私、矢澤にこは音ノ木坂学院に通う高校3年生!皆気軽に、にこにーって呼んでねっ☆
今にこには少し気に入らない事があるの。それはスクールアイドルμ'sの存在…キャラ造りは出来てないし、ダンスもまだまだ。はっきり言ってアイドルを嘗めてるわ!それに、何であんなに楽しそうなの!?挙げ句の果てにはアイツ…綺羅ツバサの弟である綺羅ツカサまで活動の手伝いをしている。本当に気に入らない!
「ぐぬぬ…私の誘いは殆んど断る癖に…」
私は物陰からμ'sを睨んでた。でもあまりにも必死に睨んでたせいで後ろから近付くアイツに気が付かなかった。
「何をやってるんですか、不審者先輩」
「うわぁっ!?後ろから急に声をかけないでよ!びっくりするじゃない!」
後ろから急に声をかけられて私は驚いたわ。さっきまで視界に捉えていたツカサが後ろに居たんだもの。誰でも驚くわよ。
「不審者とは失礼ね!この超絶美少女スーパーアイドルにこにーに対して!」
「名前が長い。それにどう見ても不審者です。マスクにサングラスにコート。最近学校の近くで見かける不審者って矢澤先輩だったんですね」
「なにそれ!私、不審者扱いされてるの!?」
「既に学校では注意喚起のプリントを製作中です。つまり矢澤先輩はお尋ね者って訳ですね」
そんな!私の知らない間に不審者として扱われていたなんて…
「有名にはなりたいけど、そんな知名度要らないわよ!」
「じゃあその格好はやめましょう。少なくとも腹パンされても文句は言えないですよ」
ツカサの声のトーンがマジだから本気で言ってるのよね。何で腹パンかは分からないけど…
「私、本当に怪しい?」
「妹さん2人が泣きますよ?」
「こころとここあは『スターだから変装は当然』って言ってたわよ」
「なんてこった。洗脳済みか…」
「虎太郎なんてキラキラした瞳で見てたわ」
「今度眼科に連れていきましょうか」
ツカサは呆れた様に溜め息を吐いた。何よ、素直で可愛い私の妹と弟に対して…あっ。にこにーイイコト思い付いちゃった!
「ねぇ?今度の祝日暇?て言うか暇よね。暇って言いなさい」
「生憎拙者、祝日に出掛けると体が蒸発する奇病で御座る」
「今度の祝日、音ノ木坂小学校で合唱コンクールがあるの。ママ…お母さんは仕事で来られないから、私が観に行く事になったんだけど、アンタも着いてきなさい。不本意だけど、こころとここあがアンタに懐いてるし…」
「拙者の病気は無視で御座るか矢澤武士」
「何よ。矢澤武士って…まぁアンタが蒸発する所も見てみたいから強制ね」
「えぇ…」
何か文句を言ってたけど無視してその場を後にした。これで祝日のμ'sの練習を妨害出来たわ!流石にこにー!
☆☆☆☆
矢澤先輩にゴリ押しされて、合唱コンクールに行く事になった俺。祝日に合唱コンクールをやるとかバカじゃなかろうか?父兄が来やすい様にだとは思うが、良い迷惑である。父兄ですらない俺はどうしろと言うのか。そんな事を考えていると矢澤先輩が現れた。
「待たせたわね。行くわよ」
「小学校に行くなんて久々すぎて嫌なんですけど」
因みにお互いに制服である。学生の正装だからね。
「仕方無いでしょ!私が父兄の人に襲われたりしたらどうするのよ!?」
「小学生を襲う奴は居ないでしょう」
「誰が小学生よッ!」
結構ノリが良いんだよな。この先輩。
☆☆☆☆
「さて、やって来ました音ノ木坂小学校の体育館。とりあえず、妹さんの出番が来たら起こして下さい」
よし。寝る。
「……仕方無いわね。起こしたら、ちゃんと起きなさいよ?大声で起こせないんだから…」
「うぃ」
アイマスクを着けて寝る。後は起こしてもらうのを待つだけだ。
☆☆☆☆
「ツカサ、ここあのクラスよ。起きなさい」
「ん………」
矢澤先輩に肩を叩かれ、目を開けると丁度伴奏が始まるタイミングだった。
「曲は『翼を下さい』…定番ですね」
「定番だからこそ審査は厳しいかもしれないわね」
合唱が始まる。声に伸びがあって小学生にしてはかなりの完成度だと思えた。聞けば合唱部が多いクラスらしい。クラス分けをしっかりしろよ。伴奏が終わり、会場から拍手が沸く。
「次はこころのクラスね」
「連続なんですね」
「ええ。こころのクラスが終われば後は6年生だけだから、すぐに終わるわよ」
結構寝てたんだな俺。
「始まるわよ…こころ、頑張れ!」
小さな声でエールを贈る矢澤先輩。それと同時に伴奏が始まり、合唱も始まった。曲は『花』だった。たまに曲名を隅田川とかと思い込んでる奴が居るよな。はい俺です。と言うかこの曲って小学校で習ったっけ?イカン、記憶が曖昧だ…
「どうしたの?」
「この曲って小学校で習ったかなぁ、と思いまして」
「……さぁ?」
矢澤先輩も記憶に無いらしい。
「それにしても、結構皆上手いですね。俺が小学生の時はグダグダだった気がする」
「親の力の入れ方が違うんじゃない?」
そんな話をしていると、歌が終盤になる。それからは2人とも最後までただただ黙って聞いていた。
曲が終わると拍手が起きる。やっぱり自分の時よりレベルは上がってい気がした。
「後は6年生ね…どうするの?また寝る?」
「いえ、眠気は醒めたんで一応最後まで聞いてみます」
「そう。確かに今体育館から出ても、こころ達に会える訳でも無いし、私も聞いていくわ」
☆☆☆☆
最後の1クラスになった。ふと最後のクラスが歌う曲が書いてある紙を見ると、伴奏する生徒の名前が書いてあった。今までで気が付かなかった。
「曲は『怪獣のバラード』か…最後にこれを持ってくるのか。伴奏する生徒は…“桜内梨子”か。珍しい名字だな」
「綺羅も相当珍しいわよ」
「漢字が珍しいだけですって平穏を望む方の“吉良”ならそれなりに居ます」
「その例えは通じない人も居ると思うわよ」
知ってる。そろそろ始まるみたいなので視線を壇上に戻す。するとピアノの伴奏が始まった。そしてその伴奏を聞いて、思わず声が漏れた。
「上手いな…小学生でこれだけ弾けるのか」
小学生でこのレベルなら、高校生になれば西木野並みに上手くなるんじゃないか?
「言ったら悪いかもしれないけど、ピアノのレベルがダントツで違うわね。間違い無く6年生の最優秀賞はこのクラス。伴奏が上手いと歌の魅力は倍増するのよね」
「ですね。ただ単に上手いだけじゃなく、歌を引き立てている」
あっと言う間に曲が終わった。そして会場が拍手に包まれた。桜内梨子か…一応覚えておこう。
☆☆☆☆
「ツカサお兄様!今日は観に来て下さってありがとうございました!」
「パフェまで奢ってくれるなんてツカサ兄ちゃんは気前が良いよね!」
「奢らされてるの間違い(無言の腹パン)グハッ」
矢澤先輩が妹達に見えない様に、テーブルの下から腹パンを食らわしてきた。 合唱コンクールが終わった後、矢澤先輩の妹達と合流した時に『こんなに頑張った2人にご褒美くらいはあるわよね?』と言われてファミレスに入る事を強いられて現在に至る。しかも頑張ったのは2人なのに矢澤先輩の分まで奢らされてる。
「文句ある?」
「無いですよ、はい」
「宜しい」
まぁ、いつも妹や弟の面倒も見てるし苦労している訳だし、たまにはパフェくらいは奢っても良いんだが…ん?
「どうしたの?窓の外に何か…あれ?あの子って…」
矢澤先輩が俺の視線に気付いて窓の外を見る。その視線の先に居たのは、さっきピアノの伴奏をしていた桜内梨子だった。しかも状況が良くは無さそうだ。いかにも不良って奴等3人に絡まれていた。小学生相手に何をやってるんだ。見てしまった以上は仕方無いので助けに行くとしよう。
「矢澤先輩、とりあえず先に帰ってて下さい。お金は余分に置いとくので弟にケーキか何かを買ってあげて下さい」
「アンタ…あれに関わるつもり?」
矢澤先輩が心配そうに俺を見る。この人って何だかんだ言って心配性だよな。
「大丈夫ですよ。話し合いで済むなら話し合いで終わらせますし、それで済まなかったら財布差し出しますから。それで済まなかったら…知らん」
「知らんって…アンタが負けるなんて事は無いでしょうけど…暴力沙汰は出来るだけ避けなさいよ?アンタ…μ'sに迷惑かける事になるわよ」
「μ'sの心配してくれるんですかぁ?素直じゃ無いですねぇ?今度部活の交渉でアイドル研究部へ行くと思うんで…」
「うっさい!さっさと助けに行きなさいよ!」
顔を真っ赤にして否定する矢澤先輩。それは墓穴なんですけどね。
☆☆☆☆
店を出て、絡まれている桜内の所へ行って声をかける。
「おっす!未来のピアニスト!」
「ひぅっ!」
あっ。後ろから急に声をかけたから驚かれた。どうすれば良いんだ?コミュ障スキルが発動している。
「キミ誰?俺達の邪魔すんの?」
「まぁちょっと待て、高校生くらいの奴が3人で小学生に絡んでいる様な状況なんだ、事情を説明してくれるか?」
「この子がさぁ…俺らにぶつかってきた訳よ。でさ、ぶつかった拍子にスマホ落としちゃってさぁ?壊れちゃった訳よ。だから弁償して貰おうかなって“お話し”してたんだよねぇ」
ヘラヘラと笑いながら事情を話す不良…ここでは不良Aとしよう。とりあえず、弁償で済むなら財布を出せば良いか。
「どれくらい出せば良い?」
「おっ?何?キミが払ってくれるの?カッコイイじゃーん。じゃあ10万ね」
不良Bが手を差し出す。スマホ壊れたのは不良Aじゃないのか、と思わずツッコミそうになるのを抑えて金を渡す。すると10万も本当に渡されると思って無かったのか、目を丸くしていた。
「…マジ?キミ良い所のお坊っちゃん?……ラッキー!ちょっとこっちに来てくんない?」
今度は不良Cが肩を掴んでくる。反射的に蹴りそうになったのを抑えた自分を褒めてやりたい。
「あっ、あの!」
桜内が声をかけてきたが、不良Aは鬱陶しそうに言い放った。
「キミはもう良いよ…このお坊っちゃんに感謝しなよ」
桜内は泣きそうになりながらも動けないでいた。ここで何も言わないと、桜内が負い目を感じるか?
「大丈夫だ。ただのお節介だから、気にするな」
言い終わると、俺は路地裏に連れて行かれた。
☆☆☆☆
「先ずは学生証と財布見せてよ」
路地裏の奥に連れて行かれると、不良達に財布を出す様に言われた。やっぱりこうなるのか。
「制服で分かっていたけど、音ノ木坂ね…名前は…綺羅ツカサ…ん?綺羅…ツカサ?」
「どうしたんだよ?」
不良Cが俺の名前を見て考え込む。……感付いたか?だとしたら高坂達の洞察力は不良以下になるぞ。
「……もしかしてキミってあの綺羅ツバサの弟?」
はい不良以下の洞察力でした。マジかー…
「マジかよ!?あの綺羅ツバサの弟!?……本当に今日はラッキーだな。弟のピンチってなったら当然姉としては見過ごせないよなぁ?」
あ?コイツまさか…
「そうか!あのスクールアイドルと“イイコト”出来る訳か!冴えてるな!」
「それだけじゃないぜ!あのA-RISEの残り2人も上手く行けば…ヤベェ…興奮してきた!」
「……………誰に、いや、A-RISEに手を出すって?」
「えっ?」
ゴミは片付けないといけないな。
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ゴミを片付けて路地裏から出ると、桜内が路地裏の入口で待っていた。桜内の母親らしき人物も一緒に居た。
「お母さん!この人が私を助けてくれたの!」
「あのっ!本当に有り難うございます!娘が泣きながら帰ってきてすぐに『お兄ちゃんが大変なの!』って大騒ぎして、事情を聞いてここまで急いで来て…」
物凄い勢いで頭を下げてくる桜内の母親。やめて、そんなに頭を下げないで!コミュ障の俺には荷が重いです!
「あー、大丈夫ですから。ただのお節介ですから…後、人が沢山来ちゃうので頭を上げて下さい。人目が苦手なんで…」
何とか桜内の母親を説得して、その場はどうにかなった。しかし桜内には滅茶苦茶懐かれた。
虎太郎は小学校にはまだなっていないイメージ。
そしてまさかの小学生梨子ちゃん登場。