ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

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 先日、ノームの方の相談に乗ってやったのを姉様からでも聞きつけたのか、姫様がパーティに出たいとわがままを言い出しました。先々日痛い目にあったばかりでしょうと諌めますが、流石は混沌の気性を持つエラドリンの血を引くだけに、一瞬口ごもるも彼女は再びごねを再開します。

 とはいえ魔法使いどころか術者ですらない彼女を件のパーティに参加させることは要らぬ恥をかかせるだけ。まあ、彼女はノームの方へやったように着飾ってもらいたいだけのようですから、服に着られる装いなら仕立ててあげられるでしょう。とはいえ、そうして送り出せばお姫様には逆恨みを抱かれるでしょうし、(元より望んでもいませんが)私にはセンスがないといらぬ不評を得ることにも繋がります。私だけなら良くても、私の装備を使ってもらってる姉様に飛び火するのは御免被ります。

 なのでわがまま姫にはパーティ会場の代わりに、人が集まる繁華街のお買い物で妥協してもらうことにします。彼女を飾り立てる衣服は考えるのも用意するのも手間なので、魔法でテキトーに1分で作り上げました。魔鬼(デーモン)吸血鬼(ヴァンパイア)ら外敵の目を欺くため、幻術(イリュージョン)系呪文で煌めく髪や目といったアアシマールの特徴を人間のものに上書きします。お留守番に生まれたてのロボットを残し、また姉様宛てに行き先を書き置いて都心部へ出発。

 

 当初はつまらないだろうと不満を述べておりましたが、いざ町中に出れば彼女は外惑星では中々見られない平和な光景だと、駅前の繁華街をのどかな田舎町と元気に評しておりました。この街は我が国の首都圏ではありませんが、この地方随一の町並みを田舎と評するのは人・材料・技術すべての資源が豊富に残る、外惑星育ち特有の価値観でしょう。故国を舐めてみられることになんとなく思うところもありますが、悪意のある言葉ではないようで注意する必要はないと適当に流してショッピングモールを訪れます。

 わがまま姫様は真っ先にアクセサリーショップへ寄ると決めましたが、それが悪目立ちしたかもしれません。幻術を被せた上からでもその高貴なる魅力を隠し切れない姫の雰囲気は、殆どの人間にとっては妖精のような美人に映るのでしょう。ショップを出たあたりから若い男性組による声掛けが始まりました。

 最初は馬鹿真面目に応答していた姫様ですが、向こうの狙いが自分の体だと気づくや途端に嫌悪を露わにしました。そのまま罵声を浴びせるかと思われますが、しかしそうすると若者たちが逆ギレし、取っ組み合いになりかねませんので、私が仲裁に入り、威圧で彼らを怯ませた隙にその場を離れます。追いかける気配があったので、振り向いて再度威圧の気配を飛ばしてやったことで彼らは完全にこちらへ関わる気をなくしました。

 

 邪魔は消えたと姫様が喜んで楽しいショッピングを続けようとしますが、しかし先ほどのやり取りを見て何か気にかけたのか、別の方が私たちに話しかけてきました。今度の相手は魔術師のローブを身に纏った凛々しい金髪のエルフです。一見若々しい美青年のように見えますが、落ち着いた風格からはかなり年を食ったエルフ特有の熟成オーラを感じられます。彼は後ろに、彼のことを先生と呼び慕っている弟子らしきエルフが3人もおりまして、どうやら偉い魔術師の師匠のようです。といいますか、ここまで説明して今更ですが知ってる顔でした。先日、学園で開かれたエルフパーティの主催者である魔術師ですね。この私は直接会っていませんが、有名なJなんとかいう大魔導師(アークメイジ)であり名前も顔もよくよくニュースに上がるほどの有名人です。

 そんな人が私を自らの派閥へ勧誘してきました。なんと、先日のノームの方へのコーディネートから興味を持って私に接触するために訪れたらしく、そして“秘術視覚(アーケイン・サイト)”を永続化して発動している彼は、私が纏う魔法のアイテムや持続中の呪文が放っている魔法のオーラ、そして私が使用可能な呪文の最大レベルを視認し、私が高い呪文発動能力と知性を内包することを確信してヘッドハントしに来たようです。私には最早世間に出る気はないので、全くもって迷惑なのですが……。

 しかしながら、大魔導師といえば最低でも“限られた望み(リミテッドウィッシュ)”級の呪文を発動可能な、英雄級を軽く超える術者にしかなれない高レベル職業です。それだけに、こういった人物は己の力量にプライドを持つこともあり正面から断るのは良くありません。魔術師の大半は頭でっかちで、洞察力に欠ける人物なのでその場凌ぎのはったりで凌ぐのも良いのですが、後ろの取り巻きことお弟子さんたちは貴族出身なのか目ざとくこちらを伺っており、少しでも彼らの師匠をたぶらかすような発言をすればすぐさま反応してしまいそうです。

 とりあえず、同じくプライドの高さから、失礼な言葉を言い放ちそうなわがまま姫を身振りだけで静止しながら、魔導師Jへ投げつけるお断りの言葉を考えます。考えました。

「世間で有名な大魔導師であるJなんとかさん自ら私に声をかけていただいたのはとても光栄に思いますが、私は名誉や秘術の求道よりも、人との関わりを強く大事にして生きていくと決めております。表向き、所属としてはとある企業のマーケインの方の世話になっており、経済面や研究費用については全く困っておりませんし、お互いに長い間信頼を積み重ねてきたこともあり、彼との提携を切ってそちらに渡るのはあまりにも不誠実であると思いますし、何より一度でも信頼を裏切った人物をあると知れば、他人は二度と心の底から信頼してもらえないでしょう。私が目指すところはそうした誠実さを積み重ねた道を突き進む、真の意味で善なる勇者と呼ぶべき人を支える魔術師になることですから、Jなんとかさんの一助になることは出来ません」

という風に、根本の性質が善寄りであるエルフ種、その誇りの心に触れるよう信頼の点から彼を懐柔し、弟子たちの間にも波風立てぬよう柔らかに断りを入れることに成功しました。

 ただ、相手さんも私の魔術師として優れた能力が惜しいのか、あるいは地道に信頼を築こうと考えているのか、今後の連絡先をねだってきました。こちらの私情も伝えたいところですが、そうすると話せば長くなるので関係のないお姫様には申し訳ないと謝罪を入れつつ、Jなんとかさんとお弟子さんと共に近くの喫茶店に入りました。喫茶店内の人の中に数名、有名人の顔を知っている人がいたのか小さな騒ぎになりましたが、そこは慣れた手つきでお弟子さんたちが関係ない人物からの接触をカットしました。

 席につき落ち着いたところで、中身ジジイとのトークとか誰得、とは思いつつも改めて私がJなんとかさんの誘いを断った詳しい理由を話します。私は元々月のヘカーテ神殿にいた子であり、千歳家に貰われたこと、その後三年間の家族交流の末に特に姉様へは深い情を抱いていること、そのため聖騎士(パラディン)の召命を受け、その難しい道のりを歩み始めた姉様を是非支えてあげたいと思っていること……など、私情であるために先ほどの場では言えなかった本当の理由を目の前の大魔導師に話します。洞察力が低いとはいえ、決して間抜けではないJなんとかさんは私の理由に存在する致命的な問題点、学園の未熟な一生徒である私の姉様を支えると明らかに私のレベルが高すぎて過度な援助になる点を指摘し、本当に助けたいのであればもっと彼女の道のためになる手段があるのではないかと(遠回しに彼自身がやっているような求道的な手助けの道に誘いながら)私を諭すように言います。

 勿論、それも一度は思いました。ですが、ある事情から私は決してそのように手広く人々を助けることを選べない事情があります。しかしそれは決して言えない理由のため、あくまで私の個人的な感情から、血の繋がる姉様や姉様が親しくする友人、あと生活で身近に関わる人物と幾つかの貸し借り以外には余計な手助けは決してしたくないことを申しました。交渉技術に疎い大魔導師さんは私のポーカーフェイスの裏に隠れる嘘は見抜けなかったようですが、たった今の発言が、決してJなんとかさんの派閥に入りたくない事情でもあることには気づいたようで、機嫌を悪くした表情を浮かべます。

 お弟子さんたちがそれに反応し、私へ難癖をつけてくる前に彼の機嫌を回復するために、譲歩して今後の連絡について、マーケインの方を通してであれば可能であると伝えます。そもそも私の職業の専門が魔法のアイテムであるために、呪文そのものを専門にする大魔導師の方とは話の内容が合わないかもしれませんが、彼の研究内容の幾つかの点を指摘する等の一助にはなれるでしょう。

 

 1時間近い長話になりましたが、大魔導師Jなんとかさんは機嫌を回復して帰りました。その間、退屈そうにしていた姫様はようやく話が終わったかと恨めしい顔で私を見ます。今度は彼女の機嫌を回復するために、夕方近くまでショッピングに付き合う羽目になりました。その後彼女は多くの買い物をして、懐の心配はありませんがカートに積み上げた荷物の小山はかなりの人目を集めてしまいました。その中には悪意を含んだ視線もありましたが、カートと姫様のお守りに忙しく、そちらを気にする暇はありませんでした。その悪意ある視線が先日の悪鬼や吸血鬼からのものでないことを願いつつ、そのまま我が家へ直行しました。

 

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 我が家のリビングにてショッピングモールで購入した煌びやかな衣装を身に纏い、姉様に披露する姫様を横目に私はマイルームでこっそりと我が信仰するヘカーテ神へ“交神(コミューン)”の伺いを立て、本日悪意を向けたものの正体、及び本日中または近日中に襲撃を受けるか否かを尋ねたところ、どうやらあの視線の正体は吸血鬼の陣営に属するものだったようです。流石に日のあるうちから当人らが監視していたわけではないようで、私たちを見ていた視線は吸血鬼のものかという問いのみに「否ながらも是」なる曖昧な答えを返されたことからそいつらの手のものの干渉だと推測しましたが、更なる“交神”により連中の企てを詳細に伺ったところ、本日中に吸血鬼本人が手勢を引き連れての襲撃があるようです。今日は寝る暇が無いかもしれないと軽くため息をついて、迎撃の支度を始めます。

 “初級竜の友”(レッサー・ドラゴン・アライ)呪文によりスードゥドラゴン――辛うじてドラゴンと呼べる知性を持つが、エネルギーのブレスも吐けない猫サイズの小さなイタズラ竜――を呼び出し、交渉の末に一夜の間、見張りに立ってもらいました。一方で安眠の邪魔になりますが、悪の来訪者避けに“天上の輝き”(セレスチャル・ブリリアンス)呪文、この輝きの届くところにいる悪の生物を焼く光を灯しておくことで牽制および時間稼ぎとしておきます。更にとっておき……“清浄の地”(ハロウ)呪文により聖別し、この地にいる善なる者へ“死からの守り”(デス・ウォード)呪文の効果を与えました。これにより、姉様やわがまま姫が吸血鬼の生命力吸収(レベル・ドレイン)で気がつけば死んでいた……なんてことがなくなります。尤も今の私は善なる者ではありません故、その対象に含まれないのですが。

 以上の対策を以って、姉様や姫の方が私の動きに感づいてないことを確認した後にしばし仮眠を取りました。

 その二時間後。吸血鬼の霧化の能力により音もなく侵入してきたものの、悪を焼く光に焼かれジュウジュウと隠しきれない異音に私の目が開いた頃、スードゥドラゴンが私の寝室に駆け込み敵襲を知らせます。役目を果たし、報酬に与えた宝石を携えて魔法的に帰還した彼に軽く感謝しつつ、わざと物音が立つように寝室の扉を強く開いて廊下へ出ます。そこには霧化を解いていた複数の吸血鬼が、目論見が狂ったという苦い表情や獲物が向こうからやってきたという愉悦を顔に浮かべていました。数は3、全て純吸血鬼のみで、下っ端の従吸血鬼(ヴァンパイア・スポーン)は見当たらず、襲撃を目論んだ目の前のどいつかは、同胞を動かせる立場にあるようですね。勿論、その立場も今夜で失うでしょう。

 吸血鬼の1体が、手に持った魔法棒(ワンド)より黒色に輝く体に悪そうな魔法の光線を放ってきたのを軽く躱し、彼ら3人を結ぶ中心に近づいたところで私の魔法の杖(スタッフ)に込められたパワーを解放。その万能の力で“素早さ”(セレリティ)呪文の効果を模倣し、加速した一秒の間に周りを取り囲む3体に一撃ずつを与え、不朽の肉体を粉砕しました。驚く暇も与えられず、吸血鬼特有の不死能力にて霧化した彼らは復活のために自らの棺桶へと帰りました。当然我が家を脅かした連中は後できちんと追撃し、滅ぼしますがその前にもう2体ほど、姉様と姫の方を襲っているようなので急ぎそちらを援護に向かいます。

 何も知らされていなかった姉様は、姫の方をかばいながら辛うじて聖剣(ホーリー・アヴェンジャー)を片手に吸血鬼2体と渡り合っていますが、吸血鬼の持つ“支配”(ドミネイト)の魔眼の凝視を警戒するために視線を逸しながら、しかも吸血鬼が持つ魔力を纏った銀の武器以外に対する耐性を抜けない状況では勝ち目はありません。しかしながら《善への献身》の信仰の力による耐性、および知らずに得ている“死からの守り”呪文効果により、吸血鬼側も姉様を即座に倒せるほどの決定打は与えられない状況にありました。そうして時間を稼いでくれたおかげで、駆けつけた私が2体の吸血鬼を粉砕出来ました。尤も、奴らも霧になって逃げてしまいましたが。

 姉様は姫の方を積極的に庇っていたため、多くの手傷を負ってはおりますが、治療呪文ですぐに回復出来る程度の負傷でしかありません。最も警戒すべき吸血鬼の吸血や生命力吸収攻撃は受けていないこともあり、装備さえ整えればすぐさま追える立場にあるでしょう。

 私は吸血鬼の襲撃を予測していながら、あえて奴らの襲来を確実にするために伝えていなかったことを姉様に謝り、そして吸血鬼を追撃する上で、いつものように陣頭に立ってもらうよう頼みます。吸血鬼はとても強力なクリーチャーですが、支配と吸血、生命力吸収攻撃への対策さえ取っていれば、後は生前よりパワーが高いだけのアンデッドに過ぎません。しかし吸血鬼は生前の技能・技術をそのまま継承する有数のアンデッドなので、私に光線を放ってきた吸血鬼のように、“魔法解呪(ディスペル・マジック)”呪文で吸血鬼対策の魔法効果を解かれる危険性もありますから過信は禁物です。この世界における手練の悪者はヒーローが取る対策に対する対策を当然のように知っているのですよ、なので今回私の目の届かないところで姉様は吸血鬼と戦わないように、と念入りに注意した上で1時間後に奴らの追跡を開始します。

 追跡といっても、奴らの後を追いかけるわけではありません。素質こそあれど、私は野伏(レンジャー)の《追跡》能力を持たないために奴らの足跡を追うことが出来ないのです。そのため奴らが霧化して、根城に帰るまで十分な時間を与えた上で、奴らの現在の居場所を魔法で調べることにより根城を特定しました。そこは以前、マーケインの方に誘われたパーティ会場ビルからさほど離れていないところにある、山林に接した日本旅館のようです。そこは決して人気のある宿泊施設ではなく、悪者どもが集まって何かを企み、何かの下準備を行うにはうってつけの場所なのでしょう。逆に言えば、私たちが幾らか大暴れしても騒音で周囲に迷惑がかかることもありません。警察沙汰になる火事・倒壊さえ避ければ、建物の一部ごと吸血鬼を一網打尽にすることも可能ですね。しませんが。

 すれ違いで吸血鬼が我が家にやってきた……なんてことがないよう、前もって姫の方をどこかに預けようと思いましたが、あいにくマーケインの方は外惑星に行っているらしく彼には接触できません。仕方なく、幾つかの借りを返してもらう形でノームの方を頼り、そちらに預けることにしましたが……姉様が何を余計に話したのか、姉様が学校のパーティメンバー全員を呼び集めて、揃って吸血鬼退治を行うことになりました。姫の方はお義兄様の頼れる親戚の方へ預けるそうです。

 姉様だけで戦力が事足りるということは決してありませんが、私の援護さえあれば格上相手でも倒すことは出来ると、姉様はご存知のはず。なのにどうしてわざわざそういう話に運んだのか分からず、若干恨むような思いでおりましたが……やってきたお義兄様の表層心理を読み取って納得が行きました。あの吸血鬼たちは、以前のバグベアたちと同じくこの街において悪巧みをする一団に関わっているようで、私たちが電話をかける前からあの吸血鬼たちのことを追跡していたと。そんな時に、姉様がノームの方へ電話をし、ノームの方がこれは良い冒険になると深夜ながらも他のパーティメンバーにも連絡し、そこからお義兄様へ吸血鬼の詳細が伝わったようです。そのため、詳しい事情を説明していないにも関わらず、吸血鬼という格上クリーチャー相手の冒険に参加することを決めたようですね。レンジャーの方は、そんなお義兄様と親しい関係にあることから、積極的に協力しに来たようです。仲の良いご友人ですこと。

 そういうわけで思わぬフルメンバーになり、姉様の危険は減ったものの、私のかける強化呪文の手間や回数が増え、また私の持つ異様性をやや晒すことになりました。呪文レベルは彼彼女らを少し上回る程度の力量ではありますが、流石にそれを十数回も発動するのは怪しまれますかね。尤も、能力の異常な高さは以前に見せたので、それを隠しても今更な話です。

 

 


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