月の魔物の伝説   作:愛崩兎

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第六話 再会と女王との謁見について

 防壁から飛び降りた僕は現時点で出せる全力を持ってビーストマンを撃退した。

 月光の聖剣を引き抜き、光の刃を瞬かせ、月の奔流で押し流した。

 

 人間の姿のまま十万を撃退するのはきつかったが、しかし切り札の一つを切ることによってなんとかなった。

 

 〈青き月の奔流〉という、僕の持つ最大の範囲攻撃はビーストマンたちを殺し尽くし、ビーストマンたちを潰走させた。

 都市は無事救われ、人類の脅威は去ったのだ。

 

 地平の彼方へと消えていくビーストマンたちを感慨深く眺めていると、僕に後ろから声がかかった。

 

「ありがとう、英雄(ヒーロー)。お前のおかげで、この都市は救われた。いくら感謝してもし足りない。本当にありがとう」

 

 その声の主は先ほど助けた髭の大男。胸の巨大な傷は、出し惜しみせずに使ったちょっと良いポーションのおかげかすっかり治っていたが、鎧には未だその傷跡が刻まれていた。

 髭の大男は涙を流しており、都市を守りきれたことを心から喜んでいるようだった。

 

 僕は命を賭して都市を守っていた大男に、そんな風に言われ、少し気恥ずかしくなる。

 所詮僕の力はゲーム由来の不純な力。結果的にそれによって都市を守れたとはいえ、僕よりも大男の行為の方が尊く思える。

 

「やめてくれ。僕は英雄(ヒーロー)なんて柄じゃない」

「じゃあなんと呼べば?」

「クルーシュチャ。僕の名前だ」

「オーケー。クルーシュチャ。俺の名前はフェルグロイ。フェルグロイ・マックールだ。フェルグロイと呼んでくれ。そして改めてお前に、最大の感謝を」

 

 そう言って深々と頭をさげるフェルグロイ。僕のようなまがい物とは違う本物の英雄に頭を下げられると、なんだか心苦しい。

 

 しかし僕は素直に感謝を受け取ることにした。

 

「受け取ろう。フェルグロイ」

 

 僕がそう言うと、フェルグロイは頭を上げる。

 フェルグロイが頭を上げたタイミングで、兵士たちや、冒険者たちが駆け寄ってきた。

 

「お前は竜王国の救世主だ!」

「あの光はなんだったんだ!? とにかくすげぇ!」

「ありがとう! 本当にありがとう!」

「竜王国は救われた!」

「人類の勝利だ!」

 

 彼らは口々に喜びと感謝の言葉を発しながら、僕を取り囲んだ。

 その顔は皆一様に喜びと感動に染まっており、僕の不純な力からくるものでも救いになったことを教えてくれた。

 

 ああ、この顔が見れたなら、人助けも悪くない。

 

***

 

 あの後、都市ではありったけの物資を集めて宴が開かれた。十万のビーストマンという絶望をはねのけた喜びはとどまるところを知らず、昼夜問わずの大騒ぎだった。

 

 当然僕もその宴には参加、というか主役に祭り上げられた。

 僕は毒無効を持ち酒には酔わないのだが、それゆえか大酒飲みと勘違いされ、しこたま酒を飲まされたのだった。

 

 戦時中に大宴会など大丈夫なのかと思ったが、十万のほとんどを削られたのは流石に堪えたらしく、斥候が調べたところによれば、ビーストマンたちは近隣にあった拠点すら放棄して本国に撤退していったようだった。

 故にしばらくは安全と考えられ、宴が行われた。

 

 そして宴が終わって一週間後の今日。僕は冒険者組合へと呼ばれた。冒険者登録は竜王国にきてからし直したため、今の僕は竜王国の冒険者だ。

 理由は予想通り昇格と、もう一つ。昇格については、驚くべきことにオリハルコンを飛ばしてアダマンタイトにだった。

 

 今、僕の首からは、アダマンタイトのプレートがかかっている。

 僕からすれば柔らかく、希少価値もそれほどではない金属だが、最高位の証明というものはやはり嬉しい。

 

 もらった時のことを思い出しながら、プレートを眺めてにまにましていると、背後からフェルグロイがやってきて、一方的に僕の方に腕を回し、肩を組むような姿勢になった。

 フェルグロイはフルプレートを脱いでおり、服の上からチェインシャツを着ているのみだ。

 あの時のポーションで傷は治ったが、鎧までは当然のこと治らなかった。それゆえフェルグロイのフルプレートは現在修理に出されている。

 

「よう。クルーシュチャ。元気にやってるか……って、お前もアダマンタイトになったのか。まあ当然だな。というかお前の功績を思えばアダマンタイトでも足らないくらいだぜ」

 

 フェルグロイとはここ数日で随分と仲良くなり、気安く喋れる間柄になった。こっちに来て初めての友人だ。

 

「ああ、僕もこれで最高位の冒険者だ。なんだかんだ言っても嬉しいものだな」

 

 僕はそう言ってふわりと笑う。

 フェルグロイはわずかに顔を赤くした後、顔をしかめて大きく舌打ちをした。

 

「ああ、それでお前が女だったらな……。いや、なんでもない。それと、今度の女王陛下との謁見。お前にも連絡は行ったか?」

「ああ、いま組合長から聞いたよ」

 

 先ほどまでいた冒険者組合で、僕は組合長から一つの話をされた。それこそが先程言ったもう一つ。

 それはビーストマン撃退の功績を称えて、この国の女王、ファールイロン・オーリウクルス直々に褒賞を与えられる、という話だった。

 しかも、我々が王宮に出向くのではなく、女王の方がわざわざこの都市までやってくるという。なんでも、重大な戦力を前線から引かせることはできないかららしい。

 

「……正直、公権力にはあまりいいイメージがないんだがな」

 

 脳内には、腐り果てた僕が元いた世界の国家権力が浮かぶ。

 僕が思わず顔をしかめながらそう漏らすと、フェルグロイが少し慌てたように僕に言う。

 

「そう言うなって。……俺も何度か会ったことがあるが、女王陛下は決して悪人じゃあない。善政を敷いてらっしゃるし、俺個人として尊敬できる人だ。ここは俺を信じると思って、女王陛下と会ってみてくれないか?」

「……フェルグロイがそう言うなら、信じよう。それに第一、俺が嫌な思いをしたのはこの国の女王様とは関係ないしな。知らない相手のことを勝手なイメージで批判するのは良くなかった。先入観を捨てて女王様と謁見しようと思う」

「おう、良い心がけだと思うぜ」

 

 そう言って僕の肩を叩くフェルグロイ。肩を叩く力は僕以外の人間が受ければ軽く吹き飛ぶほどだ。豪快なのは良いことだが、僕以外の人間にする時は少し手加減したほうが良いのではないだろうか。

 

「そういえば僕は宮廷作法なんかには疎いのだが、どうすれば良いのだろうか?」

「ああ、そうだな。……女王陛下が来るまでに、基本的なマナーについては俺が説明しよう。細かい作法なんかは、今からやっても身につかないだろうしな。お前は十万のビーストマンを撃退した竜王国の救世主なわけだし、多少の無作法は問題ないだろ。むしろ救国の英雄がペコペコしすぎるほうが問題かもな。敬語さえ使って、よっぽど無礼なことをしなきゃ大丈夫さ」

「そうか? ならまあ、大丈夫かな」

 

 僕は謁見への憂が減り、少し肩の荷が降りたような気分になった。

 

「それで、お前は今日これからどうするんだ?」

「ああ、ちょっとした知り合いがこの街にいてな。挨拶をしておこうと思ったんだ」

「そうか、俺は謁見への準備もあるし、ここでお別れだな。お前も謁見への準備はしておけよ」

 

 しておけよ、と言われたものの、正装は必要ないとのことだったし(冒険者は鎧が正装、ということだろう。最も僕が着るのは鎧ではないが)、必要なものの大半はアイテムボックスに全て入っているから、準備の必要などほとんどないのだが。

 

 フェルグロイと軽く手を振って別れた後、僕は街道を進む。昨日街の住民から聞いた案内によれば、もうすぐ着くはずだ。

 

 幾つかの角を曲がり、目的地の前へ。

 

 僕の目的地である、年季の入った、しかし決して古びてはいない三階建ての建物には、ヒッテリカ商会と書かれた看板が下がっている。

 

 僕の目的地とは、ヒッテリカさんの店だった。

 

 扉を開けて中に入ると、幾つかの棚が並んでいて、奥にカウンターがあり、中には従業員らしき人間が立っている。

 従業員は、僕に気がつくと笑顔を浮かべ「いらっしゃいませ」と言ってお辞儀した。

 

  僕はそのカウンターまで行くと従業員に話しかける。

 

「すまない、ここのオーナーに会いたいのだが」

「失礼ですが、何かお約束などがおありでしょうか?」

 

 そう聞いてくる従業員に、僕はヒッテリカさんと別れたときにもらっていた紹介状を手渡す。

 

 中にいた従業員は紹介状を確認し、僕に少し待つように言って、奥に入っていった。

 

 しばらくすると、ヒッテリカさんが奥からやってきた。

 

「お久しぶりです、クルーシュチャ様。あの時はお世話になりました。そして今回も、竜王国を救ってくださって本当にありがとうございます」

「自分にできることをしたまでのことだ。あなたが無事なうちに、駆けつけることができてよかった」

 

 僕がそう言って笑顔を浮かべるとヒッテリカさんも微笑んで口を開いた。

 

「お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」

 

 僕が竜王国にきた理由はヒッテリカさんやローランドを助けるためだったりするのでお世辞でもなんでもないのだが、それを言うのは押し付けがましいだろうと思い、僕は口をつぐんだ。

 

「それで今日はどういったご用件で?」

「あなたの無事を確認したかったんだ。それと、旅用の細々したものを買いに。忙しいところを邪魔して申し訳ない」

「まあ、ありがとうございます。せっかくですし、奥でもう少しお話ししませんか?」

 

 ヒッテリカさんに案内され、僕は二階へ上がり、一つの部屋に案内される。

 

 部屋の戸をくぐると、上品な調度品たちに彩られた、落ち着いた雰囲気かつ見窄らしくは決して感じさせない部屋が僕を出迎えた。どうやらここが応接室らしい。

 

 部屋の中央には机とそれを挟むようにソファが置いてあり、僕はそのソファに案内され、それに腰掛けた。

 

 僕が腰かけてすぐに、ヒッテリカさんもソファに座る。

 

 召使がグラスを二人分用意し、それにデキャンターから果実水を注いだ。

 僕はそれを一口飲んで、口を開く。

 

「さて、何から話そうか」

 

***

 

 ヒッテリカさんとは今までしてきたモンスター退治の話をしたりなどして談笑を楽しんだ。

 基本的な話の流れとしては、モンスターが出てきてそれを僕が一撃で殺すだけなのだが、それを相手のモンスターの強さや生態なんかに話の重きをおいて、倒した方法についてはぼかすことで、最低限冒険譚らしく聞こえるような話にできたと思う。

 そんな風に自分のモンスター虐殺記をそれっぽい冒険譚風に語った後、旅用の細々したものや、ユグドラシルには存在しなかったマジックアイテムなんかを購入し、店を後にした。

 

 その後数日間、フェルグロイから基本的なマナーレッスンを受けつつ待っていたところ、ついに女王がこの街に到着した。

 女王とは領主館で会うことになっており、僕はフェルグロイたちとともに領主館へ向かった。

 

 領主館は上品な、しかし見窄らしくはない作りの、大きな建物だった。百年以下の歴史しか持たない国にしては古い建物のようで、歴史を感じさせる趣があった。

 

 そして僕は今領主館の中、謁見の間へと続く廊下を歩いている。その廊下には上質な赤い絨毯が敷かれており、魔法の明かりによって明るく照らされていた。

 

 正装は必要ないとのことだったので、装備は狩人装束のまま。帽子と口布だけは外してある。

 

 従者と衛兵に案内されながら、僕は右耳につけてあるイヤーカフスに意識を向けた。

 正常に作動してくれという願いを込めてイヤーカフスを軽く触る。

 小鳥の羽を模し、無数の宝石に彩られたイヤーカフスだ。

 夜に紛れる狩人装備に合わせるにはいささか不似合いだが、秘めたる魔法効果を思えば多少の問題は無視できる。

 

 そんな風に考えていると、やがて僕は巨大な扉の前に着いた。

 この扉の向こうにこそ、この国の女王がいる。はてさて、一体どんな人物なのか。

 

 扉を守る衛兵により、扉がゆっくりと開いていく。

 

 僕は扉をくぐった。

 

***

 

 片膝をついて跪く、国を救った英雄であるクルーシュチャを簡易玉座から見下ろすのは、竜王国の女王、ファールイロン・オーリウクルス。

 

 ファールイロンは女性らしい起伏に富んだ体を王座に沈めながら、可憐な顔を引き締めて思考する。

 

 一人の人間が十万のビーストマンの大半を殺し尽くしたという、どう考えてもアブナイクスリでもキメているとしか思えない報告が上がってきたのがつい先日。

 最初はビーストマンに襲われる恐怖に、報告者の頭がおかしくなったのかとも思ったが、同じ報告が別々の者からいくつも、それもかなり具体的に伝わってきたがために、どうやらそれが真実であるとわかった。

 

 真実であると判断してすぐに、ファールイロンは慌てて使者を立て、功労を讃えるという名目で、最前線の街へと向かった。

 

 王都に来てもらうというのも考えたが、十万のビーストマンの大半を殺し尽くした光の濁流を、機嫌を損ねて王都で炸裂させられたりでもしたら竜王国は終わる。

 もっとも、そんなに強力な力ならばなにかしらの代償があってしかるべきであるゆえ、そうほいほい撃てるものでもないだろうが。

 

 そして王都に呼びつけてそれで機嫌を損ねて国外に出て行かれても竜王国は終わる。

 十万のビーストマンを倒したとはいえ、未だビーストマンの本国にはおびただしい数のビーストマンがいるのだ。それらが攻めてきたときに、竜王国が頼れるのはもはや目の前に跪く男のみである。

 

 つまり、何が逆鱗ともわからぬ竜王相手に、手探りでこの国のために戦ってくれるように頼まねばならないようなものだ。しかも、相手の求めるものもわからない。

 とりあえず報酬になりそうな金品の類は大量に持ってきたが、それもどこまでで満足してもらえるか、だ。

 実のところ、竜王国に金銭的な余裕は殆どない。税収の殆どが防衛費に消え、王族ですら贅沢のぜの字もままならぬほどに困窮していた。今回持ってきた報酬になりそうなものも、一部は国宝だったものが混じっている。それすら持ってこねばならぬほど、金銭に余裕がないのだ。

 

 それでもファールイロンは、払えぬほどの重税だけは課さなかった。それは国の状態として、産業が死ねば国が終わるというのもあったが、しかしファールイロンが国民の飢える姿が見たくなかったというのがある。

 

 国民の笑顔が見れなくなったら、それはもう国として終わったも同然ではないか。

 

 ファールイロンはそう思い、公費を限界まで削って、真摯に国防に努めた。

 しかしそれでも四つの都市を落とされ、口さがないものは女王は無能であると批判した。

 

 ビーストマンの進行は勢いを増し、国が崩壊するのが早いか、ビーストマンに蹂躙されるのが早いか、といった段階になって、英雄が現れた。

 

 それはしかし英雄というにはあまりに強すぎた。

 たった一人で、人の身には余る光の濁流を放ち、ビーストマン十万を壊滅させるなど、もはや人間ではない。

 

 しかしファールイロンは決して恐怖はしていなかった。むしろ、ファールイロンは希望に満ち溢れていた。

 今までは、ビーストマンに対抗できる手段などなく、ただひたすら滅びを待つのみであったが、しかし今は手段ができた。

 後は捧げられるものをすべて捧げ、真摯に言葉を尽くし、彼を味方に引き入れればいいだけだ。

 失敗すれば滅びるのは今までも同じ。今回は成功の先に希望がある。

 

 それに相手はこちらに膝をつき頭を下げている。ということは少なくとも最低限の礼儀を守る気はあるはずだ。ならばこの場で何か機嫌を損ねたからと言って、殺されることはないだろう。

 

 ファールイロンは意を決して口を開いた。

 

「面を上げよ」

 

 その言葉に、クルーシュチャは頭を上げた。それはぎこちなく、臣従するという行為に慣れていないような動作だった。

 

 クルーシュチャが頭を上げた瞬間、ファールイロンはわずかに惚けた。なぜならクルーシュチャの顔が、あまりにも美しかったからだ。

 白磁のような肌。夜空のような瞳と、すらりとのびる鼻筋。妖艶な唇と、美しい輪郭。

 おそらくこの国のどんな美男美女を集めても、この男には敵うまいと感じさせる。

 

 まるで作り物のような、絶世という言葉すら程遠い美を放つクルーシュチャに、どきりと胸が跳ねるものの、ファールイロンはすぐに立て直す。

 

「此度のビーストマン撃退。まことに大儀であった。聞けば我が国のため、遠方より駆けつけてくれたという。心より感謝する」

「ありがたき幸せ」

 

 この調子ならばあちらは礼儀を守る気はあると見ていいだろう。ファールイロンはそう考えながら、次の言葉を紡ぐ。

 

「十万ものビーストマンが攻めてくるという時に、そなたという比類なき英雄がこの国に駆けつけてくれたのはまさに幸運だった」

 

 ファールイロンは王族にふさわしい威厳に満ちた、しかしどことなく可憐な声でクルーシュチャを讃える。

 

「そなたの功労は並ぶものなく、素晴らしいものであった。故に此度の功績を称え、報奨金及び国宝であるインガの角笛、そして大竜王蒼星最高勲章を授与する。報奨金の方は量が量なため、インガの角笛とともに後に渡す」

「ありがたき幸せ」

 

 召使が箱に入った勲章を銀の盆にのせて持ってくる。

 

 捧げられた勲章の入った小箱を受け取ったファールイロンはゆっくりと段を降り、クルーシュチャに小箱を差し出した。

 クルーシュチャは立ち上がってそれを受け取り、深々と頭を下げる。

 

 ファールイロンが再び玉座に戻り、クルーシュチャは勲章を懐に入れて跪く。

 

 元の配置に戻ったファールイロンは、しばし口をつぐみ、やがて意を決して口を開いた。

 

「そして最後に、クルーシュチャよ。我が国の誇るべき英雄よ」

 

 ファールイロンは一度そこで言葉を切り、僅かに顔を赤らめて言った。

 

「我と結婚せぬか?」

「は?」

 

 まるで意味がわからないといった風に首をかしげるクルーシュチャ。その顔は惚けたような表情を浮かべていた。

 

「本気ですか?」

「我の言葉を疑うか?」

「いえ、そのようなことは……」

 

 クルーシュチャは混乱から立ち直ったようで冷静な表情に戻っていた。

 

「して、返答はいかに」

 

 ファールイロンがそう急かすとクルーシュチャは僅かに間を空けた後口を開く。

 

「……私程度では女王陛下とは釣り合わぬかと」

「そなたで釣り合わぬというのならば我は永遠に独り身のままであろうよ」

 

 ころころと笑うファールイロン。

 彼女は続けて言葉を紡ぐ。

 

「これでも我はそれなりに魅力的な姿をしていると思う。詩人なんかはこの国一の美女などと謳ってくれるものもいる。どうじゃ? そそられぬか?」

 

 娼婦のように艶やかな笑みを浮かべ、誘惑するファールイロンに、しかしクルーシュチャは困惑の表情を浮かべる。

 

「私になにをお求めなのですか?」

「この国の守護を。滅び行く運命にあるこの国を、救って欲しいのだ」

 

 それはファールイロンの、心の底からの願いだった。

 

「あの光は連発できるものではありません」

「月に一度、年に一度、十年に一度かはわからぬが、あれほどの力ならば当然とも言えるな。しかし十年に一度でも、撃てるというのが重要なのだ。凄まじい力は抑止力となる。ビーストマンに対する、和睦交渉もできる可能性が出てくる」

「私は臆病ものです。私が勝てない相手からは、逃げますよ」

「そなたが勝てぬ相手が来れば、人類は終わりよな。どのみち変わらぬよ」

 

 しばしだまりこむクルーシュチャ。ファールイロンはそれをゆったりと待つ。

 

「女王陛下は、なぜ私と結婚しようと?」

「ひどい話だがな、おぬしを縛り付けたいのだ。この国に伴侶がいれば、この国を離れずらくなろう。ビーストマンと戦ってくれる気にもなりやすかろう」

「なぜそこまでして、私を求めるので?」

「そなたが人類の希望であるからだ」

 

 ファールイロンは立ち上がって、言う。

 

「この国は絶望的な状況にあった。もはやビーストマンの侵攻は止めることができず。この国は滅びを待つのみであった。そんな中現れた希望の光がそなただ」

 

 ファールイロンはゆっくりと段を降り、クルーシュチャに近づく。

 ファールイロンはクルーシュチャの手を取り、立ち上がらせた。

 

「この国は絶望的な状況下にある。それはそなたが十万を撃退してくれてなお変わらぬ。ビーストマンの数は未だ多く、そして奴らは一時侵攻を取りやめようと、再び攻めてくるであろう」

 

 ファールイロンはクルーシュチャと目を合わせ、言った。

 

「その時に、そなたが必要だ」

 

 力強い瞳が、クルーシュチャの瞳に浮かぶ。

 ファールイロンは少し間を開けて続けた。

 

「我は、我にできることならばなんでもしよう。全てをおぬしに捧げよう。故に、頼む」

 

 ファールイロンは深々と頭を下げた。それは王族にあるまじき姿勢であり、周囲に控えていた家臣たちがざわつく。

 

「この国を守ってくれ」

 

 懇願するファールイロン。その目からは涙がこぼれ落ちていた。

 

 クルーシュチャの顔が、赤く染まる。

 非人間的な白磁の肌が紅潮し、彼が人間であることを証明した。

 

「惚れました」

「え?」

「一心に国を思う、あなたのその姿に、惚れました」

 

 クルーシュチャは再び跪き、まっすぐにファールイロンを見つめた。

 

「今この時より私はあなたの剣となります。故に、女王陛下、ファールイロン・オーリウクルス様、私、いや、僕と結婚していただけませんか?」

 

 そう言って手を差し出すクルーシュチャ。

 

 クルーシュチャの求婚に、ファールイロンは驚きに目を見開く。

 じきに顔が紅潮し、ファールイロンは思わずといった風に聞き返す。

 

「ま、まことか?」

「僕の言葉を疑われるので?」

 

 皮肉気に笑うクルーシュチャに、ファールイロンは軽くたじろぐ。

 

「いや、それは……うむ。では、そなたを我の伴侶として迎えよう」

 

 微笑むファールイロンは、クルーシュチャの手を取った。

 

「よろしくな、旦那様よ」

「はい、よろしくおねがいします、ファールイロン様」

「様はもう要らぬ。敬語も良い。そなたは我の伴侶なのだから」

「そうかな? じゃあよろしく。ファールイロン」

 

 ふわりと微笑むクルーシュチャ。その顔は幸福に染まっていた。

 

***

 

 僕はたった今プロポーズした相手であるファールイロンの手を握りながら、自分の耳につけてあるカフスに意識を向けた。

 カフスの持つ魔法効果、それは真意看破。

 このカフスを身につけたものは、相手がその言葉を、心の底から言っているかどうかを確認することができる。

 一種の直感、あるいは擬似的な読心である。

 

 その能力によって、僕はファールイロンの言っていることが、心の底からの叫びであることを看破した。

 

 真摯に国民を思うその姿勢が真実であると看破できたからこそ、僕は彼女に惚れ込んでしまったのだ。

 身を捧げても国民を守ろうとする姿勢は、あまりにも美しく、輝かしかったから。

 

 交渉事に対する対策のはずが、それによってとどめを刺されるとは。

 

 なんとも言いがたい話である。


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