ウルトラマンオーブ ─Another world─   作:シロウ【特撮愛好者】

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お久し振りです&お待たせしました……!

一番やりたかった話だけあって、かなりじっくり考え過ぎた結果11600字でございます……(震え声)
今回登場のオリジナルキャラは実在する人物とは一切関係ありませんので、ご了承ください。

色々と問題作になっていると思われるので、後が怖いですが、どうぞ……。



第13話 赤い靴の思い出 ━前編━

 マガオロチの脅威が去り、一時の平穏を取り戻した地球。特に被害が大きかった北川町も、国からの支援やボランティアのおかげで、少しずつ復興の兆しが見え始めていた。

 

 とは言え、地球を狙う異星人達がいなくなった訳では無い。ジャグラスジャグラーらの魔の手によって、事実上壊滅した惑星侵略連合が前線基地として運用していた円盤も、宇宙空間に未だ駐在したままだった。

 その円盤内部で、メトロン星人タルデは、1人寂しくやけ酒……いや、やけ眼兎龍茶を呷っていた。その証拠に、タルデの足元には、空っぽになった眼兎龍茶がいくつも転がっていた。

 現在タルデは、悔恨の念に駆られていた。

 先日ジャグラーは、ドン・ノストラから強奪したウルトラマンベリアルのカードと魔王獣のカードを使い、大魔王獣 マガオロチを復活させた。

 その時タルデは、この目的のためだけに、自分達はジャグラー達に利用されていたのだと知った。

 自分がもっと早くジャグラー達の企みを看破していれば、偉大なるドン・ノストラや、同輩のナグスが死ぬことも無く、惑星侵略連合が崩壊することも無かったのだ。

 私怨を抱いたタルデは、乱暴にテーブルを叩き付け、両腕をワナワナと震わせた。

 

「おのれジャグラスジャグラーめ……!この恨み、晴らさでおくべきかァッ……!」

 

 ジャグラーへの恨み言を並べるタルデだったが、そのせいもあってか、背後に近付く何者かの存在に気付くのが遅れた。

 

「……随分と荒れているな。メトロン星人タルデよ」

 

 背後から呼びかけられたタルデは気が動転し、咄嗟に立ち上がり振り向く。

 そこには、醜悪な外見の異星人達が数名列を成していた。

 

「貴様らは……!ドルズ帝国の民か!」

 

 タルデの眼前に姿を現したのは、凶悪宇宙人 ドルズ星人だった。

 毒々しい体表と、脳髄が肥大化したような頭部が特徴的で、非常に好戦的な種族でもある。

 M88星雲に自分達の国「ドルズ帝国」を築いており、かつてはあのウルトラマンタロウと1戦交えたこともあったと言う。

 そのドルズ星人達の中から、恐らくリーダー格と思われる1人がずいと一歩踏み出し、タルデに近付きながら嫌味ったらしく言い現す。

 

「ノストラが死に、今ではお前1人だけの惑星侵略連合にはもう、何も出来はせんだろうなぁ……。これからは、我らドルズ帝国の天下だ。まぁ、よく見ておくがいい」

 

 

 

 渋川一徹は、姪っ子の夢野ナオミらが経営する専門サイト「SSP」のオフィスの掃除を手伝い終えて帰路に着いたついでに、町内のパトロールを行っていた。平和になったとは言え、市民の安全を守ることが自分達ビートル隊の務めである以上、このパトロールも無下にも出来ないのだ。

 すると早速道端に、どこかの子供が落とした物とみられる、小さな赤い靴を1足だけ見かけた。

 渋川がそれを拾い上げ内側を見ると、平仮名で「ゆかり」と書かれていた。

 この靴を落とした子はまだ近くにいるのではと思った渋川が周囲を見回すと、母親らしき女性に抱きかかえられ、靴が片足脱げていた少女の姿を目撃した。そこで渋川は、その女性を呼び止めることにした。

 

「すみません、そこの奥さん。これ、お子さんの靴じゃありませんか?」

「え?……あっ、すみません。私ったら、気が付かなくって……」

 

 突然呼び止められた女性は一瞬キョトンとしたが、渋川の持つ赤い靴と、娘の片足を交互に見比べて事態を把握する。

 慌てながら渋川に一礼し、その靴を受け取った彼女は一度娘を下ろして、靴を履き直させる。

 渋川は気さくに笑い、控えめに振る舞ってみせた。

 

「いえいえ、当然のことをしたまでですから。それにしても、可愛らしいお子さんですね」

「まぁ、可愛らしいだなんて……。ほら、裕佳梨?おじさんにお礼は?」

「おじさん、ありがとう!」

 

 母親に再び抱きかかえられた少女は、渋川に笑顔でお礼をして家路に就いた。

 渋川もそれを手を振りながら見送ったのだが、胸の中に何かが突っかかるような違和感があった。

 

 渋川を襲ったその感覚は、家族が待っている自宅に到着しても消えることは無かった。

 今まで黙っていたが、渋川は既婚者である。妻と中学生の一人娘、徹子の3人暮らしなのだが、娘は絶賛反抗期中で、まともに話をしてくれない……と言った、ごく一般的な父親としての悩みを、渋川は抱えていた。

──まぁ、その話は後々するとして。

「ゆかり」と言う名前にどこか身覚えがある渋川は、その名前を頭の中で何度も連呼する。

 そんな具合で何時間も頭を捻り続けたが、結局妙案は浮かばずに終わり、仕方無く渋川は床に就くことにした。

 

 その夜。渋川は、懐かしい記憶を夢に見た。

 自分がまだ幼い頃、確か8歳ぐらいだった頃だろうか。

 ある日渋川少年は、友人達と遊んでいた。その中に1人、一際目立つ赤い靴を履いた女の子がいたのだ。何でも、家族に買ってもらったばかりの新品らしい。

 実を言うと渋川少年は、この少女に淡い恋心を抱いていた。これまでも渋川は、彼女に想いの丈を告げようと計画を練っていた。しかし、相手はクラスのマドンナ的存在だったため、肝心な一歩が踏み出せず失敗に終わっていた。

 だから今日こそはと、人知れず意気込んでいたのだが、楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、夕暮れ時となってしまった。

 各々が帰り始める中、渋川少年はその少女を追いかけて呼び止める。夕陽に照らされた彼女を見据えて、自分の気持ちを言葉にしようとするが、渋川少年にはやはり伝えることが出来なかった。

 不思議がる彼女を何とか誤魔化し、渋川少年はまた今度遊ぼうと約束をした。一方の彼女もまた、渋川少年に笑顔で頷き、手を振り帰って行った。

──それが、渋川がその少女の姿を見た、最後の瞬間だった。

 

「ハァッ……!」

 

 夢から目覚めた渋川は跳ね起き、呼吸を整えながら寝汗でびっしょり濡れた額を拭う。

 ついさっき見た夢のおかげか、昨夜の疑問が解決した渋川は早朝にも関わらず、自室の押入れから小学生だった頃の文集を掘り起こし、昔懐かしい級友の中から「榮倉ゆかり」の名前を発見したのだった。

 

 

 

 それからしばらく時間が経った日中。

 渋川がSSPのオフィスを訪ねると、相変わらずいつもの顔ぶれが揃っていて、今日も各々が何かしらの作業を行っていた。

 軍手を装着し、スパナ等の作業工具を持ったシンが、デスクの後ろの巨大な装置をいじり、SSPのカメラ担当のジェッタはサイトの編集に追われているのか、パソコンに目が釘付けになっている。

 渋川が部屋をぐるりと見回すと、ここで居候しているシンヤとガイの姿が見当たらなかった。きっと、2人でどこかに出かけたのだろう。

 キッチンの方に目を向ければ、そこには1人お茶の準備をするナオミがいた。

 渋川がやって来たことに気が付いたナオミは、一旦作業の手を止めて、渋川を笑顔で出迎えた。

 

「あ、おじさん。いらっしゃい」

「よぉ、ナオミちゃん。今日も可愛いねぇ!」

「冗談よしてよ、もう子供じゃないんだから……!今日はどうかしたの?また協力依頼?」

「うん……。まぁ、ちょっと、な?」

 

 ナオミからの指摘を受けて、渋川は少し言いづらそうに頭を掻きながら首肯し、今回の依頼内容を話し出す。

 

「『赤い靴失踪事件』……?」

「それ知ってる!あれ……?でも、その事件って確か、俺らの生まれる何十年も前の事件でしょ?」

 

 ナオミは心当たりが無さそうに、渋川が依頼した事件名を復唱する。

 オカルトチックな事件名に聞き覚えがあったのか、ジェッタは食い込み気味に答えるが、即座に疑念を抱いたのか年長者である渋川に聞き返した。

 彼らの疑問に答えるように、インターネットを駆使し、その事件の関連情報を収集したシンが、代表して説明を開始する。

 

 赤い靴失踪事件。

 ジェッタの言う通り、この事件はSSPの3人が生まれる以前に発生した怪事件だった。事件内容は「赤い靴」を履いた子供が失踪すると言ったものだが、対象は少女のみ。

 まるで童謡の「赤い靴」を連想させるような内容から、当時の報道関係者はこの事件をそう呼ぶようになり、やがてこの名称で全国的にも認知されたと言われている。

 誰も名前を知らないような地方からこの事件は発生したが、感染症が人から人に伝染するように、全国で続々とその被害が確認された。

 解決の糸口が一向に見つからぬまま時間は流れて行ったが、この事件は突然終わりを迎えた。

 1974年2月8日。なぜかこの日から事件は全く発生しなくなった。

 次第に警察も捜査を打ち切り、未解決事件として取り扱われることになった──。

 

「……何か、いかにも怪しい事件ね」

「俺も内容は初めて知ったけど、これは……」

「えぇ……」

 

 ナオミ達はこの事件についての詳細を知り、言葉を詰まらせた。そんな重い空気の中で、渋川は口を開く。

 

「……実は昨日から、これに似た被害が相次いで報告されてる」

「ええっ!?」

 

 この渋川の発言に、ナオミ達は驚きを隠せなかった。ナオミが声を上げると、続けてジェッタとシンが、ここぞとばかりにまくし立てる。

 

「この事件の再来ってこと!?」

「そんな……!何とかして食い止めないと!」

「だから頼む!お前らの力を貸してくれ!」

 

 渋川は深々と頭を下げて、協力を懇願する。

 その様子を見て、対応に困ってしまうナオミ達。

 これまでも、SSPは渋川らビートル隊の依頼を受け続けて来たが、今回の渋川には今まで以上の必死さがあったからだ。

 

 ここまで渋川が必死なのには理由があった。

 先程渋川が言ったように、先日からこの事件は報告されている。もしも、自分が昨日出会った少女が、この事件の被害に遭っていたら……。

 渋川の胸中は、その考えがひしめき合っていた。

 

 思わず顔を見合わせたナオミ達は、覚悟を決めたように頷き合う。そしてナオミが、渋川に語りかける。

 

「分かった。私達だって、いつも助けられてばかりじゃ無いんだから!

 よぉーし!Something Search People、出動!」

「「了解!」」

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 北川町のとある高台では、上下白のジャージ姿の若者と、半袖シャツにGパン、首にペンダントをぶら下げた不思議な青年が睨み付け合う。両者は互いに拳を握り締めており、切迫した空気が漂っていた。

 沈黙を先に破ったのは、ジャージの若者。対面する相手目がけて一直線に突っ込み、先制攻撃を仕掛ける。

 

「たぁっ!」

「ふっ!」

 

 しかし青年はそれを難無くいなし、巻き返しに出る。青年は、態勢を崩されてよろける若者の背中を軽く小突く。すると若者はよろけた勢いもあって、盛大に転んだ。

 それでもめげずに立ち上がり、若者はまた青年に向かって行くが打ちのめされ、また立ち上がるの繰り返しになってしまう。

 そして何度目かのリベンジの末に、豪快な足払いを喰らって、若者は仰向けに倒れた。

 背中を打ち付けたことによる痛みで顔を歪める若者。しかしその表情に悔しさは全く無く、目の前に広がる青空を見上げて、いっそ清々しそうに呟いた。

 

「痛ったたぁー……。あー、やっぱり、ガイさんには敵わないなぁー……」

 

 そう独り言ちるシンヤの額に、冷たい瓶ラムネが1本。

 その冷たさに驚いて目線を上に向けると、ついさっきまで自分と立ち合っていた青年が、笑顔でラムネを差し出していた。

 

「そうでも無いぞ?シンヤだって、前と比べりゃ筋は良くなってるんだ。後は、シンヤ次第だ」

 

 それを聞いて起き上がったシンヤは、ガイからラムネを受け取り、一度グイッと飲んだ後に溜息を吐いた。

 2人がここで何をしていたのか。

 単刀直入に言うなれば、特訓である。

 以前シンヤはガイに、自分を鍛えてほしいと頼み込んだ事があった。これまでもシンヤは、ガイから提示された課題をこなして来たが、お互いに時間が取れる日にはこうして手合わせを数時間行うことにしていた。

 これで数回目になる手合わせでも、あまり成果を示せなかったと内心落胆するシンヤだったが、顔を上げた瞬間に飛び込んで来た光景を目の当たりにして、しばらく釘付けになっていた。

 その様子を不思議がったガイは、シンヤに声を掛けた。

 

「どうかしたか、シンヤ?」

「いえ、あれ……」

 

 ガイは、シンヤが示した方角を見つめる。

 そこは小さな公園で、何人かの子供達が仲睦まじく遊び回っていた。

 そんな中、いかにも怪しげな全身黒ずくめの服装の人物が現れ、1人の少女に近付こうとしていた。

 それを不審に思ったガイは、何食わぬ顔でその人物に詰め寄った。

 

「おい、アンタ。ここで何してる?」

 

 それに驚いたのか、黒ずくめはガイを突き飛ばし、急にその場を去っていった。咄嗟にシンヤもガイに駆け寄り、倒れたガイを起き上がらせる。

 

「ガイさん!大丈夫ですか!?」

「この程度の事、心配すんな。それよりも、追うぞ!」

 

 シンヤは気持ちのスイッチを切り替えて、ガイと共に、たった今逃走した相手の後を追った。

 

 人気の少ない通りに直面したシンヤ達が周囲を見回すと、先程の黒ずくめを発見、逃がすものかと全速力で駆け走る。

 シンヤを追い越したガイは黒ずくめの人物の肩を掴むが、一方の相手はそれを強引に振り払い、攻撃を仕掛ける。

 しかし、これは相手が悪過ぎた。

 なぜなら彼が相手にしているのは、歴戦の猛者である「ウルトラマンオーブ」其の人。黒ずくめの攻撃を見切ったガイは、これを一蹴。ガイの渾身の一撃を喰らった黒ずくめが倒れ込み、シンヤ達をキッと睨み付ける。

 だがその顔は、人間の顔とは言い難い程にかけ離れており、一目で宇宙人だと判明した。

 その外見に心当たりのあったシンヤは、その宇宙人の正体を看破した。

 

「お前は……、ドルズ星人!」

「ぬぅ……、我らを知る人間がいるとは……!」

 

 ガイに殴られた頬を押さえながらドルズ星人は立ち上がったが、まだ引き下がるつもりは無いようで、その瞳には獰猛な光が灯っていた。

 かつてドルズ星人が行った非道な作戦を知っていたシンヤは、強気な口調で問い質す。

 

「今度は何が目的だ!性懲りも無く、また地球侵略か!」

「また……だと?その口振り、貴様この世界の人間ではないな?そうか、だから我らを知っていたのか。なるほど、ようやく合点が行った」

「なっ……!?」

 

 その指摘を受けて、シンヤははっきりと狼狽える。

 これまでシンヤは、自分が別の世界からやって来たことを見抜かれることは一度も無かった。これを知っているのは、現段階でもガイだけである。しかし今回は軽はずみに口を開いたせいで、それを悟られてしまったのだ。

 そんなシンヤを尻目に、ドルズ星人は自分達の目的を口にした。

 

「ご察しの通りさ、異世界人。我々はこの地球に、ドルズ帝国を築き上げる!かつてウルトラマンタロウによって成し得なかった我々の理想、今度こそ実現してみせよう!」

「ふざけんな!お前らの企みは、俺達が撃ち砕いてやる!」

「残念だが、計画は既に始まっている。止められるものなら止めてみろ……!」

 

 狼狽して何も言い返せないシンヤに変わって、ガイがドルズ星人に言い放つ。

 だがドルズ星人はそれを嘲笑し、捨て台詞を吐いて撤退した。

 

 

 

 直ちに調査を開始するSSP一行。これには、依頼者である渋川も同行した。今回参加していないシンヤには、ナオミが事の経緯を電話で説明をした。

 失踪した少女らが最後に目撃された現場に立ち寄り、何か証拠になりそうな物品や、何かが残されていないかを捜索する。

 すると、シンが持ち込んだ測定機に反応があった。この測定機は、以前発生したマガオロチの騒動で利用した「磁気測定機」を一部改良し、「ある対象」のみを感知することに特化した一級品である。

 その対象は、地球には存在しない別の生命体。つまり、宇宙人や宇宙怪獣を探すことを前提としたマシンとも言えよう。

 測定機の結果が正しいとするなら、この事件には宇宙人が関わっているという事になる。

 一行はSSP-7を駆り、他の現場にも向かったが、そこでも同様の反応が観測された。

 これを本部に報告した渋川によれば、宇宙人絡みの事件という事もあって、ビートル隊の捜査への参加が正式に決定されたとのこと。

 それを聞いて沸き立つナオミ達だったが、様々な場所を巡ったため、時刻は夕時を迎えていた。

 そのため渋川は、今日の活動は一旦お開き、続きは明日に持ち越しと発案。ナオミ達も渋々ながら、その考えで合意した。

 

 そして一度、SSPのオフィスに帰還した一同。

 ガレージにSSP-7を駐車した後、ナオミ達が帰って来たのとほぼ同じタイミングで、オフィスから飛び出して来る青年が1人。

 それは、日中不在にしていたシンヤだった。

 急いで階段を降りたシンヤは、丁度そこにいた渋川の元に駆け寄った。

 

「皆さん、おかえりなさい!……じゃなくって、渋川さん!渋川さんに、お客さんです!」

「えぇっ?」

 

 突然そんな事を言われた渋川だったが、心当たりなど全く無かったため、ひとまず階段を上り、オフィスの扉を開いた。

 そこではガイと1人の女性が、奥のキッチンのテーブルに向かい合うように座っていた。しかし女性の方は、こちらに背を向けて座っているため、一体誰なのか分からない。

 待ち人が来たことに気付いたのか、女性は渋川の方に振り向いた。

 渋川をその瞳に捉えた女性は立ち上がり、まるで数十年振りに友人と再会したかのように、渋川の元に駆け寄る。

 

「渋川君!?あなた、渋川一徹君よね!?」

「えっ、どうして俺の名前……」

「私、ゆかり!ほら、小学生の頃、一緒に遊んだじゃない!」

「ゆ、ゆかり……ちゃん!?」

「そう!やっぱり覚えててくれたのね!」

 

 騒ぎを聞き付けたナオミ達がオフィスに到着した時、この光景に全員が言葉を失う。しかし、ナオミ達の考えていることは同じだった。

 

(((……どういう事なの、これ)))

 

 

 

「紹介するよ。彼女は、榮倉ゆかり。俺が小学生の頃の同級生だ」

「初めまして。急に押しかけちゃって、ごめんなさいね?」

「「「はぁ……」」」

 

 状況があまり飲み込めていないナオミ達一同だが、渋川の隣に並んで座るゆかりの挨拶にとりあえず頷く。ちなみにシンヤは、事前にゆかり本人の口から事情を聞いていたため、3人ほど混乱はしなかった。

 渋川にとっては級友との再会で、何よりゆかりは昔と相変わらず美人のままだった。まさに、天にも昇る心地であろう。

 そんな時だった。シンの測定機が、突然アラーム音を鳴らした。これでは、せっかくの感動の再会が台無しだ。それを鬱陶しく感じたジェッタは、その測定機を発明したシンを咎める。

 

「ちょっとシンさん、何で今それ鳴らすんだよ!空気読んで!」

「いやいやいやいや!僕がやった訳では……!」

「はぁ!?じゃあ何、故障したっての!?」

「僕の発明品に限って、そんなハズは……!」

「2人ともうるさい!とにかく、それ黙らせて!」

 

 些細な事で、言い争いにまで発展したジェッタとシンをナオミが注意し、測定機をどうにかするように命じる。

 3人のいつも通りのやり取りに、渋川は思わず苦笑いを浮かべる。だが、ゆかりは面白そうに口元を押さえていた。

 すると今度は、誰かの携帯電話が鳴る。この場にいた全員が携帯を確かめるが、どうやらゆかりの携帯電話の着信音だったようだ。

 

「ゴメン、渋川君。両親からだわ。そろそろ帰らなくちゃ」

「なら、途中まで送るよ」

「良いの。丁度、近くまで来てるみたいだから」

「あ……。じゃあせめて、階段の下まで」

「……うん、分かった」

 

 すっくと立ったゆかりはナオミ達に一礼して、渋川と一緒にオフィスを後にした。

───それと同じタイミングで、シンの測定機のアラーム音が弱まった。

 

 階段を降りながら、渋川はゆかりに気になっていたことを訪ねた。

 

「本当に久し振りだよな、何十年振りだろ……。でもゆかりちゃん、今まで一体、どこに行ってたんだよ?」

「うん……。国外を、あちこち回ってたのよ」

「へぇ……!」

 

 まさか、ゆかりが海外に行っていたとは思わなかった渋川は驚きの声を上げたが、もう既に階段の下まで着いてしまった。

 するとゆかりが振り向き、渋川に問い掛ける。

 

「渋川君って、確か……。ビートル隊に勤めてるんだったかしら。あの草薙君って子が教えてくれたんだけど……」

「うん、そうだけど……。それがどうかした?」

「私、明日になったら、また日本を発たなきゃいけないの……。だから最後に、ビートル隊がどんな職場なのか見学してみたいわ。もちろん、無理は承知の上だけど……」

「平気だよ!俺、上司に掛け合ってみる!なら明日の午前中、ここで待ち合わせでどうかな?」

「本当!?嬉しいわ。じゃあね、渋川君」

「おう、あばよ!」

 

 笑顔で去って行くゆかりに、自分もまた笑顔で返す渋川。それから彼女は、一度も振り返ること無く歩いて帰って行った。

 ゆかりが帰って行くのをしっかりと見届け、再びオフィスに戻った渋川を待っていたのは、ナオミ達からの質問の嵐だった。

 

「おじさん!あの人と昔、どんな関係だったの!?」

「ただの同級生って訳でも無さそうな雰囲気でしたし~!」

「ねぇ、渋川さん!良いじゃん教えてよ~!」

「あー!わかった、分かったっ!説明してやるから、離れろーっ!」

 

 寄ってたかるナオミ達を振り払いながら、渋川は自分と彼女との思い出話や先程話していた事を語り出す。

 

 

「「「渋川(おじ)さんの、初恋の人~!?」」」

「……そうだよ、俺の初恋だよ!何だ!文句あっか!?」

 

 渋川の話を聞いて、一斉に声を上げるナオミ達。

 自身の甘酸っぱい昔話をした事による照れ隠しなのか、声を張り上げる渋川。

 それを聞いてニヤニヤし出すジェッタは、ここぞとばかりに渋川をからかう。

 

「てことは?若かりし頃の恋心が?また芽生え出した~……ってこと?」

「うるせぇ!そんなんじゃねぇよ!」

「渋川さん、痛いっ!折れちゃう!あぁ、やめて!それ以上いけない!」

 

 さすがに冗談がキツすぎたのか、ジェッタは渋川からキツめのお仕置きとしてアームロックをお見舞いされる。

 痛がるジェッタを見兼ねた渋川はこれを解き、ナオミ達に告げた。

 

「とにかく!俺は明日の予定入っちまったから、お前らも明日は休みだ!以上!解散!」

 

 そう言い残して、渋川は出口に向かってずんずんと進んで行く。

 その渋川の様子を見て、反省の色を示したSSPの面々だったが、これで引き下がらないのがSSP。懲りない彼らの明日の予定は、一日中渋川を尾行する事で可決された。

 

 

 渋川らと分かれたゆかりの携帯電話に、一本の電話が入った。画面を開いて確認すると、「非通知」の文字が表示されている。この電話を誰が掛けて来たのか、心当たりのあったゆかりは何の不審感も抱かずに、その電話に応答する。

 携帯電話の向こう側から聞こえるのは、男性の声。その男性に聞こえるような声量で、ゆかりは冷徹に喋る。

 

「えぇ。……渋川一徹への接触、成功しました。明日、作戦を決行します」

『よろしい。では、健闘を祈る』

「……了解しました」

 

 それだけの短い会話で、ゆかりとその男性との通話は終了した。

 だがゆかりの表情に渋川と再会した時の明るさは微塵も無く、氷のような冷たさだけがそこにあった。

 

 

 

 

 

 翌日。

 SSPのオフィス前で合流した渋川とゆかりは、早速北川町の散策に駆り出した。

 ……その後ろを、ガイとシンヤも伴ったSSPが変装をして追跡する。

 ちなみに本日の渋川の服装は、普段通りのビートル隊の制服だった。思えば渋川は、これと言って私服らしい私服はあまり持っていなかった。むしろ、着慣れたこの制服の方がかえって気楽だった。

 その行く先々で渋川は、町中の人々に声を掛けられたり、手助けを求められたりした。それに困り果てる渋川にゆかりは、それだけ町の人々に信頼されている証拠だ、と彼を褒め称える。

 それからも2人は町の喫茶店に入ったり、買い物をしながら楽しく過ごし、思い出話に花を咲かせる。経過を観察するナオミ達も、このムードに思わず顔を綻ばせる。

 

 2人は一度、休憩を挟む事にしたようで、ゆかりは一旦渋川と別行動を取る。

 そんな中、手頃なベンチに腰掛けた渋川のスマートフォンが震える。すかさず取り出した渋川は、送られて来たメッセージを読み、神妙な面持ちになった。

 しばらくして、渋川の元にゆかりが帰って来る。

 だがゆかりが戻った時、渋川の顔色は悪くなっていて、ゆかりはそれを心配する。

 

「お待たせ、渋川君。……大丈夫?顔真っ青だけど」

「えっ、平気平気!じゃあそろそろ、ビートル隊の基地に行ってみるか!」

 

 何とか誤魔化して気分を切り替えた渋川は、ゆかりをビートル隊基地まで案内を始める。

 しかし、渋川達が歩いているのは本来の道筋では無く、むしろ遠回りになるようなコース。ナオミ達はどうして渋川がこの道を選んだのか、後を追いながら疑問を持ち始める。

 そんなナオミ達の尾行を始めから気付いていた渋川は、足を早めてナオミら一行を振り切った。

 

 やがて渋川らは、ビートル隊基地からは程遠い波止場に到着する。ゆかりは渋川を信じ切っていたため、どうして今、自分達がここにいるのかと困惑する。

 

「ねぇ、渋川君。ここのどこに、ビートル隊の基地があるの?」

 

 先程から自分に背を向けたままの渋川に、ゆかりは尋ねる。

 すると渋川もようやく振り向くが、すかさず腰のホルスターからスーパーガンリボルバーを引き抜き、目の前のゆかりに標準を合わせて、それを構えた。

 

「……芝居はもう終わりだ。ゆかりちゃん」

「芝居って、何のこと?ちょっと待って、渋川君……!何かの冗談でしょ?」

「ゆかりちゃん、君は知らなかったんだね。君のご両親が、何年も前に亡くなったこと……。なのに昨日君は、『両親から連絡が来た』と言った。

 ……有り得ないだろ?亡くなった人間から、連絡が来るなんてさ」

 

 親しい人物から銃を向けられて怯えるゆかりに、渋川は淡々と真実を語り出す。

「榮倉ゆかり」の親族は既に、この世を去っていた。先日渋川がSSPのオフィスを去り、帰宅前に独自に調査を進めた結果判明した事だが、それを知った時の衝撃を渋川は忘れられそうにも無かった。

 

「違うの……。私は……」

 

 涙目になりながら後ずさり、頭を振るゆかりはなお否定を続けるが、渋川はこれまで揃えた情報を武器に、ゆかりを追い詰める。

 

「そしてもう1つ。俺が個人的に頼りにしてる知り合いが、俺達が子供の頃に起きた失踪事件を調べていたら、行方不明者のリストを偶然発見したんだ。そのリストの中に、君の名前があった。……確かな情報だよ」

 

 名前は伏せたが、渋川は事前にシンに過去の失踪事件を調べるよう、個別に依頼をしていた。その調査の結果が、先程渋川の元に届いたという訳である。

 撃鉄を引いた渋川は気を引き締め直し、改めて目の前のゆかりに問い掛ける。

 

「君は誰だ?正体を見せろ……!」

「渋川君……。っ!ううっ……!」

「ゆかりちゃん!」

 

 突如胸を押さえて苦しみ出し、倒れ込むゆかり。構えを解いた渋川はゆかりに駆け寄ろうとする。

 だがゆかりは手を伸ばしてそれを制し、苦しみに耐えながら真相を全て自白する。

 

「国外を回ってたなんて嘘よ……!42年前……渋川君と分かれたあの日……。私は、ドルズ星人に拐われて、ドルズ帝国まで連れて行かれたの……!それから身体中のあちこちを弄られて……ドルズの侵略兵器に、改造された……!

 私の身体は、ドルズの指令を受けて、約50時間後に怪獣に変貌してしまうのっ……!渋川君に近付いたのも、ビートル隊を壊滅させて、地球を侵略するため……!」

 

 苦痛に耐えかねて蹲るゆかりに、渋川は今度こそ駆け寄るが、顔を上げたゆかりを見て息を呑んだ。

 美しかった彼女の姿は消え失せ、そこには人面の半分が鱗状に変わってしまったゆかりがいた。

 その反応を見て、全てを理解してしまったゆかりは声を振り絞って渋川に懇願する。

 

「もウ時間ガ無イ……!オ願い、シブカわ君。わたしがマだ、人間デいラレる内ニ、ワタしヲ撃ッて……!」

 

 それを聞き届けた渋川はゆっくりと立ち上がり、「かつて榮倉ゆかりだったモノ」に銃を向けた。

 後は銃爪を引くだけという時に、先程振り切ったはずのナオミ達が自分達の元に大急ぎで駆けつける。

 事態を飲み込めていないナオミ達は、渋川の行いを一斉に非難する。

 

「おじさん!何してるの!?」

「そうだよ渋川さん!ゆかりさんは、渋川さんにとって大切な人なんでしょ!?」

「なのにどうして、渋川さんが銃を向ける必要があるんですか!?」

 

 自分が彼女の事を、どれだけ大切に想っていたかを知るナオミ達の言葉は、渋川の心を深々と抉る。

 だが渋川はそれらを振り払うために、自分自身の決意を口にした。

 

「彼女は、ゆかりちゃんは、怪獣なんだ……!だから彼女は……!この怪獣は、俺が殺る……!」

 

 スーパーガンリボルバーを構える渋川の右腕が震え、その震えを抑えようとしているのか、渋川の左手に力が籠もる。

 標準をしっかり彼女に合わせた渋川は、泣きそうになりながら銃爪を──!

 

「おじさん、ダメぇーっ!」

 

 

 

 

 タァーン─────────。

 

 

 

 




1974年2月8日。
この日付の意味に気付いてくれる人がいると信じて、前編は以上とします……。

後編は執筆中ですので、お待ち下さい。

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