神頼みを終えた俺を待っていたのは玄関で仁王立ちしているツバサだった。
「随分と遅い帰りだったわね。デートかしら?」
「いつからそこに…態々そんな所に居るなんて何か用事でも有ったか?」
「ツカサが私よりも遅い帰りなんて珍しいと思ったのよ。スクールアイドル絡みじゃないなら、デートかなって思って。そろそろ彼女の一人でも出来る年頃だし」
さっきからデートとしつこいがスルーしよう。ツバサの言葉を聞き流しながらリビングのソファーに座る。
「明日、ファーストライブなんでしょ?帰りが遅いなんてそれくらいだろうし」
「分かっててさっきの質問をしたのかお前は」
「でも彼女の一人でも作らないと心配なのは確かよ?お姉ちゃんとしてはね」
「何が心配なんだよ?」
俺が尋ねるとツバサは舌を出して笑って言った。
「ホモ疑惑」
「表へ出ろ。久々にシステマの味を思い出させてやる」
流石に今のはキレた。そんな趣味があると思われてんのか俺は。
「英玲奈が疑ってたの『ツカサは異性を意識していないのか?同性にしか興味が無いのか?』って」
「俺に対しての誤解を上手く解けよリーダー」
「英玲奈って一旦思い込むと大変だから誤解を解くのって面倒なのよ。だからパス」
そう言うとツバサは俺の向かいにあるソファーに寝転がる。カリスマスクールアイドルとしての威厳は全く無い。
「あー…喉が渇いたわ。ツカサ、冷蔵庫の中にソーダが有るから取って」
「…これか?…“初恋の味3割増し味のソーダ”何だこれ」
初恋の味3割増しってどんな味だよ。
「気になって買ったのよ。味は普通のチェリー味に桃を少し足した感じかしらね。不味くは無いわ」
「ふーん…振って良いか?」
「開けるときにツカサの顔に向けて良いなら」
「炭酸飲料に大量のラムネ菓子を入れた時の恐怖を俺は忘れて無いからやらないでおこう」
そのままツバサに手渡すと、ツバサはゴクゴクと飲み始める。炭酸飲料をよくもそんなに一気に飲めるものだ。
「ふぅ…炭酸飲料って飲むとゲップが出るわよね」
「おいカリスマスクールアイドル」
「今はA-RISEの“綺羅ツバサ”じゃなくて貴方の姉の“綺羅ツバサ”だからセーフよ」
アイドルとプライベートの両立が出来ているからこそ、アイドルとしてのパフォーマンスが上手くいくんだろうか?
「それにしてもファーストライブ…成功するのかしら?自信の程はどう?」
「失敗するだろうな」
俺の返答を聞いてツバサは目を細めた。
「即答…どうしてそう思うの?」
「直感」
「……ツカサの直感は当たるから何とも言えないわね」
苦笑いをするツバサ。勿論理由はそれだけじゃ無い。足りないものだらけなんだ。
「アイツ等には足りないものが多いんだよ。時間も経験も基礎も…」
そしてメンバーのバランスも悪い。一見園田がブレーキ役に見えるが南と高坂に押し切られる事が大半だ。それを考えるならしっかりとした先輩か物怖じしないタイプの後輩か同学年が良いだろう。となると、現在可能性が有るのは西木野だろうか。先輩となれば絢瀬会長…きっかけが有れば上手く行くと思うんだが…9人の女神“μ's”か…メンバー不足も想定内って名付け方だ。全くもってスピリチュアルな名付け親だな。
「……ツカサがそこまで考え込むなんて珍しいわね。そんなにその子達が気に入ったの?」
「まぁ半分はお前に一泡吹かせてみたいってのもあるんだけどな」
「私恨まれる事したかしら?」
「完璧超人のお前が負けて悔しがる所を見てみたいんだよ」
「………」
ツバサは黙って何かを考え始めた。そして少しして満面の笑みを向けてきた。
「私達A-RISEを負かすのは至難の技よ。これは傲りなんかじゃないわ。言い切れる」
「分かってる」
「それに私達だけじゃないわ。凄いスクールアイドルは沢山居るの。特にランキング20位辺りからの壁は半端じゃないわよ?」
「それも分かってる」
「そう…それを踏まえて私達を越えると言うのなら…私達にとっては最高の刺激になるわ!やってみなさい!」
ツバサは本当に楽しそうに笑った。楽しそうに…そして闘志に満ちていた。
「いつかは私達A-RISEもトップから退く事にはなるわ。それは当然の事よ。でもねツカサ…それは“今”じゃない。楽しみにしておくわ。貴方達のファーストライブ」
「どこまでも上から目線だな」
「当たり前よ…私達が頂点だもの」
ツバサは言い切った。自分達こそが最も優れていると。そう言われて倒したいと思ったのは、綺羅の血なのか俺の性分なのかは分からないが…これだけはどうしても言いたかった。
「その頂点を奪うのは“μ's”だ。首を洗って待っていろ“A-RISE”」
打てる手は全て打って置こう。守りに入る事はしない。俺達は“挑戦者”なのだから。
まだファーストライブしてないって言うね…
そしてファーストライブの動画を見てツバサが戦慄する即落ち2コマみたいなあれ。