平穏な1月21日はどこにある?   作:うえうら

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1月20日

1月20日(月)

 

 作戦室本部から毎秒の間隔で打ち上げが寄せられ、開発室は情報の渦に飲み込まれていた。

「西側第二区画のトリオン供給パイプ破断!」

「こちら解析班。新型トリオン兵の対刃装甲値の試算が終了しました!」

「南側第三区画! 自動式対トリオン兵砲撃装置で漏電が発生!」

「約5分後、キューブ化のサンプルを持ち込む。早急な解析を求む!」

 1月20(月):未曽有のトリオン兵が大挙してこちら側に押し寄せてきたこの日。三門市警戒区域内は戦場の様相を呈していた。内勤の僕でもそれが分かるのは、支援ドローンが高空から映像を撮影してくれるおかげだ。

警戒区域内のありようはあまりに酷く、現時間のなさはハリウッド映画にひけをとらない。電線や電柱は奴らの行軍に耐え切れず共倒れになり、二級河川用に拵えられたコンクリートの橋は重量に耐えられず倒壊する。瓦礫と共に川底へ落ちたトリオン兵はしかし、傷一つなくその軍靴を休めることを知らない。奴らはコンビニや家屋を尖った多足で踏み潰し、火花を背負いながら市街地方面へと行軍を続ける。

 現在、B級以上の隊員の奮戦と自動機による断続的な弾幕が戦線をギリギリのところで食い止めている。広域マップを見る限りはおそらくその通りであり、ボーダー隊員がトリオン兵の数を減らし、自動機が防衛線を張っているのだ(奴らも馬鹿ではないので、弾幕には不用意に近寄らない)。この二本柱がトリオン兵の進出を危うく食い止めていると言ってよい。

 しかし、二本目の柱が今、様々な外乱や工学的な問題で崩れようとしている(と三人称に風に現状を把握して自分を落ちつけようとしてみたり)。

「装甲値の試算は電算室へ回せ! 西側と南側に電工技師と配管技師を派遣する。沖田と前園は30秒で用意しろ。――本部からは戦闘員を2人回してくれ!」

 開発室:大規模侵攻特別対策班の班長――谷田主任が忙しく指示を飛ばす。指をさしたり、インカムに叫んだりと時間が足りてないことがはた目にも分かった。戦地へと向かうように指示をされた二人は開発室所有のトリガーを握り、即座に換装を完了させた。

 沖田も前園も戦闘員上がりのエンジニアだ。モールモッドくらいならパイプや六角レンチで倒せてしまいそうなほどガタイが良く、工具箱を軽々と担いで出口へと走っていく。修理や応急措置のために、エンジニアが戦地へ出動したのはこれで5度目になる。この規模でトリオン兵が進行してくると、組織としての総力戦にならざるを得ない。トリオン製の自動機だってナノマシンではないのだから、当然補給も必要になる。自動修復されるわけではないのだ。

 手を軽く上げて二人の同僚を見送った後、僕はほっと息をついた。自分が指をさされなくてよかったと安堵する。戦えないわけじゃないけれど、どうにも僕には向いていないし、そんな年でもない。SEの定年は35歳というけれど、ボーダー戦闘員の定年はいいとこ25歳くらいだろう。でも、僕の老化と消耗は平気よりもちょっと早かったようだ。

 非戦闘員は非戦闘員らしく、カタカタとキーボードを打ち込むことにする。今は画像認識機能の修正中だ。何にでも言えることだけれど、実戦に出して初めてわかることがある。対トリオン兵用高射砲の画像認識機構がイルガーを十分に検知できていなかった。不良品である。原因は曇り空にあったようで、トリオン兵の灰色のボデイが融け込んでしまったらしい。赤外線探知に変更するという工学的なアプローチもあったけれど、生憎今は時間と工数が惜しい。そのためソフトウェアによる解決が求められた。課題が山積みな戦場の真っ只中、一つの案件にかけられる時間はそう多くない。ここではアメリカ人的な場当たりの解決策もむべなるかなである(これは僕のステレオタイプ)。

 一応〝ウェーブレット〟という解析手法で、信頼に足る精度に修正できたということにしておく。かかった時間は30分弱で、費用対効果は合格点のはず。今まではイルガー全体を見て、イルガーっぽいなと判断をさせていたけれど、今回は画素の範囲を絞ってイルガーの羽根の周辺を見つけたら、イルガーっぽいと判断させるようにした。範囲を絞ることで、非イルガー領域の高速排除も行えているため、良い事づくめである。最初からそう組めと、谷田主任は言ってきたのだが、イルガーのサンプルが多く集まった今だからこそできる解決策だと言い訳をするしかない。僕の仕事の流儀は巧遅よりも拙速である。

 Planとdoが終わったので、今は効果確認中だ。Actionはこの騒動が終わってからになるだろう。

 タスクが一つ消化できそうなので、主任の目を盗んで個人端末を取り出してみる。会話アプリを起動。

 

『暦さん、無事ですか?__13:00』

『8割ほど無事ですよ。サボリですか?__13:00』

『仕事中だってば。そっちは?__13:00』

『C級隊員を護送中です。今日こそは早く帰ってこれますね?__13:00』

『たぶんね。夜は暦の好きなパスタにしましょう?__13:01』

『そうしましょうか。帰る前に連絡くださいね? おっと、無粋な客がきたので、了。__13:01』

『作戦はいのちを大事にだからね?__13:01__未読』

 

 僕の言葉が疑問で終わるのはまだ会話を終了させたくないからで、一方暦の語尾が疑問で終わる理由はよく分からない。僕と同じ気持ちだと嬉しく思うけれど、単にこちらの真似をしているだけとも十分考えられる。

 無粋な客とはおそらくトリオン兵のことだろう。ミニマップのあちこちには新型と思しきマーカーが現れていた。ボーダー隊員は青、トリオン兵は赤で表示されており、さらにトリオン兵はその脅威度ごとにマーカーの大きさを変えてある。暦のマーカーの近くには5機の新型とUnknownのマーカーが現れていた。

 これだけの規模の侵攻作戦となれば、新型以外にも向こうには隠し玉があるのかもしれない。そもそも向こうの戦略も戦術も戦法もあまりに未知に覆われていて、隠し玉も何もあったものではないのだけれども。

 だからこそ、不安だ。

 暦には緊急脱出装置があるとはいえ、使う前にキューブ化されてしまえばそれも意味をなさない。そのような事案が何件か報告されており、これからこちらに持ち込まれるキューブも諏訪が形を変えたものらしい。

 兄としては一刻も早く緊急脱出装置を使って戻ってきてほしいと思う。暦の緊急脱出装置に強制発動ボタンがあったとして、もしそれが手元にあるのならば、ためらいもなく僕は押す。C級の護送なんて知ったこっちゃない。暦の命はたぶん、三門市よりも重いだろう。

 正直なところ、C級隊員の親御さんの正気度を僕は疑っている。戦場に我が子を放り出せるなんて気が触れているとしか思えないし、連れ去られてしまう危険性を考慮にいれない想像力のなさにもため息が漏れる。何でもないことで騒ぐのが大好きなPTAがここぞとばかりに大人しいのが不思議だ。ボーダー本部も本部であり、緊急脱出装置も与えずに出動させるだなんて気狂いのなせる所業だろう(それを親御さんに告知しないのはありなのか?)。C級隊員はソマリアの少年兵ではない。

 脳内で少々過激な愚痴をたれていると、不意に肩を叩かれた。

 サボリの個人端末は既にポケットの中だったけれど、動揺をは隠せなかったようで、つまった声が口から洩れる。椅子から転げ落ちなかっただけ、僕の運動神経にしてはよくやったほうだ。

「コミカルな悲鳴だな。三矢さん」

「お久しぶりですね、風間さん。その白い豆腐みたいなのが諏訪ですか?」

 白いキューブを指さしながら、椅子に座った僕と目線の高さを同じくする風間さんに訊いてみた。風間さんは年下のはずだけれど、何故かさんをつけなければいけないような気がするから不思議だ。比較的に不真面目気質な僕は真面目さんとは壁を作りたいのかもしれない。

「ああ、これが諏訪らしい」風間さんは遠慮なく、どしどしとキューブに手刀をかましている。「見ての通り丈夫だ。迅から連絡があってな、これを直接渡せとのことだ。どうやら三矢さんが一番早く解析できるらしい」

「分かった。すぐに取り掛かるとして、期限は今週中でいい? 諏訪には悪いけれど」

「いや、14:00までだ」

「それは無理だって」

 僕は躰の前で腕を交差させてバッテンを作る。それにもかかわらず、風間さんはまかせたぞとキーボードの上にキューブを置いてくる(機械音痴に認定)。「ちょっと待った」と慌てて手を伸ばすも空を切る。そしてバランスを崩す。

「俺にも時間がない。詳しくは迅に訊け」

 体勢を崩し、今度こそ椅子からすっころんだ僕を置いて風間さんは去っていった。

 尺取虫のように床を這い、椅子に座り直す。それからキーボードの上に鎮座したキューブをまじまじと見る。完全な立方体である。手触りは固く、そして一切の凹凸がない。数学のように完璧な平面だ。コツコツと叩くと硬質の音がした。諏訪キューブである。

 小脇に抱え、電算機器が充実した第三研究室へ急ぐ。歩きながら個人端末をダイヤル。コール音はなく、即座に通電。未来予知の副作用、恐るべし。

『こちら実力派エリート』

 迅の声はいつだって軽い。

『三矢です。諏訪キューブの解析を14:00までにだって?』

『ああ、これは三矢さんにしかできない。最短でやってほしい』

『せめて三日必要。向こう側のトリガーだって、解析・再構成に10日かかる』

『そこを何とかやってくれ。大丈夫、できる』

『あんたのそれはずるい。もしできなかったら?』

『人がたくさん死ぬ。一番まずいのは三矢さんが解析を終わらせないまま、やられてしまうケースだ』

 簡単にとんでもないことを言ってくれる。僕がやられる世界もあり得るわけだ。どの程度負傷するか分からないけれど、最悪死ぬケースもありそうな言い方だった。これでは無理な納期も受け入れるしかない。

『最善は尽くすよ。そのかわり一つ教えてほしい。妹は、暦は無事に帰ってこられる?』

『……安心してくれ、帰ってくる』

 その一言で、俄然やる気が沸いた。迅からのお墨付きはつまりそういうことであり、憂いの全てが晴れたと言っても過言でない。

『14:00までだな。あと50分でやってやる』

『任せたぞ、解析班のエース』

 エースなわけあるかと残して、通話をオフ。会話をしながらでも足は動いていたようで、気づけば第三研究室の目の前についていた。

 扉を開け、主電源をオン。

 時間との戦いを始めよう。

 




すまない、取り敢えず4話分書き溜めたんだ。
会話文が少なくてすまない。

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