この世界に
ただし神託といっても、全ての出来事や危険をそのまま教えてくれることもなく、解釈の難しい難解な言葉で伝える傾向にあります。例えば赤龍のファイアー・ブレスに襲われる未来が待ち受けているのならば、「汝、降り注ぐ生命力の炎に焦がされよう」というふうに、具体的な事象を伝えられることはありません。
さて、私も使おうと思えば前者の未来予知の呪文を使えますが、今知りたいのは姉様が雪辱を晴らす戦いを行うのがいつになるかということなので、短時間の未来しか見れない未来予知の呪文を使う理由はありません。基本的に未来予知は、更に他の未来予知(を受けての行動)の影響を受けない限り、変わることはありませんから……あの
というわけで、こと魔術では一、二を争う神様だとして私が崇拝するヘカーテ様に
きちんと明日に事が起きるかは心配ですが、姉様を伺ったところ明日何かある様子で張り切っておられたので、再戦の約束が取り付けられたのだろうと思われます。安心安心。
翌日、姉様が登校してから1時間後に、私も姉様が通う龍洞学園へ向かって出発します。
我が国のみならず、先進国(魔法が発達・浸透している国家を指す)の多くでは公共の場での魔法効果の発動・使用は禁じられております。フライの呪文で建物を飛び越えたり、テレポートの呪文で目的地に瞬間移動すればあっという間に着きますが、例え他人に直接害を及ぼさない呪文であっても前者は他の飛行体との衝突や墜落の危険性が、後者は低確率ながらも“失敗”する等、多くの呪文にはリスクや危険性があることが規制の理由となっています。しかしながら銃や武器と違い、取り上げることの出来ない魔法(特に
外出に際して私の身につける
先日に作成した
暫く引きこもりっぱなしで鈍っていた身体の感覚を取り戻しがてら、ビルとビルの屋上を〈跳躍〉するド派手なアクションで気晴らしついでに移動時間を短縮します。スーパーマンのように一足で高層ビルを飛び越えるほどのジャンプは出来ませんが、3階建てのビル屋上に飛び上がり、30mある道路を幅跳びして向かいビルの屋上に飛び移るくらいならば可能です。あるいはそこらに張り巡らされた電線の上を伝うのも良い運動になりますが、疲れを知らぬこの身体でちんたら歩く必要も無いと、都市上空を軽快に跳ねながら学園へ向かいます。
片道30分、海と山林の丁度中間にある小高い丘の上へ建てられた広大な学園敷地内に到着しました。数メートルもある外塀は私の健脚の前には無いに等しく、また共に張り巡らされた魔術的
姉様を探して大胆に不法侵入を開始した私は、その目的上様々な訓練施設や研究施設を有し、常識はずれにだだっ広い道案内なしに初めて訪れれば迷うこと不可避な学園を、自身の直感を頼りに姉様の居場所を突き止めました。雲の上を歩くのと比べれば、例え訪れたことのない場所でも旧知の地であるかのように土地勘を得ることくらい、簡単なものです。
神託で賜った情報も少し早かったようで、姉様の再戦は次の授業の一環として、生徒同士の練習試合の演習として行われる模様です。雪辱を晴らす機を心待ちにしてウキウキしている姉様も姉様ですが、教室中が高揚した雰囲気に包まれているあたり、姉様のクラスメイトの殆どは皆、自らの力を他人と比べる、あるいは誇示することに夢中になっているようです。一対一の直接戦闘は苦手な魔術師らしき数名や、姉様の意中の男子生徒はそうでもない表情を見せておりますけど、しかし本来支援を主とすべき神官たちまで戦意を高めているのは正直どうかと思います。
姉様が机と黒板に向かい、勤勉に〈呪文学〉をノートに書き写す授業風景を見守っているうちに授業が終わりました。次は待望の演習であると教師から告げられ、教室中が戦士どもの歓声と気怠い溜息で埋まります。直後に待ちきれない姉様が引っ張るように男子学生を連れていく様は、まるで遊園地で父兄を引っ張り回す無邪気な女の子のようでした。しかし姉様の人目を憚らない恥ずかしい姿に赤面するよりも、私はそんな姉様たちのことを敵意を持った目で見送る二対の視線の方が気になりましたね。一人はハーフエルフの
さておき、あの浮かれた姉様の様子だと授業開始前に試合を始めかねませんから、こちらも急いで追いかけねば。
……む?
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「私は“戦女神”アテナ様に召命された聖なる騎士!いざ尋常に勝負を挑まん!」
全身鎧に身を包む、姉と呼ばれた
月華は名乗りを返されなかったことにむっとするも、気を取り直して、審判の声を待つ。
互いに刃引きされてない真剣を構える……危険かと思われるが、この学園での試合は限りなく実戦に近い経験を積ませるため、HPダメージによる
今回の戦いに限り、お互いに搦め手は得意でない前衛同士なので前述の心配は無いが……。
「戦闘開始!」
使わないと使えないはイコールではない。試合開始と同時に月華が突撃して斬りかかるが、それよりも早く男子生徒は剣を脇に構える独特の構えを取り、突撃に合わせて相打ち覚悟で斬り合う。
初撃は互いに防御を崩しての打ち合いになったが、よりダメージが大きいのは勢い良く斬りかかられた男子生徒の方……ではない。派手に血しぶきを上げたのは男子生徒だが、しかしその出血は一瞬にして止まり傷は塞がっていた。むしろダメージは攻撃を合わせられた月華の傷が大きいくらいだ。
まるでダメージを受けなかったような現象には種がある。男子生徒は
しかしながら初撃で優位に立ったはずの男子生徒の顔色は優れない。彼が思ったよりも、剣の当たりが妙に浅かったからだ。今になって手に握る魔法の剣に違和感を感じ始めたが、既に戦いが始まってしまった今、理由を話して止めるわけにはいかない。
当然だが、
だが彼は自らが他の職業よりも劣ることを知っている、自らの弱さを熟知した戦闘巧者だ。力が劣るなら技で、覆せない格差があるならアイテムを用いるのが彼の戦闘術。だが彼の技は今使い切り、アイテムである魔法の剣はどこかおかしな不調を見せている。詰んだか?否、これで詰むような奴ではない!
初撃から三合打ち合い、防御力の差で不利を悟った男子生徒は大きく飛び退き、懐から
ダメージ量は未だ月華が優位だが、拮抗していた攻防の差は今や逆転した。2倍の速度で動く男子生徒は2倍の攻撃力と、回避力の向上を得て瞬く間に月華を追い詰める。ならば、と月華は男子生徒の攻撃の手が緩んだ隙に、先ほど彼が見せたのと同様の動きで距離を離し、懐の
攻撃の手は緩んだのではない、わざと緩めたのだ。彼は月華が同じく逆転の一手にアイテムを頼るだろうと確信して、わざと隙を見せてアイテムに手を伸ばす瞬間、破壊することを狙っていたのだ。
まだ幾分か体力に余裕はあるが、もはや勝敗は見えている。月華は二度目の敗北にて、今度こそ相手に上回られたという失意のままに手に握る長剣を落とし、降参の一言を告げる。
後日、各話の後書きに用語・単語の解説を書き加えるかもしれません。