平穏な1月21日はどこにある?   作:うえうら

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起承転結


1月20日(月)

 解析機にかけている間、キューブ化の目的を考えてみることにした。三門市民をさらいにきたはずのトリオン兵は何故わざわざキューブにしてから事に及ぶのだろか。今までにこんな事案はなかったのに、それが今日になって始まったのだから、向こう側には何かしらのメリットがあるはずだ。おそらく武装解除の意味と運搬における規格統一の意味があるのだろう。実に合理的だ。現代の奴隷船こと山手線も乗員のキューブ化を実装すべきだと思う。

 キューブ化機能の平和利用法はさておいて、近界民は捕虜を向こうに持ち替えると、トリオン器官を抜くなり、傭兵や労働力として活用するらしい。複数の意味で人材不足なのだ。以前、林道支部長に民間人をさらう理由を訊いたとき、そんな返答を頂いた覚えがある。向こう側とこちら側では倫理観が根本的に異なっていそうな趣がある。もしかしたら向こう側はまだ、暗黒の中世のような時代にいるのかもしれない。 

 話を戻す。つまりキューブを白いレンガとして利用するのでないとしたら、諏訪キューブを五体満足に戻す方法は必ずあるだろう。それも方法は面倒なものではないはずだ。お湯をかけて3分待つとか、500wレンジで5分温めるとか、同じキューブを7つ集めて呪文をとなえるとか、そんな方法かもしれない。前者二つを実践しようとしみたけれど、後で怒られそうなのでやめておいた。諏訪には麻雀のツケを払ってもらう必要もある。無事に帰ってきてもらわねば困るのだ。

 思案している間に、解析が終わったらしい。5分と経っていないので、総容量はそう多くない。フリーゲーム一つ分くらいだろうか。僅かに希望が見えた。

 それでも画面を覆っているのは、まったく構文規則の分からない文字の群れだった。しばしば無視される当たり前の事実なのだが、向こう側とこちら側では使用される文字規則が異なれば用いられるプログラミング言語も異なる。こちら側の世界にしたって歴史的な理由や習慣や好みの問題で何種類ものプログラミン言語が繁茂している。それが向こう側のものとなれば、その膨大な数はあっという間に発散しそうなものだ。こういうときは向こうの言語に詳しい人に頼るのが手っ取り早い。

 通話履歴から玉狛支部のグループを選び、個人端末をダイヤルする。数回のコールの後に通電。向こうのもしもしを遮って、用件だけを伝える。

『栞さん久しぶり。クローニンさんはいる?』

『急用みたいだけど、残念。向こう側に出張中だね』

 どうやら作業中のようで、栞さんの言葉の間にはタイプ音が混じっていた。秒速8タイピングほどの速度であり、向こうの忙しさを伺い知ることができる。あまり邪魔をしてもよくないだろう。玉狛支部も大わらわのはずだ。

『ありがとう、それだけだから、じゃあね』

『ちょっと待って。何のようだったの?』

『キューブ化の解析。向こうの言語でも、クローニンさんは知っていたことがあったでしょ』

『あーなるほどなるほど、それでか。肝心な時にいないもんだね』

『マーフィーマーフィー。じゃあ、そっちも頑張って』

『絶賛頑張り中だって。それでさ、今度はいつこっち来れるの? 最近あまり顔みてない気がする』

 そりゃそうだろう。玉狛支部なんて窓際部署と仲良くしていたら、昇進ルートからあっという間に外れてしまう。向こうに行く用事があるとすれば、クローニンさんから講習を受けることくらいだろう。

『電話で十分でしょ』

『うさぎと一緒で寂しいと死んじゃうんだって、私のやしゃまるハニーブラウンも』

『ブラックさんもピンクさんもいるでしょ』

『三矢さんが時々デバッグしてあげないと思考系が痛むんだってば。あんまりうだうだ言ってると林道支部長に引き抜いてもらうよ』

『左遷はやめてほしい』

『失礼なっ!』

 勢いよくタップされる音がして、通話が切れる。スペースキー派とTabキー4回派で袂が分かたれているため、僕と栞さんの中は基本的に不良気味だ。

 玉狛勢の協力が得られないとなれば、解読不能な文字群を0と1まで遡るしかない。多くのテクノロジは宇宙共通の物理法則に従って構成されているのだから、車輪や論理回路、増幅素子などの有用性は木星に飛んで行っても変わらない。それはこの宇宙を離れたって変わらないはずであり、向こう側の論理回路もこちらと同一規格である。所詮プログラミング言語はインターフェイスに過ぎなくて、ハードウェアに適切な指令ができれば大抵の場合は種類を問わない。0と1まで逆算し、論理回路を再構成して、こちらの言葉で動かしてやればミッションコンプリートだろう。もっとも動かしてやらずとも、今回の場合、再構成する過程で説明書のようなものが見られればよい。フリーゲームなどについてくる〝read me〟みたいな端書きで十分である。

 ところが解析機からはヴィープ音が鳴った。おそらく、〝不明な変更が加えられよとしています〟といった類の警告音だと思われる。さっそく黒いウィンドウが現れて、パスワードの提示を求められた。こういった場合正規のパスワードか、暗号めいた緊急用承認パスワードを入力すれば話はつく。少なくとも、遠征の折に風間さんが戦利品としてきたトリガーはそうだった。

 正規のパスワードは知りようもないのだから諦めればならない。緊急用承認パスワードにはヒントがあるにはある。それは何十桁とある数字(10種類しかないので、おそらく10進数) の列だ。管理権限者は秘密の鍵(大抵は素数) を持っており、何十桁の数列と掛けわせるなりして、パスワードを機密保持しているのだが、僕は秘密の鍵なしでその計算をやりとげねばならない。電算機にかけて果報を寝て待つのが正攻法だが、今回はそうもいかないだろう。

「桁が100もないだけ、まだましかもしれない」

 おそらく数字と思われる10種類の記号を頻度分析(経験上ベンフォードの法則はこんな時でも有効である) にかけながら呟いてみた。

 真っ白なA3用紙を取り出して、数字の列を書きなぐり、その海に潜る。

 乱数。

 ではなく、疑似乱数。

 公開鍵暗号だったらお手上げだったけれど、これなら何とかなるかもしれない。向こうの暗号史はこちらより4世紀くらい遅れていそうだ。再び風間さんが持ち帰ってきたトリガーの話になるけれど、あのトリガーのロックにはヴィジュネル暗号が用いられていた。

 数列を10ヶずつに区切って、規則を探索してみる。脳内にストックした乱数生成関数と似ていないか総当たり。

 これはだめで、次は20ヶずつ。30ヶずつ。法則・規則を探していく。

 暗号解読法が生まれるためには、数学、統計学、言語学など、いくつかの学問領域が高度に発達している必要があるらしく、器用貧乏な僕にはちょうど良い分野なのかもしれない。と、脳の一部が思考をサボっていたので拳骨を落としておくことにする。

 もう少し深く、海というよりも沼に潜っていく。数字というよりはもう少し抽象度の大きい概念へ、ずぷりずぷりと浸っていく。染み込ませるように重ね合わせの計算を行い、A3用紙にA3用紙を重ねていくこと10枚目。

 脳を締め付けて、絞り出たものをインクにしてペンを走らせた。

「解けた……。気がする」

 茫然自失に呟き、導いた解をテンキィで入力。将棋・囲碁を問わず、プロ棋士は一局で数キロ痩せるというけれど、僕もグラム単位では痩せたような気がする。疲労感は全然心地の良いものでなく、脳に糖分と血液が足りない気がしてならない。

 十数桁を打ち終わり、エンターキィを押すために顔を上げた。

 血の気が一瞬で引いた。次の瞬間には罵倒を上げ、思わずボールペンをへし折ってしまう。

 数字の並びが、さっきとは全く異なっていたのだ。

「恒久更新鍵か……。どうりで桁数が少ない」

 魂が抜けるような呟きが終わると同時に、画面が一瞬瞬いた。数列がさらに全く異なったものに変更されている。どうやら僕が解き終わるよりも2倍速く、新たな暗号が生成されているようだった。

 現在時刻は13:40。だいたい8分置きに更新されるらしい。現在の暗号に挑める時間はあと7分40秒ほど。次まで待つわけにもいかないので、A3用紙をひっつかむ。トライのチャンスはあと3回。タイムマシンがあるのなら、100マス計算を三日坊主にした中学生の自分を殴ってきたい。

 

――――

 

 1回目の計算は精神的な動揺が大きかったようで、全然進まなかった。7分が過ぎてしまったので、途中で解読を終わらせる。中途でペンを折ることは本意ではないけれど仕方がない。

 2回目を書き殴っている途中、基地が大きく揺れたらしい。

 椅子から吹き飛んだ自分の躰と騒がしい赤色回転灯でそれに気づいた。感覚を一点に集中させるのも考え物である。防火シャッタの落ちる激音と鳴りやまない悲鳴に細切れとなった館内放送によれば、人型近界民が本部に侵入したらしい。地下は危険とのことで上階への避難を余儀なくされる。

 ノートパソコンのキーボードの上に諏訪キューブを置き(断じて僕は機械音痴ではない)、それを目の前に掲げて階段を上る。下から金切り声や怒号や肉の裂ける音が聞こえたけれど、動揺をしている時間はない。救助活動よりも暗算を優先させた。人間的にどうなのかと脳の中のいい子ぶりっこが疑問を呈してきたので、サボリやすい部署に雷を落としておく。

 案の定、階段で盛大にこけた。鼻を強かに打ちつけて、当然2回目は失敗。

 13:56分。トイレの個室に籠って三回目。ラストチャンスである。

 紙に数式を書いている暇はないと遅ればせながら気づき、頭の中で重ね合わせの計算を始める。

 ぼたり、と赤い滴がキーボードを汚した。とくとくと鼻から漏れ出て、唇を伝い、顎から滴が落ちていく。はっきり過負荷だと脳細胞が労働条件に文句を突き付けてくる。『ありがとうで働け! この社畜ども』と鞭を打つ。しかし彼らは鞭ではなく飴を欲しているらしく、右穴が新たに血路を開通してしまう。これでもエネルギーにしていろと鼻血を飲み下すとどうやら機嫌が収まったようだ。恵方巻を身銭で買うコンビニ社員のようで、自分の脳細胞ながら哀れである。

 解の閃きは唐突で、雷のように一瞬だった。多くの方程式が重ね合わせになり、過程とすべき結果が最初から解に組み込まれているかのように演算が進んでいた。朦朧とテンキィを叩き、すぐさまエンターキィ。時間は残すところ2分だった。人間やればできる機械である。

 承認を潜り抜け、01変換が高速で進む。まだ終わりではない。再構成モジュールに即座にコピペ。utf-8の文字コードで再構成。ご丁寧にも〝read me〟がついていた。クリックで開封。トリオンや数字など、よく使われる単語にあたりをつけて解読を進める。

 未知の海が開けていくこの瞬間こそがクッラキングの醍醐味だろう。テンションが上がる。

 

 〝定められた圧力かつ定められた量のトリオンを流し込めばキューブ化は解除される〟

 

 ――と説明書きの一番最後に書いてあった。定められた圧力と量というのが少々たちの悪い問題だ。ポイントは言葉の壁。数字が分かっていても向こうとこちら側では単位が異なっていることが原因なのだ。ガロンやポンドやフィートが分かりにくいのと同様に、こういった基本的単位は世界標準化されるべきだと思う。トリオンやトリガーの規格にもISOができないだろうか。

 しかしとにかく、トリオンを流すことができる機械が必要なのは確かだ。研究室は人型近界民の襲撃で倒壊しており使用不能。となれば、仮想戦闘装置の管理室にいくしかない。それか屋上に備え付けられた高射砲からトリオンを盗むかなのだが、生憎僕は高所恐怖症の患者だ。

 血濡れのノートパソコンを便座に残し、諏訪キューブを抱えてトイレから出る。化け物を見るかのように驚かれ指をさされたが、血のしたたる良い男ですと笑って手を振り事なきを得る。人の波に逆らい続け、やがて1階の管理室へと転がり込んだ。

 無人なのをいいことに、正規の手順を無視して主電源を強制的に落とした。続けざまにトリオン供給用のプラグも強引に引きはがす。

 諏訪キューブに差し込み口なんて気の利いたものはなかったが、だいたいここが尻の穴になるだろうと見当をつけてガムテープでプラグを固定させる。気分はさながらマッドサイエンティストであり、おそらく見た目も遜色ない。

 あとはアフトクラトルのエンジニアの常識を信じるだけだ。レバーを引いてトリオンを流す。数値と圧力を変えて流し続ける。流す。流す。流す。レバーを引く。流す。

「いででで!? 何だこりゃあっ!」

 管理室内に快活な声が響いた。

 諏訪が五体満足に目覚めた時点の圧力と毎秒トリオン量を記録しておく。PDFにして、情報を共有ストレージにアップロード。これで万が一、暦がキューブ化されたとしてもすぐに助けられるだろう。もう僕は死んでいい。

「気分はどうだね? 諏訪君」

 マッドサイエンティストっぽく語りかけてみる。

「てめっ! 三矢かっ!? さっさとこれを止めろ。――それより血だらけじゃねーか。どうした?」

 諏訪の質問は何が本題なのか要領を得ないため、今は流すことにした。要望通りに、トリオンは止めておく。諏訪の健康のためではなく、何より勿体ない。

「躰を元に戻したことのお礼はいいからさっさと敵を退治してきてくれ。堤も小佐野さんも待ってるぞ」

 僕たちの麻雀のように話はまるで噛み合わない。

「おお、そうか、確かに戻ってるじゃねーか! やっぱり人間手足がなくちゃあな! 敵はどこだ? なるほど、戦闘訓練室だな」

 個人端末をかざして諏訪の視界にミニマップをAR(拡張現実) してやると、諏訪はすぐさま部屋を出ていった。またキューブにされるかもしれないというのに、恐怖心というものは諏訪の辞書に登録されていないらしい。放銃(振り込んでしまうこと) を恐れない諏訪のことだから、まあ、ないのだろう。頭のネジが一本足りていないことは短所兼長所と解釈できなくもない。

 こんなふうに諏訪を卑下してみたけれど、これは半分以上嫉妬だ。僕は本当は、痛みや恐怖に反逆できる彼の心が羨ましい。

 最後の役目を果たすために、管理室の椅子についた。血が足りていないのか、頭がくらくらで意識は朦朧とする。まるで体が椅子に融け込んでいるかのような疲労の具合である。指先を動かして、据え置きの端末を起動。つづいて、モニタを起動。

 素直な直方体の部屋に黒衣の男が一人やってきた。目つきが非常に悪く、おまけに頭部に角がついているけれど、くやしいくらいにイケメンだ。足元がゴポゴポと泡立っているので、知った人間ではないし地球人ではない。疑念の余地なく近界民であろう。

 その時、12番ゲージ特有の空気を殴るような銃声が響いた。黒衣の男は音源へと首を振る。

 視線の先には隊服をなびかせた諏訪と銃口を構え、臨戦態勢を敷いている。にやりと不敵な笑みが頼もしい。

 一方、裏方である僕の最後の仕事は敵のトリガーの解析と仮想実行だ。キーを叩くと、圧縮電算機の冷却ファンが唸りを上げる。

 エミュレート・オン。

 

『おとなしくプルプルしてろ。スライム野郎が』

 

 中指を立てて諏訪が啖呵を切る。

 スピーカーから今世紀最高の台詞を聞けたので、あとは自動機に任せることにした。目を閉じて少し休憩。低血圧がガバガバ鼻血を出してはいけない。 

 

 

 実際に眠っていたのは30分ほどで、それからはキューブ化の解除とドローンの充電に奔走することになった。結局、あのスライムプルプル野郎を倒したのが諏訪ではなく、風間隊の菊地原と歌川だったという事実に気落ちしないでもない。

 キューブ化の解除は流れ作業の要領で進んでいった。赤面する木虎を拝めたことが一つの収穫ではある。不覚をとったと舌打ちをしていた。しかし木虎はまだ心の強い方で、普通の小学生や中学生の精神はそれほど屈強に作られていない。怖かったと泣き出してしまう子も多く、もっと悲惨なのは友達が帰ってきてないとの悲鳴だった。

 16:00には全てのトリオン兵の撤退あるいは掃討が確認され、16:30になると回収されたキューブの全てが研究室に集められた。ライン作業で復元は進んでいく。再会を喜び、抱きあう少女や少年の姿は微笑ましい。一方、まだかまだかとこちらの作業を見つめる子供の目は険しさを増していく一方だ。弟の帰りを待つ姉は神に祈るように手を合わせている。ここは病院の集中治療室の前ではないけれど、似たようなものだった。

 17:00になり、全ての復元作業が完了する。絶望で顔を染めた子供は涙を床に垂らしながら俯いている。握った手は震えていた。少なくとも僕は、小学生の頃に友人や親しい人を失くす経験をしていないため、彼らの悲しみを知りようもないけれど、それは想像を絶するだろう。人格を変えかねない。

 暫くして、本部指令室から行方不明者のリストが回ってきた。C級・B級含めて、総勢32人だった。

 新しいキューブが研究室に持ち込まれて、それが友達や弟に変わると信じている子供たちに真実を伝えなければならない。いよいよ医者めいてきたと気分が重くなった。

 リストを公表し、ここで待つ意味は失われたと大声を出すのは憚られたし、僕の神経はそこまで太くない。一人一人に諭すように事実を伝えまわっているその途中、一人の少年が立ち上がった。「そんなわけない! しっかりと探せてないだけだ。絶対に見つけてやる!」

 叫び、研究室を飛び出していった。少年や少女が涙を捨てて、続々と駆け出していく。部屋には僕を含め、エンジニアだけが残された。

 警戒区域内にトリオン反応が残されていないことは明白で、彼らの捜索活動は必ず徒労に終わる。けれど誰が止められようか。僕は行方不明者のリストを持ったまま、立ち尽くすだけだった。

 そういえば、帰る前に電話をしろと釘を刺されていたと思い出す。既に定時は過ぎているので、同僚に断りを入れてから暦に電話を入れることにした。通話待ちのコール音が鳴る中、今日は20:00頃には上がれるだろうと、だいたいの見当をつけておく。後はデータ整理と報告書作成だけだ。瓦礫の撤去は重機が入る明日からになる。業務を終えて帰ったら、夕食は暦の好きなパスタにしよう。コンビニで高めなソースを買っていくのもいいかもしれないし、コンビニスイーツを買っていってもよい。暦の幸せそうな顔を見られるのなら財布が薄くなっても一向にかまわない。そもそもキューブ化の解析なんて業績は一級戦功もののはずだからボーナスが出てもおかしくないと期待してみる。コンビニスイーツなんてせせこましいことを言わずに、夜景の見えるレストラン(死語)にも手が届きそうだ。

 おかしい……。

 コール音の繰り返しが鳴りやまない。不審に思って一度切る。

 電話番号を確認し、間違いはないと通話ボタンを再度タップ。しかし最後には、電源が入っていない、もしくは充電切れと告げられてしまう。

 変な汗が噴き出ているのを感じた。

 そんなはずはないと会話アプリを開く。

 

 

『たぶんね。夜は暦の好きなパスタにしましょう?__13:01』

『そうしましょうか。帰る前に連絡くださいね? おっと、無粋な客がきたので、了。__13:01』

『作戦はいのちを大事にだからね?__13:01__未読』

 

 

 我が目を疑った。

 未読のままで、暦がアプリを開いた形跡がない。

 個人端末依存症の気のある暦がアプリを確認しなかったり、ましてや充電を切らしたままにしたりなど考えられなかった。

 視線は定まらず、手はガタガタと微動を繰り返す。振るえる左手で震える右手を抑え、余計に震えだした行方不明者のリストに視線を落とす。いっそ確認しない方がましな気もしたけれど、一縷の望みに縋る弱さを僕は持っていた。

 〝三矢 暦〟

 厳として静かに、はっきりとその名前はあった。

 衝撃は目眩にも似ていて、頭の中があっという間に真っ白へと塗り替わる。

 胃の奥からおかしなものが込み上がり、そのまま叫び出しそうになる。

 こんなに滑稽な話はない。

 妹が勇猛果敢に戦っている間に、兄は机に座ってパソコンを叩いていただって?

 鼻血を出してまで大学生や中学生を救ったけれど、一番大切な人を守れなかっただって?

 戦えなくなったと適当に言い訳して、妹を一人戦場にのこしていく兄がどこにいるっていうんだ。

 後悔が僕の膝を簡単に負った。23歳になっても、案外涙は簡単に出る。

 意外にも、次の瞬間に湧き上がった感情は悲しみや悲嘆ではなかった。

 怒りだ。

 




実際一級戦功ものだと思う。
サマーウォーズのパクリだと思う。

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