「……あ、あれ?ここは?」
「起きたか、宇佐美」
「ひゃう?!!」
例の、用意されたデカい家の中で、偏屈の二階堂健は、真っ直ぐの因幡宇佐美を介抱していた。
「あ、あれ?ここ、は?」
「お前に案内された家ん中だよ。ほら、紅茶。なんかティーパック置いてあったわ」
「え、え?気絶したのは覚えているんですけど……、じゃあ、二階堂さんは、私のことを家の中まで運んでくれたんですか?」
「勝手に身体に触って悪かったな。だが、あのまんま道の真ん中で野ざらしの方が悪いと思ってな」
「そ、そそ、そんな!ありがとうございます!って言うより、女の人持ち上げるなんて物凄い力持ちなんですね!……いやいや、ごめんなさい迷惑かけて!」
「良いよ別に……」
置いてあったインスタントコーヒーを一口。
「あ、これお高いやつだ。美味え」
コーヒーを啜りながら、さて、と声に出す健。
「それで、同棲とかって話だが」
「は、はい!その、規則でして、男性には最低一人の男性保護官が護衛に付きます!それで、その、わ、わたっ、私をっ!その、担当にしたいと!お聞きしたんですが!」
「ああ、もう、面倒だしお前で良いよ」
「ほ、本当ですか?!!」
ガタッと席を立つ宇佐美。
「わ、私、ずっと、頼りないからって担当になれなかったんです!そんな私を選んでくれるなんて!」
宇佐美の頭の中に、かつての男性達の声がリフレインする。
……「え?これで男性保護官?弱そう……」
……「ちょっと、頼りなさ過ぎるかな」
……「アルビノは気持ち悪いから……」
「う、うええっ、うええん!ありがとうごじゃいましゅ〜!!!」
「泣くなよ……、良い歳だろお前……」
若干引き気味の健を他所に、喜びのあまり涙を流す宇佐美。
「ってか、お前はそれで良いのかよ」
「はい!私は嬉しいです!だ、だって、二階堂さん、とってもハンサムですし……、あ、あっ、いえ、これはその!えっと、ち、違うんです、つい本音が?!」
「俺の顔?まあ、そこまで悪くはねえと思うけどよ……、強面だろ」
「何言ってるんですか?!切れ目の鋭い瞳!高い鼻、薄い唇!シュッとした輪郭に少し長めの髪!最高にカッコいいですよ二階堂さんは!!」
「そ、そうか?」
柄にもなく少し照れる健。
元の世界では、どちらかと言うと、整った顔立ちだが強面で、ある程度はモテたが、その鋭い目から、「睨んでるの?」と聞かれることが多く、見た目に自信はあまりなかった。
それを絶賛されると、少し恥ずかしいと言うものだ。
「本当ですよ!最初、初めてお会いした時、私が今まで会ってきた男性の中で一番カッコいいと思いましたもん!」
「わ、分かった、ありがとよ。世辞でも嬉しいわ」
「お世辞じゃないです!二階堂さんは、言葉もハキハキと喋るし、私と目を合わせてくれるし、とっても良い人です!そんな二階堂さんにお仕えできるなんて夢みたいです!!」
「……健でいい」
「はぇ?」
「二階堂じゃ長いだろ、健って呼んでくれ」
「ふひゃ?!だ、駄目ですよ、夫婦でもないのに名前で呼んでくれだなんて!」
「良いよ、別に。同棲とか死ぬほど嫌だけど、お前とはなんとかやっていけそうだ」
「ほへぇ」
「あっ、馬鹿野郎、また倒れやがったな?!」
「宇佐美、起きろ。飯だ」
「ふぇい?!あ、あれ?えっと?」
「冷蔵庫に食材はあったし、キッチンは広いし、快適だわな」
「え?……あ、料理できるんですか?!」
「人並みにはな。つってもまあ、パスタとレタスに肉焼いただけだが」
「って、私の分も?!」
「当たり前だろ、お前も腹くらい減るだろうしよ」
さらっと作ったが、この世界において、男性が女性に何かするということは異常である。
「そっ、そそそ、そんな!男性に料理を作らせるだなんて、私はなんてことを!!」
顔を青くする宇佐美を他所に、食事を始める健。やはり、身長190cmを超えるその肉体を維持するには多くのエネルギーが必要なようで、大量のパスタを食べている。
「んだよ、片付けもあるんだから、とっとと食っちまえよ」
「つ、次からは私が作りますからっ!」
「こういうのは当番制だろ。明日はお前な」
「いえっ!私がやりますから!二階堂さんは何もしなくても良いんです!」
「健って呼べや。それと、共同生活なんだからお互いやることやらにゃならんだろ。あ、洗濯物は各自。掃除、ゴミ出しは気づいた方がやるって事で」
「うぅう、け、け、健さん」
「それで良い。それじゃ、飯食ったら俺はシャワー浴びて寝るからな。あ、シャワーはお前先で良いぞ。じゃあ食え」
「い、いただきます!わぁ、男の人の手料理なんてあり得ない……、あ、美味しい」
因みに、メニューはローストビーフとトマトパスタ、サラダである。
出来は、まあ、男の一人暮らしでこれなら上等かな?というレベル。
それ即ち、この世界の男性基準では料理上手なレベルである。
「食いながら聞け。まず、金だが、いくらもらえた?」
「取り敢えず、月に五十万円ほど、それ以上必要なら申請が必要だとか」
「はぁ?馬鹿なのか?」
五十万円?
五万円じゃなくってか?と何度も確認をとり、物価の擦り合わせなどもしたが、結局、前の世界と変わらない物価の中で五十万円支給されたことが分かった。
「五十万……?五十万?俺に五十万?とびきりのアホだな、そりゃ」
「いえ、むしろ私は、ちょっと少ないかなって思いますよ?」
「お前もアホかよ。……兎も角、最初に必要なのは服とスマホだな。明日は買い物だ」
「はい、警護、頑張りますね」
「え?ついてくんの?」
「もちろんです、男性の一人歩きは」
「あーはいはい、分かった分かった。新手のストーカーだと思うから別に良いよ」
「ありがとうございます、にかいど、いえ、け、健さん!」
健は、シャワーを浴びてから、パンツ一丁で柔軟をしている。
健は基本的に、ストリートファイターの社会不適合者なので、体操は欠かさない。
しかし、その姿は、この世界の女から見て。
「健さん、何やっ……、て……、はうあ」
「ん……、柔軟だ」
あまりにも、扇情的だった。
「あ、あわわ、あわわわわ!!」
「宇佐美、お前も何かしら武道やってんな?身体つきで分かる。柔軟しとけよ、柔軟。大事だぞ」
「は、はひぇ、そにょ、もちろん、するつもりでしゅたけど!!!な、な、な、何でパンツ一枚だけなんでしゅか?!!!」
「風呂上がりだしな。別に良いだろ、見られて困るような身体じゃねえしな」
「だーーーめーーーですよーーー!!!」
顔を赤く染め、片手で両目を塞いだ上で、向こうに顔を向ける宇佐美。
しかし、宇佐美の脳裏には、健の完璧に鍛えられた肉体がはっきりと焼き付いていた。
「うるせーよ、夜中だぞボケ。ほら、お前も柔軟しとけ」
「あ、あうあう……」
何だかんだと、一緒に柔軟をする羽目になる宇佐美。
貧乏くじなのか?いや、この世界で考えると最高の体験、風俗なら2桁万円程積む必要があるシチュエーションだ。
「お前何やってんの?合気かなんかだろ?」
「ううう……、は、はい、合気をちょっとやってます……」
「へえ!合気か!合気ならお前くらいチビでも効果あるわな」
「はいぃ……」
と、宇佐美は、女なら誰もが羨むようなシチュエーションの中で、任務と本能の葛藤の中、ギリギリでせめぎ合い……。
「あふん」
「は?……また倒れたのか?!」
結果、自らのブレーカーを落とすことで、目の前の最高に魅力的な男性に襲い掛からずに済ませた。
ウサギ系女子。