月の魔物の伝説   作:愛崩兎

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第十話 最終決戦と意識の消失について

 スレイン法国の特殊部隊、その中でもかつての降臨された神の力を受け継ぐ神人が多く在籍する漆黒聖典。その第七席次、〈千眼星読〉の占術によりもたらされた、竜王国王都崩壊の報。その真偽確認のため、そしてそれが真であった時の対策のため、漆黒聖典は竜王国の首都へとやってきた。

 

 メンバー全員が透明化し、竜王国の首都に潜入すれば、そこは地獄だった。

 

 狂った肉塊が地を這いずり、嫌悪感を掻き立てる魚と人間を掛け合わせたような存在が足を引きずって歩く。

 幾つもの目を持つ冒涜的な豚が闊歩し、人とコウモリを掛け合わせたような、灰色の奇怪な怪異が空を飛ぶ。

 建物には、殻のついた扁桃の種を歪めたような頭を持つ、七本腕の痩せた巨人がへばりついている。

 それはまさに狂気の光景。ありえざる上位者の夢。

 

 啓蒙的真実にまみれた、発狂する外宇宙と成り果てた都市の惨状に、隊員の一人が耐えきれずその場で嘔吐する。彼はそのまま叫び声をあげ、自らの両目を抉ろうとした。

 他の隊員が慌てて彼を止め、〈獅子のごとき心/ライオンズ・ハート〉の魔法をかける。

 

「落ち着いたか?」

「……ええ、なんとか。迷惑をおかけしてすいません」

「構わん。この惨状を見れば、誰でもな……」

 

 なんとか落ち着いた隊員を見て、リーダーである男が口を開く。

 

「〈千眼星読〉の占術によれば、王城にまだ『話せる』ものがいるらしい。王城へ向かうぞ」

 

 男のその言葉に、その場の全員が了解を示し、漆黒聖典は王城へ移動した。

 

 かつて竜王国の象徴だった王城は異形にまみれ、おぞましい城へと変貌していた。

 

 漆黒聖典は透明化したまま王城に侵入し、そして謁見の間の前へとたどり着いた。

 

「開けるぞ」

 

 リーダーの男が言う。彼はメンバーが了承を示すと、扉を開いた。

 音を立てて扉が開き、漆黒聖典は内部に侵入した。

 

「ああ、誰か来たのか?」

 

 泣き疲れ、かすれたような声が謁見の間に響いた。

 その声の主は美しい女性だった。しかし彼女が人間ではないことは一目でわかる。背中から生える触手の翼は、彼女が人間でないことの証明だった。

 漆黒聖典のリーダーはその女性がこの国の女王、ファールイロン・オーリウクルスであることに気づき、その異形と化した肉体に啓蒙的真実の影を感じて、わずかに脳髄が痛んだ。

 

 彼女は、相当な強さを得ているようだった。自分の直感によれば、難度二百四十はあるだろう。

 戦闘になれば、神人としての血を覚醒させた自分と副官がいるため倒せるだろうが、全員が生きて帰るのは難しいかもしれない。

 

 リーダーはしばし悩み、自分のみ透明化を解いて、姿を晒した。

 

「私はスレイン法国よりの使者です。竜王国王都崩壊の報を聞き、状況を把握するために参りました」

「ああ、そうか……。法国の者か……。後ろの者たちは?」

 

 その言葉に、リーダーは一瞬身を硬くした。しかし、すぐに硬直を和らげ、口を開いた。

 

「私の部下です。この状況ゆえ、身を隠させていたことをお許しください」

 

 その言葉に、ファールイロンは自嘲するように笑った。

 

「ははっ、そうよな……。この状況ではな。我が民が、あのような怪物たちに成り果てていればな……」

 

 ファールイロンの言葉にありえざる冒涜の気配を感じ、リーダーが口を開く。

 

「お待ちください。あの怪物たちは、なんなのですか?」

 

 ファールイロンは俯いて、答える。

 

「——人間だ。……元、という言葉がつくがな」

 

 その場にいる全ての人間は戦慄した。

 吐き気を催す超次元的な真実が、脳を揺るがす。

 

 あれが、あの怪物が、人間だった?

 

 人智を超えた、ありえてはならない狂気に、体の震えが止まらない。

 

「そんな……!」

 

 リーダーが絞り出した声は、ひどく震えていた。

 

「——クルーシュチャだ。貴国にも報告したであろう。あの英雄が全ての元凶だ。あやつは化け物だった。あやつは赤い月をもたらし、我が民を怪物に変えた」

「そやつは、今、どこに?」

 

 リーダーの問いかけに、ファールイロンは一瞬戸惑った。しかしすぐに表情を取り繕い、答えた。

 

「遠視によれば、ビーストマンの国にいるようだ。……この体になってから、色々と良く見えるようになってな。精度は確かであると思う」

「ありがとうございます。我々はビーストマンの国に向かいます。ご協力感謝します」

 

 漆黒聖典のメンバーには、真意を看破する技能を持っているものもいる。それが何も言わないのだから、ファールイロンの言うことは本当なのだろうとリーダーは判断した。

 

「まて、これから貴国は、この王都をどうするつもりだ?」

「それは……」

「良い、言わずともわかる。滅ぼすのであろう?」

 

 ファールイロンの悲観的な言葉は、しかし真実だった。

 漆黒聖典に与えられた任務は三つ。竜王国王都崩壊の原因究明。そして原因の排除。最後に、王都に溢れる怪物の殲滅。

 

「交渉がしたい。化け物となった我が民を、王都から一歩も出さぬと約束する。故に、見逃してはくれぬか? ああなっても、我の民は我の民なのだ……」

「……どうやって怪物となった民を統制されるので?」

 

 まさか怪物となった民が、法に従うとは思えない。

 ファールイロンは、それに答えるようににこりと笑う。

 

『ひれ伏せ』

 

 突如として脳内にファールイロンの声が響き、リーダーと副官を除いたメンバー全員が、強制的に地にひれ伏した。

 体の自由はきかず、動けと念じても体はピクリとも動かない。

 名状しがたい恐怖が走り、理解不能な現象に困惑する。

 

「これは一体!?」

『自由にせよ』

 

 再び脳裏に音が響いて、ひれ伏していたメンバーの体に自由が戻る。

 全員が立ち上がり、ファールイロンを見つめた。

 

「我が獲得した下劣な奇跡。人ならざる力だ。これは怪物となった我が民にも良く効くようでな。すでにこれで王都から出ぬようにと命令している」

「……なるほど」

 

 リーダーは頷き、ここで戦闘になった際のデメリットを痛感した。

 まず自分と副官以外のメンバーに自害を命じられれば、それだけで人類の希望が大幅に減る。

 そして外の化け物どもを呼び寄せられれば、ここで仕留めることは難しくなるかもしれない。

 

 そして今は王都にとどまっている怪物たちに、外に出て暴れろと言う命令が下されれば——

 

「本国に報告し、検討します。おそらく、王都から出た怪物は殲滅すると言う条件で了承されるでしょう」

「そうであろうな。この街の怪異となった我が民を全て殲滅するのは、骨が折れるであろうしな」

「では私たちはビーストマンの国に向かいます」

「気をつけろよ。クルーシュチャは、あの狂った化け物は……強いぞ」

 

 ファールイロンの警告に、リーダーは答える。

 

「ご安心ください」

 

 リーダーが手を動かすと、妖艶な美女が前に出る。

 その美女は、詰襟の、深いスリットが入ったワンピースを着ていた。白銀のワンピースには、黄金の糸で、空へ飛び立つ五本爪の龍が描かれていた。

 

「我々には、神が残したる宝物がありますので」

 

 そう言って、リーダーは安心させるように、にっこりと笑った。

 

***

 

 巨大化したヴァナルガンドは、それまでと打って変わって、苛烈に僕を攻め立てる。

 

「〈太陽の光の槍/サンライトスピア〉」

 

 黄金の雷が僕を貫いた。電撃が僕を痺れさせ、秘めたる破壊力が僕を蹂躙する。

 

 巨大化する前よりも、明らかにヴァナルガンドの魔法威力が上がっている。それだけでなく、身体能力も上昇しているようだった。先ほどに至っては、〈古狩人の遺骨〉で加速した僕の攻撃に反応し、最良の防御をしてみせた。

 

「〈太陽の光の嵐/サンライトストーム〉」

 

 ヴァナルガンドは〈太陽の光の槍/サンライトスピア〉に酷似した、しかしそれよりも巨大な雷の槍を、天へと投げつける。

 数瞬後、それは無数の〈太陽の光の槍/サンライトスピア〉となって、僕に降り注いだ。

 

 僕はそれを避け切ることができずに、無数の光の槍が体に突き刺さる。

 雷電が迸り、僕の体を焼く。痛みが脳髄を支配し、ともすれば意識を失いそうだった。

 

「〈太陽の爆発/ソーラーフレア〉」

 

 雷撃によって動きが止まった僕に接近したヴァナルガンドは、魔法によって自分の周囲一帯に、極大の爆発を起こした。

 それは太陽の爆発を借受ける、空に由来する光の業。究極的な熱量は僕に絶大なダメージを与える。

 

 周囲一帯を焼き尽くした爆熱によって生じた煙の奥から、ヴァナルガンドの魔法詠唱が聞こえる。

 

「〈第十位階怪物召喚/サモン・モンスター・10th〉」

 

 僕が太陽の灼熱に苦しむうちに、ヴァナルガンドは壁を召喚した。

 最上位の魔法によって召喚されたのは地獄の番犬。三つ首の魔犬ケルベロス。

 

 燃え上がるような目を持つ巨大な魔犬は、唸り声をあげ僕へと襲いかかる。

 魔犬の影では、ヴァナルガンドが巨大な、立体的な魔法陣を展開した。

 

 僕は焦り、ケルベロスに血の刃の濁流たる〈瀉血激流〉を浴びせつつ、ヴァナルガンドへと接近しようとする。

 しかしヴァナルガンドは僕の攻撃がとどくよりも一瞬早く、手元にあるガラス製の砂時計を砕いた。

 

 瞬間、灼熱が世界を満たす。

 

 再び発動した〈失墜する天空/フォールンダウン〉はケルベロスもろとも僕を焼き尽くした。

 空気すら灰燼と帰して、世界そのものが熱源となったかのような灼熱に焼き尽くされる僕。

 

 その灼熱が消えると同時に、〈太陽の光の嵐/サンライトストーム〉が僕を襲う。

 僕はそれを転がるように移動して、なんとか回避する。

 HPはかなり減っている。自己再生スキルは使えない。今日使える自己再生スキルは全て使ってしまっていた。

 さらに赤き月の夜は効果時間が終わっている。僕には今ろくな回復手段がない。

 

 僕は意を決し、〈古狩人の遺骨〉でヴァナルガンドに迫りながら、スキルを使用する。

 

『〈夜空の瞳〉』

 

 僕のねじくれた仮面のような顔面の奥から、彗星のかけらが飛び出す。それは高速でヴァナルガンドへと飛翔し、そして回避された。

 

 しかし回避されることは織り込み済み、本命は別——!

 

『〈流血貫通〉』

 

 僕の長く伸びた腰から生える触手が、地面を通り、〈夜空の瞳〉を避けたヴァナルガンドの下から飛び出す。その触手は先端に血液でできた巨大な突撃槍を纏っており、その血の槍は過たずヴァナルガンドを貫いた。

 

「——!」

 

 声にならない叫びをあげるヴァナルガンド。僕はそんな彼にくみつき、スキルを発動した。

 

『〈吸血棘牢〉』

 

 僕の全身から、血によって構成された鋭い棘が無数に伸びる。

 それはほぼ全てがヴァナルガンドに突き刺さり、ヴァナルガンドの血を啜った。

 

 HPを大きく失ったヴァナルガンドに対して、僕は大きく回復する。

 

 今使ったスキルは、敵に与えたダメージ分のHPを回復できるスキルだ。

 欠点としては、リーチが短く、至近距離でしか使えないことがあげられる。

 

 そして吸血が終わった後、組みついたままもう一度スキルを発動する。

 

『〈星辰の激発〉』

 

 宇宙色の閃光が迸り、凄まじい衝撃がヴァナルガンドを吹き飛ばす。

 

 僕は吹き飛んだヴァナルガンドへと転移によって再び迫り、〈瀉血激流〉を使用する。

 無数の血の刃がヴァナルガンドを切り刻み、噴出した血が僕を癒す。

 

 さらに追撃を加えようとした瞬間ヴァナルガンドが消える。どうやら転移したようだった。

 

 僕が振り返ると、そこには〈太陽の光の嵐/サンライトストーム〉を投擲し終えたヴァナルガンドがいた。

 

 無数の雷撃が降り注ぎ、僕を強かにうちすえる。

 

 僕が雷撃に苦しむ間に、ヴァナルガンドは自己の魔法で回復する。〈壊血飛沫〉の効果はすでに切れている。

 

 泥沼の戦いは、まだ終わりそうにない。

 

***

 

 漆黒聖典はビーストマンの国に侵入した。しかしビーストマンの国は、もはや国という体裁を保っていなかった。

 

 破壊され尽くした街には、ビーストマンではなく、名状しがたい巨大な生物が闊歩している。

 それは魚と人を掛け合わせた、狂気的な外見の異形だった。

 それは広範囲に衝撃を与える叫びをあげながら、街を破壊して回っている。

 

 街のそこら中には、ビーストマンの死体が散乱し、腐敗し、巨大な異形から漂う潮の香りとあいまってひどい匂いがしていた。

 

「難度で言えば二百十といったところか」

 

 漆黒聖典のリーダーたる男が、死体を食らっていた虫を踏み潰しながら言う。

 

「勝てますか?」

 

 メンバーの一人が、わずかに不安をにじませながら言った。

 その言葉に、リーダーは余裕を持って答える。

 

「当然だ」

 

 その言葉にメンバーは安堵したような表情を見せる。

 

「だがお前達では無理だろうな。私と副官の二人でやる。お前たちは見ていろ」

 

 そう言ってリーダーと副官は醜い半魚人へ向かう。

 

 その背中は雄々しく、人類の希望というにふさわしかった。

 

 しばしたって、当然のように勝利を持ち帰った二人をメンバーは讃え、次の都市へと向かった。

 

***

 

「〈太陽の光の槍/サンライトスピア〉」

『〈狂血強化・流血葬爪〉』

 

 太陽の光に由来する雷の槍と、発狂する外宇宙の神性の血によって構成された巨大な爪が交差する。

 黄金の雷撃が僕を吹き飛ばし、爪がヴァナルガンドをえぐる。

 

 僕は戦いによって雑念が削ぎ落とされた純粋な殺意をヴァナルガンドに向ける。

 

 ヴァナルガンドはそんな僕を冷たい瞳で見つめ、次なる魔法を発動させる。

 

「〈太陽の息吹/サンライトブレス〉」

 

 極大の雷が迫る。竜のブレスにも似た、極太のレーザーのごとき雷を、僕は転移して回避する。

 転移する先はヴァナルガンドの真横。そこから鮮血を纏う触手を突き出し、ヴァナルガンドを串刺しにする。

 

 しかしそれを待っていたかのようにヴァナルガンドは魔法を発動する。

 

「〈太陽の爆発/ソーラーフレア〉」

 

 僕は炎に焼かれながらも、しかしヴァナルガンドに突き刺さる触手を楔に吹き飛ばず、勢いをつけてヴァナルガンドの腹部に手を突き刺した。

 

『〈内臓攻撃〉』

「ぐぁぁああああああ!」

 

 ヴァナルガンドの臓物が引き摺り出され、外気にさらされる。ヴァナルガンドの顔は苦悶に歪み、口から血を吐いた。

 

 内臓攻撃は文字通りあいての内臓を直接攻撃するスキルだ。隙が大きく、至近距離でなければ使えないなどの制約はあるが、非常に強力なスキルである。

 

 僕は引きずり出した臓物を投げ捨てる。

 

 致命の一撃を食らったヴァナルガンドは転移によって距離を取り、自己を回復させようとする。

 

 それを見逃す僕ではない。

 

 僕は〈アフォーゴモンの夢〉によってありえざる時間に身を滑らせ、ヴァナルガンドに近づく。

 

 そして長時間の溜めを必要とする、僕の中で最強の攻撃力を誇るスキルを発動する。

 

「〈アザトースの欠片〉」

 

 通常の時間軸に帰還すると同時に、スキルが発動する。

 発動した瞬間、あたりは白痴のごとき閃光に包まれた。

 それは無限の中核に棲む原初の混沌。沸騰する混沌の核。狂い切った盲目白痴の神性の欠片。

 圧倒的なエネルギーによる暴力が、辺り一帯に撒き散らされる。

 それは空間それそのものを破壊していると見紛うほどの破壊をもたらした。

 

「あああああああああああああああああ!!!」

 

 ヴァナルガンドは絶叫をあげる。

 ヴァナルガンドはゴミのように吹き飛び、地面に叩きつけられた。

 

 そしてヴァナルガンドの持っていた杖が砕け散り、同時に城の崩壊が始まる。

 

 すでに崩れていた玉座の間の床がひび割れ、砕けて行く。

 おそらくあの杖はギルド武器だったのだろう。

 ギルドの象徴たるギルド武器が破壊され、ギルド拠点の崩壊が始まる。

 

 一方暴力的な光に貫かれたヴァナルガンドは、全身からおびただしい血を流しつつも、しかし未だ生きていた。

 

「……よくもやってくれたな」

 

 うめき声にも似た声を出すヴァナルガンド。その顔は苦痛に歪み、流れ落ちた血も相まって、恐ろしい形相になっていた。

 

 僕は彼にとどめを刺すべく接近する。

 しかし——

 

「死なば諸共、だ」

 

 僕は逆にヴァナルガンドにくみつかれ、拘束される。

 僕は嫌な予感がし、〈星辰の激発〉を使用するが、それよりもヴァナルガンドの動きの方が早かった。

 

「〈魂の暴走/ソウル・オーバーロード〉」

 

 僕はその魔法の効果を知っていた。それは魂に過剰負荷をかけ、魂を燃料に全てを破壊する、デスペナルティが重くなる代わりに絶大な威力を誇る自爆魔法——!

 

 僕はもがき、脱出しようとして——

 

 世界は閃光に包まれる。

 

***

 

 僕が目を覚ますと、あたりは瓦礫の山だった。崩れ去った城に埋もれていた僕は、瓦礫を退けることはしない。

 転移によって少し離れた位置に出現し、辺りを警戒した。

 ヴァナルガンドが復活している可能性がある。今僕が無事ということは未だ復活していないのかもしれないが

 

 青白い月の光が瓦礫の隙間から差し込んでくる。

 

 城があった位置を見渡せば、理解できぬ光景が広がっていた。倒れ伏したヴァナルガンドに、まるでユグドラシルにあるような装備に身を包んだ人間が剣を向けていた。

 その周囲には、同じくユグドラシル風の装備に身を包んだ人間の集団がおり、油断なくヴァナルガンドを見つめていた。

 

 しかし、あれは本当にヴァナルガンドなのだろうか?

 今のヴァナルガンドは、僕が知るような強さはなく、哀れで、弱々しかった。レベルを確認してみれば、そのレベルは5以下だった。

 

 そして、剣を持った男が、その剣をヴァナルガンドに振り下ろした。

 血飛沫が飛び、ヴァナルガンドが死亡する。

 そしてヴァナルガンドは光の粒子となって風にさらわれ、消えた。

 

 その光景に恐ろしいものを感じた僕はゆっくりと逃走しようとし——

 

「起きたか」

 

 剣を持った人間が、僕を見つめた。

 僕はそのまま転移して逃げようかとも思ったが、しかし何かを仕掛けられていればまずいと考え、交渉をする。

 

『……僕に君たちを傷つける意思はない。すぐにここからも立ち去ろう。人の世には近づかぬと約束する。故に見逃してくれないか?』

 

 僕はそう言って——

 

「……使え」

 

 男が、短く命令する。

 その瞬間、一人の妖艶な美女が前に出た。その美女は五本爪の龍が刺繍された、白銀のチャイナドレスを着ていた。

 

 僕はそれに言い知れぬ恐怖を感じ——

 

 思考が剥離する。脳髄の一部がかけたような感覚。精神に空白が生まれ、魂が白く塗りつぶされる。

 

 僕は、それがとても恐ろしいことだと知っていた。

 

 だというのに、僕の体は一部も動かず——

 

 僕の意識は、白く消えた。




これにて百年前編は終了です。
次回から百年後、原作編が始まります。

しかし、ストックがなくなったので、書き溜めを作るためにしばらく更新を停止します。

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