月の魔物の伝説   作:愛崩兎

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第二話 情報収集と人助けについて

 至高の芸術へのトリップからしばらく。

 

 臨界に達した興奮がなぜか唐突に落ち着いた僕は、とりあえず情報収集の続きをすることにした。

 

 まず、召喚したモンスターとはなんらかの精神的繋がりがあるようで、その精神的な繋がりを通して、名状しがたい忠誠心とも信仰心とも思える感情が送られてきている。

 

 そして、僕はこの世界がユグドラシルではないことをほぼ確信した。ここはおそらくユグドラシルに近く、しかし限りなく遠い現実の世界なのだろう。

 そもそも、一度死んだ僕がユグドラシルにログインできるわけがないのだ。

 それに、このおぞましき幻想の具現たるミ=ゴをみれば、ここが電子の世界でないことは一目瞭然だ。

 

 とりあえずここがユグドラシルでないことは確定として、しかし僕という存在、そしてミ=ゴという召喚モンスターの存在から、ユグドラシルの法則がある程度通用する世界であることは確かであり、故に周囲に危険がある可能性は高い。

 

 ユグドラシルの法則を自由に使えるのが、僕だけの特権と思わないほうがいいだろう。

 

 野生動物の代わりに、レベル90を超すモンスターが闊歩しているという可能性もある。

 

 僕は続けざまにミ=ゴを数体召喚し、さらに別種のモンスターも召喚する。

 

『〈眷属招来/星の精(スターヴァンパイア)〉』

 

 スターヴァンパイア。それは不可視の吸血鬼。外宇宙の彼方より来たる怪異。

 それは声帯を持たぬというのに、どこからかクスクスという鈴の音のような笑い声をあげながら、虚空より出現した。

 本来ならば不可視のはずのその姿は、僕の看破技能によって看破され、その姿を僕の目だけに晒していた。

 それはゼリー状の球体のような奇妙な体から、地球上の生物にはありえない無数の触手のような吸入口が生える、巨大な鳥のような凶暴な鉤爪を持った神話的生物。

 

 出現したスターヴァンパイアとも、なんらかの精神的繋がりがあり、そこから忠誠心にも似た何かを感じる。

 

 僕はスターヴァンパイアにもしっかりと忠誠心が確認出来たことに安堵した。

 

 ミ=ゴから忠誠心を感じた時点で不安視していたのが、召喚モンスターの反逆だ。

 ユグドラシル時代にはありえなかったことだが、しかしここは現実と化した世界。何があるかはわからない。

 

 召喚モンスターにも意思らしきものがある以上、叛逆してくるモンスターもいる可能性があるかもしれないとも思ったが、ミ=ゴ、スターヴァンパイア共に絶対的な忠誠心と、僕からの支配力を感じる。それは召喚モンスターが絶対に裏切らないと確信できるほどの絶対的な主従関係であるがために、僕に安心をもたらした。

 

 この調子なら、召喚したモンスターとは全てこのような主従関係があるとみていいだろう。

 

 僕は早速召喚したモンスター達に命令を下す。

 この周辺を調べ、周囲の地形、脅威の有無、知的存在の有無を確かめよ、と。

 

 僕の命令を受けて、ミ=ゴとスターヴァンパイアはすぐさま飛び立つ。

 

 ミ=ゴもスターヴァンパイアも飛行能力を持つ点では共通だが、しかしその実態はまるで異なる。

 

 ミ=ゴがレベル28程度なのに対して、スターヴァンパイアは42レベル。

 

 これは僕からは弱すぎて、どちらもそう変わらない程度のレベル差だが、スターヴァンパイアのとある特殊能力がミ=ゴとの決定的な差異を作る。

 

 その特殊能力とは不可視化。

 

 ミ=ゴがその姿をいかなる存在に対しても晒すのに対し、スターヴァンパイアは不可視化を看破できる相手にしか姿を見せることはない。

 

 故に、攻撃的なモンスターがいた場合、ミ=ゴのみを襲うか、スターヴァンパイアをも襲うかによって、相手の看破技能のレベルをある程度はかることができる。

 

 故にこその人選。否、モンスター選だった。

 

***

 

 長時間にわたる調査の結果、少なくともこの周囲には脅威らしい脅威が存在しないことが判明し、召喚したモンスターたちは召喚時間が過ぎて消えていった。

 

 スターヴァンパイアの調査技能はそれなりに高く、精度はそれなりに信用できるレベルだと思われる。

 

 そして周囲の地形についてもある程度わかった。

 

 まず大まかに、北の方角に巨大な山脈があり、その終わりあたりから大きな森林が広がっている。そして南に下ると僕がいる草原へとつながる。さらに南に行けばやや西よりに人間の都市らしき場所があり、その先には西側に山脈、東側に霧に覆われた平原があった。

 

 東西にはそれぞれ人間の国らしきものがあり、南にあった都市及び人間の国ではミ=ゴが低レベルの攻撃を受けた(なんのエンチャントもついていない弓矢で射られるなど)が、スターヴァンパイアに気づいた様子はなかった。

 

 脅威らしい脅威は、森林の中に眠っていたレベル80程度のトレント系モンスターのみであり、それ以外に僕を脅かす存在はいなかった。

 

 総じて脅威度は低く、とりあえずのところは安全と言っていいだろう。

 

 さて、これからどうするべきか。

 

 とりあえず一番近い南西に見つけた人間の都市に身を寄せたいところである。

 

 僕は今は怪物の姿をしているが、立派な人間だ。人の都市で暮らしたい。

 

 しかし僕の姿は異形の怪物であり、ユグドラシルでは人間の都市の多くは異業種の侵入は不可だった。

 パッと見たところ人間の都市には人間種しかいなかったように思える。

 ユグドラシルの法則が生きているにせよ生きていないにせよ人間しかいない街に異業種が入ることは難しいだろう。

 ユグドラシルの法則が生きていたとすればそもそも入れないし、生きていなかったとしても化け物として討伐対象になる可能性がある。

 

 ならば人間の都市に身を寄せるのは不可能なのかといえば、それは否だ。

 

 僕は一つのスキルを発動させる。

 

『〈千の貌/第三の貌・人間〉』

 

 その瞬間、僕の全身が変容する。

 細胞の一つ一つが変質していく。

 ぶくぶくと、僕の全身が泡立つ。どろどろと肉が溶け、ぎしぎしと骨が変形する。それは混沌の発露。互いに喰らいあう肉塊。醜悪な変異。

 全身が収縮する。巨大な体はずるずると内へ内へ縮み、人間に近い大きさへ圧縮される。

 歪な獣のような細長い四肢は、華奢で美しいすらりとした人間の少年の四肢へ。むき出しの肋骨や、骨だけの腹は、美麗な滑らかな肌に覆われ、適度に筋肉がつき、スレンダーで扇情的な少年の体を作る。腰や頭の触手は体内に収納され、代わりに頭部からは絹糸のようになめらかな烏の濡れ羽色の腰まで届く長髪が生える。赤と黒に彩られたおぞましい皮は、絹のように艶かしい白磁の肌へ。そして最後にねじくれた仮面のようだった顔面は、絶世のという言葉すら足りないほどの美少年の貌になり、その顔は妖艶な笑みを形作る。

 

「うまくいったようだな」

 

 僕は満足気に頷く。

 

 〈千の貌〉は、職業である〈アヴァター・オブ・ナイアルラトホテップ〉のスキルだ。

 このスキルは、能力値に対する絶大なペナルティを負うことと、強力なスキルが封印される代わりに、自分を別の種族へと変身させることができるスキル。

 この変身では、一時的にだが種族が完全に変身対象——今回の場合は人間になるため、たとえ鑑定技能や看破技能によって観察されようと、人間としか判定されない。それどころか、人間種限定しか入れない街に堂々と侵入できたり、人間種限定の武器を装備することができたりする究極的な偽装スキルだ。

 このスキルで変身できるのは千の貌という名前に反して六種類まで。その六種類は、自分で選択することができるが、自分が倒したことのある種族にしか変身できない。

 反則的なスキルではあるが、能力値ペナルティが重すぎること、スキルが封印されてしまうことなどから、80レベルの人間種程度まで能力が落ち込んでしまう。

 うまい話には裏があるということだ。

 

 しかしそれでも便利さにおいては破格であり、このスキルを利用して仲間とともに一つの小さなギルドを崩壊させたこともあるほどだった。

 

 そんなスキルを発動させ、人間種になった僕は、しかし全裸である。

 身につけているのは指輪だけ。このままでは紛うことなき変態である。

 

 僕はアイテムボックスから装備を取り出す。それは仲間とともに作り出した思い出のアイテムだ。

 血を払う短いマントと、長いコート、いくつものベルトのついたインナーがセットになった装束、朽ちた飾り羽のついた帽子、手甲のついた手袋、丈夫なズボン、鉄甲のついたブーツによって構成された闇夜に紛れる暗色の装備である。

 それらは地味な見た目ではあるが、濃厚な魔力のオーラをまとっていた。

 それも当然だ。地味な見た目に反して、これらの装備は全て神器級(ゴッズ)アイテムである。

 

 仲間からはもっと派手にしろと言われたが、しかし僕の場合はこれらの装備を装備するのは潜入時のみであり、故に闇夜に紛れるこの見た目こそがふさわしいと思う。

 

 そして武器を取り出そうとして、ふと気づく。これでは目立ちすぎるのではないか?

 

 ミ=ゴに攻撃を仕掛けてきたのは低レベルすぎる存在だった。

 魔力も何もこもっていない単なる弓矢や、低位階の魔法などが主な攻撃であったことを鑑みれば、ゴッズアイテムは少し上質過ぎているかもしれない。

 

 僕はしばし悩んで、しかし防御面をおろそかにするのは嫌だったので、防具の魔力を秘匿するネックレスを首から下げることにした。

 

 これで僕の防具は余程の看破技能がない限り、ゴッズアイテムとはバレないはずだ。

 

 僕は本来の武器、仲間とともに作り上げた最強の武器では無く聖遺物級(レリック)の獣肉断ちという武器を装備することにした。

 

 本来ならば武器もゴッズである最強装備がいいのだが、武器の魔力を秘匿する装備は持っていない。仕方がないのでとりあえずはレリックを装備しておくことにする。

 

 獣肉断ちは仕掛け武器と呼ばれる武器種であり、変形機構を持つ。変形前は重い鉈として使用でき、変形後は、刃がいくつかの節に分かれ、鎖で繋がれた鞭か蛇腹剣のような、異質な形態へと変化する武器だ。

 

 僕はそれを握って、数度振り回し感触を確かめた。

 使い慣れてはいない武器だが、以外としっくりくる。

 

 僕は満足して、都市へ向けて歩き始めた。

 

***

 

「誰かぁ! 助けて!」

 

 しばらく都市へ向けて歩いていると、どこからか助けを呼ぶ声が聞こえた。

 

 それはかなり切羽詰まった声であり、今まさに危機的状況にあることを予測させる声だった。

 

 僕はその声を聞いて、反射的に助けに走ろうとして、立ち止まる。

 

 ここで助けに行けばどうなる?

 

 戦闘になる可能性は高いだろう。

 戦闘になったとすれば、無論死ぬ可能性がある。

 

 都市でのミ=ゴへの攻撃を鑑みれば、敵が弱い可能性は十分ある。しかし、都市の水準だけを見てこの世界すべての戦闘力を知った気になるのは馬鹿のすることだ。

 

 敵が100レベルである可能性も十分に考えられる。

 あるいは、100レベルを超す強者が、この世界にいる可能性もある。

 

 僕は100レベルプレイヤーの中では、それなりに強い方であると自負しているが、しかしそれでもガチビルド中のガチビルドには勝てないだろう。

 負ければ死ぬ。

 そして死んで、復活できる確証はないのだ。この世界はユグドラシルとは違う。

 

 助けを呼ぶ声は近い。

 相手が100レベルであるとしたら、広範囲攻撃に巻き込まれる可能性もある。

 逃げるのならば早い方がいいだろう。

 

 僕は一瞬悩んで、しかし声のする方へと向き直った。

 

 僕の、現実世界での糞以下の人生によって擦り切れたはずの人間性の残留が叫ぶのだ。

 誰かを見捨てたくない、と。

 

 それはかつての記憶に由来する人間性の発露。

 かつて、異業種であるというだけでリスポーンキルまで受けていた僕に差し伸べられた、骨だけの手の記憶が、僕の人間性を呼び覚ました。

 

 かつて救ってくれたモモンガさんに顔向けできるようにしなければ。

 

 それに万が一、僕が敵いそうにない相手だった場合は、逃げてくればいい。

 

 そう考え、僕はスキルを使用する。

 

「〈空間圧縮〉」

 

 このスキルは、空間それそのものを圧縮することにより、擬似的な短距離転移を行うスキルだ。このスキルの優れた点は、目視できる範囲の直線上に最大100メートルしか転移できないが、効果時間内ならば何度でも転移できる点である。

 

 僕はそのスキルを使い、数度擬似的な転移をして、現場に駆けつけた。

 

***

 

 ローランド・オックスは焦っていた。

 

 ローランドは竜王国の金級の冒険者チーム〈灰の狼〉のリーダーであり、依頼を受けて、別のチームとともに商人の護衛をしていた。

 護衛対象である商人の馬車たちとともに、帝国を通って、王国まであと一歩というところで盗賊に襲われた。

 

 盗賊たちは汚らしい装備に身を包んでおり、しかし下賤な見た目に反して手練れのようで、罠で馬を停止させると、瞬く間に十数人で馬車を包囲した。

 ローランドは逃げるのは無理だと判断し、戦闘に持ち込んだ。

 しかし、戦闘に持ち込んだはいいが、戦闘面においても彼らはかなりやるようで、数の差もあってかローランド含め八人いた護衛は四人にまで減っていた。

 相手の数もそれなりに減らすことはできたが、四人の死と釣り合うほどかといえばそうではない。

 

 轟音とともに振るわれる、盗賊の一人が持つ斧がローランドを襲う。

 ローランドはそれを手に持った剣でいなし、反撃の一撃を加えようとするが、横合いから別の盗賊が剣で切り掛かってくる。

 ローランドはそれをすんでのところでかわし、一息つく。

 

 敵は未だ多く、こちらの戦力はかなり減った。馬車を守るのも限界に近い。

 

 これは死んだか?

 

 ローランドの心に諦めの念が浮かびかける。

 このままではジリ貧だ。八人で勝てなかったのに、四人にまで減って未だ数多い盗賊を倒すことなどできない。

 

 しかし諦めるわけにはいかない。死んでいった四人の中には、〈灰の狼〉のメンバーもいる。彼らのためにも、生き延びねばならない。

 

「はあっ!」

 

 掛け声とともに盗賊の一人へ切り掛かる。盗賊はそれを剣で受け、横から別の盗賊が斧で襲いかかってくる。ローランドは鍔迫り合いの相手である剣を持った盗賊を蹴り飛ばし、斧を持った盗賊に鋭い突きを放つが、横合いから突っ込んできたさらに別の盗賊に邪魔され、相手に怪我一つ追わせることができない。

 

 そしてローランドは突っ込んできた盗賊にバランスを崩され、地面に倒れた。

 

「ひひ、てこずらせやがって。死にやがれ!」

 

 地面に倒れたところを見逃す盗賊たちではなく、盗賊は口汚ない罵りとともに、ローランドに剣を振り下ろそうとして——

 

 ずんっ、という低い音とともに、今まさにローランドに剣を振り下ろそうとした盗賊の頭が消失した。

 

 頭を失った盗賊の体が崩れ落ちる。

 そして崩れ落ちた盗賊の後ろには、絶世の美少年がいた。

 

 すらりとした肢体を夜に紛れる質のいい装束に包んだ、この世のものとは思えぬ美しい少年だった。

 あるいはそれは少女かもしれないほどに美しかったが、しかしローランドはなんとなく少年であると思った。

 

 彼は風に靡く長い黒髪を軽く払い、口を開いた。

 

「手こずっているようだな、手を貸そう」

 

 麗しい声が夜に響く。その声は自身に満ち溢れており、確かな実力を感じさせた。

 

 声の主たる彼の手には、無骨な鉈が握られており、それには血糊が付着していた。おそらくそれによって盗賊の頭を消しとばしたのだろう。

 

「誰だ!? いや、誰でもいい! 助けてくれ!」

 

 ローランドは叫び、自らも立ち上がる。その間にローランドを殺そうとしていた盗賊たち数人は距離をとった。

 鉈を持つ少年は軽く頷き、鉈を軽く操作した後、全身を使い大きく振るう。それは盗賊たちへの攻撃としてはいささか距離が離れており、ローランドは目測を見誤ったのかと思いかけた。しかしその思考は即座に驚愕に塗りつぶされる。如何なる業か、鉈はいくつもの節に分かれ、その間が鎖で繋がれた、巨大で重い鞭のような姿に変形し、リーチを大きく伸ばして、離れた位置にいた数人の盗賊たちに襲いかかった。

 唸りを上げて振るわれる変形した鉈。重たい、視認することすらできぬ、暴風のごとく残虐な一撃。それは盗賊たちに吸い込まれるように命中し、そして盗賊たちを強かに打ち据え、叩き潰した。

 水の入った袋を破裂させたような音が辺りに響き、盗賊たちが爆散して醜い肉片へ変わる。

 地面に肉片が散らばり、流れ落ちた血が血溜まりを形成した。

 残った盗賊たちは唐突に無残な肉片へと変わった仲間たちを見て呆然とする。盗賊たちにとってその惨状はあまりにも非現実的で、受け入れ難かったのだろう。

 

「やはりレベル……低……」

 

 惨劇を生み出した少年は、何事かをつぶやく。その声は小さすぎて聞き取れず、しかしその声色からは、安堵と落胆がうかがえた。

 

 この少年は強い。

 

 ローランドは思う。

 しかもそれは武器の扱いが上手いとか、体さばきが巧みであるとか、そういった人間的な技術を超越したもっと単純な強さ。

 見たこともない武器であるが、金属製の重たい武器であることがわかる。

 そんな武器を軽々と振るい、盗賊たちを爆散させるなど、尋常な筋力ではない。

 人間が破裂するほどの威力を出すのに、どれほどの力がいるのか。ローランドはそれを考え、少年に対しわずかな恐怖を抱いた。

 

「な、何者なんだお前は!」

 

 盗賊の一人が声を荒げる。その声は焦りと恐怖に満ちており、ようやっと仲間が尋常ではない死に方をしたことを理解したようだった。

 

「僕の名前はクルーシュチャ。……しかし覚える必要はないとも。君たちはすぐに死ぬのだから」

 

 少年、クルーシュチャはそういうと、神速の踏み込みで持って別の冒険者と戦っていた盗賊たちに近づき、数人まとめて右手に持つ異質な武器によってなぎ払った。

 

 盗賊たちは慌てて各々の武器や盾で受けようとするが、受けたそばから武器や盾が紙屑のようにひしゃげる。防御はまるで意味をなさず、盗賊たちは地面をグロテスクに彩る肉片のデコレーションへと変わった。

 

 残り人数を大きく減らした盗賊たちは、ぶるりと身震いする。もしクルーシュチャがたった今肉片に変わった彼らではなく自分を選んでいれば、死んでいたのだ。

 そして盗賊たちは敵わぬと見たのか撤退を選ぶ。

 

「てめぇら! 逃げるぞ!」

 

 リーダーらしき汚らしい大男がそう叫ぶと、盗賊たちは一斉に走り出した。

 しかし、それを見逃すクルーシュチャではない。

 

 クルーシュチャは疾風のごとき速さで逃げる盗賊たちを追い越し、眼前に立ちはだかった。

 

「残念だが君たちを逃すわけにはいかない」

 

 クルーシュチャはそう言って、右手の武器を振るう。邪魔な虫を踏み潰すような冷たい感情を伴った、音速すら超える必殺の一撃は、盗賊たちを一人残らず叩き潰した。

 分け隔てなく与えられる圧倒的な暴力は、盗賊たちを冥府へと送り、その肉体を完膚なきまでに破壊する。

 地面に血肉が散らばり、クルーシュチャは満足げに頷いた。

 

「これで盗賊はいなくなった。安心してくれていい」

 

 再び変形し、鉈へと戻った右手の武器を軽く振るって血糊を落としながらクルーシュチャは言う。

 

「あ、ああ、感謝する」

 

 ローランドはわずかに声が震えた。クルーシュチャへの恐怖が抑えきれなかったのだ。

 しかし、恐怖の感情を向けられたクルーシュチャは気にした風もなく、頷く。

 

「気にするな、当然のことをしたまでだ。君、名前は?」

「ああ、ローランド・オックスだ。ローランドと呼んでくれ」

「そうか、ローランド。僕はクルーシュチャという。……ところで、すこし聞きたいことが——」

 

 言いかけたクルーシュチャを遮るように、馬車の一つの扉が開き、中から一人の女性が現れた。

 

「ローランドさん、盗賊たちは去ったのですか?」

 

 中から現れた女性は、二十代後半から三十代前半らしき年齢の、美しい女性だった。

 おそらく彼女こそが助けを求めた張本人なのだろう。

 

「はい、ヒッテリカさん。この方が助太刀してくれたおかげで、盗賊たちは皆死にました」

 

 ローランドがそう言ってクルーシュチャを指すと、女性はクルーシュチャの方を向いた。

 

「そうなのですか。この度は助けていただいてあがとうございます。私はアリア・ヒッテリカ。ヒッテリカ商会のオーナーをしているものです。このお礼は必ずさせていただきます」

 

 ローランドの雇い主たるアリアは、そう言って深々と頭を下げる。

 

「当然のことをしたまでだ。頭を上げてくれ」

 

 クルーシュチャがそういうと、アリアは頭をあげた。

 頭を上げたアリアに、クルーシュチャは自己紹介をしたあと、問う。

 

「……ヒッテリカさん、少し聞きたいことがあるのだが、いいかな?」

「構いませんが、何ですか?」

「『ユグドラシル』『プレイヤー』『NPC』『アーコロジー』この中でどれか一つにでも聞き覚えがある単語はあるか?」

「申し訳ありません。どれも聞いたことがないです」

「そうか。変なことを聞いて悪かったな……」

 

 クルーシュチャは申し訳なさそうにそう言った後、アリアに向き直り、再び口を開いた。

 

「これから君たちはどうするのかな?」

「当初の目的どおりエ・ランテルに向かいます。そのあとは再び護衛を雇って竜王国に帰ろうと思っています。私どもの本拠地は竜王国なので」

「僕も同行して構わないだろうか? エ・ランテルまでの臨時護衛として同行させてほしい」

「もちろん構いません。盗賊たちを倒してくれたあなたが護衛ならば安心できます。謝礼はどうしましょうか……」

「ああ、金銭ならば結構だ。その代わり欲しいものがある。謝礼としてならそれをいただけないか?」

「何がご入用なのですか?」

「大したものじゃない、ただ、この辺りの地域についての情報が欲しい。僕は旅人でね。遠方……そう、恐ろしく遠方から来たんだ。故にこの辺りの情報については疎い」

「そんなものでいいのなら喜んでお話しさせていただきます。移動しながらでも構いませんか?」

「ああ、構わない。よろしく頼む」

 

***

 

 悲鳴を聞きつけて現場にたどり着いた僕は拍子抜けした。

 

 現場では馬車を守る戦士たちと、それを襲う盗賊らしき汚らしい身なりの連中の戦闘が行われていた。

 ただ、その戦闘はあまりにお粗末なものだった。

 あまりにも遅い動きに加え、ほとんどアクティブなスキルが使われていない。

 

 さらに、戦闘している人間たちのレベルもあまりにも低い。

 僕の持つとあるスキルは、対象のレベルを漠然とだが把握できる。

 そのスキルによれば戦闘を繰り広げる人間たちは全員がレベル15以下。はっきり言って、雑魚以下だ。

 

 僕は即座に逃げるという選択肢を破棄し、戦士たちを助けるために盗賊を皆殺しにした。

 

 その後、馬車の主たるアリア・ヒッテリカという女性にユグドラシルなどについて聞いてみたが、答えは知らない。

 高度すぎる受け答えからしてAIもあり得ず、ここが異世界なのは確定した。

 

 そして僕は今からそのヒッテリカさんに、エ・ランテルへと移動しながら、この異世界の常識を教わる。エ・ランテルというのは僕が向かおうとしていた都市の名前なのだろうか。

 

 ともかく、ここは一体どんな世界なのだろう。

 


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