女はそれから一晩眠り、次の日の朝に目を覚ました。
「私は……」
おもむろに起き上がる女。
ハッとした様に目を見開いて、自分の右腕を見た。
「……何だこれは?」
変わり果てた右腕に困惑する女。
「生体バッテリー駆動式レーザーブラスター内蔵型バイオニックアーム、名付けて……、そうだな、『アガートラム』でどうだ?」
「アガートラム……?」
「知らないか?古い神話に銀の義手を持つ神がいた。その銀でできた腕を、アガートラムと呼んだ……」
「知らない神話だ、私の国では聞いたことがない」
「だろうね、この世界の神話じゃあないからな」
左腕で髪をかきあげる仕草をする女。
「まるで、別の世界から来たかのような口ぶりだ」
「そう言ってるんだが伝わらなかったか?」
俺は、女の隣にある丸椅子に座り、足を組んだ。
「貴様……、何者だ」
「俺はザバーニヤ。こことは違う別のどこかで、世界の管理者をやっていた者だ」
「ハッ」
鼻で笑う女。
薄く見せる微笑みには、嘲りの色があったが、それでも、見惚れそうなほどに美しい。
女は、笑った後に言葉を続けた。
「神と嘯くか。神の声と騙る生臭坊主共は山ほど見たが、自らを神と騙る大胆な詐欺師は初めてだ」
「嘘だと?」
「目の前に自分は神だと抜かす男がいたら、そいつは気狂いだろう」
「あるいは、君がおかしいのかもしれない」
「そうかな、それもあり得るが……。だが、神にしては神々しさが足りないようだ」
「よく言われるよ」
ニヤニヤと、まるでチェシャ猫のように笑う俺を見て、女はどう思ったのか。
馬鹿にされていると内心いらいらした?
それとも、少しは信じたか?
それは分からない。
だが、女は、少し考えて口を開いた。
「だがまあ……、神の名を騙るクズ共より、神と名乗る狂人の方がよっぽどまし、だな」
「そうかい?」
「そうだとも」
女は、一呼吸置いて、それから俺をまっすぐに見据えた。
「まず、助けてくれたことに礼を言う」
「構わないさ」
「そして……、動く腕も……、まあ、大分変わっているが、取り付けてくれてありがとう」
「それほどでも」
「まずは名乗ろうか。私は、アーバン王国の公爵家、レーベリオン家のシルヴィアだ」
「そうか」
「私はな、戦いに敗れて逃げてきたんだ」
よくある展開だな。
亡国の姫君ってか?
それにしては厳ついが。
「へえ、それで?復讐でもする?」
「いや……」
シルヴィアは、遠くを見る。
「血が上っていた頭が冷えた。倒れるまでは、私一人でも復讐をしようと思っていたが……」
「あまりにも無謀だな」
「そうだ、無謀なんだ。アーバン王国を滅ぼしたミリシア教国は強大だ、私一人が剣を振り回しても、末端の兵士を十人も殺せばそこでおしまいだ」
いやいや、生身で兵士十人を相手できるのかよ。そりゃあ、中々に強くはないか?
「だが……、復讐はやめない。私の中の怒りは、未だに、砂をかけても消え切らない薪の熱のように、私の心を焦がしている」
「詩的な表現だな。それで?」
「これ以上の話は、貴様には関係がない」
「おいおい、そこまで聞かされてここでおしまい?オチのない話はよくないだろ、どこで笑えば良いんだ?」
「すまんな、笑わせてやりたいのは山々だが、戦争のせいで行きつけのバーは吹っ飛んだよ。あそこには中々に笑える漫才師がいたのだが」
暫し、二人で笑い合う。
公爵様とは思えないくらいに気さくだし、ユーモアもある女だ。
気が合うな。
俺は手を叩く。
ぱちん。
そしてこう言ってやった。
「よし、じゃあ、俺が手伝ってやるよ」
「何をだ?」
「シルヴィアの復讐を」
「……貴様、何を」
シルヴィアはこちらを睨む。
「良いか?俺は暇なんだ。いつものように、下界に降り立ち世界の管理をしようと思えば、違う世界に来てしまっていた。ここまではいいか?」
「神という設定は続けるのか?」
「正直に言おう、神ではない。だが、世界を八人の仲間と共に作って、運営していたのは本当のことだ。役割としては天使だった」
「なるほど、納得はできないが理解はした。それで?」
「あとは簡単、やることがない。自分たちの世界の秩序を維持するのが俺の仕事なのに、仕事の方がなくなったんだよ。会社ごとな」
「なら、休暇だと思って気ままに暮らせばいい」
「気ままに暮らしているとも。気の赴くままに行動しようと考えた結果、君の行く末を見てみたいと思ったんだ」
「ふざけた奴だな」
「ふざけたくもなる。俺の身になって考えてみろ、ある日、なんの前触れもなく、突然違う世界に連れてこられたんだ」
「それについては心中察するが、何故私についていくかのような話になる?」
「一つ、捨て鉢になった。二つ、折角だから美人な仲間が欲しい。三つ……」
「三つ目は?」
「亡国の姫君が、強大な征服国に対して、水面下で仲間を集め、力をつけ、反撃して、新たな王朝を作る……。それは新しい伝説になるはずだ。伝説の始まりから終わりまでを見てみたい!そして、伝説の中の登場人物としてどんな存在になれるか試してみたい!」
「酔狂なことだ……、だが、お前のようなおかしな男が言うと、不思議な説得力があるな」
ニヤリと笑うシルヴィア。
そのニヒルな笑みは様になっている。
「良いだろう、異界の神ザバーニヤよ、私に力を貸してくれ!」
「もちろんさ!」
しかし俺はそんなに洋ゲーをやったことがないのだ。