またこの作品はライトに書くと決めており、小難しい話はなるべく避けております。政治や戸籍、税、通貨経済の話までやってらんない。
俺とマーミアがより深い関係になった翌日に届いた話は、ドラコリッチの英雄の詩が最も被害を受けた中央大陸北方沿岸、ホライゾン伯爵の耳にまで届き、その功績を遂げた相手を探すために風の神殿から手がかりを辿って闇の神殿まで“竜の巫女”の調べが入ったという報告だ。特に口を閉ざしてもらう理由もなく、むしろ積極的に伝えてくれるようこちらから頼んだ。
さてお呼び出しを受ける前に、英雄となった彼女へ少しお早いプレゼントを用意したので受け取ってもらう。
「これは、いつもと同じ鎧ですね。何か魔法を新調したのですか?」
「性能はいつも着けているミスラル製の
ただし、これは俺が取り出したものじゃない。女神様との契約外の、俺の力とは無縁に存在する一品だ」
「……ええっ!それって、金貨何万枚もするすごくお高いものじゃないんですか!?
どうやって手に入れたんですか?」
「ちょっと多用は出来ない裏技を使って調達した。特に悪事を働いたわけではない。
これと同じく、ドラコリッチに使った
いつもの鎧に、ドラコリッチを倒した剣はこれからお前の象徴になる。くれぐれも盗まれたり無くさないように」
兎にも角にも“
神の力の一部を直接振る舞ってもらう“
なのでこの手法はこれきりにして以後、禁止とする。
それはさておき、俺がチートで取り出したアイテムは、女神様との契約により俺が死んだ時全ての現存するそれらアイテムは消えることになってるが、この剣と鎧はチートで取り出したものではないため、死んでも残る。万が一俺が死んでも、残された彼女はその武具を使って生き延びることが出来るだろう。
「死ぬ気はないけど、そもそも死は不意に訪れるものだ。
俺はお前が死んでも生き返すが、俺は自分を生き返すことは出来ないし、逆にお前が俺を生き返す方法も持たない。
でもお前が生き残ってくれれば、いつか俺を生き返してくれるようと信じている」
高レベルではドラコリッチ並、あるいはそれ以上のモンスターが現れてアイテムを破壊し、魔法を封じる奴が数多く現れるだろう。やがて死と蘇生すら戦闘中の状態異常の一種と見なす高レベルの戦いでは、この縛りはチートの大きな問題点となる。
「ごしゅ……あなた、分かりました」
「そういえば、お互いの呼び方、話し方も変えなければいけないな。
なのでこれからは一人の英雄に仕える第一の従者として、私との会話を他人に見られても疑われないように言動を直そうと思います。
マーミア様も、これからは主人と従者との間柄として相応の態度を取るようにお願いします」
「うわ」
うわとはなんの驚きですか。
「ご主人が恭しい言葉を喋ってるの、なんか変な気分です」
「私だって、育った神殿に務めていた時は目上の人と接触し、会話することは何度もありました。これはその時に身に着けたものです。
マーミア様も、くれぐれも私のことを人前で『ご主人』と呼び間違えることないようお願いします」
「では、なんとお呼びすべきでしょう。お名前で呼びましょうか?」
「いえ、名前で呼ぶのは別の事情があって避けていただきたい」
女神の采配によって転生者丸出しとなった名前は、気づく人にはモロバレになる理由で呼ぶのをやめていただきたい。
「では、これからは『あなた』と呼ぶことにします。
……でもこれって貴族の奥方様が夫を呼ぶ声掛けみたいです」
「これから貴族に成り上がることも夢じゃない女性が言うと、現実味を帯びていますね」
「なら、あなたは招来の貴族の旦那様です」
「そういう立場は好きじゃないですね。そうしたら、私が人目を浴びる」
「やい臆病者」
「はいなんですか」
気心を知られているからこその軽いジョークにふふっと笑い合う。
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「では、関係も変わったところで住む場所を変えたいですね。このあたりはマーミア様のことを元メイドだと知っている人が多すぎます。
今はまだ詩の人物がマーミア様と気づいてないにしても、いずれ英雄と親しくなりたい人物が多く訪れて、情報収集した彼らが私たちの過去を知るでしょう。そうなった時、過去の関係から力の源泉が私だと怪しまれてしまいます。
それを避けるためにも、マーミア様と私の過去を知らないところへ引っ越したいのですよ」
「お引っ越しで経歴を隠すのですか。それに英雄なら、もう少し綺麗なお館に住んだ方がいいかもしれませんね」
俺の都合が主ながらそれに加えてもう一つ理由はある。
竜の島から飛来するワイヴァーン狩りもだいぶ慣れてしまい、奴らはすでに俺たちにとって格下である。ドラコリッチとの壮絶な戦い、それを乗り越えた経験値により中程度の冒険者に
しかし冒険先と転居先を合わせる必要はない。
「そうですね。館を買うのなら騎士への叙任、ないし叙爵を受けた立場を活かしたくもなりますが、そうすると聖王国に近い、大陸中央に住むことになります。
しかし王都のある中央南は私たちの出身が近いので、経歴を伏せるために中央北が良いかと。現在、魔王の影響で中央大陸北岸では飯の種に困りませんからね」
「王国ですか……今朝のお手紙に書いてあった、私たちを探してる貴族ってどこのどなたでしたか?」
「ホライゾン伯爵です。聖王国のたった七人の公爵のうち一人、聖王国の北岸を治めるホライゾン公爵の血筋、その分家の方ですね」
「伯爵、公爵……あの。そのホライゾンさんって伯爵と公爵、どっちなんですか?」
「いえ、ホライゾン公爵はホライゾン伯爵と別人です。
私たちを手紙でお探ししているのがホライゾン伯爵で、その人の従兄弟か又従兄弟か……詳しいところは分かりませんが、より偉いのがホライゾン“公爵”ですね。
聖王国の貴族には上から公爵、伯爵、子爵、男爵とありまして、ホライゾン家を含めて『虹の七家』と呼ばれる七つの貴族の中で、最も正当な血筋を持つ方一人だけを公爵、そして七家の血筋を引いてますが公爵になれなかった家主が伯爵と呼ばれることを許されているのです」
ところでこの聖王国の爵位制度は名前こそ西欧的ながら、実際は家の格付けを示す東洋的な意味での爵位である。そのため爵位の偉さが必ずしも土地の広さを示すものではない。
「ほへー。じゃあ、貴族の中で上から二番目に裕福で偉い人に探されてるんですね、私たち」
「はい、いいえ。偉さはその通り、ですが家の規模に限っては伯爵はそれほど大きなものではありません。
伯爵が治める領地は、七家直系の公爵が持つ統治しきれない広大な領地の一部を借りているのです。実際は家臣のようなものですね。一方で七家の血筋を持たず、実力や功績、あるいは財力で貴族に成り上がった子爵や男爵たちは辺境に領地を持つこともあって裕福さでは伯爵を上回ることも多いのです。
全ての伯爵と子爵、男爵がそうとは言いませんが、偉いほどより裕福とは限らないと否定します」
「ええ、じゃあ伯爵のお嫁さんになった人は幸せにはなれないのでしょうか」
「庶民から見たら十分裕福なので、幸せにはなるんじゃないですかね……」
一区切りついたところで話を戻す。
「ところで叙爵の話ですが、あまり期待しない方がよろしいかと。
貴族の話をしておいてなんですが、マーミア様の性格は社交界とは合わないでしょうから」
「あなたのためなら私は貴族になっても頑張ります。頑張れます」
「いや、社交界では口の上手さが必要になりますが、マーミア様の喋りはとても貴族の水準に達しているとは言えませんから……。
それに、こと社交界では俺は全く手を貸せないんですよ。戦いとは別の意味で相性が悪すぎて」
「何故ですか?」
「社交界の舞台、パーティ会場にはドレスコードが付きものなんですよ。
魔法のアイテムの多くは一見変てこな飾りなので、実用性よりも見た目を選ばなきゃいけませんから。
そもそも魔法のオーラを放つだけで締め出されることだってあるんですよ」
「……実に詳しいんですね。行ったことあるのですか?」
「神殿にいた頃、神殿長の付き添いで一、二度だけ。
着けていた指輪は取り上げられかけ、かけていた魔法も警護の魔術師に感知され
嫌な経験を思い出し、はぁと少し溜息をつく。
「そのようなこともあり、苦手な場なので過度の助力は期待しないでください。
貴族の中にも私たちと同じく、社交界が苦手ですが貴族の関係を保つためパーティに出る人は少なからずいますから、早いうちにそういった方々と打ち解けることが望ましいのですが」
「やっぱり、私よりあなたが貴族になるべきだったのでは?」
「人の上に立ち、沢山の悪意を受ける立場に望んでなるなんて真っ平御免ですよ。暗殺されかねない」
「でも私にはなってもらうんですよね。臆病なことは分かっていても、流石に納得いきません」
「……」
金の関係が解消された今、彼女が俺に借りているものは今までの恩義だけだ。戦士の経験を重ねたことも、英雄になったことも彼女がなりたくてなったものではない。
「恩は感じていますが、それでもあなたが私に沢山のことを押し付けている分、私もあなたに背負ってもらっても妥当と思います。貴族になるのが嫌なら、せめて私に近い場所で私のことをいつも守れるようにしてください。戦場でも、パーティでも、お家でも、どこでも私の隣にいてください」
「お風呂も一緒はまだ早いと思うな」
「そこまでは言ってません!あと茶化さないでください。
とにかく……私は賢くないので、貴族がどんなに怖いのか分かりません。だからあなたが私のことを守ってください。
私の優しさに
「そうだな……分かった。手段を考えておく」
従者といっても、常に彼女の傍らにいることは出来ない。例えばパーティ会場ではただの従者の同伴は認められず、貴族かその付添(エスコート)しかいられないだろう。彼女が表彰される式典ではそもそも近づくことは不可能だ。貴族以外の立ち入りが許されない場所も幾つかある。そうしたところに俺が付き添うには同じ貴族になるか、あるいは別のアプローチが必要になるか。
何にせよ彼女に善意を求めるなら、俺も善意によって動くのは彼女にとって当然だ。俺が期待に応えてくれなければ彼女も期待に応じることはないだろう。金や利益で動かない、善意で動く人間は良くも悪くも大変だ。
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引っ越しのために冒険者ギルド、それから懇意にする職人ギルドを訪れる。この世界に戸籍はないが、ギルドへの登録がそれを兼ねている。職人ギルドは、彼らは土地と建物を管理しており移住する際の売買もここで行う。それぞれに近く引っ越しをするため、場所を変更したり、家具ごと土地を買い取ってもらう手続きを済ませた。近々職人ギルドからは土地の査定が訪れるだろう。
それらの帰りに冒険者ギルドの依頼ビルボードを覗くと、不人気そうな下働き仕事が隅に追いやられ、一枚の大きな広告が貼られていた。依頼ではない、この地で行われる催事の発表だ。『火神御前試合』……争い事を司る火の神殿主催の武闘会か。
マーミアに舞踏会と偽って出させるのも面白いだろうか、とふと思うも彼女はそういうのに憧れる人ではないから冗談すら通じないだろう。特に興味はないなと一通り流し読んで帰ろうと思うが、賞のところで目が止まる。
――『優勝者は火の神殿騎士や東国いずこかの王族近衛へ取り立てる』の一文。
これだ、と俺は幸運な巡り合わせに闇の女神へ感謝を捧げる。王国の貴族にならずとも、外の国の貴族になることで、パーティ会場に出席するだけの箔はつくだろう。余所者ということで王国の貴族では嫌われるだろうが、国が違うので彼らと利権を巡って争うことはなく、激しい敵意をぶつけられることはそうないだろう。問題があるとすれば従者の立場ではなくなること、また王国の貴族に他国の貴族が干渉すると、外交問題になりかねないことか。
少し着地点を考える必要はあるが、悪くない案に思う。ひとまず登録だけは済ませておいても良いだろう。
「すみません、こちらの御前試合の手続きはどちらで行っていますか?」
俺は冒険者ギルドの方に火の神殿で登録手続きをしていると聞き、その日にその足で登録に向かった。