ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

30 / 45
003

 

>業界最速!魔法少女攻略本

 愛理が得た“スミス”―――魔法少女への変身アイテムであると共に、ナビゲーター役の使い魔―――から聞き出した情報をまとめると、魔法少女とは戦士(ファイター)生来の魔法使い(ソーサラー)の能力を後付する合言葉起動型アイテムを持つものたちを呼ぶそうだ。

 魔法少女の役目は影の世界からの侵略者たち、モンスターを撃退すること。直接賞金や名誉が与えられることはないが、魔法を使える能力こそ彼女らに先払いで与えられる報酬という。魔法による社会や政治、経済への悪用・悪影響を考慮せぬところに思うものはあるが、さておき魔法少女は戦隊もののように集団行動を求められるヒーローではないそうだ。カグラが調査した3人の魔法少女は恐らく、戦場などで遭遇して自分たちから組んでいるのだろう。ならば愛理―――アイリスは彼女らと手を組む必要がなければ、(侵略者と単身戦う覚悟の上でなら)他の魔法少女と敵対することも許される。

 

「それじゃあ、今からあの女のハウスに攻め込むね!

 ジェーンの代わりにあいつらを引っ張り出してやるんだから!」

 

「待ちなさい愛理、それは短慮に過ぎる。

 私のために動くこと自体を察知されたら、結局私に災難が降りかかると気づきなさい」

 

『イエス。“アイリス”ガ 動ケバ 相手ハ “アイリス”ノコトヲ 調ベマス。

 “アイリス”ガ 何ノタメニ 動イテイルカ 動機ヲ サトラレヌニハ “アイリス”ハ “アイリス”ノタメニ 動カネバナリマセン』

 

「愛理が私のために動くことは、私にとって余計。

 ただあなたが自分のために魔法少女として活動することが、一番私のためになる」

 

「でも、私は魔法を使ってまでやりたいことなんて、無いの。

 私はジェーンのことが恋しくて、魔法少女を受け入れたの……」

 

 私たちと身近に接した愛理は、その干渉を受けて主体性を失ってしまっていた。精神に直接作用する超常能力などは一切使っていないが、だからこそ異世界の研ぎ澄まされた交渉術は強く人の心を揺さぶり、敵を味方にし、熱狂させることすらある。ましてや技術と魅力(カリスマ)、その両方を備える私は現代人の無垢な心ごときであれば、容易く変えてしまうのだ。

 尤も、移ろいやすい心はまた再び変質させることも容易である。

 

「では、愛理に目的を与えます。正義の魔法少女になりなさい。

 身近な平和が侵されることを防ぐため、日常の裏に潜む邪悪なモンスターたちを闇に返すのです。

 私はこの地域と人々を愛している。すると、あなたがこの地域社会を守ることは、私と愛し合うことに繋がる。

 愛という動機に不純はない。それは決して後ろめたいことでも、間違った行いでもない。

 あなたは愛と正義の魔法少女、アイリスなのです」

 

「そうか、私がこの地を守ることは、それがジェーンと愛し合うってことなんだね!

 私、ジェーンのためにみんなを守るよ!」

 

 適切な言葉を並べてやれば、この通りとなる。ちょろい。

 

 

>魔法少女アイリス第一話「タイトル未定」

 その日の夜、カグラの情報通りに都会の闇、路地裏周りでゴブリンを探せばそれはもう簡単に見つかった。異世界で田舎の森を歩いてモンスターに出くわす確率ほどのお手軽さ。本当に私の知る現代地球なのかと疑いたくなる気持ちが芽生えた。

 それはともかく、愛理……もとい魔法少女アイリスには十分な力量はあるが、いかんせん彼女のスタイルは全く近距離戦向きでない。武器はアサルトライフル(自動小銃)、防具は普通の衣服に申し訳程度の魔法がかかったコスチューム(軽装甲)で、習得している魔法は命中率の補助しかないと来たなら、とても一人で送り出すことは出来ない。変身で多少丈夫になってはいても、囲まれて袋叩きか飛び道具で蜂の巣にされるだろう。

 そして集団から逸れたゴブリンを追撃して見つけた連中の巣穴は、路地裏の廃ビルであった。屋内は狭く、当然ライフルの射程を活かしきることはできず、不意を撃っても2、3体やったところで距離を詰められる。通常、ゴブリンは一つの巣に少なくとも5体はいる。時にはホブゴブリンに統率されたり、用心棒モンスターを連れていることも珍しくない。

 無策に突っ込もうとしたアイリス(愛理)の襟首を猫のように引っつかんで止めて、幾つかの守りを固める呪文を彼女にかける。ヒロイズム(英雄化)にバークスキン(外皮強化)、前者は精神を鼓舞することで攻撃面を強化する呪文で、後者は使用者は限られるが単純に防御力を増す定番呪文である。より強力な効果を与える呪文はあるものの、持続時間の長さを考慮して選択した。

 そしてリリース。解放された猫もとい魔法少女は足音を立てるのも厭わず吹き抜けとなったビル1階駐車場に正面から突入。2階に上がる階段前の見張りをしていたゴブリン2体のうち左の1体に即射、銃声の爆音を上げて弾はゴブリンの頭蓋目掛けて突き進み、血しぶきを撒き散らした。しかし死体となったゴブリンはその場に倒れ込んだと思えば、撒き散らした血ごとスゥッと霧のように空気に消えていった。それを見て疑問が浮かぶ私。しかし魔法少女アイリスの初戦は幕を開けたばかり。

 ゴブリンはどこから手に入れたのか、腰にぶら下げたリボルバー銃を手にアイリスへ応戦する。銃声が轟くも、子どもほどの体格では銃口を御しきれずに反動で照準が逸れて、かすりもしない。反対に、まるで慣れた手つきで次弾装填を終えた魔法少女はもう1体のゴブリンもあっけなく人型の的にした。いかに経験値でレベルが上がってパワーアップするファンタジーとはいえ、低レベルなゴブリンの耐久力だと銃1発の火力もあればお釣りが出る。このレベル帯で問題になるのは火力よりも命中率であるからして。

 さて私が離れて見守っているアイリスは、すっかり初戦を終えたつもりで一息ついている。しかしゴブリンの強みは数であるからして。やってくる多数の足音に彼女が気づいた頃には、階段からわらわらとゴブリンが飛び出してきた。その数、4体。

 せめて位置取りをしておけば良かったものの。焦りのあまり狙いも逸れて、時間を無駄にする彼女に苦笑いするも私は呪文の詠唱を始める。アイリス目掛けて密集するゴブリンたちの足元に突如水たまりが発生し、揃って足を滑らせる。手をついて立ち上がろうとするが、その手もまたヌルリと摩擦を失ってしまう。水たまりに見えたそれは、“(グリース)”の呪文によって作られた油たまりである。

 背後から隠してもいない詠唱と共に、ゴブリンたちの足が止まったその理由に感づき、アイリスは緊迫した表情から照れくさそうな、申し訳ないような顔をしてゴブリンたちで射的をする。その素早さを売りにしたゴブリンたちが足を止めてしまえば、攻撃を阻むのは防具とも言えない分厚めの衣服だけで、銃持つ魔法少女は3体のうち2体を鴨打ちする。

 残った2体はヒイヒイ言いながらも油たまりから抜け出して、その血走った目でアイリスに狙いを定めてそれぞれ短剣(ダガー)を投げつける。1本のダガーはアイリスのコスチュームの薄い合間を抜いて肉にかすり傷ではあるが傷つけて、初めての反撃による負傷に初々しい魔法少女は怯んだ。その隙にゴブリンたちは投げたダガーの代わりに拳銃を引き抜いて、反動も制御できていないがとにかく乱射した。殆どは見当違いの天井や床を跳ねておりアイリスに当たる様子は欠片もないが、当たれば重傷を負う鉛弾を脅威に思ったアイリスは近くの柱に身を隠す。ニヤニヤと下品な顔でゆったりと柱へ忍び寄るゴブリンたちが今にも柱を回り込もうとするその瞬間、逆に柱から身を現して、その下衆顔へ銃口を突き付け、ふっ飛ばした。

 最後のゴブリンはアイリスに射撃する。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たり、文字通り偶然跳ね上がった銃口から放たれた弾丸は肩部を貫通し派手な出血をもたらすが、アイリスは今度こそダメージに怯むことなく撃ち返し、ゴブリンを死に体へと変えた。

 初体験もあって痛みに怯むシーンもあったが、最後は魔法少女の維持を見せ、なんだかんだ手早く倒したことを考慮して、40点と評価する。彼女は後ろを振り向いて私へ戦果を誇っているが、私の耳はまだビル上階に残る気配を捉えている。ゴブリンらしき小型の気配に混じって一回り大きい存在がゴブリン語で指示を出しているが、大きな動きがないことから降りずに待ち構える気のようだ。そのボスの力量次第ではまたも苦戦するだろう。

 アイリスにはやる気も能力もあるが、まだまだ戦地で一人戦い抜くには装備も経験も足りていない。残りの敵のことは黙ったまま、私は初勝利を誇る彼女を連れ帰った。

 

 

>正義と悪の間を取って中立という理屈は成り立たない

 翌日。変身アイテムの拳銃ペンダントを愛理が学校まで着用してきたことに気づいた時は肝が冷えた。急いでカバンの内側に隠させたが、今のところ他の魔法少女が接触に来る気配はない。気づかれなかったと思って良いのか。

 私は学校では愛理のグループと共に過ごしているが、ぼっちたる『私』とは接点が取れず会話することすら出来てない。相手がたはこちらをやや不審には思っているようだが、確信を得たわけはない。はっきり拒絶の意思を伝えられる前に、何かしら接点を取り付けたいのだけど……しかしまずは魔法少女のことが先だ。隣クラスの彼女が何のために魔法少女になったのか、その志を調べる必要がある。

 

 今夜もまた、愛理……魔法少女アイリスのことに取り掛かろうと思った矢先、カグラから報告に戻るとの前触れを受けた。予定の一週間より早い帰還になる、アイシャが何か企んでいたがこの早さと関係はあるのだろうか。

 愛理を伴い、藍染宅にてカグラを待つ。カグラは支給したスクロールで構築した、アストラル体の分身でやってきた。まだ情報収集の途中で肉体が戻れない理由もあるのだろう。それを咎めることはない。

 また彼女は戻ってきてそうそう、愛理が見慣れぬ怪しい魔力……魔法のオーラを放っていることに気づいたようだが、私が目線で催促するのに従って報告を行った。

 

「お勤めご苦労、カグラ。労いは報告の成果を聞き、その出来高に応じて与えるわ」

 

「は、主様。ゴブリンらの素性から裏を辿ると、地下深くでこの世界では珍しく大規模な集団―――ほぼそのままですが、侵略者(インベーダー)を名乗る悪の組織と相見えました。

 侵略者は知性の高い人怪や人型生物、巨人などが幹部として多くの悪の種族を統率しており、奴らは地上を占める人間たちへの憎悪で団結しているようです。構成員の大半はゴブリンやオークの雑兵ではありますが、上層部は少なくとも巨人(ジャイアント)級の脅威度を持つ様子。妾でも露見の恐れがある上層部へどう手を伸ばすか迷うてましたちょうどその時に、主様のもう一人の従者(アイシャ)から提案を受けまして、人外である妾であれば容易く潜り込めると、ちょいと手頃な(オーガ)の首2、3個を切り落としてみせまして、仲間入りを果たすことにしたのじゃ。

 そうした理由の一つは彼奴に取り入って『平和的』に情報を手に入れるためですが、奴らより配られたモンスターを妾に忠誠を誓うよう仕立てれば、それすなわち主様のための細作とすることが狙いです。一、二ヶ月お待ちいただければ主様にこの世界で十分活躍する手駒をご用意いたしましょう。こうご期待ください」

 

「下手な人間よりも、素で優れた人外をそのまま使うほうが育成の手間が省けるのは認めるわ。でもカグラの言う通り人間への憎悪を持っているなら、地上では隠密活動どころではないのではないかしら?」

 

「然り、されど否であります。奴らの殆どは雰囲気と欲望に流される愚か者。物知らぬ子どもも同然で、欲をそそのかせば簡単に心変わりするでしょう。

 心を操るのは妾や主様であれば簡単なことであり、確たる敵意さえ抱かれなければ如何にでも心へ付け込めます」

 

「悪の種族なら使い潰しても謗りを免れますから、手荒な手を取れるのもいいですね。

 おっと、カグラのことも使い潰したいわけではありませんよ?あなたは二人ともいない、私の大事な子です。

 しかしあなたに委ねた本来の用件は肝心の魔法少女について調べることです、それを忘れてやいませんね」

 

「魔法少女は過去に奴ら侵略者を地上から追い出すなど、物語に語られるようなことを行ったようです。

 しかしその詳細な記録は指導者たちが握っており、それがいつなのか、どういう者にやられたのかは下っ端のモンスターどもは全くあやふやな物語しか知りませんでした。

 無論、強行的に情報を探り当てることも可能でしたが、幹部がどれだけの力量を持つかも定かでない今、慎重に情報を集める路線でまず奴らに仲間入りした後に情報を手に入れると決めました。申し訳ありませんが、確実な情報ももう暫くお待ち下さい」

 

 以上、カグラからの報告である。

 

「結構。数日の間でそこまで進めた手筈に今後の期待が持てます、途中経過であってもそれを咎めることはありません。

 しかしカグラに非はありませんが、あなたがいない間に私は諸事情あってやや魔法少女寄りになりました。その侵略者の矛先が向かない程度に手を貸すことになります。

 これは私の勝手なので、それを知らずに行動したあなたを咎めることはありません」

 

 カグラの目線が愛理の方に向く。彼女もまた他の魔法少女を知っており、変身アイテムが放つ魔法のオーラの質に見覚えがある。愛理が魔法少女となったことに当然気づいている。私の行動と方針が食い違った結果、カグラは表面上 私の敵となってしまった原因が愛理にあると言葉にしない理由を一瞬で見抜き、その忠愛心に汚れを塗った彼女に向けて憎悪を向けようとするのを、私は先を制して目線に思いを込めて無言の待ったをかける。

 ビクン、とカグラは私の強い視線に驚いて愛理へ向けかけた敵意を消散させ、目を伏せて私へ謝罪の意思を示す。私はそれに寵愛の意思を込めた柔らかい眼差しを向けて、自責する彼女を許す言葉を紡ぐ。

 

「もしカグラが魔法少女の前に敵として姿を現しても咎めることはありません。しかし私や魔法少女たちはあなたの行動を妨げるし、場合によっては私の正体を見せてまであなたを止めることもあるでしょう。しかし私がこの地球のパワーバランスに直接手を加えることは、平穏を求めて帰ってきた私にとって最後の手段となります。カグラ、あなたには負担を強いることになりますが、もし私にその制約を破らせずに、侵略者中でのスパイ活動を最期まで果たしたその時にはあなたの望むより深い愛を結びましょう」

 

「それは……責務、しかと承りもうした。主様の御心のままに」

 

 カグラの承諾を聞いた私は、最後にふとした拍子に浮かんだ些細な疑問を投げつけて、カグラから答えをもらい解消する。そののちに役目に戻りますとカグラは私に告げて、目前のアストラル体を構築する呪文を中断して分身を霧散させ、この場から消えた。次の報告では我が従者はその力量で上層部に食い込み、より多くの情報を持ち帰ってくるだろう。

 

「ねえ、ジェーン。私はどうしたらいいの。

 私が魔法少女になったことが、ジェーンの邪魔になってしまわない?」

 

「いいえ、愛理。あなたはそのまま魔法少女であれば良い。

 カグラは決して愚かではなく、神秘の術を操るだけの知力を持てば、機転を利かせる知恵も備え、私の邪魔にならないよう手を尽くすでしょう。当然、戦場であなたと出会うことがあってもカグラが私の意に沿わぬ妨害をすることはない。

 カグラを信じる私を信じて、愛理」

 

 カグラの性質は善人と対義するものながら、その所為で私を不愉快にせぬよう気を使ってくれる。目を離せば己の都合で周囲を破壊しかねない堕落的な人物ではあるものの、その遠慮しない性分ゆえに従者や仲間より数歩踏み込んだ私との関係を持とうとする可愛さ、愛らしさが重宝している由縁にもなる。

 

「それに、愛理には私は期待しているの。

 私たちは元々外界からの来訪者で、地球の常識や国の法律を理解しているわけではない。私たちにはそれが得意な子もいるけれど、カグラの隠密能力と両立するわけではない。

 愛理は戦士として……魔法少女としてもまだまだ未熟だけど、逆にいえばこれから私が望む形に成長する伸びしろがある。

 いかに超人でも、人の手は二つだけ。愛理、あなたの手は私に必要なの」

 

 そして魔法少女アイリスという少女は、カグラのように私へ恋情を抱き、私と互いに望みを持ち合う少女である。彼女が私の望みに応じてくれるなら、私は彼女の望みに応えるだろう。

 私はこのたった二つしかない手のうち一つで愛理を抱き寄せ、もう一つの手を彼女の頬に添えて、そのほのかな淡い桃色に染まった唇へ、そっと二、三秒の間だけ口づけを与えた。

 僅かな瞬間で恋情を抱く相手と至福の一時を過ごし、それがあっという間に過ぎ去ったことで彼女は物足りない気持ちに包まれている。変身アイテムに目線をやり、続きを望むなら私の望みに応じてほしいと無言で告げると、彼女は意図を理解してやる気に満ち溢れた。

 私への恋愛を意識して魔法少女になった彼女は、この恋愛感情がそのまま魔力に変換される。たとえプラシーボ効果でも、戦場経験の少ない彼女には生半可な強化呪文より強い作用を引き起こし、戦いの助けとなるのだ。

 

 

>魔法少女アイリス第二話「変身、魔法少女アイリス!」

「アイリス、この先で4体のコボルド―――(ドラゴン)を奉仕する種族が一般人を襲っているわ。

 公衆の門前でお披露目になるけど、アイリスは人見知りやアガり症を患ってたりする?」

 

『小さい頃からパパ、ママに人前に連れ回されてるし、そのへんは慣れてるから大丈夫。

 そのコボルド、ってのはどんな奴で、何に注意したら良いの?』

 

「見た目は人間より一回り小さくて二足歩行する爬虫類、俗に言うリザードマンに見えるわ。

 コボルドのやることはゴブリンとさして変わらず、小さくて数が多く、そのすばしっこさを活かして飛び道具を当ててくるわ。しかし彼らは大抵、ドラゴンを奉仕することと引き換えにその支配下にある。ドラゴンの親玉がいる可能性があるわ。体力には余力を残すよう注意して」

 

『わんこじゃないんだ……うん、分かった』

 

 一般に日本のRPGではコボルドは犬型の獣人と描写されるが、この世界観ではむしろノールと呼ばれる別のハイエナ種族がそのイメージに近いだろう。コボルドにある犬要素といえば、そのキャンキャンとも聞こえる甲高い鳴き声、主(ドラゴン)に対して従順なところぐらいである。

 

「ドラゴンの脅威度はその体の大きさで決まる。少なくとも人間より小さいドラゴンは対策さえ整えればアイリスでも相手にできるわ。私はあなたを影から見守っている、もし手に負えない大きさのドラゴンが出てきた時はカバーするから不意打ちにだけ気をつけて」

 

 アイリスに対する過剰な援護は彼女の本来の力量から不審なまでにかけ離れ、私の存在を疑われる原因ともなる。故に体力・状態異常を精神的に把握できる“状態確認(ステイタス)”呪文、その副効果でかけられる限定的な下級呪文に限って援護すると決めた。

 

 彼女は偵察に赴いた私の情報を元に、“速力強化(ロングストライダー)”、“跳力強化(ジャンプ)”呪文で近道となるビルの屋上をピョンピョンと跳ね、人気のない裏路地を走る4体のコボルドたちの上を陣取った。奴らは愛理に報告したとおり、一般人―――人気のないところで不運にも奴らの巣を引き当てたのか、愛理とおよそ同年代のガラの悪い男子たち。言ってしまえば不良である。それを手に持つ粗末な手槍(ショート・スピア)で突き回そうと追いかけている。追われているのはおそらく彼らの自業自得が半分を占めるが、しかしそうした人間も救ってこそヒーロー。

 

「アイリス、今回は有利な射撃位置を取っているけど、奴らは一般人を狙っている。あえて真ん中に飛び降り、わざと攻撃を誘うことで一般人を逃せるわ。

 今回は銃剣(バヨネット)で白兵戦……近くで戦う能力を得た。その練習も兼ねて、魔法少女の正式な名乗りを済ませるのよ」

 

 アイリスは遠隔攻撃主体で、ヒーローとして前に身を張れない問題があった。しかしそこは変身アイテム付属ナビゲーターのスミスの「魔法少女バージョン・アップ機能」、コスチュームおよび魔法少女の武器を改造・能力を強化する機能があった。意外とシステマチックである(自分もとやかく言える立場ではないが)。それでARに銃剣を追加することで近距離戦の問題は解決。当然使い勝手は悪いし、威力は銃本体が上ながらも体力の少ないゴブリン、コボルドなど小物モンスター相手には十分なダメージと、かつ弾切れしない継戦能力が得られる―――魔法少女にあるまじきリアリティが混じり、ファンタジーらしさが欠けるのは玉に瑕であるが。当面は近づかれても射撃で戦える技術を身につけるのが目的か。

 

「うん。

 ―――待ちなさい、そこを行く人に害なすモンスター!その行いを見過ごすことはできないわ!」

 

 念話(テレパシー)越しの会話を終えたアイリスは、不良たちが足元を通り過ぎようとするのを見てビル上から飛び降りた。“フェザー・フォール(落下緩和)”によりゆっくりと降下する最中に声を張り上げ、先頭を行くコボルド1体に先制の射撃を加え、その身体を粉砕する。先日最後にカグラに投げかけた疑問により、奴ら雑兵連中の殆どは幹部格により奴らの世界から呪文で招来(サモン)され、魔力で編まれた仮の身体で行動しているらしい。一般に招来呪文は持続時間が十分も続かない戦闘中用の呪文だが、奴らは独自の呪文を編み出した様子。招来体では物資の輸出入ができないデメリットはあるが、諜報・破壊活動をするためならばそのデメリットは無いに等しい。死ぬか呪文を解くだけで帰還できる招来は故に彼らを倒しても根本的な解決にはならないが、被害を抑制する意味はあるのだから無意味ではない。

 さて、突如謎の反撃を受けたことに手槍を掲げて警戒するコボルドと、後ろで轟いた銃声に驚いて足を踏み外しアスファルトに転がる不良たち。そこへようやく、ふわりと地面に着地した魔法少女に気づいてコボルドたちは、蛇の威嚇に似たシューシュー、キーキーという歯を風が抜けるような竜語で仲間同士、意思疎通を行う。

 

《アレハ戦ウ人間カ?》

 

《ソウダ!秘術ヲ纏イ、(イニシエ)ノ我ラノ敵ダ》

 

《殺セ、偉大ナ祖先ニ骨ヲ捧ゲ、仇ノ血デ汚名ヲ払エ!》

 

「復讐の怒りに燃えているだけよ、大したことは言ってない。構わず倒しなさい」

 

 コボルドたちはゴブリン同様に小柄で貧弱ながら、その竜に似た鱗より生来の外皮は分厚くて防御力は高い。また愚かで直情的ではないため、奴らは銃口と銃剣を向けるアイリスから冷静に距離を取って横一列に散開し、両手に持った手槍を片手持ちし、代わりに腰に吊り下げた拳銃を引き抜く―――この世界の人型モンスターたちは、どいつもこいつも地球かぶれのようだ。

 しかし奴らは驚いたことにゴブリンと違って、慣れた手つきでアイリスに狙いを定める。不味いことに、奴ら火器の扱いには習熟しているようだ。反動さえ制御できるなら、弩より遥かに高い火力と鎧を貫く貫通力を持つ。変身で肉体能力をブーストしてても無双の戦士の道には程遠いアイリスでは現代火器の威力は耐えきれない。しかし奴らは見たとこ下っ端、であればまさか魔法がかかった銃火器を持つものはいないだろう……私はすぐさま“矢からの保護(プロテクション・フロム・アローズ)”呪文をかけ、彼女に降りかかる銃弾の破壊力を和らげた。うち1、2発は彼女から逸れて後ろの不良たちに当たりそうになった。

 

「アイリス、相手も銃持ちよ。今は私が防御呪文をかけたけど、本来総火力ではあなたが不利だし、それに外した銃弾が後ろの子たちに当たりそう……彼らに警告しながら、状況を覆すために接近して、乱戦に持ち込むのよ」

 

「『了解(アイ、シー)

 

 ……君たち、かばってる余裕ないから逃げなさい!」

 

 アイリスは不良たちを横目に危険を告げて、銃剣の先を向けてコボルドへ突貫する。横一列に並んでいたがため、中央にいたコボルドは回避が遅れアイリスに突き刺される。貧弱なコボルドはナイフ1本突き刺されるだけで体力を失い、招来体は掻き消える。

 瞬く間に接敵されたコボルドたちは急ぎ距離を取ってアイリスを狙い撃とうとするも、愚かではないが明晰でもないコボルドたちは初撃と違ってタイミングを合わせられず、味方ごと撃とうとするもの、誤射を恐れ味方を避けて撃とうとするものでバラバラになり精度は格段に落ちる。最も出遅れた一体だけは銃撃をアイリスに当てるも、ダメージは呪文に遮られる。

 当初は弾が外れたと思い込んでいたコボルドたちはようやく防御呪文の存在に気づき、手槍での接近戦に切り替え穂先を突きつけるも、たった今また引き抜いた銃剣を手近なコボルドに突き刺されて、既に数の強みは覆されつつある。

 何かと非力なコボルドが次々と落ちてしまえばあとはもう烏合の衆。所詮子ども並の筋力で振るわれる槍は、矛先を横から少し叩いてやるだけで狙いが逸れて、簡単に避けられると気づいたアイリスは強気に出て、あっという間に残りを片付けてしまった。

 一般人は、コボルドが手槍に切り替えた頃に逃げ出しており、この場にはもうアイリスしか残っていない。

 ……いや、たった今更なるコボルドの増援が向こうから駆けつけてきた。それから飛行する、一回り強いモンスターが一体。まるで動く悪魔の像に見えるアレは、石像もどきの人怪(・・)ガーゴイルだ(魔法的な非生物ではない)。偽装からの不意打ち、または空中からの一方的な攻撃を得意とする狡猾な生物ながら

 

「お疲れ、アイリス。怪我はないようで何よりだけど、悪いことに新手のコボルドたちが来ているわ。飛行する別種族のリーダー格もいる。

 コボルドが来た曲がり角の右手から、もう100mもないところにいる。どうする、迎え撃つなら場所取りは今のうちよ」

 

 ……相性は悪くないが地力差があり、そして数の差がまだ厳しい相手。まともに相手しては厳しいだろうが、まだ戦闘に慣れてないアイリスでは知恵をひねり出す経験が足りてない。

 ここで私から撤退を進言すべきなのだが、それは魔法少女らしくない。こういう逆境を覆してこそヒーローで、初名乗りの後にすごすごと逃げ帰るのは、戦を司る神々(地球に実在するかは不明だが)も情けなく思うはずだ。

 

『うん、やってみる。……スミス、私に援護を』

 

 アイリスは継戦を選択した。なら窮地に陥るまでは何も言うまいと口をつぐんだが、アイリスはこれからの交戦において最善を選択した。以前私がアイリスにできる最大の強みを教えたのもあるだろう……彼女に尤も適した戦闘スタイルというと、狙撃だ。

 愛の魔法少女アイリスが持つ魔法少女ごとに存在する固有の能力とはすなわち“愛”、あるいは執心とも言える能力で、それは視界に収めたある対象一体を理解、解析、把握して対象の癖や弱点を見抜く補助効果である。能動的能力で、防御力を高めるようなものでなく奇襲や不意打ちに弱いのは当然、そうでなくとも強力とは言い切れないが、あの向こうに飛んでいるガーゴイルのように姿を晒す格好の獲物を撃ち落とすには十分な助けとなる。

 加えて愛に基づく習得呪文を発動……ほんの僅か一瞬先の未来を予知し命中率を高める呪文に、距離差や環境による悪影響を予測し補正する呪文を重ねて、ほぼ必中と言えるまで精度を高めた次の銃撃が、ガーゴイルに向けて放たれる。

 ひょこりと少女の姿が角から飛び出したかと思えば、恐ろしい精度の銃弾によって撃ち抜かれ、墜落しかけるガーゴイルの姿を見た。魔法の銃により、非魔法の武器を弾く特殊な皮膚は意味をなさず、現代火器の火力によって大ダメージを負って高度を落とすも、バランスを取り戻す。一般人なら今の銃撃一つで倒れ伏すものの、ガーゴイルほどのレベルになればその体力は銃一発では仕留められない。アイリスが狙いを定めて二発目を撃とうとする前に、ガーゴイルは近くの角を曲がって建物陰に身を隠してしまった。これでは近づく前に仕留められない。

 

「アイリス、ガーゴイルは建物に隠れて遠回りしているわ。なら今のうちにコボルドの方をやってしまって」

 

 しかし、それなら優先順位を変えるだけのこと。アイリスは地を駆けるコボルドに目をやり、アサルトライフルの全自動(フルオート)連射機構によって奴らが迫るエリアを掃射する。単射に比べて狙いは甘くなるが、一発でも当たればお陀仏するコボルドたちを早々に蹴散らすには有効である。残り20発余りの弾丸を撃ち切って迫りくるコボルド全てを粉砕し、奴らを異世界に還した。

 迂回したガーゴイルがアイリスの頭上へ到着する頃には、もう次の弾倉に換装し終えて迎撃の用意は完了していた。ガーゴイルはアイリスに気づかれないビルの屋上から機を伺っているが、同じく屋上で透明化して眺めている私からは丸見えだ。

 

「ガーゴイルが狙っているわ。合図したら上を向いて、射撃して。……今よ」

 

 奇襲する異形の人怪が飛び立ったと同時に、念話で合図を送るとアイリスは真上を向いて、急降下するガーゴイルへ銃弾をぶちまける。人間大の中型サイズ・モンスターではかなり丈夫で体力もあるガーゴイルだが、現代火器の火力を何発も真正面から受けきれるほどレベルの高いファンタジーの住人ではない。2発目の銃弾の直撃を受けて倒れるかと思ったが、かろうじて態勢を維持し、アイリスへ急降下し、勢いよく爪の一撃を加える。

 被弾しアイリスは苦痛を表情に浮かべるが私の鼓舞がアドレナリンとなり効いているからか、戦意を失っていない。

 

「アイリス、ガーゴイルに銃剣はダメ! 距離を取ってでも射撃を続けて!」

 

 ガーゴイルの石のような皮膚は実際、魔力を含まない物理的な小さいダメージを通さない見た目通りの防御力を持つ。魔法少女アイリスの変身アイテム、アサルトライフルおよびそれから放たれた弾は魔力を含むのでその防御力を貫通するが、後付けのアタッチメントとして付与された銃剣は変身アイテムに含まれないため、魔力を含まない。アイリスの非力な腕力、銃剣の微妙な切れ味では石の外皮を貫けない。追撃を受けようとも距離を取り、銃弾でダメージを通すのが最適解なのだ。

 アイリスは急降下の後、アイリスの手が微妙に届かない低空を飛行するガーゴイルの真下から離れ、その際に追撃を受けてでも射撃の機を伺う。更にダメージを受け、傷が深々と開き体力の低下で変身が解けそうになりながらもアイリスは反撃を行い、その皮膚を貫いた。

 既に前の二射撃でフラフラとなっていたガーゴイルはその銃弾でとどめとなったが、奴もまたコボルドたちと同様に魔力で編まれた仮の肉体だったようで、その場で血も残さずに霧散した。戦闘終了だ。

 

『なんとか勝てたよ、ジェーン。褒めて褒めて!』

 

「ええ、真正面からの殴り合いでは劣勢必死の相手に打ち勝ったこと、上出来よ。先制攻撃が奏したわね。

 今夜は初めての強敵を倒したことで簡単な祝勝会を上げましょう」

 

 後続の気配もない。先のガーゴイルとコボルドたちで敵は全てのようだ。奴らが拠点にしていた「巣穴」がどこかにあるかもしれないが、それを探すのはまた後日、アイリスには今回の経験を踏まえて己を鍛える時間が必要だ。

 愛理に戻った彼女と共に藍染家に帰り、彼女がこの戦いで満たした次のレベルによって手に入れる、新しい呪文と力を検討している最中に、空間を超えてメッセージを運ぶ“伝言(センディング)”の呪文が飛んできた。

 カグラが侵略者たちに幹部入りしたという内容だった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。