにこのチビッ子の身では信用されません。ですから分かりやすい形として金を見せました。

 約一万の貸しの代償は、今後アーチー家が私を信頼、信用することで返していただきます。

 それに貴族でも金は物入り、なければ苦労し、あるだけあって損はないものでしょう?」

 

 私はまくしたてるように彼女らへ説明をする。既にオバウエには伝えた内容だが、万が一 オバウエが命を落とした場合、アーチー家に口利きするものはいなくなってしまう。無論守る努力はするが、イトコにも彼女の予備になってもらう。

 

「つまり、一万をそのまま返す必要はないということね」

「ええ。具体的には主に人手を借りることになりますが、貴族なら人を動かすのは簡単でしょう。

 私が直接やれば時間も手間もかかりますが、貴族なら容易いことに私は一万金貨を費やすだけの価値がある。

 母上様への協力は全て、その先払いになります」

 

 詐欺だなんだと喚いたイトコは、説明を聞いてようやく落ち着いた。

 未だ不審、胡散臭いと訴える視線が抜けないが、私のことを話し相手とは認めたらしい。

 

「……一万を余裕と形容する人は、貴族にもいなかったわ。魔法使いって皆そうなの?」

「いいえ、そこは私が特別な魔法使いということ。

 しかし世界の端から端へ一瞬で移動するようなことは出来ません。今の私に出来ることは金を生むことと、派手に人を殺すことだけ」

「つまらない魔法だこと。もういい、帰りましょうオバウエ」

 

 物騒でつまらない魔法、しかしそれはこの世界では非常に役に立つのだと彼女は知らない。

 未だ信頼されないものの、私は彼女の側にいることを許され、共に馬車で帰った。

 

===

 

 途中の宿場で一泊した翌日、港への道中を馬車がかけている途中で、馬に乗って並走する護衛たちが騒ぎだす。

 侍女が顔を出し、護衛たちに何事かを聞きました。どうやら後ろから武装した集団が馬が列をなして走って来るそうだ。

 山賊かと警戒態勢に入るが、護衛の一人が「あれはマリランス家の装備だ」と見覚えあることを伝え、緊張は少しだけ緩んだ。しかし私は不穏な予感を感じ取り、ゴソゴソとバフ(強化呪文)を整える。

 

 やがて蹄の音が馬車越しに聞こえるまでになり、馬車を止めて護衛の一人が代表して彼らに話しかけだした。しかし蹄は鳴り止まず馬車を追い越し、左右前方にまで回り込んだ。ここに来てオバウエたちも異変に気づき、従者を差し向けて外の様子を伺った。私は事が起こる瞬間まで内部で待機する。

 従者は馬車の外の何者かの御用を聞きに行き、やがて馬車内へ戻りオバウエ方に報告した。彼らマリランス家の騎士たちは将来の若様の妻となるイトコ嬢の返還を要求していると。

 オバウエは履行した取引を覆す主張に困惑した。イトコ殿は疑問符を浮かべているが、血の繋がる母上の苦労を知っているため拒否の色が強い。

 娘の意向を確認したオバウエが従者を通じて拒否の意を伝えるが、暫くして悲鳴と共に鉄と鉄が打ち合う音が響き出す。案の定、騎士たちは力ずくでイトコを取り戻すようだ。

 

 始まった争いの音に怯えるイトコと、状況を悟ったオバウエを置いて私は取り出したスクロール片手に馬車の外に出る。そしておもむろに馬車前方を塞ぐ騎士たちへファイアーボールの火球を打ち込み、逃走経路を確保する。

 「魔術師だ!」の声が騎士たちから上がるのと、私が御者へ「走れ」と指示したのが同時だった。護衛たちを置いて馬車が走り出し、爆発に怯む騎士たちを蹴散らして港へ向かう。敵騎馬の数は十一、うちファイアーボールの当たりどころが悪かった馬車前方四騎中の一騎が倒れ、火球の直撃を避けた騎士一騎は立ち位置が悪く真横を他の騎士に塞がれた状態で突進する馬車に馬ごと轢かれて命を落とした。火球を受けたものの残る前方の二騎は馬車の突進を回避し、ベルトから(恐らく治癒の)ポーションを服用して回復していた。左右後方で護衛と剣を交える残り七騎は、三騎が護衛を足止めし、四騎が馬車を追ってきた。

 ポーションを飲み体力を回復した二騎が合わさり、計六騎の騎士たちが追ってくるのを窓から確認する。単身で駆ける騎馬に比べて馬車の足は遅く、護衛たちの足止めで稼いだわずか50メートルほどの距離はみるみるうちに縮んでいく。しかし奪還対象を内に抱えるこの馬車に彼らは安易に弓で攻撃することはできないし、走る騎馬上で正確に弓の狙いをつけることは難しい。一方で私も激しく揺れる馬車上でスクロールを読み呪文を完成させることは難しいものの、既に完成された呪文を込められているワンドの発動は簡単なものだ。そして後ろを真っ直ぐ追ってくる騎馬たちは固まっており、ファイアーボールでなくともまとめてその足を止めることは容易い。

 

 私はワンドからたくさんの“グリース(油)”呪文を解放し、肉の脂肪分を取り出したような白濁色の油が馬車後方のあちこちの土や草に引っかかる。歩く人間なら簡単に避けられる油溜まりも、疾走中の馬が避けることは難しく、騎馬全員が油を踏み抜いてバランスを崩して転倒、あるいは避けようとして失速した。

 そうして十分に距離を稼いだところで、見晴らしのいい丘の上で私は飛び降り、馬車を先に走らせる。このまま振り切ることも可能だが、奴らは港街まで追ってくるだろう。港町も彼らの領土だ、法を盾に逃げ道を塞いでくると想像できる。ならばそれを少しでも遅らせるためにここで騎士を潰し、失敗したと悟られるまでの時間を稼ぎ、出港したらいい。

 一分後、バラバラにまず四騎がやってきた。私は街道脇の葦原に隠れてクロスボウで騎士を一人ずつ撃ち殺す。二人殺したところで騎士は狙撃されていることに気づいたが、丘下まで馬を進めていた彼らが逃げ戻るには遅かった。慌てて葦原に身を隠そうとするも、その前に残る二人を撃ち殺した。乗り手のいない馬が街道や葦原を駆け抜けていった。

 少し遅れてまた二騎が現れた。二騎は丘の見える位置に差し掛かったところで味方の死体に気づき足を止める。構わず私は一人を撃ち殺した。もう一騎が狙撃に気づいて馬首を翻し、道を逆走した。私はクロスボウを腰のベルトに戻し、代わりに“マウント(乗馬)”のワンドを引き抜き、ポニー(小型の馬)を呼び出してそれを追う。間もなく逃げた一騎が、足止めされた騎士と合流して三騎に増えた姿をこちらに見せる。ランス(馬上槍)を構え、私めがけて突進してくる彼らに対し、私は―――馬から飛び上がり、槍の届かない宙へ逃げた。私の代わりにポニーが突進の犠牲になるが、まさか上に逃げるとは思わぬ行動に唖然とし、直後慌てて馬を止め槍を捨て弓を構える彼らを宙に浮かぶ私がゆうゆうと“スコーチング・レイ(灼熱光線)”のワンドを引き抜いて、一人ずつ鎧を貫く熱線で焼き殺していった。

 

 いかな私でも、多くの呪文(ないしスクロール)を行使するためにはチェイン・シャツ(鎖帷子)のような軽い鎧すら邪魔になる。魔法で力場の鎧を編むこともできるが、本物の鎧と比べれば強度の落ちるそれらは熟練の戦士の操る剣や槍を止めることは叶わない。

 レベル相応にHP(ヒット・ポイント)が増えていようと接近戦は危険と認識していたからこそ、私は騎馬の接近を悟った時点で“エア・ウォーク(空中歩行)”の呪文を馬車内で既に施していた。

 魔法を持たぬ戦士たちでは空高くに槍を届かせることは叶わない。弓は槍と比べれば重さも殺傷力も落ちるため、彼らが私を射殺すよりもずっと早く私が彼らを射殺すことは簡単である。もっとも、これは彼らの人数が少なかったからこそ通用した戦法で、空に飛び上がることでより多数の視線を浴びる危険な状況や、弓よりも強力な特殊攻撃を持つクリーチャー相手には使えない手段だ。

 

 私は港への道を逆走しながら襲撃地点まで戻った。私が殺した騎士は十、一騎だけ行方の知れない騎士は襲撃地点でオバウエの護衛、従者たちと共に屍を晒していた。数的不利な戦闘にも関わらず、護衛たちは少しだけ職務をこなすことが出来たようだ。

 騎士の遺体の始末を考えたが、私一人では手に余ることから諦めた。再びポニーを魔法で呼び出して、先に港町へ駆け抜けていったオバウエたちの後を追う。魔法で呼び出した馬だからと酷使し、ポニーの早足で二時間後に馬車に追いつく。

 中のオバウエたちに敵味方皆殺し殺されたことを報告するついでに、「つまらない」と言った殺しの魔法で助かった気持ちはどうですかとイトコに感想を尋ねてみたが、非常に怯えるだけで何の回答もくれなかった。残念だ。

 

 港町に到着したところで、馬車に付着した血液を咎められる。従者がいないので変わりに私が盗賊に襲われたと誤魔化し、外壁を乗り越える。護衛が全滅した今、二人を宿に預けるよりは直接 船に運んだほうがいいだろうと、帆船にお連れして船乗りたちに預ける。イトコは襲撃の恐怖がいまだ後を引いているようで文句を言わなかった。

 船乗りたちには出来るだけ早く出港したいことを伝えると、出る気なら明日にでもすぐ出られるという。しかし流石は元海賊混じりだけあって、人目に知れず発つなら今宵の闇夜に紛れるのがいいと提案してきた。私は彼らの案に乗り、日が出ている間に馬車の返却がてら幾つかのアイテムを調達しに店を回り、夜には船に戻った。

 

 船員は夕暮れ、船上で酒を飲む宴会の騒ぎを装って見張る街の兵士たちの目を誤魔化しながら出港の準備を整え、完了した途端に酔気を覚まし、錨を上げて帆を広げる。私は追い風を起こして出港を手助けし、兵士たちが集まる前にあっという間に港を離れて沿海に飛び出した。

 まだマリランス領の海軍を上げて追ってくる可能性はあるが、海戦はミスラル製の武具よりも高価な船を失うリスクが高い。私が殺した騎士の死体を調べればすぐに火の呪文を使ったことは分かるだろうし、実際戦いでは私は敵船を燃やすことをためらわない。娘を奪還するには更に戦術面でリスクを負うこともあり、海上の追っ手はかからないだろうと私は見ている。

 

 それよりも問題は……と、私はすっかり昨日の恐怖が抜けて海上の不便と不満を私にぶつけるイトコをどう相手したものか考える方を優先した。

 

 

 


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