ウルトラマンオーブ ─Another world─   作:シロウ【特撮愛好者】

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第7話 霧の中の明日 ━前編━

 少女は瞼を開く。

 周囲は真っ白な空間で、そこがどこなのかも分からない。視線を左右に泳がせると、8月20日のカレンダーと翼の生えた象の石像が見えた。

 足元を見ると、スカートの裾が風に吹かれて揺れていた。その風のおかげで気付いたことだが、どうやら自分は霧の中にいたようだった。

 その幻想的な空間に戸惑っていた時だった。どこからか、獣の唸り声に似た音がした。

 少女が咄嗟に見上げると、霧の中に瞳を輝かせる巨大な怪物を見た。

 

 

 

 少女はまた瞼を開いた。だがそこは、これまで自分が過ごしていた部屋で、自分はベッドの上で横たわっていたことに気付く。

 外からは電車の走行音や鳥のさえずりが聞こえて、中途半端に開いていたカーテンの隙間から朝日が射し込んでいる。

 身体を起き上がらせてベッドから降りた少女は、学習机の卓上カレンダーの日付を確認する。

 今日は、8月19日だった。

 すぐに立ち上がって机に向かった少女は、使い慣れたスケッチブックの空白のページに鉛筆を走らせていく。そこに描くのは、ついさっき夢で見た巨大な影。

 その絵のデータをパソコンに転送して、自身が運営するサイト──『HARUKAの夢日記』に掲載する。

 

『8月20日、つばさぞう公園にて巨大怪獣が出現』

 

 エンターキーを押せばそれで終わりなのだが、少女──霧島ハルカはそれを一瞬躊躇うが、意を決してエンターキーを押した。

 

 

 

「『HARUKAの夢日記』?」

「何ですか、それ?」

「良いから見てよ!」

 

 ナオミさんと僕がそれぞれ菓子パンを頬張っていた時、ジェッタさんが聞き慣れないサイトの名前をナオミさんに言っていた。僕も聞いたことがなかったからそれに便乗して聞き返すと、ジェッタさんがパソコンを見たまま手招きをした。

 

「はぁ~、気持ち良かったな~」

 

 僕らがジェッタさんの元へ行こうとした時、丁度ガイさんも浴場から出て来た。今回は先日とは違って、きちんと上下衣服を着用していた。それもどうやらズボンはシンさんの、ベストはジェッタさんのお気に入りのものだったようで、2人がそれぞれガイさんに指摘する。

 そんなジェッタさんにナオミさんは、サイトの説明の催促をする。

 ジェッタさんによると、このサイトの日記ではこれまで現れた怪獣のことが書かれているらしい。

 

「『5月29日、空から巨大怪鳥、降臨』……って、これ!マガバッサーじゃないですか!」

 

 僕もジェッタさんのパソコンの画面を拝見すると、そこには鉛筆で描かれた巨大な鳥──マガバッサーが写し出されていた。

 その他にも魔王獣達やハイパーゼットン、EXレッドキング、サンダーダランビアに最近僕らがあの森で遭遇したアリブンタが描かれていた。

 

「しかもどの日記も、怪獣が現れる前の日に更新されているんだ!」

 

 ジェッタさんは得意げに補足の説明をする。

 その説明にナオミさんが口を開くより早く、僕がジェッタさん達に尋ねる。

 

「後から、更新日を改ざんしたって可能性はどうですか?」

 

 僕の質問に答えたのはシンさんだった。シンさんもそう思ってサーバーの情報を調べてみたらしいけど、改ざんの痕跡は見つからなかったとのことだ。

 

「じゃあ……この人は、あらかじめ怪獣を夢で見てるってこと!?」

「そう!予知夢だよ!」

 

 予知夢についてシンさんが熱く語り出し、そのメカニズムを解き明かすことが出来れば、現在開発中の未来予測システムに応用出来るかも知れないと上機嫌になっていた。

 

「そして、これが最新の日記!」

「8月20日って……!明日じゃない!」

 

 ナオミさんとジェッタさんが最新の日記に釘付けになっていた時、僕も違った意味で画面から目が離せなかった。

 

(この怪獣……!まさか!)

 

 

 

 場所は変わって、『HARUKAの夢日記』を運営するハルカの自宅にて。ハルカのパソコンに『NAOMI』と名乗る人物からのメールが届いた。

 ハルカはそのメールをすぐに開いて内容を確認した。

 

『ハルカ様。

 あなたの夢日記に興味を持ちました。

 私も、幼い頃に不思議な夢を見て、現在頻繁する怪獣出現とウルトラマンオーブについて調べています。あなたに不思議なシンパシーを感じます。

 直接会ってお話しませんか?』

 

 そのメールに怪しさを感じつつも、ハルカはその誘いを受けることにした。

 

 

 

「『SOMETHING SEARCH PEOPLE』……?取材だなんて聞いてないんですけど…」

「記事にはしません。私の、個人的な興味だから」

 

 SSPのオフィスにやって来たのは、あのサイトを運営するハルカさんだった。

 ナオミさんから名刺を受け取ったハルカさんは、警戒心を露にする。

 実はあのメールを送ったのは、我らがSSPのキャップであるナオミさんだった。素性を明かさなかったことに対して、申し訳なさそうにハルカさんに今回の対談の説明をした。

 僕はナオミさんに何とか無理を言って、今回の対談に同席させてもらえるように手配してもらった。

 霧島ハルカ。都内の大学に通っているそうで、その傍らあのサイトを運営しているらしい。

 綺麗な髪を肩まで伸ばしていて、どこか暗い印象を抱かせた。

 そこに水を差すように、ジェッタさんとシンさんが割り込んでくる。それぞれがSSP特製の紅茶とシフォンケーキをハルカさんに差し出す。特にシンさんは「シフォンケーキ」のことを「シ・フォン・ケイク」と、なぜかこだわりを見せる呼び方で差し出す。

 

「もう、2人ともそんなキャラじゃないでしょ!ほら下がって!下・がっ・てっ!」

 

 ナオミさんは、2人をなだめるように脇に追いやる。2人は渋々それを了承した。

 ナオミさんがそうしている間に、僕はハルカさんに問いを投げかけた。

 

「えっと……。ハルカ、さんで良いですか?」

「え……。は、はい」

「ありがとうございます。で、ハルカさんは、いつから予知夢を見るようになったんですか?」

「子供の頃から。不吉な前兆をよく夢に見ていたんです。それが最近、怪獣の夢ばっかり見るようになって……」

「子供の頃から……」

 

 ハルカさんの受け答えははっきりとした返答だったけど、どれも語尾が弱々しい自信のないものだった。

 

「じゃあ、今朝の日記も?」

 

 ナオミさんがそう聞くと、ハルカさんはまた自信なさげに頷いた。

 

「夢の通りなら、明日つばさぞう公園に怪獣が現れるってことよね?」

「……でしょうね」

 

 ナオミさんは、そのハルカさんの一言が気になって聞き返すけど、脇からジェッタさん達がまた割り込んで来て、ナオミさんの声を掻き消した。

 

「それって、すごい力じゃんか!」

「怪獣の出現を予知出来るなら、犠牲者を減らせるかも知れません!」

 

 ジェッタさん達は意気揚々と語るけど、ハルカさんはそれを「無理」の一言で切り捨てる。

 その場にいたガイさんを除いた僕らは、ハルカさんのその言葉に疑問を抱いた。その雰囲気を察したのか、ハルカさんは塞ぎがちに呟く。

 

「明日は見えても……。明日を変えることなんて出来ない」

「どういう意味……ですか?」

 

 僕がそう聞くと、ハルカさんは僕を直視しながら言い放った。

 

「運命には逆らえないってこと。……こんな力があっても、今まで良いことなんて何もなかった」

 

 そう言ってハルカさんは視線を下げる。

 僕は、その言葉に何か深い意味があるように思えた。

 

「ナオミさん、あなたは違うんですか?」

 

 するとハルカさんはナオミさんと向き合って、そう聞いた。ナオミさんも突然話を振られるとは思っていなかったのだろう、少し戸惑いながらもハルカさんに語り出す。

 

「……私はね、小さい頃に光の巨人の夢を見たの」

 

 ナオミさんは、その夢の内容を思い出すようにゆっくりと続きを語る。

 

「SSPを立ち上げたのもその不思議な夢がきっかけなの。あの夢にどんな意味があるのか、それはまだ分からないけど……。ウルトラマンオーブとは何か運命的な繋がりを感じるの。

 ……ハルカさん。あなたの見る予知夢も、もしかして、誰かの運命に関係があるんじゃないかな?」

 

 そうナオミさんが言っている最中にふと視線を動かすと、ガイさんは少し驚いた様子だった。

 僕も、その光の巨人について思うところがあった。

 僕がこの世界にやって来るきっかけになったあの時、僕は怪獣と戦う光輝く巨人の姿を目撃した。あの巨人が何だったのか、まだそれは分からない。もしかしたら、あれはオーブだったのかも知れない。

 でも、そのことを思い出していた時、僕の中に1つの疑問が生まれた。

 

(あれ……?僕は、この世界に来る前、何をしていたんだっけ……?)

 

 生まれた疑問を突き詰めようとするけど、ある一定のことを思い出そうとすると、その先がまるっきり思い出せなくなっていた。

 

(何で……?何で思い出せないんだ……?)

 

 その疑問に四苦八苦していた僕を現実に引き戻したのは、これまで平静を保っていた人物の一言だった。

 

「おっ、明日の天気は晴れか。絶好の洗濯日和だぞ?」

「ちょっと、今大事なお話ししてるんですけど?」

 

 ガイさんの心ない一言に呆れたナオミさんは、ガイさんを言い咎めた。

 するとハルカさんは、帰る支度を始めて立ち上がった。

 

「もう良いですか?学校行かなきゃいけないので。……失礼します」

 

 そう言って一礼すると、ハルカさんは足早に去って行った。最後にチラッと、ガイさんを見て。

 

 

 

 町に轟音が響いて、それと同時にあちこちで爆発が起こったのが見えた。

 その原因は、私が予知した恐ろしい怪獣が、町を襲っていたからだ。怪獣は、その口から虹色の怪光線を発射。町中を破壊する。

 次に見えたのは、さっきナオミさんのオフィスで見かけた男の人。左手にリングのようなアイテムを持っていて、それを天高く掲げると、その人は炎を纏う紅の巨人へと変わっていた。

 そしてその時、私の隣にいたのは……。

 

「……さん!……ルカさん!ハルカさん!」

 

 その声でハッと目を覚ましたハルカは、自分がどこにいるのかを把握した。

 場所はつばさぞう公園。自分はどうやらあの後、ここでうたた寝をしてしまったようだ。

 そして正面を見ると、つい先程分かれた人と再会した。

 

「あなた……。えっと……」

「眞哉です。すみません、寝ていたところを起こしてしまって……」

「う……。ううん、気にしないで」

 

 少々ぎこちない会話をしていた時、隣から別の声が聞こえて、ハルカはすぐにその方を見た。

 そこにいたのは、瓶のラムネを片手に公園を眺める青年だった。

 

「平和だな……。明日、ここに怪獣が現れるなんて誰も知らない。こんな穏やかな日常が明日も、明後日もずっと続けば良い……。アンタもそう思わないか?」

 

 ガイさんはハルカさんにそう言いながら、少しずつラムネを飲んでいた。

 その横顔をじっと見ていたハルカさんは、驚いた様子でガイさんを指差しながら言った。

 

「ウルトラマンオーブっ!」

「ブフッ……!いきなり何言い出すんだ……!」

 

 それを聞いたガイさんは、盛大にラムネを吹き出した。

 僕も焦りながらガイさんのフォローに回った。

 所々途切れながらもハルカさんに何とか言い聞かせようとするけど、ハルカさんは僕にも食い気味に攻め立てる。

 

「が、ガイさんが、う、ウルトラマンオーブ?や、やだなぁ、ハルカさん……!そ、そんな訳、ないじゃないですかぁ……!」

「ようやく思い出した!あなたも今までの予知夢の中に出て来た!そっか、さっきからあなたに感じてた違和感はこれだったんだ!」

「ぐ、偶然、居合わせたって、可能性もあながち……」

「いいえ、それはないわ!オーブのいるところに、あなたはいたもの!偶然な訳ないわ!」

 

 その指摘の嵐にたじたじになってしまった僕をスルーして、ハルカさんは次の標的をガイさんに切り替える。

 

「今夢に見たの!明日あなたが、ウルトラマンオーブになって怪獣と戦う姿」

「それ、ただの夢だろ?」

「あなたは不思議なリングを持ってた。その力で、ウルトラマンになるんでしょ!?」

「エッ、すごいな……!そこまでお見通しなのか……!?」

「じゃあ、本当にウルトラマンなんだ!!」

「ハルカさん!声が大きい……!」

「すごい!!みんなは救世主とか、光の巨人とか言ってるけど、その正体は人間だったんだ!そりゃ、誰も気付かない訳よね……!」

 

 大声で捲し立てるハルカさんを何とかしようと、僕とガイさんは必死に反抗するけど、そんな僕らの会話を聞き付けた子供達が、ガイさんの周りに集まって来た。

 

「なになにー?ウルトラマン?」

「ウルトラマンなのー?変身してー!」

 

 みんな期待に瞳をキラキラ光らせて、ガイさんを見つめる。それもそうだろう。憧れのヒーローが目の前にいるのだから。僕もきっと、この子達と同年代なら同じことをしていたと思う。

 でも今はそれどころではない。

 何とかして子供達を落ち着かせようと、僕は必死に考えて1つの答えに辿り着いた。

 

「みんな違うんだ!この人は、えっと……そう!ラムネのお兄さん!ラムネのお兄さんだよ!」

「そ、そうだよ!?僕、ラムネのお兄さんだよ!?」

 

 ガイさんも一瞬戸惑う様子を見せたけど、これに便乗して自分からそう名乗った。

 それからしばらくの間ガイさんは、子供達に「ラムネのお兄さん」の愛称で呼ばれるようになったらしい。

 

 

 

「俺の名は、クレナイ・ガイ。アンタの力を借りたい。明日現れる怪獣から、この町を救いたいんだ。……夢のこと、詳しく聞かせてくれないか?」

 

 公園から少し離れた川の流れる広場に僕らは移動して、ガイさんはハルカさんに協力を依頼した。

 でもハルカさんの答えは、オフィスの時と変わらなかった。

 

「……言ったでしょ。明日は見えても、明日を変えることは出来ないって」

「どうして言い切れる?」

 

 ガイさんが尋ねると、ハルカさんはこれまで予知夢が関わって来たことを自白した。

 子供の頃から見るのは決まって不吉な夢ばかりで、初恋の男の子が転校して失恋する夢や、ハルカさんの両親がケンカして、家族がバラバラになる夢……。

 しかもそれは全部現実になって、運命はあらかじめ決まってるんだと思い知らされたという。

 

「どうせ運命は変えられないんなら……。こんな力、初めからなければ良かったのに……」

 

 俯きながらガイさんに背を向けて、ハルカさんはそう語った。

 でもガイさんはハルカさんに更に問い続けた。

 

「本当にそう思うか?」

「え?」

「だったら、なぜ絵を描き続けている?なぜ夢日記のサイトを始めた?

 アンタは、心のどっかで信じてるんじゃないのか?その絵が……、いつか誰かの運命を変えられるかも知れないって……」

 

 ガイさんがそう言い終わる前に、ハルカさんはこれまで溜め込んでいた胸の内をさらけ出した。

 

「私は救世主じゃないっ!あなたみたいに運命を変える力も……」

「俺だって同じだッ!救世主なんかじゃない……!」

「ガイさん……」

 

 ガイさんも首を横に振って、本音をハルカさんにぶつける。

 ガイさんが今思っているのは、きっとあの少女のことだと僕は察した。

 レッドキングが現れた時期に、僕がガイさんに聞いた、ガイさんの忘れてはいけない過去の深い傷痕のことだと。

 

「かつて救えなかった大切な命もある……。その時に、本当の姿も、力も失っちまった。今は、他のウルトラマンの力を借りて戦ってる。

 過去は変えられない……けど、未来は変えられる。頼む……。アンタの力が必要なんだ」

 

 またハルカさんは塞ぎ込んでしまったけど、僕はガイさんの前に飛び出して深く頭を下げた。

 

「ハルカさん。僕からも、お願いします……!」

「ねぇ、シンヤさん。あなたは、怪獣が怖くないの?」

「へ……?何ですか、急に……」

「だって、いつもオーブや怪獣がいるところに、あなたはいる。ねぇ、どうして怖くないの?」

 

 そう聞かれて、僕はしばらく考えてしまったけど、背負っていたカバンからあのカードホルダーを取り出して、そこから1枚のカードを抜き取る。そして向こう岸の建物を見ながらぽつぽつと言葉を繋ぐ。

 

「僕だって、本当はものすごく怪獣が怖いですよ。あの建物みたいに大きいし、口から火や光線まで吐きますし、顔だって、おっかないんですから。本当に怖いですよ……。でも、戦うんです。怖いものに立ち向かって行く。それが、本当の勇気なんじゃないですか?」

「シンヤさん……」

「だから、ハルカさんも戦いましょう!その、運命ってやつに。……ね?」

 

 僕はハルカさんと向かい合わせになってからそう言って、最後に軽く微笑んでみせた。

 その後、ハルカさんは何も言わずに去って行った。

 するとガイさんが近付いてきて、僕に聞いた。

 

「シンヤ……。今の言葉は……」

「教わったんです。遠くの星から、来た人に」

 

 そしてさっき取り出したカードを、ガイさんに見せた。

 遠くの星から、愛と勇気を教えにやって来た、熱血先生のカードを。

──後で知ったことだけど、僕らとハルカさんとの会話を、公園の調査に来ていたジェッタさん達に目撃されていたようで、それを聞いたナオミさんは顔を膨らせてアルバイトへと向かったらしい。

 

 

 

 その夜、ハルカは新しく描いた怪獣の絵を添付して、サイトを更新した。

 サイトを更新しようと思ったのには理由があった。何より大きいのは、今日聞いた言葉だった。

 

──未来は変えられる。

 

 その言葉に僅かな希望を見出だして、ハルカはエンターキーを押した。

 

『皆さんにお願いです。明日、つばさぞう公園に怪獣が現れます。この日記を見た方は、出来るだけ多くの人に伝えて下さい。どうか1人でも多くの皆さんが助かりますよう……。』

 

 するとすぐさまコメントが寄せられてきた。早速確認するが、その内容はハルカの心を深く抉るものばかりだった。

 

──予知夢なんてどうせインチキでしょ

──不吉な絵ばっか描いてんじゃねぇよ

──アンタの妄想のせいで、怪獣が現れるようになったんじゃないの?

──すげぇ!みんな、明日怪獣見に行こうぜ!

──このサイト不気味。HARUKAって、何者だよ?

 

 サイトのコメント欄に殺到する心ない文字の羅列に耐えられなくなったハルカは、パソコンの画面を勢いよく閉じた。

 ハルカの抱いた希望はいとも容易く打ち砕かれ、ハルカは深く絶望した。

 

 

 

 

 

 ハルカはまた夢の中にいた。

 今回瞼を開いて目撃したのはこれまで見てきた夢の終わりで、とても信じられない光景。

 霧に包まれた町に怪獣を倒したオーブがいたのだが、倒したはずの怪獣がオーブの背後に回り込む。

 その怪獣は自分が予知夢で見た怪獣で、口から吐いた怪光線がオーブの背中に直撃。オーブは断末魔を上げて倒れ、変身が解除される。

 慌てて自分はオーブに変身する青年の元に駆け寄って、何度も何度も呼びかけるが、一向に返事はなかった。

 

 ハルカが目撃したのは、オーブが完全に敗北する瞬間だった。

 

 

 

 自分が悲鳴を上げてその夢は終わり、ハルカは跳ね起きる。どうやら昨晩はあのまま、机に突っ伏して眠ってしまったようだ。

 既に夜は明け、鳥のさえずりが聞こえた。驚いたハルカはカレンダーの日付を確認する。

 今日は、8月20日。

 つばさぞう公園に怪獣が現れて、オーブが敗北する日。

 しばらくカレンダーを凝視していると、窓の向こうから怪獣の雄叫びが聞こえた。

 

 

 

 8月20日。

 今日は朝から霧が立ち込めていて、先日の天気予報では晴れだったのにと、人々はがっかりしていた。

 つばさぞう公園は今日も変わらず、たくさん人が訪れていた。その大半は、『HARUKAの夢日記』に誘われてやって来たギャラリーばかりだった。

 各々は本当に怪獣が現れるのか、どうせガセだろ、早く出て来いとはやし立てる。

 僕とガイさんも、この公園に来ていた。ナオミさん達には何も言わず来てしまったけど、怪獣が現れるのを黙って見ているだけなんて出来なかった。

 すると霧の中に、何かが光ったのが見えた。どこからか吹いてきた風が霧を払うと、そこには巨大な怪物がいた。

 その突然現れた怪獣に、人々はパニックに陥る。

 僕はあの怪獣が何なのかを知っていた。

 

「やっぱり……!あれは、ホーだったんだ!」

 

 硫酸怪獣ホー。

 人間の負の感情「マイナスエネルギー」から誕生した怪獣で、その両目からは硫酸の涙を流し、尻尾からは毒ガスを放つ。

 そして僕は、どうして今回ホーが現れたのかを考えた。ホーが出現したということは、その源泉であるマイナスエネルギーを誰かが生み出したということだ。

 それが一体誰なのかを推測した時、1人だけ心当たりがあった。

 そんなことを考えている間にも、ホーは町を破壊する。踏み潰された自動車が爆発を起こし、町中には非常用のサイレンが響き鳴り渡る。

 ガイさんはどこかを目指して走り出し、僕もそれに倣って走る。そしてガイさんが辿り着いたのは、昨日ハルカさんと落ち合った場所。

 そこにはホーを直視するハルカさんがいた。

 

「ハルカ!」

「ハルカさん!」

 

 僕らの声に気付いたハルカさんは僕らに振り向く。その表情はどこか悲しげだった。

 

「奴は人間のマイナスエネルギーに反応して暴走する!早く止めないと……!」

「待って……!あなたは、あの怪獣には勝てない!」

「何言ってんだ!」

 

 ハルカさんは、今朝見た夢を語り出す。オーブが怪獣に敗北する夢を。

 立っていられなくなったハルカさんは、その場にへたりこんでしまった。

 

「やっぱり明日は変えられない!運命には逆らえないのよ……!」

「ハルカさん……」

 

 するとホーに異変が起きた。

 周囲に立ち込める霧を首から吸引し、目から硫酸の涙を流し始めた。その涙は、町の建物を溶かしだす。

 それを見たガイさんは、目を見開いてハルカさんに語りかける。

 

「……ハルカ、よく聞け!奴を暴走させてるのは、アンタ自身。その悲しみと絶望なんだ!

『運命には逆らえない』……。その想いこそが、マイナスエネルギーの正体だったんだ!」

「……やっぱりマイナスエネルギーの発生源は、ハルカさんだったんだ……!」

 

 どうやら、僕とガイさんの考えていたことは同じだったようだ。

 この可能性はあまり考えたくはなかったけど、昨日のハルカさんの話していたことや、ハルカさんが抱いていた哀しみとを組み合わせれば、ホーの出現する要素は十分揃うのだ。後はハルカさんが絶望するような出来事が重なれば、その悲しみと絶望を糧にしてあの怪獣は誕生したということだ。

 

「嘘よ……。私が、あの怪獣を……?」

「嘘なんかじゃない、しっかりしろ!……アンタ自身の心が、明日を闇に染めてどうする!?」

 

 ガイさんがハルカさんに語りかける間にも、ホーは霧を吸引し怪光線を発射。町を破壊し続ける。

 町を守るため、ガイさんはホーの元に向かおうとするけど、ハルカさんがガイさんの腕を掴む。でもガイさんはその腕を優しく放す。

 

「待って……!」

「アンタが夢に見た運命なんて、俺が変えてやる……!」

「ハルカさんは僕が……!それと、これを……!」

 

 駆け出そうとするガイさんに、懐から取り出した1枚のカードをガイさんに差し出す。

 ガイさんはそれを受け取り力強く頷いて、ホーに向かって行った。




「ラムネのお兄さん」誕生回でした。

後編に続きますよ~

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