「な、何者だ!!」
街の守衛に止められる。
殺すか?
「お待ち下さい、衛兵さん!」
「あ、貴女様は、エマお嬢様!」
うむ、貴族というのに偽りはなく、俺も、エマが恩人だから館に招きたいと言うと、特に疑われることもなく街へ入れた。
そんなんで良いのかよ……。
まあ、封建国家のようだし、そんな奴らに近代的な防諜やら何やらを説いても意味はないだろうしな。
街?
街はまあ、基準世界の人間国家並だな。
文明的とは言い難い。
「娘を救ってくださったとは、何とお礼を言って良いか!」
ミリアム・ルーソンと名乗った伯爵。エマの父らしい。
見たところ五十半ばってところか。
丸い顔と丸い腹、ムカつくちょび髭の金髪の小男だ。
「気にするな」
「いえいえ!エマは私の可愛い娘なのです!エマに何かあったら私は、私はもう……、死んでしまいます!」
「後継はいないのか?」
「いえ、エマには兄が二人おりますが……、やはり、娘は可愛いものなのですよ」
成る程な。
「で?あんたは娘の命の恩人に何をくれるんだ?」
「それは、私にできることならなんでも!」
「ほう、なら、娘をくれと言えばくれるのか?」
「そっ、それは……!いえその……、何というか……」
まあ、そうだろうな。
「冗談だ。俺が欲しいのは知識だ。暫く俺の質問に答えろ」
「そ、それくらいならいくらでも!」
ミリアムに、地理やら物価やら何やらを適当に聞いて、俺の今の知識とのすり合わせを行う。
……特に問題はないな。
この辺は内陸だから塩が売れるだとか、砂糖も高い、胡椒も売れるだとか、その程度だ。
ミリアムは俺の質問に真摯に答えた。
自分では分からないところは、自分の騎士や執事、メイドを呼び出し、答えさせた。
お陰で、剣から砂糖の値段、ちょっとした貴族の噂、最近の流行、ミリアムが知る限りの貴族の裏事情などを知った。
まあ、どれもこれも面白味には欠けるな。
基準世界の人間国家とほぼ変わらない。いや、確かに、流行っている劇の内容などはもちろん違うが、大まかな点は変わらないってことだ。
基準世界に初めて来た時と同じ動きをして問題ないようだな。
それじゃあ、好きに動こうか。
まず、この世界の金が必要だ。
俺はとりあえず商人ギルドへ向かった。
冒険者も一瞬考えたが、この辺りはモンスターが少ないらしいから、まだやらずとも良いだろう。
モンスターが多い辺境の開拓地に行った時こそ、冒険者をやろう。
取り敢えず、ミリアムに金を少し貰った。
銀貨50枚程だ。
まあ、銀貨1枚で一日朝晩食事付きの宿に泊まれるとのことなので、それなりの額だろう。
まずは、商人ギルドとやらに登録しておく。
登録において、問題は特になかったな。
軽く税金やら何やらの講習を受けて終わりだ。
それで、だ。
俺は街のバザーのど真ん中に看板を置いて座った。
看板には、『何でも屋』と書いてある。
当然、それなりのスペースを取りながらも、商品は一つも置いていない上に、何でも屋とだけ書かれた看板を掲げた、冒険者風の男である俺は、酷く目立っている。
誰が話しかけに行くか……?と言った雰囲気になってきたところで、男が一人。
「おい、兄ちゃん、何やってんだ?」
ふむ、見たところ大工か?
「何でも屋、だ」
「何でも屋、ねぇ……?」
訝しげにこちらを見つめる大工の男。
「商品は?」
「何が見たい?」
「うーん?それじゃあよう、俺は大工なんだ。ところが、今朝の仕事でナイフが駄目になっちまってよぉ」
俺は、『武器庫』から、工業用のナイフをいくつか並べる。
「木工用ならこれだな。ラバーハンドルで滑りにくい。刃は鋼で良く切れる」
「こいつは……!試し切りしても良いか?」
「角材はタダでいい」
角材を渡す。
「おお、おおお!良く切れるぞこれは!良し、買った!いくらだ?」
「銀貨5枚、値下げはしない」
「む、分かった、5枚だな」
銀貨を受け取る。
「それと、俺は昼飯がまだなんだよなあ」
俺は椅子とテーブルを出す。
「何が食いたい?」
「やっぱり量が多くて安いもんだな!肉だとなお良い!」
俺はキッチンを出して、パテとパンを焼いて、特大ハンバーガーを作った。
「銅貨10枚、値下げはしない」
「わ、分かった」
座らせて、特大ハンバーガーを食わせる。
「んお、お!美味えぞ!パンに肉と野菜が挟んであるのか!チーズもたっぷりだ!美味えぇ!これで銅貨10枚だなんて最高だ!」
それを見ていた他の人間がちらほらと来る。
「ふむ……、儂は作家なのじゃが、本はあるかの?」
「ジャンルは?」
「む……、そうじゃな、儂が見たことのないような禁書、じゃ。あるかの?」
ふむ……。
「眼球譚、ファニーヒル、春琴抄……、色々あるな」
「おお、試し読みしても?」
「構わん」
「………………おお、これは、おおお!素晴らしい!猥褻で猟奇的だ!実に良い!買おう!これで買えるだけくれ!」
金貨1枚か。
「なら、ここからここまで持っていけ」
「有難い……!ああ、創作意欲が湧いてきた!今なら素晴らしい作品を書ける気がするぞ!」
去っていく作家のジジイ。
次は商売女だ。
「ちょっと上客が来て、あぶく銭があるのよね。銀貨1枚で、何か甘酸っぱくて美味しいお菓子、くれないかしら?」
ふむ。
椅子とテーブルを出す。
あらかじめ焼いておいたイチゴのケーキを出す。
「あら……!とっても綺麗なお菓子ね!それに……、甘くて美味しい!こんなの食べたことないわ!」
「そうか」
「ご馳走さま、美味しかったわ!お兄さん、お安くしておくから、暇な時は会いに来てね!店はエンプーサの宿ってところよ!」
「気が向いたらな」
段々と客足が増える。
そして、客は思う。
「金さえ積めば本当に何でも売ってもらえるんじゃないか?」と。
実にその通りで、『武器庫』とアイテムストレージには、大抵のものがある。
大凡、人間の想像するものなら、大抵何でも用意できるだろう。
若返り、不老不死、力、美食、女……。人間が欲しがる程度のものなら、いくらでもな。
最近料理だるくて一ヶ月くらい包丁握ってねえや。