寒い寒い。
「よおこそ、勇者様。わたくしめはこのマーレ領の領主、フェッソ・スタ・マーレと申しやす。以後、お見知り置きを……」
「アッハイ」
六十歳くらいの、白髪のおじいさん。
猫背で、ノッポ。手足が長くて賢そう。
動物に例えると……、イタチとかかな?
瞳が細くて鋭い感じ。
あー……。
イケメン……、とはちょっと違うんだけど、不細工な訳じゃなくって……、でもちょっと悪そうな顔。
「あ、えと、よろしく、です」
「ええ、よろしくお願いしまさあ」
……貴族って言うより、商売人って感じかな?食わせ者とか昼行燈って見た目の人だ。
杖をついて歩くフェッソ伯爵についていって、館の中へ。
館の中には、メイドさんとか執事さんとか、護衛の騎士とかがいる。
王城と比べたら人数は少ないけど、洗礼されているように感じた。
いや、気持ちの問題かも。実際に、王城の使用人よりマーレ領の使用人の方が凄い根拠みたいなのはないんだけど。
でも、王都の使用人と違って、白い手袋をしている人が多い気がする。
衛生的?で良いと思うよ、うん。
「……おいおい、どうなってんだここは」
そう呟くイザベルさん。
「えっと、何がですか?」
小声で話しかけてくるイザベルさん。
「……メイドも、執事も、武器を隠し持っていて、尚且つ、冒険者ランクで言えばCからBくらいの腕がある」
え、それは……。
「領主も歳はとっているみてえだけど、かなりできるだろうよ。護衛の兵士も軽装だが強いぜ、ありゃあ。これじゃ暗殺なんてまず無理だ」
そうなんだ……。
「つまり、王城より警備が厳重ってことですか?」
「ああ、そうだ。生半可な暗殺者じゃ返り討ちだろうな」
怖いなぁ……。
「……自分は、ちっとばかし金持ちでしてね。警備は厳重にさせてもらってるんでさあ」
あ、き、聞こえてたみたい。
「そ、その、ごめんなさい」
「いえいえ!怒ってなんざいやせんよ。自分はですね、貴族に成り上がった元平民ですからねえ、何かと、他の貴族様の不興を買ってしまうようで。危険に備えるのは当然でありやしょう?」
「アッ、そうですね、ハイ」
そうなんですかね、はい。
「……ケケケ、陰気な話はやめておきやしょうや。さ、食事にしましょう」
「アッハイ」
「え、これは……!」
ビーフシチューだ!
「ん、ああ、これですかい?いやあ、自分はさっきも言いましたけれども、平民の出でしてねえ。野菜を使った料理が好きなんですよ」
「?」
貴族は野菜を食べないのかな?
「……普通、貴族は、珍しい動物や魚、香辛料を好むもの。伯爵閣下は変わり者」
と、シンシアさん。そうなんだ。
……あ、そっか、だから病気になったり、早死にしたりするんだね。
「ケケケ、そうでさあ、自分は変わり者でして。ですがまあ、このトマトとワインの煮込みは美味いんですよ、試してみてください」
「アッ、い、いただきます」
味は……、うん、この世界に来て食べてきたものの中では一番マシだ!
「貴族様にはお出しできない料理ですがね、勇者様も平民だと聞いていたんで、うちの者に作らせました。どうです?」
「アッ、その、美味しいです」
「それは良かった!」
イザベルさん達もスプーンをつける。
「お、本当だ、こりゃ美味え!」
「そうですね……!」
「美味」
評判は上々。
「ありがとうございやす。貴族の食事となると、セブンフェイスバードやらピーコック鳥やら……、大して美味くもない、珍しいだけの肉料理ばかりですからねえ」
そうなんだ。
まあ、確かに、王城で食べた料理は、肉料理にスパイスをぶっかけたみたいなのばかりで美味しくなかった。
「デザートに焼き菓子もありまさあ」
焼き菓子……、ドライフルーツ入りの甘いパンみたいなの。
あ、これはアレかな?シュトーレン?みたいな感じのやつかな?
うん、美味しい!
「お、美味えな」
「ん、本当に美味しいです」
「歓喜」
美味しいなー。
「シンシアさんは甘いものをたくさん食べた方がいいんじゃないですか?」
「何故?」
「えっ、ほら、それは、脳を働かせるには糖分が必要ですから……」
「初耳。何故糖が必要?」
「アッ、その、それは分からないですけど、学校ではそう習いました。その、糖分は、脳を働かせるための栄養だって。あ、それに、甘いものはカロリーも高いから、たくさん動いたり頭を使ったりするなら摂った方が良いですよ?」
「カロリーとは?」
「えっと、熱量のことです」
「熱?」
「アッその、エネルギーの量?のことで、油とか甘いものはカロリーが高いんです。だから、ちょっと食べただけでも、その、体力が回復するというか……」
「油や糖分は、効率的にエネルギーを得られる?」
「アッそうですね、そんな感じです。だから、油や糖分を摂りすぎると、太るんですよ」
「考えたこともなかった」
「そんなことが……」
シンシアさんとカリーナさんは驚いている。
「アッ、それと、野菜をしっかり食べているから、フェッソ伯爵は長生きしているんだと思います……」
「野菜を?何故ですか?」
カリーナさんは、医療とか、そう言った話題にかなり興味を持っているみたいだ。
「野菜に含まれる、その、栄養……、成分は、生きていく上で大切で、色んな野菜を食べると、その、風邪とか、病気にかかりにくくなるんです」
「そうなんですか……、まさか、野菜にそんな秘密が……」
秘密なんて大層なものじゃないけどね……。
×××××××××××××××
「ご主人様ー!珍しい保存食をもらってきました!味見しませんか!」
「お前はほんっとに食い気ばかりだなこの駄馬が」
「んなっ!ひ、酷いです!私は誇り高きユニコーン族の」
「あー、はいはい、分かった分かった。それで、何を持ってきたって?」
今回来たのは、ユニコーン族、アルカディアの指導者、ウーノだ。
缶詰の生産ラインが安定して、変わり種の缶詰が量産されるようになり、大飯食らいの駄馬は大層お喜びだ。
「だ、駄馬ではありませぬ……、せ、せめて愛馬と呼んで下さい!」
「また鞭で打つぞ」
「あ、それは是非お願いしたい。ご主人様を背に乗せて鞭で打たれると……、何というか、謎の快楽が……」
マゾヒストか?
まあ良い。
「それで、何を貰ってきた?」
「これです!」
アイテムボックスから、数十個の缶詰を取り出すウーノ。
「ジパングとアルカディアの缶詰です!美味しいですよ」
ふむ……。
取り敢えずビールを用意して、と。
「さあまずはこれです!ジパングで大人気の、焼き鳥の缶詰!」
温めてから食う。
甘しょっぱいタレの鶏肉。思ったより柔らかい。
「それとウィークフィッシュのオイルサーディン!こっちはガーリック風味ですよ!」
ウィークフィッシュとは、まあ、イワシみたいな魚だ。
「お、美味い」
「そうでしょうそうでしょう!ヘスペリス産のオリーブで漬けられているそうですからね!上品な油の味がたまりませんね!」
お次は、っと。
「これは、鮪魚のステーキですね!」
「む、これも良い」
ステーキソースで味付けされた鮪のステーキ。
「こちらはオイスター貝の油漬け、レモン風味です」
「ほう……、美味いな、白ワインが欲しくなる」
「それと、和牛のしぐれ煮です!これは高価なものでして、アルカディアで買うと二十ユニコはします!」
二十ドルくらいか。高いな。
「ふむ、それくらいはするな、確かに美味い」
「それにこちらは、ズーワイ蟹の缶詰とヘスペリスの果物缶!」
「成る程、中々だ」
「でしょう?ズーワイ蟹はジパング近海で獲れる天然物で、果物の方は最高級のヘスペリス産フルーツをアルカディアの砂糖シロップで漬けた特級品なのです!主に、贈答品などにされております」
ほう。
「食文化が豊かになったお陰か、民が皆健康になったそうです!労働省の方のデータでは、三十年前と比べて病気が三割以上減少しているそうです!」
「それにしても……、このフルボと言う男は、相変わらずの役者ぶりですね」
「ああ、あいつは器用でな」
「あの館の人々も、皆、黒骸骨の一員なのですよね」
「ああ」
「その上、フルボと言う男の領地及び他の領地、冒険者ギルド、魔法協会、教会はほぼ傀儡と言ってよろしいのですよね」
「ああ」
「……勝ったも同然では?」
「最初から勝負してねえよ」
そもそも勝負にならねえよ。
因みに四角いベーコンの入った缶詰が一番好きです。
たこ焼きの缶詰食べてみたい。
桃缶久しぶりに買おうかなー。