ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

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002 独り立ち

 虚無的な正夢から覚めた私は、閉じた窓から漏れる潮風に現状を思い出す。

 ここは地方でも有数の港街リーフス・バレー。山脈の谷間に流れる川と滝の先に広がるサンゴ礁を埋め立てて作られた、元海賊の隠れ家。しかしある時、地方を襲う嵐と災害に見舞われ、隣接する貴族領へ救援を求めたのをきっかけに王国の一領地に組み込まれた。以来、海賊が拓いたこの地は多数の船が停留する港街となった、らしい。

 

 これはもうずっと前に神殿で読んだ、地方を行脚した見聞録の内容だが事実と齟齬はないようで、商人なのか海賊なのか見分けのつかない荒くれたちの集う街を数日前、私は野外を突き抜けて無事到達した。昼は“マウント(乗騎)”呪文で呼び出した魔法の馬で、夜は“ロープトリック(縄の奇術)”呪文で垂らした異空間に繋がるロープを登り夜襲を恐れることなく、食べ物飲み物は“エヴァーラスティング・レーション(無限の携帯食料)”および同“マグ(無限の水筒)”により無補給の強行軍だった。肉体の疲労さえ、普通は金貨十枚もする呪文のワンドを惜しみなく使って癒やし、残魔力を消耗した魔法のワンドは数をいじくる私のチートで残り充填数を弄くって、通常の最大魔力を超えた半無限大の魔力を秘めるいんちきアイテムと化している。魔法のアイテムに、許容量を超えて魔力を充填すると普通なら爆発したり作成に失敗するのだが、このチートで変化させたワンドは見ても触れても使っても全く異常を起こす気配はない。改造前後でアイテムに外見の変化はなく、ありえない魔力に対応できる素材に変化した様子などはないことから、チートが異常なアイテムの暴発を抑制しているのではないかと私は思う。

 私はこの港町に到着してから増殖した金貨で家を買い、簡単な魔術師の工房にして魔法のアイテムを作りながら戦闘力の向上を模索している。この世界において幅を利かせているのは、剣と魔法のファンタジー世界だけあって戦いだ。草原から山岳、森林から海、空、果ては人の住処の中まで、この世界には知性の有る無し様々なモンスターが生息し、多くは自身や種族のために人をはじめとする他の生物と戦いで支配領域を奪い合っている。人は戦士を集めて集落を防衛し、ウィザード(魔術師)は彼らを神秘的な秘術呪文やアイテムによって援護し、クレリック(神官)は傷ついた戦士たちを神より授かった信仰呪文で癒やしている。人によっては口八丁手八丁で危難を切り抜けるものもいるが、知性がなく話を効かない奴や相手の気分次第ではそうもいかないため、戦闘力がなければ世界を旅することもできない。

 あの夢で見た巨大な怪物、私を踊らせる張本人は私に好きにしろと言った。しかしまさか、言葉通り好きにしろ……という意味であれば、私にチートを与えたり接触する必要はなかったろうし、やはり何かを期待しているのだろう。では具体的に何を、といえばやはり神様転生(あれが親切な善い神様にはとても思えなかったが)させて、チート能力持ち転生者がこの世界でどれだけ上を目指せるか、成り上がりではないかと私は思う。次点で奴が神なのであれば奴に対する信仰の布教だろうか。後者だったらあまりにアプローチがなさすぎるが、いずれにしても、この世界のマスト条件が戦闘力である以上は、私自身が強くなる必要がある。

 というわけでその手段の一つとして、あの夢の中で見た私というキャラクターの名前が綴られたキャラクターの「データ」……そのうち能力値らしき数値を、チートによって増加させようと検索しているが、成果は著しくない。私というキャラクターは、あの紙に書かれた文字以上にどうやらたくさんの数値で構成されているらしく、能力値と同じ数値でも実際は異なるものに対する数値であったり、似たような数値もたくさんあってお目当てのものを探すことができない。

 では手当たり次第にやってみようかと幾つか無闇矢鱈にそれらしき数値を変更してみると、私は突然吐き気を伴う、一時気を失いかけるほどの恐ろしい寒気に襲われた。しばらくして体調は正常に戻ったものの、どうやら私の身体のデータのうち変更してはいけない数値を触ってしまったらしい。恐らく、この数値の中には心拍数とかどこそこの細胞や血管の数とか、そういう変更しては危険な数値も含まれているのだ。今回は無事に済んだが、下手にいじると自殺になりかねない行為だと気づき、以後 確信を持てない数値の変更はタブーと定めた。

 しかし能力値の増強は、レベル上げの次に強くなるためのもっとも近道で再優先事項だ。あのキャラクターデータが書かれた紙によれば当時の私は3レベルだったが、能力値に対するレベルによる修正値という項目は全て空白で0のままだった。どうやらこの世界はレベルによって能力値が簡単に上がるような世界ではなかったらしい。もちろん、レベルが上がれば強くなるのだろうが、レベルとは極論、時間をかけて経験値を貯めれば誰でも上げられるようなもの。本当に強くなるなら、簡単に上がらない才能である能力値をこそ伸ばすべきなのだ。

 私は次に、実際に能力値をあげるような魔法やアイテムを使って、その数値の変化分を検索することで能力値の増加を考えた。これは部分的に成功し、私は筋力増加のガントレット(篭手)を装備して筋力100に変更すると身体に活力がみなぎり、宿屋の部屋据え付けのベッドを片手で軽く持ち上げることができるようになった。しかし満足して篭手を外すと、途端に私は反動の脱力感に襲われる。どうも、私が変更したのは本当に「アイテムによって変化した分の数値」だったようで、能力値を強化するアイテムを着脱したり、あるいは呪文の持続時間が切れるなど数値が変動すると、変化した分が正常な数値に再上書きされるらしい。チートによる数値の検索や変更には集中や時間が要るし、反動の脱力感が一種の状態異常を及ぼすため、アクシデントがつきものの冒険にはリスクが大きすぎるとしてこの手段は非冒険時限定とした。

 最後に、私は常用する能力値上昇装備アイテムの効果が低い下級版を自作し、そのアイテムを中級や上級版に強化する時にアイテムの効果量の数値を検索し、それを変更することで間接的に恒常的な能力値増加を目論んだ。これは残念なことに失敗した……上級版を遥かに超えた大きな数値に変更すると、途端、あのタブーを犯した時と同じ、しかし気を失うほどではない軽めの寒気に襲われ、同時にチートを施した強化アイテムがボロボロと砂のように崩れ落ちた。この特徴的な感覚がチートのタブーを犯したもので、弄ってはいけないものを触ってしまったことはすぐ分かったが、その原因の解明には時間がかかった。どうやら強化アイテムは効果量の数値によって「下級版」「中級版」「上級版」と決まっているため、そのどれでもない数値にすると不明なアイテムとして崩壊するようだ。この世に存在する能力値強化アイテムには上限があるということなのだろうか。これは武器や防具でない、その他多くの魔法のアイテムの装備品に共通するようだが、一方で魔法で強化された武器や防具について試したところ、こちらは際限がなかった。なので物理攻撃力や防御力の心配はなくなったが、この世界の魔法攻撃はだいたい防具の防御力を無視するし、魔法のアイテムの機能を失わせる魔法なんてものもあるため これだけじゃ無敵にはまだ遠い。

 

 なんてことしていたら、魔法のアイテムの作成で随分と時間を費やしてこの街に来てはや半年が過ぎた。一度、寝室も兼ねる工房が強盗に襲われ、思わず例の際限なし超強化ダガーを投擲して撃退したのだが、とりあえず動きを止めるつもりで投げたダガーは狙い過たず強盗の頭と体を真っ二つにしてなお止まることなく壁をまるで豆腐のように突き抜け、運動力を失って壁向こうの地面に突き刺さって止まるまで飛び続けたこともあった。それで凄惨な死体を作り出す邪悪な死霊術師(ネクロマンシー)の噂が立って以来、私の出で立ちは有名になって周りとは疎遠になった。でも強盗が二度と起きなかったことには感謝している。

 

===

 

 奴隷時代にはネズミやムカデなどを狩って経験値を得、その数の増加を検索してレベル上げしていたが、魔法のアイテムに呪文を宿すのに必要なエネルギーとやらが、経験値をわずかに消費することと気づいてからはその減少を検索するだけで、経験値は減っているのに逆にレベルが上げられるミラクルを起こせるようになった。おかげでこの街に来て以来、経験点も金も不足しない充実した生活を過ごしつつ6レベルまで到達した。しかしこれ以上の上昇は低い能力値のままでは身につけられる技能が少なく、損をすると気づいてから私は無闇なレベルアップを控えている。どうせレベルを上げても私の戦闘力の大半はアイテムに依存するので、大きな街で流通している素材で作れるアイテムに限りがあるから今よりも先を見据えた成長を行うべきだ。

 だから時間をかけて情報と、魔法のアイテムの実物を集めたり呪文の見識などを広め、作成できるアイテムの幅を増やしながら主に知識を蓄えた。時折り、あの檻の中の夢を見ることが何度もあり、まさに人形遊びに使われている不快な感覚を思い出させられるが、あの檻の中にある書物、この世界の仕組みや記されている“データ”は非常に役に立つことから、憎いものの黙ってその利益を享受している。

 

 ある日、すっかり恐ろしい噂が広まって訪れるカタギはいない我が家へ珍しく普通の客がやって来た。沿海を渡ってリーフス・バレーに到着した商船の船乗りで、怪我人が続出したことによる緊急依頼の伝言だという。なんでもこの港町に着く直前に海に浮かぶ巨人が現れて商船を攻撃し、乗っていた船員の多くが死傷や重症を受け、かろうじて到着して神殿に治療を頼むも全員分を癒やしきる回復の手が足りないとのこと。そこで魔法のアイテムの注文を受け付けている私の工房ならば治癒アイテムの蓄えもあるだろうと訪ねてきたらしい。

 キュア・ライト・ウーンズ(軽傷治癒)は最も回復効率の良い呪文のワンドとして、二本分(計百発)の備えは常に有している。いざとなればチャージ数もチートで補充可能で、回数が足りない心配はないが、魔法のアイテムの相場はとても高価で、それこそ商船を持つ裕福な商人にとっても金貨二、三百枚に及ぶ支払いは厳しいはず。

 私は金に困らない存在だが、無償で施しを与える善人ではない。金にせよ何にせよ、命がかかってようと差し出してもらわなければ施すことはできないだろう。とりあえず治癒呪文のワンドを手にとったが、まず金の有無を問うために責任者の所へ、伝言の船乗りに案内してもらう。

 向かった先の宿の小部屋で責任者と出会ったが、ダメージの目立つ高級なワンピースに身を包んだ女性だった。長い船旅で潮風に揉まれ、更に災難に見舞われて着替える暇もなかったらしい。危険な船旅に乗る人物にしては随分覇気に欠けており、手や肌に目立つ傷もなく荒事に慣れてる気配もないどう見ても訳ありの貴族である。私は良い取引はできそうもないなと、考えを改める。

 

 案の定、この女性は使命があるなどと述べ、金貨二、三十枚と引き換えに治療を依頼してきたが、私はにべもなく断る。呪文としての料金ならまだしも、(なま)の呪文より高くつくアイテムを利用するならその数倍、百枚が相場となる。それよりかは同じ金で新しい船員を雇った方がずっと安上がりだ……死者多数を産んだ縁起の悪い船に人が集まるかは別として。

 せめて商船なら積荷でどうかと聞けば、貴金属や工芸品といった魔法のアイテムにはあまり直接役の立つものでない品ばかり。金も物も出せないなら、私が動くことはできない。そう伝えると、彼女は聞いてもいないのに自分の使命とやらについて語り出す。聞く気もない話を捲し立てられてウンザリした私が半ば席を立ち上がりかけたところで、彼女が重要な名前を口にしたことで、興味が移る。

 なんでも、彼女は実家と海を挟んだある貴族家当主の妾だったが、その当主が戦死し、若き長男が家を引き継いだところで、本妻に家を追い出され、実家に帰されたそうな。彼女が産んだ娘は彼女の元から取り上げられ、そのまま政治的な婚姻に利用された。嫁ぎ先の行いに実家は怒ったが、当の彼女はそれよりも産んだ娘が心配で、金銭と護衛を用意して自ら婚姻先に向かう船旅の最中だったそうな。しかしその道中に先述の“海巨人”に襲われる不運に見舞われ、実家から駆り出された護衛は彼女を庇って死んだ。船員の多くも負傷し、ようやっと着いたこの港町で船の修理と補給、船員の治療などを行うにあたって金銭の余裕はなくなり、私に提示した額以上を出すと娘の返還交渉を求める分が足りなくなるという。

 これを聞いて、私は興味を抱いた。別に彼女の志に感慨を受けたのではない。彼女の家名―――アーチー家は、なんたる偶然か幼い頃に私の母が口にした種親のものと一緒だった。私の予想が正しければ、目の前の女性はおそらく叔母か、大叔母に当たる。両親とはどちらも幼い頃に引き離されたが、私は彼、彼女らから子の存在を奪った親不孝者であることは忘れていない。旅に続く旅で方角しか地元の場所は分からなくなったが、いつか戻って孝行すると心に誓っていたために、血縁者であるアーチー家の彼女を見捨てる選択はなくなった。

 私は、貴族が持つ特権に興味を持ったフリをして、当初の金額に加えて実家で遇することを条件に治療の依頼と、今後の同行を承諾した。船に案内され、負傷した船員たちは甲板下にまとめられていたので十分もかからずに処置を終えた。船員たちは感謝し、更に今後の船旅に同行することを知ると感激してまとわりつかれた。体格差半端ない。

 

 船員たちの治療を終え、船員の募集や船の修理を待つ一週間の間に私は出立の準備を整えた。工房を設備ごと売り払い、持ち運べる道具や素材だけを布に包んで魔法のバッグに詰め込み、オバウエ(叔母上)(仮称)と同じ宿に移った私は今後のことを検討し、“海巨人”によって減らされた戦力の分だけ船を守る手段について相談をした。普通、多くの船乗りは腕力と体力があるだけの人夫なので、海賊のように装備も戦力も整った船乗り集団相手には、個人の技術に関係しない遠距離戦ならまだしも接舷されると勝ち目はない。戦いとの両方に長けた船乗りを雇おうとすると、彼らはもはや傭兵なので、普通の船乗り(人夫)を雇うより数倍高くつく。私に支払う金ですら困っていた彼女にそんな余剰金は残っていない―――ので、更なる貸しつけと共に私が自費から支出して、元海賊の船乗りたちを雇用した。ただし彼らは隙を見せると雇い主から金と船を巻き上げるような荒くれなので、また別に私個人の護衛も雇用する。そちらの交渉で少々問題が発生したが、取引によって一先ず解決したため当面はよしとする。

 

 他、海戦になった時のことも考えて砲撃呪文の仕込みも行ったが、威力はともかく敵の船に致命傷を与えることは特攻を招く恐れもあり、戦術的にあまり有効ではないだろう……風の強い海上ではガスや霧のような妨害はすぐ無効化することもあってあまり取れる手は多くない。このへんは雇った傭兵たちと、私の護衛の活躍に期待するしかない。

 そんなこんなで私が手を回して準備をし、失った戦力の損失を補填した船がリーフス・バレーを出港した。そして私たちを待ち伏せていた“海巨人”に再び襲われた。

 

===

 

 リーフス・バレーを出港して2日、快晴の真っ昼間に前触れもなく船を覆うように霧が発生した。船室にいた私はそれを知らず、次に船を揺さぶる大衝撃で船内を転がされたことでようやく異変に気づいた。「またあの霧だ!」という船乗りたちの恐怖の声に、スクロール入れとクロスボウ()片手に慌てて甲板に身を乗り出すと、薄っすらと晴れつつある船べりの向こうに、マスト()と同じ高さはあろう黒皮に覆われた半魚人、いや半シャチ人と言うべき巨大な人型のクリーチャー(生き物)がこちらを見下ろしていた。

 

(あれは巨人ではない……巨人よりもっと大きなモンスターです)

 

 私は事前に、船を襲ったという海巨人……オーシャン・ジャイアントについて調査した。オーシャン・ジャイアントは深海に適応した巨人の亜種で、下半身に魚のような尾が生えた人魚の形態を取っているが、変身して通常の巨人のように二足歩行で陸上に出ることもできる水陸両生の生き物だ。だが、その性質は善なので人を無闇に襲い、虐殺するような種族ではない。ましてやあのように魚じみた上半身を持っているなど聞いたこともない。だからあの生き物は巨人とは全く別のモンスターであることは確実と、私は理解した。

 なお、この時の私は知らなかったが、このシャチ巨人はオーシャンストライダーという妖精(フェイ)の一種で、海を汚す外敵を排除することを生きがいとする自然の象徴である。彼はときに、海を汚す瞬間を目撃するために船を追跡したり、待ち伏せることもあるのだ。

 

 甲板にいた多くの船員たちは先ほどの衝撃で負傷し、何人かは海に投げ出されている。それでも船を守るべく元気に動いているのは、私が雇った元海賊の船乗りたちだ。並の船乗りよりバイタリティ溢れる彼らは衝撃で負傷しても船を転覆させぬとしきりに働いている。しかし船を見下ろすシャチ巨人の存在が彼らを恐怖で脅かしており、その動きは芳しくない。かくいう私もあのシャチ巨人を見てから心が恐怖に襲われている……これはただのプレッシャーではない、やつは何かしら恐怖を与える能力を有しているのだ。

 

「オーナー、あれは危険だ。悪ではないが、とても私の手には負えない。一分稼げれば上出来だろう」

「ええ、正体はともかく、巨人よりも知的で悪辣なモンスターに違いない……この霧だって、奴の生来の呪文に決まっている。それに霧を出すだけが奴の能力とは思えない、もっと直接的に害する能力をきっと持っているはず」

 

 そんな私に、ずっと甲板にいてシャチ巨人の様子を伺っていた護衛が報告を行った。彼もシャチ巨人を見て恐怖を受けている様の片鱗が見られたが、天上の守護者である彼らの生来の気丈さが前面に出ているだけのこと。

 

「少し、隙を作りなさい。悪の生物でないのなら、アルコン(守護天使)のあなたに、奴の武器攻撃は通用しないはず。

 代わりに予定していた雇用期間の残り全てとの引き換えを許します、船が安定し、霧が晴れるまでの僅かな時間を作りなさい」

「……ならば様子見の一当てだけ承った。以後はあなたの責任だ」

 

 そう、私が雇った個人の護衛とは、天上の世界から呪文で雇った下級のアルコン(守護天使)である。天使の羽による飛行能力を持ち合わせ、等身大で船に乗ることも出来、意思疎通可能で船乗りたちとコミュニケーションを取れる彼らは下手なモンスターより勝手のいい存在だ。もっとも、招請した当のオーナーである私がまさかの彼らにとって悪判定を受け、危うく契約を断られかねないところを、交渉で私が慈善行為をする契約を結ぶことでなんとか取引が成立した。おかげで準備期間の一部を弦楽器の練習に費やし、船旅中も船員たちに無償で音楽を提供する必要にかられたのが雇用の際に発生した些細な問題だった。

 しかしそんな苦労を背負って雇ったアルコンも、彼に限っては等身大程度の下級天使なためあの強力なシャチ巨人にはかなわない。この地上と異なる世界で生まれた来訪者たちは、その性質により通常の物理攻撃に耐性を持っているがシャチ巨人ほどのパワーがあれば耐性を貫いてダメージを与えることは十分可能。加えてシャチ巨人がもし攻撃呪文を使えるなら、威力次第でアルコンは一瞬で消し飛びかねない。肉体ごと招請され、死のリスクを背負うアルコンはその危険を十分承知しており、私の要請に対して少し承諾した。

 

 船を見下ろし、こちらの様子を伺っていたシャチ巨人はまた霧の向こうへ消えた。晴れた場所だとシャチ巨人はリーチ差で接近を防ぐことが可能なため、アルコンはこの霧を逆利用して奇襲を仕掛けに行った。私はそれを見送ってスクロールとクロスボウの仕掛けを取り出し、一方で船乗りたちは帆や櫂を操って海域から脱出を図る……が、船が動く気配は全くない。船の周りに水が渦巻いており、どうやらこれもシャチ巨人の呪文による足止めのようだ。つまり動けないこの船に現状、逃げ場所はない。

 船乗りたちに絶望のムードが蔓延し始めたさなか、ようやく霧が晴れた向こうに船から二、三十メートル離れたところでシャチ巨人が手から冷気を噴出し、アルコンを痛めつけている姿を目撃した。やはりシャチ巨人には物理以外の攻撃手段があったらしく、アルコンは冷気の噴出により酷い痛手を負っていたがなんとか生き延び、そして先ほど変更された契約を果たしたことで天上界に送還されていった。邪魔くさい敵がいなくなったことで、シャチ巨人の目がこちらに向く。そのシャチ巨人めがけて、私はファイアーボール(火球)呪文のスクロールをぶっ放した。

 圧縮された熱の塊が、シャチ巨人めがけて飛翔する。しかしやつはそれに気づき、身を反らして直撃を避けた。しかし火球は真横で爆発し、熱がやつに襲いかかる。しかし炎熱はやつのわずか顔の半分を焦がしたに過ぎなかった――ただの火球では言葉通り、奴の化物サイズ(モンスター)の体力を仕留めるには全然足らないのだ。

 やつは甲板上からダメージを与えた張本人である私に対して、目と口を細め怒りの表情を(あらわ)にし、船めがけてまっすぐ、まっすぐ―――体当たりを仕掛けてきた。もはや私の呪文ではやつを倒すことはできないようだ、ならば武器はどうか?

 私は接近するシャチ巨人にクロスボウを向ける。とはいっても、私は熟練のレンジャー(狩人)のように遮蔽と遮蔽の間を縫うピンホール・ショット(精密射撃)も、次々と矢を射掛けるラピッド・ショット(速射)も、弱点を狙うスニーク・アタック(急所攻撃)ができる腕も持たないが……それは弓という原始的な武器が狙ったところにまっすぐ飛ばないし、威力も限定されたものだからこその話。

 私はシャチ巨人の右目に照準を向けて、クロスボウの引き金を引いた。クロスボウは何の反動もなしにボルトを射出し、しかしボルトは爆音を放って私の目の前からかき消えた。シャチ巨人の目には取るに足らない憎らしい子どもである私の姿が映っていたが、引き金を引いた次の瞬間にはその眼孔ごと右目を失っていた。

 水上に顔を突き出して、船へまっすぐ体当たりを仕掛けていたはずのシャチ巨人の身体は、船より大きく逸れて水中へ沈んでいった。その後数秒経ってもシャチ巨人は水面にその驚異の体を現さず、代わりに青黒い液体が水面に浮上してきただけ。船は半日、渦巻きから脱出できなかったが二度とシャチ巨人が姿を現すことはなかった。奴はあの一撃で死んだか、この船を罰することを諦めたのだ。

 甲板で私の成したことを見る暇のあった船員はいなかったが、私が何かしたことで巨人が去ったことは皆の知るところとなり、娯楽に飢えた船員たちによって以後“シャチ殺しのサイリン”と持て囃される。

 

===

 

 シャチ巨人を迎撃して七日後、海賊に襲われる。しかしシャチ巨人のプレッシャーに比べればなんのその、発見時点で荒くれどもは元気に積み込んだバリスタ(大型の弩)で帆を裂きにかかった。しかし敵船にも術者がおり、追い風を吹かして急速接近、そのままラムアタックされ白兵戦にもつれ込むも再召喚したアルコンと荒くれたち、そして呪文による反発力場の防御に身を包み首刈りダガーとスコーチング・レイ(熱線)ワンドを振り回す私が元気に迎撃した結果、逆に海賊から財宝を略奪する功績を上げる。臨時ボーナスを振る舞い、温まった懐に船員は港を心待ちにして興奮を隠しきれないでいた。

 そしてリーフス・バレーを出港して二十日、目的の港町マリランス領へ到着する。

 

 入港に関する諸々の手続きは当然オバウエとその護衛に任せる。雇われ船員の数人は船を降りたが、味をしめた船乗りたちはそのまま船に残った。私はオバウエが手続きを済ましている間に、海賊の略奪品や手持ちの余剰なアイテムを売り払って新たな魔法のアイテムや素材の調達、アイテム作成と調整(・・)を行った。同じ港町でもリーフス・バレーと異なり、海岸沿いになだらかな土地が続くこの街の近辺では、変成術のアイテムに相性の良い海藻・薬草類がよく取れる。

 三日後、オバウエたちは手続きを終えて領主館に赴くべく乗り換えた馬車に私は同乗する。帰りに彼女らはまた船に戻るので港で待つのも良いが、もう少し恩を売れるだけ売っておき、貴族の権力に食い込んでおきたい狙いがある。なんせ私は術者というより異色のアイテム使いで、奴隷の時のように下準備がないとあまり役に立たないのだから。しかし貴族の権力があれば、その下準備を手早く行うことができる……アイテムや素材の入手は当然、しかし何よりも金で得るには限度のある“人”が手に入ることが大きい。

 私の目指すところは機械化ならぬ、魔法化。機械によって世界が広がった地球のように、魔法による国の発展。

 数を弄るこの能力(チート)があれば、私がいる限り無限に発展し続けられる。あの巨大な怪物の手元で読んだ書物には神の(データ)さえ記されていた。神は強力無比な能力を有し、神が生む天使や悪魔も人間の英雄を超える強力な生物だが、しかし神も天使も悪魔も所詮 生きているクリーチャー(生き物)で、ステータスがあり、HP(ヒット・ポイント)があり、殴って切って殺せば死ぬ。ならばあの巨大な怪物だって殺せよう。そのときに能力(チート)を取り上げられるならば、所詮ゲームはそれまでということ。

 為すべきように為して良いと言うのなら、己を生んだ神にだって下剋上してやろう。それが私を踊らせるあの怪物に対する感謝と復讐である。

 

===

 

 馬車は途中一晩を挟み、マリランス領主館へ到着した。オバウエは嫁いだ実娘の返還を、実家から持ち運んだ財産と引き換えに望んだが断られた。オバウエの実娘は亡き夫の貴族家と関係を結ぶために婚姻した(つまりある種の人質として寄越した)のであり、金銭で解決する問題ではないという言い訳だ。建前は正しいが、実際のところ次当主にとって家を蹴り出された妾が産んだ異母兄弟なんて切っても惜しくない、要するに見かけだけの人質である。建前など誤魔化せるもの、マリランス家がよほどの誇りを持つ貴族でないなら取引に応じないことはないはずだから……誤魔化しにかかる手間と比べた金額が見合わなかったか。

 オバウエより具体的な額は聞いてないが、私に金貨百枚を支払えない財布だから多くとも一万金貨はないだろう。最高級の魔法の武具が五万金貨を軽く超えることを知れば、湿気た額だと思う。

 

 私は戻りの馬車で落ち込むオバウエの耳に悪魔のごとく囁いた。

「どうしても娘を取り戻したいのなら、代わりに私があなたの娘を買いましょう」と。

 

 五日後、私はミスラル(魔法銀)の長剣(ロングソード)短剣(ダガー)馬上槍(ランス)の三つを用意した。これらは全て魔法で強化され、価格にして軽く一万金貨を超える。

 マリランス家はその家名に因んだ、特にミスラル製ランスに強く興味を示し、魔法で強化されていることを聞いて更に喜んだ。

 今度こそ交渉は成立し、オバウエの実娘は実母の元へ返還された。オバウエは迷うことなく娘を私に捧げた。

 

 

 




NAISEIチートの方針で。

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