IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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狼の盟約(十七) 本戦決勝・上

 ようやくここまで来た。

 桜は胸がふくらむ思いで決勝戦の場に臨み、観覧席を見回した。クロエの異様な双眸を見つけてにんまりとする。

 クロエは膝上にタブレット型端末を置き、片耳には無線式イヤホンマイクをはめている。タブレット型端末の画面をフィールドに向けており、灰色の事務机に座った女性が映っている。田羽根さんの頭身を増やして大人にしたような見た目だが、目元だけは田羽にゃさんと似ていた。画面のなかの女性は拳から中指だけを突き立てる。すぐさま拳を握りしめ、親指を地面に向けた。

 ――うわっ……。

 露骨なブーイングにたじろぐ。眉をひそめた桜を、きれいな田羽根さんが上目遣いで見上げてきた。

 

「ご主人様どーしたんですか?」

「田羽根さんみたいな人がいたような気が」

「タバネさんの?」

「どっちかと言えば……ぐるぐるほっぺと田羽にゃさんを足して二で割ったような……」

 

 純粋な瞳を直視できない。だが、うつむきがちになってきれいな田羽根さんを不安がらせるわけにはいかない。恐る恐る目を開けると、スツールに腰かけた田羽にゃさんがぐるぐる回っていた。ピタリ、と止まるや持っていたリモコンのボタンを押す。

 

「こんなときに!」

 

 きれいな田羽根さんが相方の奇行を黙認して肩をすくめる。

 肝心の田羽にゃさんは幼女の思いを気にも留めていない。もっぴいの部屋を起動し、何事もなかったようにスナック菓子を頬張り、黒い炭酸飲料入りペットボトルをラッパ飲みする。

 

「げっぷ……今日はジョ()()()()()()()()からゲストが来てるにゃ」

「基地があったところ?」

 

 桜は胡散臭そうに黒いウサミミカチューシャを見下ろした。

 

「そのとおり! ……げっぷ」

 

 無視するとしつこいので、しかたなくもっぴいの部屋を見つめる。

 だが、変なものが目に入ったので即座に画面を閉じてしまった。

 

「何するにゃ!」

 

 田羽にゃさんが激しく抗議の怒声をあげる。きれいな田羽根さんにリモコンを手渡し、ボタンを押すよう圧力を加える。

 

「さあ、ポチるにゃ」

 

 幼女が悲しそうに目を細め、首を縦に振る。リモコンを後ろ手にして隠れてボタンを押す。もっぴいの部屋が再び出現してしまった。

 いつの間にか田羽にゃさんの姿がもっぴいの部屋に移動し、いかにも気弱そうな金髪二頭身に写真を手渡した。金髪二頭身は橙色のTシャツを身につけ、腹部と背中に汚いひらがなで「しゃるるん」と縦書きされている。顔立ちこそもっぴい似だが、立ち居振る舞いが誰かさんとそっくりだった。

 しゃるるんは写真を大事そうにズボンのポケットにしまい、背後から聞こえた声に飛び上がった。

 

「セ、セシルちゃん! ご、ごめんよう」

 

 あわてて三脚の側に立てかけてあった木箱を抱え、左右交互に傾ける。中には小豆が入っており、耳を澄ませば波の音が聞こえてくる。

 カメラが動いた。

 もっぴいA、B、Cが四つんばいになり、組体操のようにピラミッドを形成する。手足が震え、脂汗を流していた。頂点に足を組んで座る新たな二頭身のドレス姿を見つけた。

 

「彼女たちがジョンストン島の方から来たゲストにゃ」

 

 田羽にゃさんがおもむろに振り向き、カメラ目線になった。隣でもっぴいDが大きな孔雀柄の羽団扇を動かし、ゲストたちに風を送る。

 

「幻のセシルちゃん(仮)。『仮』ニャのは肖像権の存在をうっかり忘れていたからにゃ」

「う、ううーん?」

 

 桜があからさまに渋い顔になる。幻のセシルちゃん(仮)はどこからどう見ても二頭身化したセシリア・オルコットだった。短い足を組み、丸い手でワイングラスを持っている。目を凝らすと指らしき出っ張りが生えていた。

 試合前になんてものを披露するのだ。心中で田羽にゃさんを呪う。

 対処に困って、きれいな田羽根さんに懇願の視線を送った。

 ――あの三白眼を止めたって。

 幻のセシルちゃん(仮)を紹介されても困る。AIの知りあいが増えても益はない。むしろ厄介ごとが舞い込む確率の方が高くなる。事実、ぐるぐるほっぺ(初代田羽根さん)の亜種は第二アリーナを火の海に変えてしまった。

 

「画面、消してええ? 消したいんやけど」

 

 ――頼むから試合に集中させて。

 赤ワインを飲みほしたセシルちゃんは、話し方までもがセシリアに酷似していた。

 

「あらあらまあまあ。わたくし、毎回見かけるたびに感じていたのですけれど、七五八(田羽にゃさん)の主は反抗的ですわね。さすが()()()()との略奪愛にふけっただけのことはありますわ」

 

 二、三秒してから突然しゃるるんの顔が大写しになった。

 

「ごめんね! セシルちゃんには妄想癖があるんだ。神の杖をホワイトハウスに落としたとか、モスクワに二三四一発の核ミサイルを撃ち込んだついでに、ピーチ・ボトム、ビーバー・バレー、ブラウンズフェリー、スリーマイル島の原子力発電所を吹っ飛ばして全面核戦争(ヒャッハー)を演出したとか、月面に行ったことがあるとか。正直ほとほと困ってるんだ。この前なんかさあ……万能AI・穂羽鬼くんだったものから記憶と経験を分離して、もっぴいに記憶だけを与え、今の穂羽鬼くんにその他経験を残した、なーんて妄言を吐いて……本当にごめんね!」

「何か仰いまして?」

「なななな、そんなわけないじゃないか!? やだなー。田羽根さんと雑談してただけだよー」

 

 しゃるるんがカメラに背を向けて言い訳する。セシルちゃんの注意が横に逸れた途端、再び顔面が大写しになる。

 

「これを見てる君。今度セシルちゃんに会ったら生暖かい目で……」

 

 近くで鈍い音がしたかと思えば、しゃるるんの額がレンズにぶつかる。セロハンを貼ったかのように画面が赤く染まった。

 

 

 うつ伏せで昏倒したしゃるるん。すぐ側に転がったバールの先端が赤く染まっている。もっぴいDが足をつかんで引きずると血の帯ができた。

 桜は無言で画面を閉じ、シュヴァルツェア・レーゲンを流し見る。ラウラは腕を組み仁王立ちしながらも、金色の瞳を露わにして虚ろな中空を眺めていた。

 打鉄弐式と紅椿。

 数分後には戦端を開くであろう強敵を今かと待ち構えていた。

 

「佐倉。紅椿は任せたぞ」

「わかっとります」

 

 ラウラがチラと観覧席の千冬を見下ろした。千冬は藤堂准将との歓談に興じており、周囲には陸海空の自衛隊関係者や企業の有力者がひしめいている。

 

「クラリッサたちが見ている。黒兎(シュヴァルツェ・ハーゼ)凶鳥(フッケバイン)、基地の仲間たちがシュヴァルツェア・レーゲンの勇姿を見守っている。……負けられん」

「せや。戦う以上は勝ちにいかんと。私は勝ちたい」

「そのとおり。勝利を我らの手に」

 

 ふたりが薄ら笑いを浮かべる。

 ――飯とクロニクルさんの番号がかかっとるからな。

 桜は喉元までこみあげた言葉を飲みこむ。前者はともかく、後者を知られるのはよろしくない。櫛灘あたりに知られでもしたら、ややこしい事態に発展するのは目に見えていた。

 

「出てきた」

 

 二体のISが対岸のカタパルトデッキから飛び出す。打鉄弐式は装甲表面が傷だらけになっており、シャルロットとの戦いの激しさを物語っている。一方、紅椿は地上で素振りしていた。銃弾を切断するなど雨月を酷使していたので、その確認だろうか。

 ――となると。

 桜はあえて簪を見やる。簪の横顔は涼やかだ。武人の風格すら漂わせており、じっとラウラと見つめ合っている。

 ふたりとも口数が多いほうではない。無言であるがゆえに、この試合が決勝戦であることを意識させる。

 

「佐倉」

 

 桜が下を向く。紅い眼鏡をはめ直した箒が開放回線(オープンチャネル)から話しかけてきた。

 

「例の件、承諾をもらったぞ。ただし……悪いが、全力でいかせてもらう。レベルアップの成果を見せてやろう」

「おおきに! 私も精一杯やるわ!」

 

 

「学年別トーナメント一年の部、決勝戦。佐倉・ボーデヴィッヒ組対更識・篠ノ之組の試合を始めてください」

 

 開始早々、簪とラウラが激しくせめぎあった。桜は二〇ミリ多銃身機関砲の発射準備(スピンアップ)を始める。

 接近する箒に一二.七ミリ重機関銃で即応する。だが、弾道を見切られており、わずかに進路をずらすだけで回避されてしまう。

 弾丸を当てるため、銃口をわざとぶれさせても結果は変わらなかった。

 ――篠ノ之さんは感じがええな。

 全身に風圧が加わる。箒の雨月が(はし)った。

 

「せいっ……ヤアアア!」

「きれいな田羽根さん。使うわ!」

「ううう……もっぴいには……ぐすんっ」

 

 貫手を雨月の(つば)めがけて放つ。

 開放回線(オープンチャネル)に箒の舌打ちが聞こえ、伸びた腕が空を切る。抜刀を中断した箒が黒い体を翻し、PICで速力を殺す。左腕を前に突き出すや刀の代わりに擲弾投射機を手にしていた。

 ――ここで網か。

 桜は体をひねり込み、準備(スピンアップ)を終えた二〇ミリ多銃身機関砲を発射する。

 紅椿の体が秒速から分速、時速で数えられるレベルにまで減速する。

 擲弾投射機からネット弾が射出され、翼を広げた網はまるで蜘蛛の巣のように広がった。二〇ミリ弾と交錯。初速で劣る網が桜を捉えることはなかった。

 網の裏から箒が出現する。散弾を目くらましに使いながら、雨月を抱き、桜の鳩尾に向かって猪突していった。

 

「気をつけてください。ご主人さまっ。もっぴいには貫手が効きません!」

 

 ――え?

 紅椿が弾丸をかいくぐって眼前まで接近する。

 紅い眼鏡。黄金(こがね)色の粒子をまとった刃。

 桜はマニピュレーターで刃を弾き、後方へ急速に退避する。二〇ミリ多銃身機関砲が耳を(ろう)するような音を奏でる。

 

「説明して!」

「はいっ」

 

 きれいな田羽根さんがリモコンのスイッチを押す。

 もっぴいの部屋が起動し、もっぴいAとBの姿が目に入る。ピコピコハンマーを振り下ろしてもぐら叩きに興じている。

 もぐら役はぐるぐるほっぺ(初代田羽根さん)の人形だった。ハンマーが当たると両目が×印に変わる。桜は痛快な光景だと感動を禁じ得なかったが、きれいな田羽根さんは唇をかんだ。

 もっぴいたちの話し声が聞こえる。

 

「田羽根さんが裏から手を回そうたってそうはいかないんだよ。もっぴいが世界を守ってハッピーになるんだよ」

「ヤ、ヤンデレシフトだけは……」

 

 カメラがズームアウト。桜は画面の端で好き勝手に動く田羽にゃさんを見つけた。

 

「やるにゃ!」

「田羽にゃさんも!」

 

 目つきの悪い三白眼ともっぴいCが指相撲に勤しんでおり、目にも止まらぬ速さで一進一退の親指さばきを披露している。

 ――あいつら……。

 きれいな田羽根さんは相方の奇行を黙認しているらしい。二体の行動は戦闘とは無関係だった。

 

「簡単に説明しますねっ。もっぴいは穂羽鬼くんから派生したAIです。穂羽鬼くんともっぴいの搭載条件はISコアが選別品であること。つまり、紅椿には最高品質のISコアを使ってるんですっ!」

「宝の持ち腐れや!」

「しかも、もっぴいには……田羽根さん対策が実装されているんですっ。もっぴいの部屋が緩衝地帯(DMZ)になっていて田羽根さんたちが奥に進めないようになってるんですっ!」

 

 ――ちゃんと意味あったんか……。

 引き延ばされた時間のなかで、桜は疑問を抱いた。

 

「せやったら田羽根さんの搭載条件って」

基本設計概念(アーキテクチャ)が田羽根さんに対応して……」

 

 幼女が口をつぐむ。

 非固定浮遊部位が独自に動き始め、弾雨を生み出す。幼女がジョイスティックを忙しなく動かしながら、機敏に動く紅椿を狙い撃ちにする。

 

「当たらないっ」

 

 舌足らずな悲鳴が響く。箒の動きはAIの追従をかわすほど速く、鋭かった。

 桜は背部スラスターに点火して、上方に移動。N-MG34から放たれた高速の弾丸をぎりぎりの距離でかわす。機体を回転させ、ほぼ直角に進行方向を転じた。きれいな田羽根さんが提示した移動軌道を、自分の経験に則って修正。幻惑迷彩と赤いレーダーユニットを冠した異形が先回りを企図して空中を滑る。

 視野に空を乱舞するワイヤーブレードが映り込む。薙刀とプラズマ手刀がぶつかり合うたびに火花が散っている。

 六本のうち二本が向きを変えた。迂回して簪の側面を突く格好だ。

 ――利用させてもらう!

 桜はPICを利用して巧みに姿勢を変えた。打鉄零式が複雑な軌道を描き、紅椿との距離を縮める。

 紅椿が体をひねり込む。足裏のスラスターから光が瞬いては消え、桜の意図をくみ取った箒が叫んだ。

 

「面白い!」

 

 二つのISが踊るようにすれ違った。黄金、そして橙色の火花を互いのハイパーセンサーが感知する。

 ――シールド・エネルギー二割減。

 現代の剣豪を相手に格闘戦を挑んだのだ。無傷ではいられない。

 

「せやけどな」

 

 桜は顔が隠れているのをよいことに、不敵な笑みを浮かべる。もっぴいの顔が描かれた背嚢に丸い磁石のようなものが張りついていた。

 

「Tマイン」

 

 開放回線に向けてつぶやく。

 二頭身の巣窟では、もっぴいAが足をばたつかせて転がり回っていた。頬に張りついた黒いこぶを引きはがそうとしている。

 Tマインが起爆し、爆光がレーダーユニットに反射して閃く。

 機体の状態を反映しているのだろう。もっぴいAの顔面が爆発して、天井まで吹き飛ばされる。地面に落下して全身を強打し、ぐったりと動かなくなった。爆発の激しさを物語るように体が薄橙色から焦げ茶色に、髪型がアフロヘアになっていた。

 

「ええ。試したるわ」

 

 桜は追撃するべく、一気に距離を詰めた。

 

「ぐすんっ……やっても無駄です」

 

 幼女の声音に諦めがにじむ。今まで人体への攻撃は決して許可されなかった。今回は違う。紅椿への直接攻撃が認められたが、幼女は後ろ向きな発言を繰り返す。桜は危険を承知で腹部に照準を定めた。

 ――篠ノ之さんのことや。見切っとるかもしれん。

 指を槍の穂先のように細め、腕を射出。

 ――え?

 奇しくも幼女が言ったとおりになった。シールド・エネルギーが減少しただけで、戦意をくじくにはいたらない。それどころか、雨月が手首を切り落とそうと閃く。

 桜はもう一方の手を刃と重ねて弾いた。一秒未満でスラスターに点火。紅椿を視界の中央に捉えたまま後方へ滑る。

 

「――まさか、逃げるとは」

「他人の土俵で勝負する気はない」

 

 そう言い終えるや背中を向ける。上空で戦うラウラの背後に隠れるように、一気に噴射した。

 

「待て」

 

 紅椿が追いすがる。後背から襲いかかったワイヤーブレードに捕まり、急に機動が鈍った。

 

 

 簪は厄介な相手だ。

 ラウラは体をひねり、薙刀の軌道から逃れる。間合いを外した瞬間に重砲でねらわれ、弾頭が隔壁にぶつかるたびに大爆発が起こった。

 ワイヤーブレードの動きを変える。ラウラは、地面を這いずり回りがながらも体の節々から黄金の粒子を漏らす紅椿を無視できなかった。すかさず気持ちを察したのか、桜が紅椿を砲撃する。

 

「――チイッ」

 

 簪の武器が瞬時に切り替わる。

 打鉄弐式が空を斜め下に滑り降り、長い円筒を脇に抱えた。春雷一型。砲身を使い捨てにすることで実用化した荷電粒子砲だ。

 

「佐倉! 砲をひとつ、こちらに回してくれ!」

「宜候」

 

 大日本帝国海軍のような短い返事の後、左の二〇ミリ多銃身機関砲が向きを変えた。大量の弾薬を消費しながら、打鉄弐式を捉え続ける。

 ――ええい。砲が足らん!

 打鉄弐式は先行する零式、白式の短所を極力除き、長所を採り入れた機体。白式譲りの機動性に簪の技量が加わったことで、もはや手が付けられない。

 ワイヤーブレードがかすりもしない。先端が最適な位置に達しても、一秒もしないうちに回避されてしまう。当たらなければ意味がなかった。

 ――有線駆動で構わん。ワイヤーに射撃武器を……。

 刹那、強烈な圧迫感を覚える。何かの波動を感じ、ズキリ、と左目がうずいた。

 

「――こんなときに」

 

 閉じた左まぶた。頭のなかに幻影が流れこんだ。六角形のミサイルサイロの付近に、黄色の背景に黒が配色されたハザードシンボルが描かれていた。六〇度ずつに区切られた葉を認識するなり、ラウラの全身が総毛立つ。

 ――放射能標識だと……?

 再びまぶたを開いたとき、ミサイルサイロはもちろんハザードシンボルは存在せず、薄青色の紗がかかっていた。

 

「手数では私の勝ち」

「……ハッ」

 

 ラウラと簪はすれ違いざま、互いの武器を振るった。体を翻して、もう一撃。鍔迫り合いが生起し、ふたりは顔を突き合わせる。

 

「……どこを……見ているの」

 

 ラウラは簪の背後、視線を宙空に向けていた。

 人影。

 簪や楯無の面影を残した壮年の男がいる。スーツを着こなし、髭を蓄えて老けてみせようとしている。おそらくは明治・大正時代にかけて活躍した人だろうか。ほかにも時代がかった、いかにも落ち武者のような男もいる。剣折れ、矢尽き果て、一族郎党もろとも自害にいたった無名の武人か。

 

「気味の悪い人」

「貴様に私の見ている光景などわかるものか!」

 

 スラスターを巧みに動かす。空気が爆ぜたかと思えば、直前にいた場所が弾片で切り刻まれている。間髪をいれずプラズマ手刀を突き入れる。簪の髪を焼いたような気がしたものの錯覚だった。彼女は眉をひそめて唇をすぼめたにすぎない。

 魂を揺さぶるような爆音と閃光が戦場(バトルフィールド)を彩る。アドレナリンの分泌量が増え、ラウラは強烈な興奮を覚えた。弾幕に心が踊る。

 ――冷静さを失うなよ。

 だが、口をついて出てきた言葉は喜びに満ちあふれている。

 

「貴様の家人が、先祖が、歩んできた血路を見たのは確かである!」

「……あなたに何がわかるの」

「データ以上は知らん。しかし、挫折と栄光の味だけは知っている! 悪いがこの勝負……勝たせてもらうぞ」

 

 ラウラの唇がゆがむ。

 八八ミリ大口径レールカノンを実体化し、金属爪(アイゼン)を下ろさずに砲撃準備を終える。

 簪が砲撃を阻止すべく春雷を点火。内蔵された大容量コンデンサの電力を吸い上げ、耳障りな高周波音を発した。

 

「勝つのは……」

 

 言いかけて、簪が目を見開く。春雷の照準を調整できない。腕が動かず、一瞬気を取られたが、すぐさまラウラをにらみつけた。

 

「日本の新型ごとき、我が停止結界(AIC)の前では無力!」

 

 荷電粒子砲が見当違いの目標を焼く。

 すかさず大口径レールカノンを発射。ラウラの体が後方へと流されていく。砲弾到達よりも早く、簪がからめ取られた腕を基点に前方投影面積を減らす。

 次弾の発射準備を終えたラウラはAICを一旦停止する。

 弐式が分離した砲身を捨てる。ハイパーセンサーが砲身の表面に生じた亀裂をはっきりと映し出した。予備の砲身を実体化してはめ込むものの大容量コンデンサに給電しなければならず、量子化を余儀なくされる。

 ラウラが左目を大きく見開く。疑似ハイパーセンサーとして稼動する越界の瞳は、武装転換の瞬間を捉えていた。

 

Feuer(発射)!!」

 

 開放回線(オープンチャネル)にラウラの叫びが轟く。裂帛の気合いと共に放たれた砲弾にAICを作用させることで、運動エネルギーと力の向きを保持したまま、百分の一秒の遅延をもたらす。予測到達時間と弾道を、ラウラが正しいと信じる未来位置に解き放った。

 地面に足をつけたシュヴァルツェア・レーゲン。金属爪(アイゼン)が土をえぐり、盛大な煙を舞いあげる。

 金属片が降り注ぐ。打鉄弐式の墜落。零式の非固定浮遊部位が追従して射撃を継続する。

 ラウラは視野に出現したドイツ語のメッセージを流し見る。

 次弾装填完了・臨界到達・リアアーマー異常発生。

 

「ワイヤーブレードの射出口を潰されたか」

 

 倒れた打鉄弐式に止めを刺すべく、第三射目を放った。

 

 

 二〇ミリ多銃身機関砲の地上掃射は箒の退場を企図したものだ。

 弾雨で頭を押さえつけてしまえば防御に気を取られるだろう。砲火に立ち向かうには勇気がいる。ISを身に着けていても本能は変わらない。

 

「更識!」

 

 紅い眼鏡を墜落現場に気を取られる。

 桜はすかさず一二.七ミリ重機関銃で十字砲火を形成する。行き足を鈍らせ、跳弾が紅椿の装甲を跳ねる。

 

「動けるなら返事を――」

 

 刀では太刀打ちできないと考えたのか、N-MG34を呼び出した。

 紅椿の被弾が増えていく。

 視線やつま先の向きと言った歩行への予備動作。ISといえど視覚情報を頼りにする。一挙一動が他人に影響を与え続ける。桜は亡きぐるぐるほっぺ(初代田羽根さん)の指導を思い出した。

 ――毎回土下座しとったら身がもたん。

 対紅椿戦ということもあって、もっぴいの部屋を起動したままだった。田羽にゃさんが非固定浮遊部位を制御する間は、目立った動きがないのが常だった。

 ジョンストン島の方から来たという二頭身たちは既に消えている。四体のもっぴいたちがいつぞやのように円陣を組み、今後の身の振り方を協議していた。

 いつの間にか復活したもっぴいAが発言する。体は焦げ茶色でアフロヘアのままだ。

 

「緊急事態、緊急事態! 弐式が雑魚っちいレーゲンなんかにやられちゃったよ! うわああ……弐式に怒られる。アンハッピーなことになる……まずいよ! セカンド(ヤンデレ)シフトが来る! 弐式の進化パターンは核そ……セシルちゃんの言うとおり……地球が終わっちゃうんだよ。アンハッピー! アンハッピー!」

 

 もっぴいBが体育座りのまま震えながら頭を抱えていた。

 

「もうだめだよ。終わりだあああ……ガクガクブルブル」

 

 もっぴいCは口元に手を当て錯乱した目つきでほほえむ。

 

「フフフ。もっぴい知ってるよ。もうすぐ地球破壊爆弾が落ちるって。()()()()()()()()

 

 ひとりで奮起するもっぴいD。

 

「まだだよ。まだ、手はある!」

 

 もっぴいDが後ろに下がって、絶望に染まったAからCの注意を引く。自転車型発電機が四つ、等間隔に並んでいた。

 

「今こそ絢爛舞踏で一発逆転する機会だよ! もっぴいが死ぬ気でこげば、きっと! きっと明るい未来が待ってるんだよ。やらなくて後悔するなら、今やって後悔しよう!」

 

 一周回ってもっぴいAの発言。

 

「諦めてさぼったなんて弐式にばれた日には……うわあああ」

 

 ふらついた足取りで自転車型発電機にまたがる。Bたちも続き、Dが振り返った。

 

「あとは宇宙人が気づいてくれることを願うよ……」

 

 ――絢爛舞踏って? どこかで聞かんかった?

 桜はもっぴいの部屋から目を離し、同級生の姿を捉えた。被弾が続き、装甲表面から無数の火花が飛び散っている。N-MG34の展開を終え、銃口をラウラに向けている。

 ラウラは地に足をつけ、大口径レールカノンの四発目を発射準備を終える。

 

Feuer(発射)!!」

 

 開放回線(オープンチャネル)から勇ましいかけ声が聞こえ、簪の敗北が決まったかに見えた。

 紅椿が放った弾丸がラウラの十数メートル手前で破裂し、弾片をまき散らす。神経をおびやかすには十分な爆光と煙がシュヴァルツェア・レーゲンを包みこむ。四発目の弾道に狂いが生じる。

 

「ボーデヴィッヒさん!」

 

 桜が弾丸を箒とラウラを結ぶ直線上に集めてきた。箒が時間を稼ぐと考えたからだ。

 現実は違った。

 箒が進路を阻害するワイヤーブレードを飛び越え、たたらを踏んで相方の元にたどりつく。N-MG34から手を放した瞬間、もう一基のワイヤーブレードを居合で弾き飛ばす。銃が地面に落下する直前につかみ取って、振り向くやいなや弾丸を放った。

 非固定浮遊部位に直撃し、砲口があさっての方角を向く。

 ――損傷大! ナチの軽機やないんか!

 見た目にそぐわぬ威力だ。桜はもっぴい搭載機の認識を改めざるを得なかった。

 紅椿が左手を弐式の肩に添え、片膝を立てた姿勢で携行レールガンを操っている。

 ラウラが五発目を放つ。煙のなかから砲弾が驀進。風で銀髪が乱れた。

 

「援護しろ。篠ノ之を引きはがす!」

 

 二〇ミリ多銃身機関砲、一二.七ミリ重機関銃二挺から成る十字砲火。黄色がかった、かすかな刺激臭を伴う爆煙が漂う

 四基のワイヤーブレードが地を這う。ラウラが両腕を突き出し、瞬時加速をしかける。さながら騎兵突撃(チャージ)を想起させ、ラウラの口からドイツ語の気合いが響く。言語を変換する時間が惜しいのだろうか。鉄十字の航空機を操縦するときと変わらぬ雄々しい口調だった。

 五発目が弐式の手前で爆発する。目がくらむほどの閃光が生まれ、轟音と衝撃波がフィールドを埋め尽くす。

 閃光がすぐに収束する。ISの体調管理機能が作用しており、視覚は正常なままだ。

 だが、熱波と弾片がラウラ、箒、簪の体を包む。あまりの激しさに、上空にいた桜ですら実体楯を構えてしまったほどだ。

 

「撃ち方止めっ」

 

 同士討ちを避けて、桜が砲撃の手をとめる。

 

「オオオオオオ!」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンが体を左に四五度傾けた状態で吶喊(とっかん)した。その背後で赤い発光が生じる。携行レールガン(N-MG34)の弾丸とすれ違い、弾片とぶつかって爆発。ラウラは衝撃波をも利用して瞬く間に距離を詰める。

 けたたましい金属音。首を傾けた箒。プラズマ手刀を紙一重で避けたまではよかったが、紅い眼鏡にひびが入っている。もはやシールド・エネルギーが底を尽く寸前なのだろうか。ワイヤーブレードが側面から追い打ちする。

 一瞬の静寂が生まれ、勝負が決したかに見える。だが、アリーナのスピーカーから聞こえてきた声は戸惑いに満ちていた。

 

「試合終りょ……いえ、続行です!」

 

 

 


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