どうやってもすき家の牛丼の味にならない……。
次の日の朝七時頃。
たっぷり九時間も眠って疲れをとったダルバのパーティは、今日も休養をとることにした。
ダルバ自身も、一ヶ月の激しい戦いの疲れがあるので、しばらく休みたいと思っている。
二、三日は、この空中都市マイブリスの視察をしたいと考えて、朝食を済ませた後に、マイブリスの西の農園に向かうことにした。
同行しているのは、二人の宮廷魔導師であるゲフィオン兄弟と、勇者アイリンだ。
『もー』『めえー』『こけー』『ぶー』
「ふむ……」
牧場には、白い身体に赤い瞳の家畜が山ほどいた。
しかし、どの動物も、放牧ではなく、檻のような建物の中で繋がれている。
ゲフィオン兄弟は、その辺りを歩っている農夫に声をかける。
「「すまない」」
「え?はい」
「「あそこの家畜だが」」「いつもあんな風に繋いでいるのかな?」
「そうですよ」
「病気になったりしないのかな?」
「ええ、錬金王様の作った生き物は病気になりませんから」
「「……何だって?」」
「錬金王様の作った家畜は、三倍の速さで育ち、三倍の数の子を産み、決して病気にならないんですよ。その代わり、寿命は半分と少ししかないそうですが」
「「………………」」
「そして、ああして運動させずに繋いでおくと、家畜は丸々肥えて、柔らかい肉になるんですよ」
宮廷魔導師の二人は、振り向いて言った。
「「ははは、ふざけているのかな」」「生命を歪めているという罪さえ無視すれば……」「あまりにも効率的だ」
再び、農夫の方を向いて、二人は尋ねた。
「「食事量は?」」
「家畜は、まあ、普通の家畜と同じくらい食べますね。でもまあ、野菜を食わせれば良いだけですから」
「「野菜……?」」
「ええ、野菜も病気にならず、三倍の速さで育ち、三倍の速さで増えるんですよね」
「「ははは、ふざけてるね」」
「でも、こっちからすると、年に何回も収穫があるんで大変ですよ。今からもう気が重いです」
……かつて、西では、主食であるジャガイモが一斉に病気になり、大規模な飢餓が発生したことがある。
あの時は、色々と手を尽くしたが、二割の国民が餓死して、一割の国民が国を捨てることになった。
百年過ぎた今では過去の記憶だが、百年以上前から西の支配者をやっているダルバからすれば、あれは痛ましい記憶だ。
それ以降、ジャガイモだけでなく、様々な穀物や野菜を育てるようにしてある。
あの時のことを思い出すと、あの時にこのマイブリスにあるような動物や植物があれば、被害が減らせただろうに、などと考えてしまうダルバ。
ダルバの心の中には、情というものは殆どないのだが、王としての責任感は大きく存在する。
「ここの植物の苗などは買えますか?」
ダルバは、そう尋ねる。
「それが……、ここの植物や家畜、魚なんかは、地上では育たないようになっているらしくて……」
「それは……、錬金王がそうなるように作ったと?」
「はい、マイブリスの外では、マイブリスを支配する人達の権益?ってのがあるそうで、それを侵すつもりはない、と……」
「なるほど……」
それは、確かにありがたいが……。
つまり、錬金王は、八神将の権益に首を突っ込まないという宣言をしているのだ。
そうするとなると、錬金王は、仲間にもならないが敵にもならないだろう。
午後は、北の飲食店で食事をして、東の商業地区に向かった。
「いらっしゃいませ」
商業地区も、見たことのないような透明なガラスが張られた店舗に、様々な商品が並んでいた。
商品の前には説明文があり、『鑑定』を使わずとも、どんな商品なのか理解できるようになっている。
商品は、鉄の棚に規則正しく陳列されており、特に売りたいような目玉商品は、店員が説明するのではなく、色付きの看板で強調されている。
様々な点から、今までの商店にはない工夫が見受けられた。
「ふむ……」
そして、その品目もまた、見たことのないようなものばかりであった。
武具はもちろんのこと、『即席スープ』や『お魚ソーセージ』など、見たこともない食品が。
貴重な『スキルスクロール』の類や、『アイテムボックス』まである。
そしてもちろん、防犯用に沢山のバトルホムンクルスが駐在している。
「あ……!」
「どうしましたか?アイリンさん」
「あ、あれ……」
アイリンは、アイスクリームのポップに指を指した。
「あれ?」
「あれは……、アイスクリームです」
「はあ……?」
「……アレクが、私に作ってくれたお菓子です」
「……なるほど」
錬金王の正体についてはまだ分からないのだが、アイリンは何度も、錬金王アレックスを、自分が知る想い人のアレックスであると主張している。
正直なところ、半信半疑どころかほぼ信じてはいないのだが、このように証拠が出てくると、その可能性も否定できないかもしれないと思えてくる。
だが……、自分の部下の一人に、メリンダという錬金術がいるのだが、その女は、百年以上前から錬金術の道を探究しているのに、錬金術スキルのレベルは7である。
錬金術スキルのレベルが8を超えるとされている錬金王の正体が、アイリンと同い年の、十二歳の少年であるとはとても思えない。
そんなことを考えていると……。
大人数の足音が聞こえてきた。
そして、乱暴にこの店の戸が開かれる。
「親父ぃ!保存食を持ってこい!」
「はーい、ただいま!量はいかがなさいますか?」
「この『アイテムボックス』に入るだけ入れろ」
「分かりましたー」
そこに現れたのは……。
「無双剣……、シューラ・ウラノスか」
「む……、西の青瓢箪か」
シューラ・ウラノス。
東の文字では、『裏野洲襲羅』と書く。
無双剣という異名の通り、『裏野洲流格闘術』『裏野洲流抜刀術』『裏野洲流居合術』の三つをレベル7まで鍛え上げた豪傑である。
東の人間の特徴である真っ直ぐな黒髪を麻布の紐で結び、刀を大小二本ずつ佩いた大男。
赤備えの甲冑に包まれたその顔は、その名の通りまさに『修羅』であった。
このシューラという男は、東の国『婆娑羅』を統べる大将軍である。
帝という支配者がいるにはいるのだが、実質的にバサラを支配しているのはこの男だ。
「襲羅様、いかがなさいますか?」
刀に手をかける侍達……。
しかし、シューラはこう言った。
「やめんか。この男は、戦場以外で斬るのは勿体ない」
シューラは、戦場での切った張ったの殺し合いこそが至上と考えている。
一定以上の強さの相手は、戦場で、自らの手で斬りたかった。
「はい、お待たせしました!金貨三枚と銀貨三十枚になります!」
「よぉし、行くぞ!」
そう言って、シューラは、物資を補給した後に、更なる攻略を始めた……。
それを見たダルバは、シューラに負けないように、攻略を速めなければならないと思った。
その後。
錬金王一党による三百階層の攻略により、新たな二つの都市の誕生と、『ダンジョンが攻略されればされるほど、野良モンスターが強くなる』という情報を得た各国は、否が応にもバベルに集まることになる……。
ラーメン食いたいんだけど、この気温の時に昼間に遠出すると本当に比喩抜きで死ぬかもしれないからどうしようか……。