頑張った。
さて、いつも通りのバトル展開である。
俺は自分の肩を揉みながら言った。
「ん?どうした?早く殺してみろよ」
傭兵はある意味ではヤクザみたいなもんだ。そもそも軍隊がヤクザなんだから傭兵もヤクザよ。だから面子ってもんがある。
部下や観客の前でこうも舐められておいて、タダで帰したら腑抜けと呼ばれる。
「後悔するなよ、兄ちゃん」
モスが斧を構えた。
「なあに、死んでも傭兵の私闘じゃ罰せられんわい」
グレンがメイスを構えた。
「戦士への侮辱、命で償え」
ダンバが槍を構えた。
「自信のほど、お見せ願おうか」
エルガが弓を構えた。
「そこまで舐められちゃ、生かして帰せないわね」
デオンが杖を構えた。
「さあ、来い」
俺は構えない。
まず放たれたのはエルガの弓矢。
かなりの素早さで三回矢を射ってきた。
俺からすればあくびが出るほどにスローだ。
俺は『見切り』で、片手で矢を掴み取ると、正面から飛びかかろうとしているグレンに矢を投げつけた。グレンは咄嗟に盾で防ぐが、出鼻を挫かれて突撃できなかった。
「馬鹿な?!矢を掴んだだと?!!」
エルガの驚きの声を無視して、俺は踏み込む。
「何?!」
横からのダンバの鋭い突きに合わせて踏み込んだ俺は、ダンバの槍を掴んだ。
「ぐ、おおお?!!」
そのまま、片手でダンバを槍をへし折り、先端を、尻餅をついたダンバの股の間に投げつける。
そこには、爆音と共にクレーターができていた。
「お、おおおおおっ!!!」
グレンが横合から巨大な鋼鉄のメイスで殴りかかってくる。
「おらよ」
「なんじゃと?!!!」
鋼鉄のメイスと人間の拳。
硬いのはどちらかなど、子供でも分かる。
しかし、この場では、その自明な法則が覆される。
人間の拳を叩きつけられた鋼鉄のメイスが、根本からひん曲がった!
「ほら、どうした?」
「ぐ……?!おおおおおおっ?!!!」
そして、木製の大盾は、人間の蹴りで叩き折られた。
グレンの樽のような身体が、空っぽの樽のように転がる。
「あ……、あああああっ!『アイスボルト』ォッ!!!」
半ば発狂しながら魔法で攻撃してくるデオンと、その隣で新たに矢をつがえるエルガ。
俺はそこに、回避しつつも10mもの跳躍。
弓と杖を握り潰すと、腕を掴んで二人をぶつけ合った。
「う、うわあああああ!!!」
悲鳴のような声を上げながら駆け寄り、斧を叩きつけてきたモス。
俺は、パリィの要領で斧の腹を殴り、ひん曲げてやる。
「あ、ああ……、ぐっ!!!」
武器を失ったモスの首を掴み、150kgを超えるモスを、片手で軽々持ち上げる。
そして、軽く投げる。
「まだやるか?」
俺の勝ちだ。
「「「「お、おお……、うおおおおおおっ!!!!!」」」」
「え、英雄だ!」「新しい英雄だ!!」「なんて強いんだ!」「これなら団長を任せられる!!!」「大団長だ!」「大団長ライン様だ!!!」
「「「「大団長ライン様、ばんざーーーい!!!!!」」」」
場所を、傭兵ギルドの中に移してから、再び会談する。
傭兵ギルドは、街が戦争に巻き込まれたら、物資の集積所や作戦本部として使われる建物なので、途方もなく広く、そして丈夫だ。
千人くらいなら入っても平気な建物で三階建て地下室あり。
今回は、金を払って有料の会議室を借りた。
会議室……、と言っても、有料であるが故に、ある程度汚したりしてもいい、つまりは飲み食いしてもいいそうだ。
俺は、大学の講義場のようにずらりと並ぶ机と椅子の前にある大きな机と椅子の前に座った。
「レクノア」
「『茜の朝焼け』は、獣人百二十一人の傭兵団で、六十八人の戦士と三十三人の弓使いと二十人の斥候が所属」
次。
「『輝く星』は、ドワーフ九十八人の傭兵団で、六十八人の戦士と三十人の重戦士が所属」
次。
「『跳ねる雷』は、蜥蜴人七十七人の傭兵団で、四十三人の槍使いと三十四人の剣士が所属」
次。
「『銀の静寂』は、ダークエルフ六十一人、エルフ四十九人の傭兵団で、四十人の弓使いと、三十人の魔法剣士、三十人の回復術師が所属」
次。
「『遙かな轟』は、魔人五十人、虫人三十五人、ハーフリング十五人、鳥人十人の傭兵団で、五十人の魔導師と三十五人の剣士と二十五人の斥候が所属」
ふむふむ……。
「な、なんで知ってるんだ……?」
モスが狼狽ている。
俺は、隣に座るレクノアを抱き寄せて言った。
「この女にはお前らの心の中すらもお見通しなんだよ。俺の下についたなら、裏切りは許さないし、やろうとしても何かをやる前にこの女が俺に報告してくる」
「な、なんだと……?!」
「おっと、この女を始末しようとしても無駄だぞ?この女もかなりの大魔導師だからな」
「えへへ……」
レクノアは、満更でもないといった雰囲気で俺にくっついてくる。
「まあ、とにかく、前衛が多く存在して、後衛が少なめなのか」
俺が呟いた。
すると、それに対してレクノアが反論。
「えっと、お兄さんの常識ではそうかもしれないけど、ここでは普通だよ。戦列歩兵って言うのすらないからね」
ああ、なるほど。
そういやそうだ。
この世界に銃はないのだ。
地球では、火砲の発展に伴い、戦列歩兵や騎兵はただの的になっていった。
だが、この世界には、大砲はあれど普及率は低い。
大砲以外で騎士の着るフルプレートアーマーを貫けるのは、腕のいい魔導師の魔法のみ。
大砲はそもそも、金のかかる攻城兵器扱い。対人兵器ではない。
つまりは、魔法のみが鎧を着込んだ騎士を殺傷せしめるのだ。ボウガンもないからな。あとは、騎士にとっての脅威は、大弓とメイスとかだろうか?いや、でも、騎士は馬に乗っているから、上から一方的に攻撃できるんだよな。
魔法も、騎士の鎧を貫通するほどの腕前の魔法使いはそうはいないので、結局のところ、戦場の花形は騎士である。
しかし、花形は騎士であれど、騎士はそう多くはない。
フルプレートアーマーの平均的な値段は、一般兵士の年収十年分。
騎士が乗るような、勇猛果敢な軍馬は、農耕馬の二十倍の値段で取引される。
騎士は、鎧の着脱や馬の世話をさせる小姓も雇う必要がある。
つまりは、金がかかるのだ。
この世界における騎士は、地球で言うところの戦車や戦闘機といったところか。
となると、やはり戦場の主役は歩兵である。
数を揃えられない騎士よりも、主に戦うのは傭兵や農兵、奴隷兵。そしてその後ろに陣取る正規兵ってところだ。
実際の戦争では、騎士百人くらいに対して、数千人の兵士が激突する。
この世界では、傭兵や農兵、奴隷兵などの非正規兵がぶつかり合った後に、陣形を組んだ正規兵がぶつかり合い、その横で騎士がぶつかり合う。
例えば、一点に戦力を集中させて突破するだとか、迂回して包囲殲滅するだとか、そういった発想はないらしく、力押しでぶつかり合わないのは軟弱とされている。
ひょっとしてこの世界、アホしかいないのかな?
今日は料理もしたし買い物もしたし片付けもした。えらい。