「おっし、今日はここで野営だ!」
野営。
キャンプ?
キャンプかー。
小学生の頃に、家族で一度だけやったかな?
その頃からオタクだった私は、外に出たくない気持ちが全開で、ノリノリで釣りに誘う父親がうざったかった記憶がある。
「勇者サマよお、落ち着いたか?」
「アッハイ、落ち着きました。ご迷惑をおかけしてすいませんでした」
「お堅いっての!勇者サマはもっとふてぶてしくしてろよ!」
「いや、その、ふへへ」
イザベルさん優しい、惚れそう。
イザベルさんに野営の基本を習いつつ、今日は休む。
外でおしっこしたり、地面で眠るのは辛い。
お風呂にも入れなかったけど、小まめに生活魔法のクリーンを使っているから、汚くはない、と信じたい。
それにしても生活魔法は便利だなあ。
火を起こしたり、水を出したり、清潔に保ったり、明かりを出したり。
生活魔法が使えなかったら、その辺の葉っぱでお尻を拭く羽目になっていたからね……。それは勘弁して欲しい。
焚き火をして、シチューと固く焼かれたパンを食べる。
おお、冒険者っぽい。
でも、美味しくないなあ……。
シチューって言っても、日本人が想像する、牛乳の白いシチューじゃなくって、塩味の野菜スープにベーコンを入れたもの、みたいな感じ。ポトフに近いかな?
うー、こんなことならお母さんに料理とか習っておけば良かったなー。
料理は正直、目玉焼きで精一杯だ。一般オタクJCに料理技能があると思うなよーっ!
料理が上手い女なんて幻想だーっ!
因みに、料理を作ってくれたのはイザベルさん。
凄いなー。
料理もできるんだ。
「ん?ああ、不味いか?」
「アッいえ、ダイジョブです」
「そうか?旅の最中は宮廷の料理みたいなのは無理だからな、悪いな」
「いえ、ホント、作ってもらえるだけありがたいんで」
「そうかい。いやあ、今回は途中途中で街や村に寄って食料を買う予定だからな。飢えて苦しむってこたぁねぇと思うぜ」
「アッハイ」
飢える、かぁ。
現代日本じゃ分からない感覚だよね。
……私、恵まれてたんだなあ。
「ごちそうさまです」
「それっぽっちしか食わねえのか?!大丈夫なのか?!ぐ、具合でも悪いのか?!」
「アッいえ、少食なんです」
「そ、そうなのか?!美味くはねえだろうけどよ、遠慮はすんなよ?!勇者サマくらいの歳なら、腹一杯食わねえと駄目だぞ!」
「アッ、善処します」
イザベルさん、うちのお母さんより優しい……。しゅき……。
女で良かった、男だったら恋してた!
……まあ、実際問題、あんまり美味しくないから、そんなにたくさん食べれない。
食事は1日2回みたいだけど、元々私は朝は食べないから、丁度良いくらいだ。
因みにイザベルさんは一人で三杯も食べていた。
うわあ凄い。あれだね、肉体労働の人はたくさん食べるもんね。
私の学校でも、柔道部の人とか、ご飯山盛り食べてたっけ。
「食える時に食っとかねえと駄目だぞ?」
「アッハイ」
うーん、スナック菓子とかならいくらでも食べられるんだけどな……。
「えっと、その、フェッソ伯爵?の領地に向かっているんですよね」
「ん?おお、そうだぞ」
「フェッソ伯爵って、どんな人なんですか?」
「んー、アタシは会ったことがないからなあ。ああ、でも、冒険者組合に寄付したり、教会とか魔法協会とかにも寄付したり、孤児院を建てたり……、兎に角、凄え人らしい」
へー。
「……ここだけの話、まともな貴族なんざ一握りだからな。フェッソ伯爵は、珍しい、ちゃんとした貴族なんだってよ」
あー、そうなんだ。
やっぱり貴族って悪い人が多いんだ。
テンプレだー。
「イザベルさん、ここには人がいないのでまだしも、人前で貴族の批判などは……」
とカリーナさん。
「分かってるって。アタシだって、そんなに馬鹿じゃねえよ」
ああ、貴族の悪口も駄目なんだ。
ナチスドイツみたいに秘密警察みたいのがいるのかな?
なんかこう、共産党?とかを捕まえたりするのかな?
うーん、政治とかは全然わからないけど、自分と違うことを考えていたり、自分よりお金をたくさん稼いだりしている人がいたら、邪魔したりしようと思うものなのかもしれないよね。
多分、その、フェッソ伯爵も、色々と大変な思いをしてるんじゃないかな。
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ブリッツが来た。
ブリッツは、レムリアの副王だ。
俺とブリッツは、食事をしながら、勇者を観察する。
「タコス?」
「タコスとは違うが。美味いか?」
「おいひい」
今回はチミチャンガを用意した。
揚げたブリトーだな。
俺はサワークリームやワカモレソースなどをたっぷりつけていただく。
ふむ、やはり美味いな。
辛党のブリッツはデスソースをたっぷりつけて。
「んー!ピリ辛!」
相変わらずおかしな味覚をしている。
一度、ハーピィ系に健康調査を行なったが、あれだけ辛いものを食べても胃腸に異常は見られなかった。
平気らしい。
「辛辛!」
「それは良かったな」
さて……。
「人間の野営だそうだ」
「ふーん」
ブリッツは、あまり興味がないらしい。
「なんだ、興味ねえのか?」
「そーだねー、興味自体はあるよ?」
ふむ。
「けど、まだ盛り上がりに欠けるよねー。ゆーしゃちゃんがある程度強くなった頃が面白そう」
「今はお話にならない、と?」
「そんな感じー。だってあんなの、私一人で皆殺しにできちゃうよ?」
「そりゃそうだろ。お前だって、腐っても世界最強の一角だ。『あの魔法』も習得しているしな」
「あー、あの魔法ね。あの、正確には魔法じゃないやつ。あれは辛かったよー」
「それに、各国の指導者クラスは、肉体改造や魔力増強の魔法で更に強化されているからな」
「まあ、そうだよねー、ゆーしゃちゃんじゃ逆立ちしたって勝てないかー」
と、カシスオレンジを一口飲むブリッツ。
「にしても、野営?アイテムボックスもなしに?」
「確かに、魔族の軍人は、その教育課程で必ずアイテムボックスを覚えるが……、まあ、人間には無理だ」
「そうなの?」
「ああ。人間の魔法の理解度や、術式の誤りから見て、アイテムボックスを使えるのは人間全体の1割以下だな」
「でも、間違った知識を流してるのはご主人様の差し金なんだよね?」
「ああ」
「酷いなー」
「まあ、今は調節中なんだよ。一旦、人間のレベルを地の果てまで落として、今回の勇者の件から適当に調整する予定だ」
「そうなの?」
「ああ、なにせあいつは、『インドキロス』の勇者だからな。クハハ」
「ふーん。じゃあそのうち、楽しい戦いができるかもしれないってこと?」
「ああ、そのうちな。それに、考えてもみろ。俺がいた世界があって、この世界があるんだ。他にも面白い世界があるかもしれないだろ?暇になったら、他の世界を侵略すりゃあ良い」
「へー、他の世界かー。なんだか楽しそう!」
「にしても、フルボはよく働いてんな」
「あー、フルボ?黒骸骨の?」
「ああ。今は伯爵だが、近いうちにフルボの息子に王族の姫君の一人を嫁がせて、侯爵に陞爵されるらしい」
「え?息子?あの人、子供いたっけ?」
「いや、いない」
「……?」
「フェイスチェンジの魔法と、一時的に外見年齢を変化させる魔法を駆使して、偽の息子を作り上げたんだよ」
黒骸骨のメンバーが偽家族を作っている。
「ほー。でも、嫁いできたお姫様はどうするの?」
「洗脳してこちら側の駒にする」
「一生飼い殺しかー」
それはそうだろう。
都合が悪くなれば病気ということにして毒殺すればいいしな。
「うーん、人間はかわいそうだね。人間ってだけで、ご主人様のサンドバッグになるんだもん」
「そうでもねえよ。人間国家でも、本当に有能な奴はフルボが拾ってくる」
「そうなの?」
「ああ。王家や、冒険者ギルド、教会、魔法協会、どこも上はクズばかりだ。そういうのは、フルボが上手い具合に傀儡にして、都合が悪くなれば処分する。そうやって運営してるんだよ」
「ふーん」
「……まあ、クズかどうかを裁定するのは俺なんだがな」
「それじゃ、気に入らない奴は皆殺し?」
「そうだな」
「わー、皆殺しだー」
しかし、そうだな。
「お前は嫌いか?人殺し」
「別にー?ご主人様が殺せって言うなら殺すけど」
そうか。
そういや、こいつらは別に人を殺すことが好きとかじゃねえのか。
だが、必要以上に嫌がることもねえな。
根本からして、人とは違う生き物ってことだ。
まあ、今や俺も人外だ。
「楽しい殺し合いはそのうち、だな」
「うん、楽しみにしてるね。……でも、今日は、ね❤︎」
食事を終えて、俺にしなだれ掛かるブリッツ。
「ああ、良いぜ」
楽しもうか。
魔剣の勇者は多分可愛らしい命乞いを見せてくれるでしょう。