学年別トーナメント一年の部。Cブロック、一日目第一試合。
第四アリーナ最初の試合は相川・夜竹組対佐倉・ボーデヴィッヒ組だ。
ラウラの実力からして勝利確実とされている。だが、満を持して姿を現したのは奇怪な姿だった。誰もが目を見張り、猛獣が咆哮する様を待ちわびていた。
▽
相川清香は不運に苛まれていた。
ひとつめの不運。対戦相手を決める抽選会で、いきなりラウラ組を引き当ててしまったことだ。予選を量産機で出場するとはいえ腐っても代表候補生だ。IS学園に入学してから訓練を始めた清香とは年季が違う。
――これじゃあ、ぶっつけ本番と同じだよ!
前日の打ち合わせで、清香が桜を相手取り、さゆかがラウラを引き受ける作戦を立てた。
打鉄零式はすばしっこい。唯一の公式戦であるクラス対抗戦を目にした印象だ。だが、桜はことあるごとに格闘戦が苦手だと公言している。
次に、ラウラが乗るカノーネン・ルフトシュピーゲルングは一見全身装甲である。全身をライトグリーンの装甲板で埋め尽くした直線的な形状だ。
学内ネットワークのIS一覧によれば、かの機体は半露出型装甲を採用している。だが、自機の標準搭載砲に耐えうる装甲を求めた結果、ラウラの顔を拝むことができなくなっている。いわば機動性を捨てて火力を増強した機体なのだ。
役割分担はどちらが言い出すまでもなく自然に決まっていた。さゆかのほうが火器類の扱いに長じている。そして当日、力を出し合うことを誓い合っていた。
だが、ここで二つめの不運が生じた。
――何よ! あれ!
桜が体当たり専用パッケージを使ってきたのだ。和傘を横倒したような形状。巨大なスラスター。打鉄零式だと分かる痕跡は、かすかに露出した赤いレーダーユニットだけ。下部に搭載された一二.七ミリ重機関銃二門、四〇ミリ機関砲二門。後付け装備だと記されている。
――第四アリーナで使ってくるなんてっ!
冷や汗が滴る。せめて桜の顔が分かれば、と思ったが、元からして全身装甲の機体だ。
投影モニターを介して清香の強張った顔を目にしたのか、さゆかが心配して話しかける。
「清香……大丈夫?」
「大丈夫。うん、大丈夫だから」
快活さが取り柄だ。ラウラと対峙するさゆかも怖いはずだ。六つの砲口がさゆかを捉えている。
「さゆかは、イける?」
「あれだけの重武装。機動性を捨ててるのは間違いない。ボーデヴィッヒさんはおそらく、
さゆかと清香はクアッド・ファランクス・パッケージを思い浮かべた。ラファール・リヴァイヴの追加装備として、二二ミリ多銃身機関砲を四門を搭載するためのパッケージだ。増加装甲を介してではあるが、機体に直接後付けするため移動制限が生じる。
なお、クアッド・ファランクス・パッケージは、現在IS学園とタスク社、南アフリカ国防軍が所有している。イタリアの
「推測だけど、佐倉さんの機体は小回りが利かないと思う。だってあのパッケージは誰も制御できなくて捨て置かれたものなんだから」
さゆかは瞳に大きな決意を秘め、はったりだと断じた。相方が動けないならやりようはある。故障明けの桜と代替機を駆るラウラ。手負いの狼が盟約を結んだにすぎない。
「清香はあの機体との衝突だけは避けて。適度に距離を置いて、小回りを利かせてあげればいい」
ISの強みは空中で自在に方向転換できることだ。桜の機体は航空機に近づいているのではないか。接近戦主体のトーナメントには不向きだと考えを切り替える。
――さゆかの言うなら転注意すれば与しやすいのかも。
気持ちが軽くなる。決して敵をあなどるつもりはない。が、過剰に警戒して動きが硬くなってもいけない。清香は空中で背伸びをしてみせる。
「ありがと。さゆか」
「いーえ。どういたしまして」
その十数秒後、試合開始を告げる機械音声が響く。
「Cブロック、第六試合。試合を始めてください」
――始まった。
周囲の空気を吸引する音が徐々に忙しくなっていく。
清香は装備していた二〇ミリ機関砲を構えた。スイス製の機関砲をIS用に改造した装備で、その信頼性は折り紙付きだ。発射速度は毎分一〇〇〇発。ハイパーセンサーと同期した統制射撃が可能だ。
大型スラスターが性能を発揮する前にできるだけ当てる。清香は基本に則り、自動化された自分を露わにする。スクエアースタンスから据銃、照準、撃発。ISの補助を得ることで実現された精確な動き。数十発におよぶ弾丸が到達し、シールドエネルギーが減少する。
――よしっ!
手応えがある。桜はまだ手間取っている様子だ。相棒の指摘通りはったりに違いない。撃てば撃つほど、弾丸が巨大な的に吸い込まれていった。
スラスター出力が増大し、耳を
傾きながら下降する機体。好き勝手に荒れるじゃじゃ馬に手をこまねいている。視野の裾では動けないラウラ機に対して、さゆかの打鉄が一方的な射撃戦を展開している。
ひとつだけ困ったのは、打鉄零式の動きが予想できないことだろう。おかげで上空から撃ち下ろすもほとんどが至近弾になっていた。
――これなら。
清香の心に希望が宿ったとき、三つめの不運が襲いかかった。
不調かに思われた巨大スラスターが炎を吐き出したのだ。アリーナの広さを利用して大きく旋回し始める。
――壁に突っ込むつもり?
清香は打鉄で追いすがる。射撃を繰り返して、打鉄零式のシールドエネルギーを削った。
打鉄零式が壁に激突する直前。インメルマンターンするかに見えたのもつかの間、背面飛行に転ずる。銃口が初めて清香を認識し、それぞれの砲口から一発だけ弾丸を吐き出した。
まるで砲の調子と弾道を確認しているかのようだ。
清香は飛行しながら継続して撃発する。横に避けてしまえば、弾丸は届かない。
――ほら、思ったとおりだ。その場で方向転換すれば簡単に回避できる。
清香は勝利の可能性を見出しかけていた。四発スラスターを噴かしながら、空中で横滑りする打鉄零式を見るまでは。
▽
佐倉桜の眼前に照準器を模した二種類のCGがある。それぞれ一二.七ミリ重機関銃と四〇ミリ機関砲に対応している。
技師がプログラミングする時間はなく、メーカーが納入したデータのパラメータをいじっただけの代物だ。しかし弾丸はまっすぐ飛ぶ。銃はねらって当てる道具なのだから、
当然、ハイパーセンサーの恩恵を享受できない。
弾丸が空中で交差する距離と時間。もしくはどんな弾道を描くのかといった情報だけが明らかだった。前向きに捉えるならば、腕さえ良ければ当たる。
桜は値を補正する。マーク1・アイボールセンサーが捉えた清香の挙動を踏まえ、未来位置を絞り込む。
銃砲が正常に稼働しているのは確認済だ。試合開始早々、不具合が発生した二基のスラスター。重厚な外見とは裏腹にささいな条件の違いに機嫌を損ねる繊細な
――
丁寧に調教されたお嬢様を乗りこなさねばならない。わからずやのお嬢様をなだめすかすのは、きれいな田羽根さんの役目だった。
清香の打鉄が空中で回頭する。最小半径で方向転換し、背後を取る算段だろう。
――行け!
斥力場を発生させ、落下を免れる。二基のスラスター出力を絞り、残る二基は出力を増大させた。巨体が空中で横滑りした。意識を一二.七ミリ重機関銃に向け、照準を定める。
――驚くひまがあったら動き続けろ。一瞬でも思考停止すれば、落ちるんは自分や。絶対に止まるな。
清香の打鉄が膝を曲げ、腰を回転させる。ISは空中歩行を可能にするがゆえに、意識が陸上での動きに引っ張られる。経験が浅く無駄な動作だと気づいていない。
銃口を現在位置から未来位置に推移させる。
期せずして指先がピクリと動いた。わずか一秒の射撃時間。桜には弾丸が弧を描いて飛んでいるように見え、弾丸は隔壁に当たる。最後の一発がシールドエネルギーをわずかに削った。
――計算結果は。
補正を続ける。羅列された数値が動きに変換され、桜は清香の打鉄の姿を思い描いた。高速直進後、回頭。銃口をずらしながら一秒間打ち続ける。
「何で、どうして、振り切れないなんて、わっけわかんないよー!」
清香が震え声で叫びつつ、必死に操縦しているのがわかる。桜は追う側に回ってなお感傷を持ち合わせることなく、射撃結果と数値を確かめ、己の動きを最適化し続ける。
「きれいな田羽根さん! 残り燃焼時間はどんくらいか!」
「概算値で二八〇秒です。ご主人様っ!」
時がたつにつれ射撃回数が増えるたびに命中率が向上していった。
きれいな田羽根さんの神通力にも限界がある。スラスターに不具合を抱えているため、安定状態を長く維持できない。田羽にゃさんにいたっては自主待機と称し、スナック菓子を頬張るだけで何もしていなかった。性能が実質半減した状態だと桜は考えていた。
清香の打鉄と動きを合わせ、いったん高度を落とす。眼下には被弾しながらも曲射で反撃するラウラの姿がある。彼女はさゆかに向かっていつになく饒舌に喋っていた。
また被弾した。清香は制御をISコアに任せきりにしているのだろう。ハイパーセンサーを用いた統制射撃は、乱雑に弾丸をばらまくだけの曲芸射撃でも正確性を発揮している。
――せやけど。
桜は開放回線に向かって語りかけた。
「相川さん。すまんなあ。手加減できんわ」
「何を言って」
清香の声に動揺が走る。桜は射撃時間を一秒から三秒に引き延ばした。コツをつかんだことで面白いように当たる。
「やだっ。ちょっと! なんで! シールドエネルギーがどんどん……」
「射撃停止――四〇ミリ射撃開始」
四〇ミリ機関砲二門による同時射撃は一二.七ミリ重機関銃とは異なり、太く重い。火線がきらめき、打鉄の背中に吸い込まれていった。
▽
清香の打鉄が墜落し、回収機が飛び出した。
ラウラ・ボーデヴィッヒはつまらなそうに口を開く。
「ふんっ。先を越されてしまったではないか」
「試合中に……そんなこと、言ってる、暇、あるの?」
さゆかは絶え間なく立ち位置を変えていた。砲と銃では威力が桁違いだ。カノーネン・ルフトシュピーゲルングは超重量級の火力偏重機である。一発でも当たってしまえば、反撃の芽が潰えてしまう。
さゆかはゾッとする。果物ナイフで済むところに牛刀を持ち出してきたようなものだ。
ラウラの代替ISは一七センチ連装砲二基四門を肩にかついでいた。砲身長だけで約八メートルもある。トップヘビーになってしまい、PICなしでの屈伸運動は推奨されていない。とはいえ、フレアスカートと似た装甲の下に一二〇ミリ大口径レールカノンや機動用の小型スラスターを格納している。関節を曲げるとスラスターが地面にぶつかってしまうので、初めから曲げる余地が残されていなかった。
ラウラは構わず不満を口にした。
「やはり旧型はいかんな。私よりも反応が遅い。イメージインターフェースも洗練されていない。レーゲンならば面倒はなかったのだが……借り物に文句をつけても始まらん」
「何を言って!」
さゆかの打鉄が二〇ミリ機関砲から大量の弾丸を吐き出す。
狙いは正確だ。が、装甲に邪魔されてあらぬ方向へと弾かれていく。
「よい腕だ。教科書通りではあるが、やはり虎の血筋は虎か」
さゆかは、ラウラの言葉の意味がわからず射撃を続ける。普段のラウラを知る彼女にとって、ラウラのうっとりとした声音は異様だった。
「あなたの曾祖父、
「それが試合に関係あるっていうの? ボーデヴィッヒさん」
「なればこそ、夜竹さゆか。あなたにはぜひとも
さゆかが困惑するのも構わず、ラウラの声は愉悦で弾む。
「すなわち……我らドイツ連邦共和国が誇る第二世代機カノーネン・ルフトシュピーゲルングは圧倒的である!」
ラウラはPICを足元に展開し、斥力場を設ける。摩擦をなくすことで指向する方角への移動を容易にした。体を浮かせて滑るように動く。カノーネン・ルフトシュピーゲルングに許された唯一の移動手段だ。
ラウラは突然スイッチが入ったように火力優勢に関する認識を語りだした。その間、左右の大腿部に搭載した一二〇ミリ大口径レールカノンに弾丸を装填する。シュヴァルツェア・レーゲンの八八ミリとの最大の違いは口径とリボルバーシリンダーの有無である。連射性能に劣り、取り回しが難しいことから六門しか試作されずに終わっている。
「そうやって! いつも人から見下ろすような話ばっかり!」
さゆかが気勢を上げた。打鉄の全搭載火砲を実体化し、持ちうる火力を次の一瞬に注ぎ込む。対してラウラは越界の瞳を向け、力を解き放つ。
「では、凱歌を揚げるとしよう。――
六つの砲口が瞬く。猛り狂った轟音が観覧席まで広がり、炎がさゆかを飲み込んだ。