ダンジョンズ&ドラゴンズもの練習   作:tbc

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早くモンスターをぶん殴る話か、もっとイチャイチャする話を書きたい。

8/25 15話予定だった部分を追加。次回は時間無視して書きたいとこを書きます。


14_妹と今後を相談したり、貴族を訪問する話

「御前試合ですか、それならば風の試練から戻られる光の勇者様他、土の勇者、風の勇者も参加する予定です」

「なんだって」

 

 引っ越しの事前手続き、それから火の神殿で選手登録と登録料金の支払いを終えてから、昼間言い損ねたので魔法を使って妹に今後の予定を伝えたところ、彼女は二日連続で領事館を抜け出してやってきて、先述のことを告げた。ちなみに出場することについて、マーミアは引越し先の下見を頼む形で留守にさせており、まだ秘密にしている。

 

「勇者の前衛勢揃いじゃないか、腕試しならともかく勇者が揃って何を目的に。まさか魔王討伐後を考えて王族の近衛になる、なんてことじゃないよな」

「兄様にしては鈍いですね。いくら亜人に火神信者が多いと言っても、人間ばかりの勇者一団に手を貸すことは消極的なのですよ。いずれ北の大陸で魔王一団との決戦を挑むには、戦力はあって困りません。

 ですからこの御前試合に優勝することで彼らに決戦の協力を確約してもらおうと考えておりました。

 個人的にはお兄様にも頑張ってほしいとは思いますが、今回ばかりは勇者としての使命もあって手を回すことは出来ません」

「いや、そこまでしてもらうつもりで言ったわけじゃないが……」

 

 東国の貴族を目指すなら、どの国、どの部族を当たるべきか助言をもらおうとしたらこの仕打ちである。昨日は幸運をいただいたと思えば今日は不運、闇の女神の気まぐれの前に嘆きたくもなる。

 

「勇者がいるとなれば必勝は約束出来ないが、自力でなんとかする。

 元より楽に勝てるとは限らないんだ、勇者の一人や二人増えても難易度はさして変わらないさ」

「応援はかけられませんが、頑張ってください。

 ところで先ほどの話、もし優勝できるなら火山山脈、金竜の部族に近づくのがよろしいかと」

「金竜の? 分からなくはないが、火の聖域を守護する者たちは宗教家であって貴族ではないだろう。理由はなんだ?」

 

 火山山脈にいる竜たちの中で、金竜の部族といえば火の聖域を守る奉仕者である。

 彼らは火の試練においても重要な役目を受け持っていると言うが、そのせいか戦争や政治に関わることは少ないという。東国の貴族階級というよりは宗教家であり、王国貴族と関係を結ぶことも滅多にないだろうが、何か事情があるのだろうか?

 

「あそこは火の勇者の故郷なのです。金龍たちは火の神の使徒でもありますから、火の神殿で開催された御前試合の優勝者が契りを交わしたいと望むなら、やぶさかではなく受け入れるでしょう。

 そうすれば、王国の貴族にとって遠縁とはいえ火の勇者と関係を持ったお兄様は知る人ぞ知るコネクションとして……」

「待て待て、契りを結ぶと気軽に言うが、それが意味するものは婚姻のことだろう。それ以外で方法はないのか」

「と、言わましても。東国の貴族には叙爵なんて制度はありませんから、貴族の仲間入りといえば嫁入り、婿入りが当然です。」

 

 そうだった。

 如何せん社会構造を知識でしか知らず、実物を見たことのない世界だからそこまで頭が回っていなかった。

 

「兄様が義姉様(おねえさま)、もといマーミアさんに不実な人間になるのは望ましくありませんが、一方でお兄様がやる気を出したことは嬉しく思います。これを機に流石は闇の勇者の兄と謳われる、祝福にふさわしい方に改心してください」

「いや悪いんだが、これにも理由があってな。マーミアのためなんだ」

 

 かくかくしかじか、と彼女の側にいるためには、俺もそれなりの格が必要になったと告げる。それを聞いて妹は、

 

「馬鹿ですか。それは最大の近道から遠ざかるお兄様が最も悪いでしょう。

 恋心を弄ぶことにはさしもの私もお怒りです」

 

と珍しく暴言を吐くほどに怒りを露わにした。ご両人に申し訳ない。

 

「マーミアさんを愛するなら、例え障害があろうともひとえに尽くす。出来なければ妥協する。

 ただし、妥協した愛でマーミアさんが喜ぶかは別ですが。彼女の優しさは自らにも優しさが返ってくることが前提です。

 兄様が妥協した愛、妥協した優しさしか与えられないのなら、彼女は真摯な愛を注ぐことをやめるでしょう。

 結局、兄様は彼女のことより自分のことが大事なのです」

「……」

 

 否定出来ない。でも肯定もしたくない。

 彼女の心を踏みにじり、一方的に裏切るのは悪人だ。悪には決してなりたくない。

 でも目立ちたいし、だからって貴族になると暗殺とか謀殺とか怖いもの。

 

「その気持ちが悪いわけではありません。

 潔く認め、受け入れるか、自分を捻じ曲げるか。お兄様はどうなさいますか?」

「分かった。ひどく怒られる覚悟は決めるよ」

 

 俺は妹の案を取ることにした。すなわち東国部族から嫁取りを考えることに。成功した暁には、マーミアに浮気者とこっぴどくしばかれるであろう。

 そう伝えると、彼女はふぅと息を吐いて近いうちにより詳しい情報を持ってくると約束して帰っていった。

 

---

 

 東の事が終われば、次は西の事。西というほど世界の遠くには旅立たないが、大陸の半分を瞬間移動して聖王国北方、ホライゾン公爵領内のホライゾン伯爵街へ。ややこしいが埼玉県さいたま市のようなものである。

 マーミアが先に宿を取っているので、合流し、現地の闇の神殿を介してホライゾン伯爵家へ。この地はドラコリッチ討伐へ出港した所と同じなので面識があり、顔を見るなり即座にドラコリッチ討伐の英雄と認められ、すぐに伯爵家へと伝令が飛んだ。なので館を訪れるまでに大して時間は取らなかった。

 さてホライゾン伯爵だが、東方の神殿では「我が領を訪れる船を沈め、困らされていたドラコリッチを討伐したことにお礼をしたい(要約)」と文面にあったが、実際はそれだけでは済まないだろう。闇の神殿長から王族が動きを見せており、叙爵の話に発展しそうとの予測を受けているからだ。伯爵はそれを知ってか知らずか、竜の巫女たるマーミアのことを探し、屋敷に繋ぎ止めることが目的か。いずれマーミアが貴族となった時、彼女と最初に縁を結んだ貴族である利益がどの程度のものかは分からないが。

 

 簡単な目視によるボディチェックを受け、応接間へ通される(従者の俺は武器を取り上げられたが、マーミアのドラコリッチ討伐の象徴たる太陽剣は取り上げられなかった)。伯爵はマーミアが部屋に入って少し後に訪れた。若く見えるが白髪や髭から結構なお年を召しているようで、また悪徳貴族という印象は受けない相手だ。俺はマーミアの後ろに従者として控え、顔を伏せつつも密かに観察して、テレパシーでマーミアに情報や助言をする。魔法のチェックを受けなかったので、一度消してかけ直す手間が省けたのは幸いだ。

 初めましての挨拶から始まり、伯爵は彼のフルネーム……ガイナス・カウント・ホライゾンを名乗った。前から名前、役職名、家名を順に名乗るのが聖王国貴族の原則だ。マーミアもそれを受けて自身の名前を返し、姓は持たないが巷では竜の巫女などと呼ばれていると告げる。伯爵はそれを聞いて、早速ドラコリッチを倒したのは貴方で間違いないようだと確信言ったように語りかけてきた。

 マーミアはその言葉で目のやり場に困るようにキョロキョロとし、俺のアドバイスを待っている(これは事前に話の流れで困っても、俺の方を見ないようにとしつこく言い含めたことによる)。伯爵様の言葉に特にひっかけや困ることはなく、素直に肯定していいと念話ですぐに伝え、マーミアが遅れて肯定した。

 そのレスポンスの差を、ホライゾン伯爵は多少の謙虚さと感じたのか、マーミアの遂げた功績について本人の口から是非聞きたいと尋ねてきた。これは想定していた質問だけに、多少の作り話を交えながらマーミアが伝える。その内容は「船を沈め、神の信徒たちを苦しめるドラコリッチの存在を憂いた彼女が、善竜に協力を申し入れて、彼女の真心に当てられたブロンズドラゴンの協力を得た彼女がキャラヴェル船に乗り込み、のこのことやってきたドラコリッチをブロンズドラゴンと共に撃退、その後ドラコリッチのねぐらを突き当てて奴の核たる経箱を破壊し、滅ぼしに至った」といった話である。俺の存在は省いており、また詳しい過程は「私は詩人ほど上手い語りではないので」という風にごまかしを入れさせた。見たところホライゾン伯爵は戦いの経験はなく、そちらへの詳しい関心も持たないようで、おおよそ納得して終わった。

 次に伯爵が尋ねたのはマーミアの素性である。これも事前に想定していた内容だが、なるべく嘘をつかずに、しかしどう誤魔化すかで苦労したところだ。ここでも俺のことを完全に伏せるわけにはいかず、仕方なく一部真実を交えながら「冒険者として身を立てようとしていた俺が平民ながら天性の魅力を放つ彼女の才に一目惚れし、剣を教えると瞬く間に竜も心を寄せる戦いの乙女となった」ことを話した。ここで初めて伯爵は後ろに立つ俺のことを気にかけるが、マーミアの拙いフォローをもらいながら「彼女を導くつもりが、あたかも容易く立場を覆され従者になった冒険者」という風にはったりで乗り切った。伯爵は俺の嘘を見抜けなかったようだが、しかし俺を一廉の人物と認めたのか途中、顔を上げて答える許可をもらった。わずかにマーミア以上の実力(レベル)を持つ俺は、具体的な力量をごまかしていても見る目が見ればその実力を見抜かれてしまうだろう。戦いに疎いからと、伯爵が決して人の価値(・・)を見定められないわけではないのだ(もっともマーミアの才が促成栽培のものによるとまでは見抜けなかったようだ)。

 経歴、出自の話と続き、少しばかりこちらが尋ねすぎたと伯爵は反省する言葉を告げ、今度はマーミアから尋ねることはないかと、話の主導権を渡す。マーミアは目をそらし考えるフリをして、振り返りたい気持ちを抑えてテレパシーで俺に何を聞くべきかと相談する。叙爵の件を聞くにはまだ早い。ここは素直に、何故私を探していたのかを聞くべきだ。マーミアは自分の言葉で伯爵に私を探していた理由について聞いた。伯爵はそれは当然という言葉と身振りを添えて、我が領を苦しめた死竜を倒したものに領主として礼をしなければ民の信用を失うからだ、と素直に内情を添えて返してきた。

 そうですか、と真顔で相槌を打つマーミアに続けて「ひょっとすると豪華なパレードを催されるかもしれないから」と、彼女が謙遜したがることを引き合いに出しつつ具体的な礼の内容について聞くように念話する。タイムラグの後、彼女は先述の内容を俺の思ったとおりやや嫌気を差したような様子で問う。伯爵はその顔を見て、「巫女様は高貴なことに、清貧でいらっしゃられるようだ」とマーミアを安心させるように、貴族から上級な来賓客としてのもてなしに加え、今後伯爵領内では受けた恩義に見合うだけ多くの便宜を図ること、それには彼女が望むなら善行の施しも行うので困ったことがあれば名前を出していい、と彼は約束した。この約束が後にどれだけ機能するか俺には分からないが、名前で約束したからには王族が動いて彼女が貴族になっても反故にはされないだろうと彼の言い切った様子を見て半ば確信する。

 

 二つ質問され、二つ質問を返したところでキリよく、今度はまた伯爵に主導権が移る。

 さて、と伯爵は前置きを入れてからまたマーミアに質問をする。「竜の巫女様は何を思って善行をなされたのですか」という内容だ。大方は想定していたが、しかし思っていたのとは少し違う。マーミアはなんと言ったものか、と俺の念話を待っているが俺も伯爵様の意図がどこにあるか迷って、言葉がすぐに返せなかった。ドラコリッチ討伐によってマーミアが何を欲しがっているか、その目的について探ることだろうか?それとも、マーミアが持っている信念についての質問だろうか?

 時間をかけると不自然になるので待たせるわけにもいかず、貴族ならば心より金、前者だろうと決め打って念話で指示を伝える。マーミアは「私の目に見えて、声が聞こえる愛しい人たちを、手が届くならば助けたかった」だけと、あたかも聖女のように(しかし実のところ愛しい人とは俺個人を指していると感じられた)ホライゾン伯爵の質問に嘘を込めぬ言葉で回答した。伯爵様の意図に沿った答えだったかは分からなかったが、彼は「分かりました」と、納得したと頷いて質問は以上ですと会話を終えた。

 

 答弁は以上、これよりは主人として客をもてなすことに専念します、と伯爵様は聞きたかったことは聞けた様子でモードを切り替えるようにしてマーミアの緊張を和らげる。だが俺はまだ彼の目だけは真面目を保っていることに気づいていて、この様子が油断を誘うものであると悟っていた。だが場の流れ、彼の言葉は続いておりマーミアに念話で忠告を挟むタイミングがなかった。

 そして伯爵がマーミアを部屋の扉へ誘うようにしたところで、唐突に告げられた次の言葉。

 

「ところでこの度 聖王国に貢献した竜の巫女様に、王族から爵位を賜るお話が来ております。

 巫女様は貴族になってより多くの人を救いたいと思いませんか?」

 

 このお話は現時点では間違いなく嘘だ。そもそも王族どころか当事者のホライゾン伯爵ですら、俺たちが訪れるまで「竜の巫女」の所在を知らないのに爵位を賜る話が決まるわけがない。例えば「竜の巫女」が既に王国の爵位を持っていたら二重に授けられてしまう、これはおかしな話だ。そんなわけで素性がまだ知れない相手に王族が爵位を与えるはずがない。なので俺は一瞬で話の嘘を理解し、無反応を貫く。

 しかし一方で交渉に不慣れなマーミアがそんなことを一瞬で見抜けるわけもなく、貴族というワードに反応を隠せていなかった。それを見逃すほど、伯爵は腑抜けた貴族ではない。

 

「貴族は人の上に立って、税を搾り取る冷酷な者と、民には思われているかもしれません。

 しかし、貴族がいなければ街を守る兵士を束ねる者がおりません。兵士を律する騎士たちが忠誠を誓う相手もおりません。税がなければ、彼らは食い扶持にも困り武器や防具も得られないでしょう。

 金と引き換えに命を失っては元も子もありません。貴族とは英雄とは違った側面から、また民を守る人間なのですよ」

 

 顔を伏せながら彼の様子を伺うが、見るまでもなく言葉からして明らかに釣れたことに気づいた様子だった。彼はマーミアに貴族の先達として導くように、しかしその実はマーミアが貴族に何を求めているのかを探る様子だった。

 

「私は、竜の巫女様にもそのような貴族になってほしいと思っている。貴方はこの機会をどう思いますか?」

 

 手遅れだが、俺はマーミアに考えを保留するように即座に念話した。

 

「私はまだ、考えなければなりません……」

 

 気が緩んだ直後に差し込まれた言葉のナイフに、マーミアは敬語が緩むほど不意を受けていたようだった。伯爵はそれでも言葉に満足した様子で―――、一時俺に目を止めた。

 しかしすぐにマーミアを案内するよう、自らの家令に指示を出し始める。今のは気の所為か?いや、それにしては不自然な視線を受けたようにも感じる。

 俺もマーミアも、目線をやったり変な反応を見せるなど彼に正体がバレるような行いをしたつもりはないが、何か見落としがあっただろうか。この先が不安になりながらもマーミアは案内を受けて、俺は彼女とは別に従者としてのもてなしを受けるため二手に別れた。

 

---

 

 ホライゾン伯爵のもてなしは貴族の流儀であり、マーミアは伯爵と晩餐会を共にすることになった。せめて横で作法を指示出来れば良かったのだが、生憎俺は俺で別のおもてなしを受けており、付け焼き刃の礼儀作法(テーブルマナー)を受けても失礼を働く場面が多々あったそうな。もっともそれで向こうの機嫌を損ねた様子はなかったという。巫女様は元は平民と伝えてあるし、それで気を損ねるのは招待した方が大人げない。

 一方で俺は、あくまで従者に対するものだが客室一つを用意していただくなど結構なおもてなしを受けていた。ここで主人(マーミア)を差し置いて、ホライゾン伯爵家に仕える騎士の隊長で伯爵の従弟(いとこ)殿(おそらく齢30前後)に訪問を受ける。無礼がないよう丁寧に挨拶を返し、この身に何用ですかと尋ねれば、従者ならば勿論英雄の戦を見届けていただろう、伯爵に代わって是非とも巫女様とドラコリッチの戦いの最中を語ってほしいと誘われた。主を置いて差し出がましい振る舞いは礼を失するとお誘いを断ろうとするも、それだけなら巫女様の活躍で救われた、こちらの感謝だけでも聞いていただきたいと二度誘われる。正直、付き合い自体を避けたかったのだが断固な姿勢を取るのは逆に失礼と思い、聞き届けるだけならばと付き合うことを伝えた。伯爵の従弟、騎士隊長殿は俺を館横手の軍舎に連れていき、そこで伯爵領水軍の偉い人と名乗る方から、主に代わってお礼の言葉を受け取った。その後、やや無礼講よりの会食を共にして、彼らと少し身の上話を語り合うことになった。闇の神殿で生まれ育った経歴を妹の話を除いて伝えたくらいで、見かけの実力は抑えたし装備も現在魔法的なものを一切身につけておらぬ状態なので、特に怪しまれる要素はない。

 会食が終わり、再び客室に戻されたところで一度 女中に声をかけ、部屋を教えてもらいマーミアと合流する。念話で逐次連絡はしていたが人前や直接でなければ言いにくいことはある。改めて顔を合わせて、先ほどまでの情報交換と、それから海軍の偉い人より受け取ったお礼などを伝えて、また改めて念話魔法の掛け直しなども行った。

 それでは部屋に戻るだけ、となったところにマーミアの部屋を伯爵の家令が訪れる。主従ともに夜のお話に付き合っていただけないか、と伯爵からのお誘いだ。騎士団長と共にドラコリッチとの戦いの話を聞きたいらしい。主を差し置いて、と話を避ける都合に使ってしまっただけに、このお誘いは俺としては断りづらい。失態だが、幸いにもマーミアは今日のことで疲れている様子もなく乗り気だったため、これから向かうと伝えてもらった。場所は館の二階、テラスとのこと。

 家令の方には扉の外で待ってもらい、こっそりと(スタッフ)を使用して、交渉用強化魔法を無音声でかけた後に二人で共に赴く。勿論マーミアが前で、俺は従者ぶる。

 

 さて、約束通り館の二階テラスで待っていたのは伯爵様と、先ほども話した騎士団長……伯爵の従弟殿だ。会食にも居合わせた、海軍のあの偉い人はこの場にはいない。伯爵様からは向かい合うソファに座るよう促され、マーミアは座り、俺はその後ろで立つ。しかし伯爵様は是非従者殿の口から聞きたいと、俺のこともソファに座るよう促した。だが伯爵様の許しを得ても、主の隣に座ることを許されたわけではない。俺は断り、語るならこの場でそのまま語りますと述べた。伯爵様は騎士団長と顔を見合わせて、今度は騎士団長殿の口から俺に座るよう促された。それでも俺は、尊敬する主の隣に気安く座ることは出来ませんと断りを入れる。この時、マーミアは俺に許可を出しそうに口を開きかけたが、咄嗟に目線と念話で黙殺した。

 

---

 

「ふむ」

 

 それを見て、頷くように騎士団長とまた顔を見合わせる伯爵様。

 

「やはり竜の巫女様の従者はよく出来た方だ。主よりも礼儀を弁えた従者とは冥加に余る」

 

 その言葉に嫌な予感を感じながらも、しらを切るように謙遜の表情を見せる俺。マーミアは自分のことを褒められたように、照れくさそうにしている。

 だが伯爵様は容赦なく次の言葉を言い放った。

 

「それで本当のところ、主従はどちらが主なのかね?」

「おっしゃっている意味が分かりません。私の主はただ一人、マーミア様です」

 

 失礼と承知で、その言葉をかき消すよう場に割り込んで返答する俺。無表情を貫き、動揺は見せない。

 伯爵様と騎士団長殿は俺のことを真贋を見極めるようにじっくりと見ている。顔を合わせるのは失礼だと思い、目をそらすようにして我が主の方を見る。

 我が主人、マーミアは……目を僅かに見開いて口を半開きに、驚いた表情を見せていた。伯爵様と騎士団長殿の目がそちらに向いて、ようやくマーミアは顔が緩んでいたことに気づき、キリッとした顔に戻す。だが手遅れである。

 伯爵様たちは今のに間違いなく気づいていたが、わざわざ追求しようとはしなかった。それに頬をほころばせて、良かった間に合った、などと勝手に安堵するマーミアに俺は呆れ、不貞腐れた様子を隠さない。いずれバレることもあると思っていたが、こうも早くバレるとは。あまりに交渉がうますぎると逆に不自然になると控えていたのだが、もっと強力な交渉用強化魔法をかけておけば良かったと後悔するのだった。

 

 

「ドラコリッチは私が善竜様の背中に乗り、奴が善竜を脅威として近づいてきたところに、本命たる私が退魔の太陽剣(サンブレード)で切り落としました。善竜様には、私がドラコリッチを倒すことを条件に、奴の不意を突くためにその竜の背を跨ぐ許可をいただきました」

「私はその時、彼女を助けるべく魔法で立ち込める雷雨を払い除け、詩人のごとく鼓舞して彼らの幸先を導きました。アンデッドに強い破壊の力を与える太陽剣を的確に突き立てることさえ出来れば、ドラコリッチも倒せます。しかし問題は海上を高速で飛行する一方、並の騎獣は容易く蹴散らし、秘術もこなすため魔法による飛行手段は打ち消される奴に人間の足ではどうあがいても近づくことが叶いません。

 そのために善竜の力を借りる必要がありました。奴でも容易い相手ではなく、かつ互いに魔法をこなす竜同士。彼の力なくば我々はドラコリッチに刃を一度も突き立てられなかったことでしょう」

「その後、善竜様と共にドラコリッチの巣を突き止めた私たちは、数々の竜の骸に埋もれた経箱を見つけるまで、何度でも再生するドラコリッチを幾度も倒し、ようやく奴の核の在り処を突き止めたことで善竜様が電撃のブレスによって周りの骨ごと経箱を破砕し、ついにドラコリッチを滅ぼすに至ったのです」

「と、口で言えばやつの核たる経箱を破壊するまで苦労はなかったと聞こえますが、経箱より再生したドラコリッチは復活に用いた竜種の屍を乗っ取るのに数日かかり、それまで弱体化しているのでいかに最初の死体を倒すかが重要でした。

 何よりドラコリッチと一度会い見え、また肉体を破壊して経箱の元に戻った奴を“念視(スクライイング)”することで場所を特定することは必須だったのです。海上でドラコリッチと戦った経緯は、奴を滅ぼすためにも必要な戦いだったのです。それに、死竜を恐れず、無謀ながら船を出した風の信者たちがいなければ、我々は戦いの場にすらたどり着けませんでした。

 結果、彼らを利用する形になりましたが、彼らの目的は北の大陸の同胞たちを助けることで、我らの狙いは海上を荒らすドラコリッチを滅ぼすこと。目的は別々で、むしろ彼らの運任せの船旅を成功に近づけたのですからその点で文句を言われる筋合いはないでしょう」

「……少し喋りすぎではありませんか?」

 

 ドラコリッチ討伐の件を語る主を、遠慮なく詳細に補足する俺にふと思い出したように主らしい態度を取るマーミア。しかしながら既に真の関係を見抜いているだろう伯爵様方に、もはや言葉を取り繕うつもりはあまり無かった。かといってマーミアが素に戻ると逆に失礼しかねないので、まだ暫くは従者のスタイルでいく。

 

「なるほど、魔術も修める従者殿が助けることでドラコリッチ討伐を成し遂げられましたか。善竜に背を許されるほど人徳に長ける巫女様といえど、いかに強気剣や善竜のお力があってもそれだけで強大な死竜を倒せるものではないと疑問に思っていたので納得がいきました」

「いえ、私は魔術師ではありません。

 魔法の物品の扱いに心得がありまして、その日のために用意した魔法の杖や巻物を使ったまでです。同じことをしろと言われても、高額な品を準備するのは難しいですね」

 

 騎士団長殿の言葉に訂正を加える。魔術師違うネ、あくまで技術ネ。アイテム頼りだから在庫に限界はある……と俺は事実とボカして告げる。

 

「しかしその高い金を払って得た品を、惜しみなく費やすのですね」

「冒険で手に入れた金を次の冒険のために費やすのが冒険者です。

 無駄金惜しんで命を失っては元も子もありません」

 

 それに、わざわざ取り寄せたアイテムはそれにしか使えないものもあったと俺は補足する。“天候制御(コントロール・ウェザー)”なんて野外ならどこでも使えるとはいえ、有効に使うには状況を選び、また戦闘に強く影響を及ぼすものではない。船足を早めるために何度も使うくらいなら、むしろ瞬間移動(テレポーテーション)系の魔法を使った方が安く済むまである。

 

「術者由来の魔法の品を使うとなると、それは盗賊(ローグ)の技術のはずですが……育ちは闇の神殿と聞きましたが、その技はどこで身につけたのですか?」

「まず現物のアイテムを手に入れて、次に技術の存在を伝聞で聞きました。

 あとは我流で試行錯誤して会得しました」

 

 これは7割本当、3割嘘だ。まだ“全知識の書(ブック・オヴ・オール・ナレッジ)”なる書物のアイテムを知らなかった頃は、取り出した魔法棒(ワンド)(ステッキ)巻物(スクロール)の使い方を知らず、チート詐欺かと思わされた時期があった。しかし後にそれらアイテムは通常、元から魔法を使える者にしか使えないこと、例外的に盗賊(ローグ)たちがそれを扱う技術を伸ばすものがいると知る。発動失敗の事故でアイテムを失っても在庫に限りがなく幾らでも試行錯誤出来た俺は、知識・ノウハウの不足を回数で補い、魔法のアイテムを使用する技術を独力で身につけるに至った。

 

「努力家なのですね」

「一切努力せずに技術を身に着ける者はいませんよ。ドラゴンや天性の魔法使い(ソーサラー)だって、魔法を会得する前にまず使いたい魔法を研究ないし学習するのですから。

 それより、主を差し置いて私ごときが話を続けてしまうとご主人様の面目が立ちません。どうかこの話はここまでにしていただけませんか」

「それもそうだな。では最後に一つだけ、従者殿に聞かせてほしい。

 従者殿は一体、主人にどういう姿を望んでいるのかね」

「それは……強く優しく美しく、可憐であり、私の最初の教えなど要らなかったと思うくらいに眩しい英雄になっていただくことです」

 

 そして願わくば俺という臆病な存在が身を寄せても、発する光で見えなくしてしまうくらいの存在に。

 その答えで納得したのか、伯爵は頷いて、マーミアに向かってこう申し伝えた。

 

「それでは、巫女様。

 この度、領民を苦しめていた死竜を討伐したことに、ホライゾン伯爵家を代表してお礼を申し上げる。

 多くの命と英雄の誉れに敬意を表し、今後あなた方が望むなら後援者(パトロン)になることを、光の神に誓って約束しましょう」

「ありがとうございます。(で、いいんですよね?)」

 

 貴族の敬意をどう受け止めたものかと迷ったマーミアは、礼を返す形でお礼を受け取った。失敗ではないと念話で伝えて安心させる。

 ここで夜のお付き合いは終わるが……伯爵家の夜はまだ続いた。

 

 

 


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