「で?こいつは何なんだ?」
暁人は、銃を懐に収めながら、ベアトリクスに訊ねた。
「ドラゴンは、自分より強いオスに惚れると、なんでも言うことを聞くようになるの」
「ほう」
暁人は、アカムの髪を掴んで無理矢理立たせる。
「あ……♡旦那様っ♡」
「おい、お前。ベアトリクスを殺せ」
「え……?な、何で……?」
「……おい、ベアトリクス。なんでも言うことを聞くんじゃないのか?」
「いや……、限度ってものがあるでしょ?!普通に考えてよ!!」
「つまらんな。じゃあ、俺の靴を舐めろ」
「はいっ♡」
即座に地を這って、暁人の靴を舐めるアカム。
アカムは、恍惚とした顔をして、悦びながら暁人の靴を舐める。
その姿は、最強種族のドラゴンとは思えないほどに無様だ。
そして、あまりにも非道な辱めだった。
「やめてよ……、なんでそんな酷いことを!!!」
ベアトリクスが抗議する。しかし、それを無視して暁人は、無様に這い蹲るアカムを嘲笑っていた。
魔人達も、それを見て笑っている。
そして……。
「汚え口で俺の靴を舐めるな、ゴミが」
「ひぎっ?!!!」
アカムの頭を踏みつける暁人。
その、あまりにも邪悪な行動を見て、ベアトリクスは心の底から悲しくなった。
「や、やめて!アカムは私の親友なの!酷いことしないでっ!」
「おう、じゃあ、代わりにお前が踏まれるか?ハハハハハ!」
「わ、私には何をしたって良いわ。だからアカムは!」
「そうか。友情とやらか、それは?どうでも良いな、そんなもの」
「ぎゃっ!」
アカムは、暁人に蹴られて、壁に叩きつけられた。
「何で?何で優しくしてくれないの!」
「優しくしてやってるだろ?殺さないでおいてやってるんだ、感謝したらどうだ」
「そんな……」
絶望して項垂れるベアトリクス。
そこに……。
「う、うぅ……、だ、旦那様ーっ♡」
復活したアカムが抱きついてくる。
暁人は、無表情でヘビー級プロボクサーのストレートをゆうに超える威力のジャブを繰り出し……。
「旦那様ーーーッ!私の愛を受け止めぷげらっ?!!!」
アカムは吹っ飛び、風穴が空いた教室から外にリングアウトした。
さて、午前十時という、学生どころか社会を舐めている時間帯に登校した魔人達は、この短い午前の間に、軽いミーティングを兼ねた報告会を済ませて、十二時からは食事の時間となる。
ニスロクのパスカルが、特進クラスの隣に併設された大型キッチンにて、百人分以上の料理を作る。
何故そんなに多いのか?
魔人は皆、須くが健啖家だからである。
ルシファーたる暁人は十人前は食らうし、少食のマスティマやパズズであれど五人前は軽く平らげる。
大食らいのサタンやアドラメレクに至っては、一人で百人前は食べ尽くす。
なんだかんだ言って、一番の大食らいはニスロクであるのだが。
ニスロク……、パスカル・ドゥランは、魔人の中でも比較的まともな感性の持ち主である。
まあ、あくまでも、『魔人としては』であるからして、いきなり笑いながら目の前の人間を挽肉に変えることも多々あるのだが、それでも、基本的にはまともである。
……先程、アカムに対してトーラスレイジングブルをぶっ放していたが、まともである。魔人にしては。
パスカルの信念は、美食の追求である。
故に、その障害となるものは問答無用でぶち殺される。
基本的には、笑顔で、「みんなで美味いもん食えば幸せだろ!」と言う、料理人の鑑でもある。
……それが、「だから、美味いもんさえ食えるなら何やっても良いし、その邪魔をする奴は食い殺してOKだろ!」となるから、魔人は気狂いで恐ろしいのだが。
そんなニスロクの作る料理は、大胆かつ繊細で、和洋中どころか全世界のあらゆる文化のあらゆる技法を完全に使いこなすが故の、超絶技巧であり……、つまりは、この上なく美味い。
ニスロクが作った料理を口にすれば、ニスロクの思うがままに人間を操れる。そのレベルの魔性がある、料理を超えた料理を作れるのだ。
ついでに言っておくが、本人も、食材の調達のためには神をも殺せるので、戦闘能力もかなり高い。
さあ、今は昼。
ニスロクの超絶技巧の時間だ。
「今日はビーフシチューとシーザーサラダ、鮭のホイル焼き、ガーリックトーストだ!たくさん作ったから、みんなで食おうぜ!」
本当に……、パスカルはいわゆる『良い奴』であり、魔人以外にも食事を作ってくれたり、安値で料理人として各国に派遣されてくれたりするのだが……、魔人であるからして、『なんとなく』『ノリで』『エンタメ目的』などのふわっとした理由で殺人をする。
それさえなければ聖人なのに、困ったことだ。
「だんなしゃまぁ〜……」「暁人……」
目を回してダウンしているアカム、ショックでぐったりとしているベアトリクス。
「「「「ひ、ひいい……」」」」
教室の隅っこで震え上がる、他の魔物娘達。
「お前らの分もあるぜ!飯はみんなで食った方が美味いからな!」
パスカルが、太陽のような笑顔を向ける。
が、魔人であるからして、断ったら何をされるかわからない。
魔物娘達は、恐る恐る席について、食事に手を出す。
「「「「いただきます……、あっ、すごい美味しい!!!!」」」」
だが、パスカルの料理を食べれば、恐怖なんてものは『どうでも良く』なる。
「美味い!美味いぞ!なんだこれは?!私が今まで食べていたものは泥だったのか?!!」
アカムが、驚きに満ちた顔をしている。
「はむっ、もぐもぐ!はむっ!」
ベアトリクスは食事に夢中だ。
「「「「もぐもぐ……」」」」
他の魔物娘達も、食事にかかりきりになっている。
「よっしゃ!俺の料理は魔物娘とやらにも通用するんだな!嬉しいぜ!」
そんなパスカルを他所に、他の魔人達も、談笑しながら食事をしている。
この時ばかりは、年相応の学生らしさが垣間見える。まあ、何人かは学生って年齢じゃないのだが。
確かに、利害関係によって集まった魔人は、害になれば同じ魔人をも切り捨てる。しかしまあ、魔人は魔人なりに世界を楽しんでいるし、魔人同士は仲が良い。友情などは微塵もないが。
魔人同士の関係は、例えるならば、同盟国同士と言ったところだろうか?
自らの利益に反さない程度に助け合いつつも、合法的に出し抜くための競争もする……。まさに、国家の関係だ。
それに、魔人達は、お互いがぶつかり合うと世界が滅ぶとよく分かっている。
魔人達は、世界を滅ぼそうとは全く思っていない。
魔人にとって世界とは、ゲーム盤であり、遊び場であり、畑であり……。
ともかく、自らの領域を好んで破壊するような破滅的思考を持つものはいないのだ。
いたとしても、魔人によって消されるのだが。
そうして、食事を終えた魔人達は、解散するもよし、残って遊ぶのもよしと、バラバラに行動し始める……。
かにさんかにさん。