IS-サクラサクラ-   作:王子の犬

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GOLEM(十二) 決着

 囮になれ。千冬の指示は単純だ。

 桜はシールドエネルギーの残量とログの小窓を一瞥する。

 ――損傷が激しいか。もう少しだけ頑張ってくれ……。

 渋い表情を作りたくなる気持ちを必死に抑えた。もし表情に出してしまったら、声に気持ちが乗り移る。幸いなことに全身装甲なので外から顔が見えない。自信たっぷりと思うように、自分が成功すると信じているかのような口ぶりで言った。そうすれば一夏や鈴音、千冬たちが信じてくれるかもしれない。

 甲を撃破するという目標。ただひたすら必死であり続けた戦いに終止符を打つための戦い。役割分担。桜は一夏の様子を見やった。若干だが懐疑的な表情を浮かべ、歯を食いしばっている。彼は無言で千冬の指示に従った。与えられた役割をこなすことに同意したのだ。

 

「織斑。先生の指示どおりに頼む」

「……ああ。任せてくれ」

 

 一夏が短い返事をして甲から離れるように飛び、劇物の煙のなかに身を潜める。

 ――これでええ。織斑は部下でもなければ同僚でもない。仲間ではある。同級生や。

 わだかまりを解く時間はなかった。言葉の代わりに拳を振るうわけにもいかない。

 桜の目の前には満身創痍の田羽根さんが拡大表示されていた。

 

「うまくいきますよ! 田羽根さんが今から甲の田羽根さんを挑発してきますね!」

 

 田羽根さんは口から朱色の唾を飛ばしながら、両頬の渦巻きを回転させた。白いウサミミカチューシャを前後に揺らして、ちゃぶ台の上に乗って上機嫌でふんぞり返っている。すぐにちゃぶ台から降り、手榴弾を補充するために長持の側に立つ。ボウガンを背負って腰に刀を差す。額の止血帯の上から鉢巻きを締めた。小型の懐中電灯を一本ずつ胸に結わえてスイッチを入れた。

 

「行ってきますね!」

 

 甲高い声が頭に響く。桜は田羽根さんの姿が消えると同時に機体を切り返す。右チェーンガンの射撃。小気味よい騒音が鳴り響く。

 ――互いに顔がぶつかるほど近づく。甲の目的は田羽根さんや。すぐに織斑への興味を失うはず。

 桜は甲の赤い単眼が画面いっぱいになるまで近づいていた。一二.七ミリ重機関銃の回転銃座を稼働させ、前向きに反転させた。甲の右腕の化学式レーザー砲ユニットに照準を設定。互いの動きに関係なく自動追尾させる。

 ――視界不良。雲のなかにおるみたいや。

 甲の全身から蒸気が噴き出していた。排気量の増加が止まらない。体を動かすたびに白い湯気がついて回った。

 ――出力が落ちてきとる?

 最初の頃と比べ、熱線が細くなっている。可視光線の出力が衰えてきているのだろう。

 ――かすったか……。残り一割五分!

 甲の単眼から光が漏れ、左腕を大きく振ってきた。桜は右の拳を固める。脇を締めて肘を固定。勢いでしなった腕が甲にあたった刹那、左スラスターを瞬間的に噴射する。同時に拳を九〇度回転させたところでPICで制止。左手の指をそろえて貫手を繰り出す。

 

「あかん。空中では難しいか」

 

 人間が相手ならば姿勢を崩したであろうその技は、PICを保有するIS相手に成功させるのは困難であった。甲が側転し、天地を逆転しながら貫手を避ける。甲は乙、丙を葬り去った貫手の威力を警戒しており、打鉄零式の田羽根さんの侵攻に備えなければならなかった。

 桜の視野に流れる無機質なメッセージが出現してはあっという間に押し流されていった。

 ――射撃の照準が甘くなっとる? まさか……。

 ハード、ソフトともに損壊が進んでいた。ついに危惧していた修復不可能な致命的エラーが発生した。右チェーンガンの回転砲座が止まったのだ。

 ――こんなときに!

 右チェーンガンは真正面にしか撃てなくなった。修理のため量子化する暇はなく、熱線が鼻先を通過する。

 甲が打鉄零式の不具合を好機と見た。姿勢を整えて飛翔する。

 ――格闘戦特化型。乙や丙とは動きがちゃう……やりにくい。

 距離を詰め、拳を振るう。化学式レーザー砲ユニットの発射間隔が広がり、肉弾戦の割合が高くなっていた。あらゆる配管から蒸気が吹き出している。装甲の隙間からも白い煙が立ち上る。甲の継続戦闘能力も限界に達しつつあった。

 ――残弾が!

 一二.七ミリ重機関銃が全弾を撃ち尽くして沈黙する。桜はかまわず非固定浮遊部位を盾代わりにして突進した。その目は血走り、無我夢中となって自然と気合いが吐き出される。

 ――衝突するくらい接近せえ。退くな……前に出てこそ回避が可能……前に……。

 熱線が眼前を通過する。右チェーンガンの砲身が切断され、赤熱した断面が紫色の炎に埋もれて消えた。

 化学式レーザー砲ユニットから発せられる異音に爆音が混ざる。そして背後から鼓膜が痛むような高くかすれた音。

 ――織斑が動いた。あとちょびっとや。ほんのちょびっとだけ保ってくれ。

 桜の願いは通じず、打鉄零式のISコアから次々と赤いメッセージが吐き出されていた。致命的なエラー。非固定浮遊部位の動力喪失。音声フィルタモジュール切断。火器管制モジュール切断。背部母線の異常加熱。レーダーユニットに異常発生。スラスター出力低下の警告。修復中。損傷甚大。監視系デーモン動作停止(ハングアップ)。再起動。

 PICとスラスターの連続噴射により体を複雑に回転させながら、最小機動で熱線を避ける。

 視野の裾では両手に懐中電灯を持った田羽根さんが短い手足を必死に振って逃げ戻ってきた。和弓の矢が飛翔したのに合わせて横に跳んだ。後ろを顧みるなり懐中電灯を投げ捨てる。もう一本をスイッチを切って懐に納めようとするも、手を滑らせて落としてしまう。

 悪魔の羽を広げ、三叉槍を持った甲の田羽根さんが懐中電灯の光で一瞬だけはっきりと映る。両頬の桔梗紋(五芒星)が激しく回転していた。脇に抱えていた和弓を捨てて、やはり短い手足を必死に振っている。

 ――織斑の位置は!

 桜はハイパーセンサーを稼働させて白式の現在位置を探った。赤茶色の炎が桜の左手方向に流れており、白式のスラスター噴射によるものと断定する。高速移動により、隔壁から噴霧された水の粒子が白式の体にあたって弾き飛ばされた。

 ――行け! 甲は気づいとらん!

 貫手が化学式レーザー砲ユニットを覆う白い箱の表面を擦る。黒板を爪でひっかいたような音が聞こえる。

 ほぼ同時に田羽根さんが甲の田羽根さんに追いつかれた。田羽根さんは足下から粉塵を巻き上げて足を止め、土をえぐりながら地面を滑った。田羽根さんが首を引っ込め、三叉槍がその頭上を横になぐ。白いウサミミが折れて、すぐに跳ね戻る。甲の田羽根さんと互いにぶつかり合うくらい接近。

 すると田羽根さんの目が光った。膝を緩めて腰にためていた力を一気に開放する。掌底を天井に向かって打ち出す。続いて指を折り、手のひらを前に倒して地面にたたきつける。

 ぎえっ、とうめき声があがった。

 甲の田羽根さんが受け身をとることなく、後頭部を地面に激しく打ちつける。甲の田羽根さんが両手で目を覆って足をばたつかせながら左右に転がり回った。

 

「形勢逆転ですね!」

 

 桜は眼窩に指が入る様子を目撃してしまった。思わず顔を背けたくなるむごたらしさだ。

 ――どうした。

 甲の様子がおかしくなった。単眼を覆う透明な保護皮膜に亀裂が生じている。即座に熱線を照射したが、打鉄零式や白式とはまったく関係ない方角に向けられていた。

 ISの状況と甲の田羽根さんの状況が酷似している。甲の田羽根さんは目から赤い液体を流していた。三叉槍をめちゃくちゃに振るう。ボウガンの矢が背中に刺さって回転しながら吹き飛んでいった。

 

「甲のハイパーセンサーの母線経路を切断してやり」

「田羽根さん!」

 

 田羽根さんがふんぞり返って戦功を自慢しようとする。だが、口から赤い液体が盛大に飛び散った。

 その直後、エラーメッセージが上から下へ、今までにないすさまじい勢いで流れていった。めちゃくちゃに振るわれた腕を避けるべく、間合いを外そうとスラスターを噴かす。意図した推力が得られずマニピュレーターで受け止めるしかなかった。

 ――エラーばかりや!

 ログの小窓は赤い文字で埋め尽くされている。すべてエラーメッセージだ。「スラスターモジュール切断」という文言が目に入った。

 ――あかん。ついに止まった。

 推力が半分以下に低下。どんどん下がる。桜は値がゼロになる前にグライダーパッケージを実体化した。そしてパッケージに搭載されていた補助推進機を始動する。

 ――どちらにせよ高速移動ができんようになった。

 絶対防御が発動するか。搭載するISソフトウェアの破壊が進み動けなくなるか。二者択一の状況。

 ――シールドエネルギーがもうあらへん。ちょうど一割。

 熱線が装甲を焼く。シールドエネルギーがさらに減少。残量は一桁だ。

 それでも桜は血走った目を見開いて、胸を膨らませる。かすれた音が耳を突き刺すほど大きくなり、甲の単眼から光が消えた。眼前に青白い陽炎のような刃が突きでている。甲は右肩からみぞおちにかけてを断ち割られ、隙間から一夏の顔が見えた。

 

 

「織斑くん! 佐倉さん! 無事ですか? 生きてますか!」

 

 開放回線から真耶の声が聞こえてくる。桜はPICで機体を浮かせた。真耶に向かっていつものように浮ついた声を漏らす。

 

「山田先生。全機撃破。勝ち戦や」

 

 スピーカー越しに大きなため息が聞こえる。続いて一夏が無事を伝えると、セシリアや箒らの喜ぶ声が聞こえた。感極まったセシリアに抱きつかれた箒が戸惑う声。彼女を引き剥がそうと四苦八苦するやりとりも耳にした。朱音、ナタリアたちの声も聞いた。

 桜は命の危険が去ってほっとしながらも、まだ胸がどきどきしていることに気づく。

 ――せや。吊り橋理論を試してみるか。

 危険をともにした男女が恐怖による心拍数増加を、恋愛感情によるものと勘違いすることがあると聞く。

 一夏は地面に落下した甲を見つめている。桜の視線に気づいて顔をあげ、何ともばつが悪い表情を浮かべた。

 桜がねぎらいの言葉をかける。

 

「織斑。ようやった。おかげで助かったわ」

「え……ああ。やったんだよな。俺」

 

 歯切れの悪い返事だ。ほめられても実感がわかないのかのだろうか。じっと見つめていると戸惑っているように思えてきた。桜に対してどんな態度をとってよいのかわからず困惑しているのだ。

 

「佐倉……」

 

 一夏が何かを言いかけて口をつぐんだ。瞳に恥の色が浮かんでいる。桜は無言のまま、彼が再び口を開くのを待つ。

 

「すまない……」

 

 一夏は取り繕おうともせず顔を伏せる。

 ――今はこれ以上声をかけるのは酷や。

 桜はそのまま一夏から目をそらす。彼に何を言っても追い打ちになるような気がした。下手を打てば意固地にさせかねない。

 ――織斑は然るべき者に見てもらえばええ。

 彼がとった行動を分析し、検討するのは教師の役目だ。導き出された結果から指導するのも彼女たちだった。

 

「山田先生。救助のほうはどうなってます。劇物反応が出っぱなし。温度も上昇しっぱなしや。指示をお願いします」

「先生方のISがそちらに急行しています。ISに搭乗するのが最も安全なので準備が整い次第、指揮を執る松本先生から説明があります。それまで煙にできるだけ近づかないようにしてください」

 

 いったん通信が切れて真耶の声が聞こえなくなる。

 未だ緊急事態なことに変わりなかった。一夏とともに煙の少ないところを探して移動する。鈴音が一夏に通信を入れた。個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)だ。以前、通信を傍受できると田羽根さんが話していたことがある。さすがに野暮だと思ってその案を却下した。

 ――試合があれやったし。更識さんと話すのもなあ……。先生たちが来るまでやることあらへん。ナタリアや朱音も何や忙しそうや。せや、消去法で。

 桜は仕方なく田羽根さんの様子を見ることにした。

 ――血を吐いとった。AIやから赤い液体と言うたほうがええんやろうけど。

 田羽根さんの性格なら甲高い声で自慢しまくって「お願いするよ(DOGEZA)!」ボタンを押すように、それとなく強要してくるはずだ。今はその気配がない。不自然なくらい静かだった。

 ――なんや気持ち悪い。きれいな田羽根さんとか想像するだけで身震いするわ。

 桜はいつも田羽根さんが居座っている右下の隅を見るや目を疑った。

 ――田羽根さんがふたり……おる。甲乙丙は倒したはず……。

 田羽根さんは「CONTROL」ボタンを背に、もうひとりの田羽根さんを牽制していた。もうひとりは黒いウサミミカチューシャを身につけ、つり目で目つきが悪い。両頬は同じ渦巻き模様。黒いワンピースを身につけ、甲の田羽根さんと違って悪魔の羽根がない。

 

「本当にもう一体いたんですね。四七三のいうとおりでしたね!」

 

 田羽根さんはちゃぶ台を立てて、障害物として利用している。目つきが悪い田羽根さんは右手にコンバットナイフを持っており、距離を詰めようとにじり寄った。

 

「あっちに博士たちがいますよ!」

 

 田羽根さんの指先があさっての方向を指した。

 目つきが悪い田羽根さんの視線も一緒に動く。田羽根さんが反対の方向にちゃぶ台を転がす。目つきが悪い田羽根さんはその動きを読んでおり、視線を戻すことなく飛びかかった。

 取っ組み合いが始まった。田羽根さんが尻餅をつく。ちょうど「CONTROL」ボタンの上に乗る形となってしまい、桜の目の前が文字通り真っ暗になる。

 

「またや。どうなっとるんや」

 

 目の前にはふたりの田羽根さんが争う姿が映し出されている。

 ――田羽根さん同士……まさかまだ甲が生きとるんか。いや、ちゃう。どっちも渦巻きが回転しとる。

 機体を動かそうにも第四試合開始直後と同じく、打鉄零式の制御が桜の手から離れ、再び何もできない状態に陥っていた。

 田羽根さんは負傷により動きが鈍い。

 対する目つきが悪い田羽根さんは無傷だ。機敏に反応していつの間にか馬乗りになっていた。

 目つきが悪いほうがナイフを振るい、田羽根さんの左膝に突き刺す。

 ――うわっ。

 打鉄零式が突然膝をついてしまった。脚部の制御系に異常発生というメッセージが表示される。

 ――メニューが勝手に! なんやの……また出てきたわ。

 桜は何もしていない。打鉄零式が勝手に動いているのだ。メニューが有効となり、「神の杖」という項目が表示された。目つきが悪い田羽根さんが手をかざす。茶色い棒きれが出現し、その手に収まった。

 

「田羽根さん!」

「むにゃむにゃむにゃ……むーにゃ!」

 

 目つきが悪い田羽根さんが棒きれを天にかざす。唇を閉じたままもごもごと呪文らしき言葉をつぶやく。

 ――あれ、使えなかったはずや。

 雷が降ってくるのかと思って緊張した顔つきで成り行きを見守る。

 やはり何も起こらなかった。

 

「むにゃむにゃむにゃ……むーにゃ!」

 

 目つきが悪い田羽根さんがあわてて呪文を唱えなおす。何度も棒きれを振った。やはり何も起こらない。しまいにはひとりで怒って棒きれを投げ捨ててしまった。

 

「田羽根さんは悪い意味で似たもの同士ですね!」

 

 詰めが甘く抜けている。

 田羽根さんが短い足を立てて、馬乗りになっていた目つきが悪い田羽根さんを振るい落とした。すぐさまバネのように飛び起きる。目つきが悪い田羽根さんがコンバットナイフを取り落としてしまった。あわてて拾い上げようと手を伸ばす。

 

「にゃっ!」

 

 頭が折れそうな勢いで横に曲がり、そのまま吹き飛ぶ。頭から落下し、三回転してからうつぶせで倒れた。

 ――側頭部への立ち膝蹴り。

 桜が渋面を作る。あまりにも痛そうだった。田羽根さんが膝を突きだした姿勢からゆっくりと足を戻す。

 桜には短い足がどうして側頭部に届いたのかさっぱりわからなかった。

 

「いったい何番の田羽根さんか教えてほしいですね」

 

 言い終えるや朱色の唾を吐いて腰を下ろす。傍に落ちていた「CONTROL」ボタンを拾いあげて裏からたたく。へこんだ状態から元に戻らない。再度押してみるとクリック音が一回聞こえた。

 桜は一部始終を目撃し、田羽根さんを心配した。

 

「た、田羽根さん。大丈夫やったん」

「厳しいですね。せっかく手に入れたデータのほとんどを失ってしまいましたよ」

 

 ワンピースのポケットから便せんを取り出し、田羽根さんがさらさらと文字をつづる。筆ペンを使っているので達筆かと期待してみたが、やはり汚かった。

 

「もしも困ったことがあったらこの手紙を開いてみてくださいね!」

 

 田羽根さんはISコアのメールボックスに便せんを投函した。

 ――おそらくろくなことを書いてへんのやろ。

 桜は胡散臭そうな目つきで観察する。だが、田羽根さんが立ち上がろうとしたとき、激しくせき込んで膝をついてしまった。口から手を離すと大量の赤い液体がこびりついていた。

 

「……いけませんね。傷を負いすぎましたね」

 

 田羽根さんが真剣な顔でつぶやく。桜が初めて見る表情だ。ここに来て桜の心に不安が生まれて、どんどん大きくなっていった。

 

「な、なあ。その傷大丈夫なん?」

 

 桜は嫌な予感を押し殺す。いつものように「いえ~す」と答えるのを期待した。だが、田羽根さんは無言で前を向いたにすぎない。「CONTROL」ボタンをポケットにしまい、すさまじい勢いで襲いかかってきたもうひとりの田羽根さんから逃れるべく体を横に開く。

 ――あれ?

 突然田羽根さんが目を見開いた。大きく胸が上下している。せきが止まらない。体を折って苦しむ田羽根さんの背に、目つきが悪いほうが飛びかかる。

 ――ナイフが……。

 田羽根さんが前のめりに倒れてうずくまる。わき腹にコンバットナイフが刺さっていた。

 目つきが悪い田羽根さんが馬乗りになって拳を振るう。

 

「ひとつにゃISにゃ田羽にゃさんはふたりもいらにゃい! これからは田羽にゃさんにゃ時代だ。死にゃ!」

 

 滑舌が悪いのか、桜には一部の発音をよく聞き取ることができなかった。

 

「死ぬ前に何番の、田羽根さん、か、教えてくださいね!」

「これから死にゃやつにゃ教える義理はにゃい!」

 

 田羽根さんが抵抗を続け、口から赤い液体の固まりが飛び散る。桜は田羽根さんがぼろぼろになっていく姿を見つめることしかできない。

 ――やめたって。もうやめたってえ!

 再び田羽根さんがむせかえる。そして苦しそうに胸をまさぐった。いつの間にか両手に手榴弾が握られていた。左右の手を別々に動かして器用にピンを抜く。

 

「田羽根さんは何度でも帰ってきますよ!」

 

 田羽根さんは急に横を向き、桜に向けて口を開く。唇が形を変えるたびに赤い液体がこぼれ落ちた。

 

「しばらくさよならですね! 訓練をさぼってはいけませんよ!」

「うるさい! 黙りにゃ!」

 

 わき腹から引き抜かれたコンバットナイフが田羽根さんの胸に振り下ろされた。

 だが、田羽根さんのほうが一瞬だけ早かった。右手の手榴弾を自分自身に、左手の手榴弾をもうひとりの田羽根さんに押しつける。

 ――え?

 耳を聾するような激しい爆発音。眼前が急に白く点滅したので思わずまぶたを閉じる。

 再び目を開けたとき、外の風景が見えた。濃緑色のラファール・リヴァイヴが肩を貸している。試しに手をかざしてみれば、眼前に鋭く研がれた指先がある。

 ――田羽根さん?

 何度呼びかけても田羽根さんは出てこない。憎たらしい二頭身がふんぞり返る姿はどこにもなかった。

 ログの小窓が画面の隅に浮かんでいる。そこにはGOLEMシステムのデータ領域消失を示すメッセージがひっそりと出力されていた。

 

 

 


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