「テレジアさんも素敵よ、何をやらせてもそつなくこなすし、その上とっても綺麗で!」
スナック『夕焼け』のママ、大久保直美はテレジアを褒め称えた。
「そうだなぁ、青い肌とか赤い目には驚いたけど、物凄い美人さんだよなあ」
「スタイルも良くって賢いしな」
「異国の歌も良かったよなあ」
スナック夕焼けの常連のおじさん達も、テレジアを褒め称えた。
テレジアは、ぶっちゃけた話、こちら側の世界で言う悪魔そのものである。
様々な知識と魔法の力を持ち、人を堕落させるのだ。
魔人族は、他人を堕落させるのが好きだし、自分自身も堕落するのが好きだ。
テレジアの思う堕落とは、緩やかな停滞であり、優しい死である。
強烈な戦争や地獄の様な仲違いではなく、向上心をなくして、ぬるま湯に浸かり、ゆっくりと死んでいくのが好きなのだ。
皆が好きなことをやり、遊んで暮らし、段々と壊死していく様が好きなのだ。
本音を言うと、旦那である嶺二を甘やかして、自分に依存させ、淀んだ時を過ごしたいと考えている。
最近はやっと、魔帝王とか言うモンスターの王を殺し、愛する嶺二が隠居してくれると言ってくれた。
テレジアはそれが嬉しかった。
嶺二が好きな研究に打ち込み、暇つぶしにテレビゲームをして、自分の身体を楽しみ、昼まで寝ている。その堕落した姿を隣で眺め、共に『楽園』へ堕ちるのが嬉しかったのだ。
この村の人々も良い人ばかりだ。だから、皆緩やかに堕落してほしいと、テレジアは、心から願っている。
そんなテレジアとスナック夕焼けの出会いはこうだった。
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大久保直美(35)は、毎日を楽しんでいた。
かつて、銀座でキャバクラ嬢として働いていた頃より、田舎の片隅でスナックのママをやる方が楽しかったのだ。
キャバクラ嬢としての生活は、それはもう辛いものだった。
キャバクラ嬢同士の人間関係、女の戦い。
誰彼が私の客を横取りした、あの客は本命だったのに。貸した金を返さない、いや、借りてない、言いがかりだ。あの女は不細工だ、不細工のくせにモテるのは、客に股を開いたからだ。所詮ヘルプのくせに私の客に色目を使うな。
直美は、そう言った都会の人間関係が嫌だった。
恨みっこなしで、みんな仲良くやっていきたいと常々思っていた。
しかし、結構売れた直美は、かなりの嫉妬ややっかみが付きまとい。
直美は、ついに、疲れ果ててキャバクラ嬢を辞めてしまったのだ。
幸い、結構な金はあった。
それを元手に、田舎の小さな村にスナックを開いた。
それが、スナック夕焼けの始まりである。
しかし、直美はこうも思っている。
あのままキャバクラ嬢を続けていれば、自分はどこまで行けたのか。
未練が、あった。
スナック夕焼けは、その名の通り、夕焼けが見えるくらいの時間帯から開店する。
直美は今日も、小さな村の男達を相手に、ゆったりと、誰の足も引っ張らず、引っ張られず、楽しく仕事をしたいと思った。
「はい、お勘定ね、また来てねー」
商店街の親父達、客も数人入り、酒や料理もそれなりに売れた頃。
夕日が沈んだ頃に、それは現れた。
「ひっ……?!」
悪魔だ。
青い肌、赤い瞳、捩じくれた角と翼、そして尻尾。
不思議な、柔らかい黒い金属でできた際どい鎧を着て、サーベルとレイピアを腰にさした、妖艶な女。
客達も酷く驚いていた。
「悪魔……?」
「ええ、そうよ、魔人族のテレジアよ」
「私の店に何の用……?」
「お酒の匂いがしたから、寄ってみたの。悪魔は入っちゃ駄目だったかしら?」
妖しい雰囲気だった。
この女は人を駄目にするタイプだ。
かつてキャバクラという世界で生きてきた直美にはそれが分かる。
しかし、悪意は感じられない。
「……まあ、良いわ。ご注文は?」
「ウイスキー、一番良いのをお願い」
直美の目の前のカウンター席に腰掛け、注文をするテレジア。
その佇まいは様になっていた。
ウイスキーを舐める程度に飲み、官能的な溜息を漏らすテレジアに、同性であるはずの直美さえ魅了されていた。
「あ、悪魔の嬢ちゃんはどこから来たんだい?」
客達は、積極的にテレジアに話しかけた。
テレジアは、旦那がいることと、旦那以外の男性には興味がないことを告げながらも、客達と色々な会話をした。
直美は思う。
これこそが、自分がかつて目指していた、キャバクラ嬢の理想の姿だと。
男も女も魅了し、素晴らしい話術と知識を持ち、何より美しくあること。
「貴女、お名前は?」
「テレジアよ。貴女は?」
「私は大久保直美。テレジアさん、本当に素敵ね。ねえ、どうやったら貴女みたいになれるのかしら?」
本当は、こう聞きたかった。
『どうすれば、貴女のようなキャバクラ嬢になれたのか。どうすれば、キャバクラ嬢を辞めなくて済んだのか』と。
テレジアは言った。
「今の貴女が一番素敵よ」
と。
「あ……」
直美は、誰かに言って欲しかった言葉を、テレジアに言ってもらった。
「そう、よね。今の私が、一番素敵よね」
「ええ、そうよ。頑張らなくても良いの。ナオミは頑張ったんでしょう?過去のことは良いじゃない」
ああ、そうなのだ。
結局は、未練は未練に過ぎなかった。
根が真面目な直美は、途中でキャバクラ嬢を投げ出したことに、無駄に罪悪感を感じていただけだった。
今の自分が一番良い。今が一番楽しい。
それに、確信が持てた。
「ありがとう、テレジアさん。踏ん切りがついたわ」
「そう?良かった」
「ねえ、テレジアさん、うちで働かない?」
「私、悪魔だから戸籍がないの」
「大丈夫よ、バイトってことで」
「まあ、良いわよ」
次の日から、ちょくちょくテレジアがスナック夕焼けでバイトをする姿が見られるようになった。
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「テレジアさんは人を駄目にするタイプの女だから、水商売にぴったりなのよ。と言うより、あのテレジアさんと結婚しておいて、駄目になってない旦那さんは本当に凄いわね」
「エスメラルダちゃんも凄いぞ」
鍛冶屋の親父がそう言った。
エスメラルダは所謂ドワーフだ。
酒と機械いじりが好きで、鍛治仕事も大得意。
鍛冶屋にはバイト気分で通っている。
実際バイト。
そんなエスメラルダの鍛冶屋との出会いはこうだ。
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吉田藤四郎(68)は鍛冶屋だ。
その性格は正に職人、と言ったもので、鉄を打つことに人生を捧げ五十余年。
今は弟子二人とこの田舎で毎日鉄を打つ。
腕には自信があった。
テレビや雑誌に載ったことも何度かある。
依頼を受けては、包丁から刀まで、刃物を中心に、大体なんでも打てるのが強みだ。
そんなある日。
「こんにちはー!」
「誰じゃ?」
赤毛の子供がやってきた。
「ここ、鍛冶屋なんだって?中を見せてよ!」
藤四郎は、珍しいと思った。
女の、それも外国人の子供が、鍛治仕事に興味があると言うのだ。
「まあ、ええ。中は暑いし危ないぞ、離れてみるんじゃぞ」
「うん!」
どうやら、素直な子のようだ。
笑顔が可愛らしい、陽だまりのような少女だ。
子供は国の宝だと、藤四郎は思っている。
中では、丁度、弟子が焼入れをしていた。
しかし……。
三秒、水から引き上げるのが早い。
それを指摘する。
「「三秒早い!」」
ん?
今、この少女はなんと言った?
自分と同じことを言わなかったか?
「あ、おじさんも分かる?引き上げるのが三秒早かったよね。でも、他は大丈夫みたい。お弟子さんにちゃんと教えてるんだね!」
「何じゃと……?!」
分かるのだろうか。
こんな子供が?
藤四郎は困惑した。
「おじさんの打った鉄を見せてくれる?」
「あ、ああ、あれじゃ」
指を指す。
そこには、最近打った包丁があった。
「借りるね。……うん、うん、良いね!鍛冶屋五十年くらい?」
まさか……、打った鉄を見て、職人の経歴が分かるのだろうか?
「何という……!!」
まさか、とてもそうは思えないが、この子も鉄を打っているのだろうか?
「お嬢さん、手を見せてくれ」
手を見れば分かる筈だ。
鍛治仕事をしている職人の手ならば沢山見てきた。
「良いよ、はい!」
「お、おお……!!!」
少女の手は、あどけない笑顔に反して、分厚い皮の、正に職人の手のひらであった。
「お嬢さんは……、何者なんじゃ?」
「僕は鉱人族のエスメラルダだよ!因みに五百歳くらいだから、おじさんより歳上だね!」
五百歳……。
普通なら、何を冗談を、と思うところだが、その職人の手は確かに五百年の重みを感じさせた。
「見せてくれ……」
「え?」
「鉄を打って見せてくれ!お嬢さんの技を、五百年の積み重ねを見せてくれ!」
「うん、良いよ。旦那に連絡するから待ってね!」
え?結婚してんの?
その見た目で?
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「その後、エスメラルダちゃんは素晴らしい包丁を一本打ってくれてな。ありゃ凄い、本当に五百年鉄を打ってきた職人技じゃった」
実際、エスメラルダは鍛治以外にも色々とやっているが、それでも、高々百年程度しか生きられない人間の職人と比べれば、腕前は上だ。
土井中村青年団は長話をする……。
お盆はff14 やってました。