1話 転げ落ちるように
世の中も変わったもんだ。
VRゲームとはな。
とある大富豪の男と、それらに札束でひっ叩かれた優秀な製作陣のお陰で齎されたこのVRゲームは、瞬く間に全てのゲームを過去にした。
だって、それは、バーチャルリアリティ。
頭にヘルメットバイザーのようなものを被って横になれば、御伽の世界であらゆる欲望を満たせるのだから。
そんな世界から十数年。
ハマったタイトルはオープンワールドファンタジー『ヴォルスラン・エイジ』……。
MOD特盛のこの世界が、俺の生き甲斐だ。
そんな俺が、ある日。
MOD集積サイトで見つけた『異世界転生MOD』……。
これをDLした時から、『物語』は始まった。
いや、始まってしまった……。
朝、一人暮らしのはずの俺の隣に、複数の息遣いを感じて飛び起きる。
「うおおっ?!誰だお前ら?!!」
ぞろり、並ぶ。
異様な女達。
「あら、貴方様?寝ぼけていらして?」
「うりうり、起きろ〜」
「ふあぁ〜……、朝ご飯何でやんすか〜?」
ずらり、十人。
混乱したが、すぐに収まる。
こいつらは俺の『サーバント』だ。
やり込んでいるVRゲームの、味方NPCだ。
MODによって作り出した、重厚中世ファンタジーの世界観にそぐわない美女集団。
全員と重婚済み、エロMODによる性行為や出産までさせた、女従者達……!
良かった、寝て起きて隣に知らない女がいたケースなんて、人生で二、三十回しかないから、知ってる女で安心した。
そもそも、そんなケースそうそうあってたまるかってんだ。
包丁を振り回す女に追われるくらいならまあ、人生で四、五十回は普通あるだろうが、寝起きに知らない女がいるのは中々ないぞ。
……だが、待てよ?
寝て起きて、隣にゲームの従者?
おかしい!
VRゲームは、安全確保の都合上、プレイ中に眠るなどして意識を失った場合は、ゲームの中から強制的にログアウトされるはず……!
例え、ゲームの中で「寝る」のコマンドを選んでも、プレイヤーの感覚では目の前が一瞬暗くなって、時間がスキップされて次の日の朝になっている……という形になっている。
こんな風に、本当に意識がない状態から起きて、ゲームの世界にいるだなんて……。
「そんなことはありえない!」
俺は、メニューコマンドを開く。
………………?
メニュー、コマンド?
メニューコマンドを開くのって……、『どうすればいいんだっけ?』
い、いや、それなら、強制終了ワードだ。
ゲーム内で口にすれば即座にログアウトできる、強制終了ワードを言うぞ!
「『ぱしろへんだす』……、あれ?!」
強制終了も……、できない?!
「何を言っておるのじゃ?」
「マスター……?」
「ご主人様、具合でもよろしくないのでしょうか?」
コンソールコマンド画面……、ダメだ!開かない!
これは、まさか、そんな!
ゲームの中に閉じ込められた?!!!
いや、待てよ?
そもそもこの世界はゲームなのか?
クソ、下手に超リアルなVRゲームだったから、現実との見分けがつかない!
「旦那様?どうしました?」
「殿?」
「主人君、おかしくなっちゃった?」
とりあえず、刃物……うわ!この身体、ゲーム内キャラのまんまじゃねーか!
身長220cm、体重158kg、ムキムキマッチョのハンサム男?!
俺日本人なんだけど?!!
ま、まあ良い、手を切ってみよう。
ザクっと。
……あ、この痛み、現実だなこれ。
痛覚規制がかかってない。
ガチで痛いもんこれ。
「なっ……?!何をなさるのですか?!」
そう言って、サーバントの一人、エルフの僧侶が俺の手から刃を抜いて回復魔法をかけた。
みるみるうちに傷が塞がり、苦痛が消えてゆく……。
魔法?馬鹿な!
いやだが、この世界ならそうなのか?ゲームの設定ではそうだったしな。
「……拘束、します!」
そう言って、俺の腕を掴んだのは、ホムンクルスのアーチャー。
「おっ、落ち着いてほしいでやんすよ!ボス、本当にダメでやんす、そういうのは!」
俺の胴に引っ付く、豹獣人の盗賊。
他にも全員が俺の手足を押さえてきた。
「お前らは……、本物なのか?この世界は現実か?」
「な、何を言ってるんでやんす?そりゃそうでやんすよ?」
ふむ……。
とりあえず、だ。
現実と仮定しよう。
死んだら終わりの現実だと。
それならば、言おう。
「俺は、お前達の愛する男ではない」
と……。
………………
…………
……
言ったんだがなあ……。
「えぇ……?だから、旦那は旦那だろ?」
「だーかーらー!俺は元々別の世界の人間で、この肉体を操作してたんだよ!この肉体と俺は別人なんだよ!」
「でも、この肉体を操作していたってことは、中に貴方様が入っていたと言うことなんですよね?ではそれは貴方様なのでは……?」
「いや違うって!この肉体とあっちの世界での肉体は、人種すら違うんだぞ?!」
「魂が同じならそれは同一人物ではござらんか?」
「全然違う!!!俺は別に英雄じゃない!!!大体にして良いのかよ?!好きな男に別の男が入っていたんだぞ?!」
「いや出会った時の最初から最後まで主人殿が入っておったのじゃろ?ではそれは、主人殿が我らの世界まで降りてきてくれたという訳で、我らからすると幸せなことなのじゃが?」
「気持ち悪くないのかよ?!もしかしたら、魂は醜男かもしれないだろ!!!」
「いやその辺はどうかなあ……。僕ら、別に主人君の見た目だけが好きな訳じゃないからね。一緒にいてくれるだけで満足なんだよね」
駄目だこいつら、話が通じない……!
「とにかく、お前らが好きな男はもういないんだよ」
「いや、いるでやんすよね?」
「いないんだよ!!!!」
「いるでやんすよね????」
はぁ……。
「まあ良いよ、その辺は譲るよ?仮にね、仮に俺が、光の使徒にして闇の尖兵であり破壊神のしもべを兼任する吸血鬼ハンターにして魔女の護剣でもある帝国軍特別顧問の史上最強契約者だったとするじゃん?」
「いやそうでやんすよ」
「黙れ雌猫!……仮にそうだとするじゃん?でも待って、よく考えて?そんなヤベー奴、本当に実在すると思ってんの?」
「いやしてるでやんすよ」
「オラー!」
「うあー!」
俺は豹獣人女の押し倒した。
「いないだろ?!いる訳ないだろ?!おかしいだろそんなのはよ!ちょっと考えれば分かるだろ!!!」
「……ですが、マスターはそれを成し遂げました。何度も何度もやり直し、繰り返し。何度も、奇跡のような成功を積み重ねてきました」
あ、うん。
このゲーム、特定の場面でしか死なないからね。
普通にその辺の敵に負けても気絶扱いで、決定的な敗北じゃなければゲームオーバーにはならないからね。
そして俺は、このデータではゲームオーバーになったことはないからね……。
あーーー、もーーー。
どうすっかな、これ。
……もう良いや。
「じゃあ良いよもう。帰る手段もないし……」
『は?』
え?
「帰るって何だよ」
「いや、だから、元の世界に……」
「何でじゃ?帰るも何も、我のかいなの中こそが主人殿の帰るべき場所であろう?」
「何言ってんだ、俺は元の世界に……」
……あれ?
思い出せん。
あれ?!
思い出せんぞ?!
元の世界で何をやっていたか、仕事は何か、趣味は?地球の歴史に数学物理学、その辺りのことはちゃんと思い出せる。
だが、俺のことは顔も名前も家族も何も、思い出せない?!!!
俺がそう呟くと、女達は笑顔でこう言った。
「では、そちらの世界の方が『まちがい』なのでござるよ。殿のいるべき場所は、ここなのでござる」
「そうだよ!パパってば変なの〜、『にせもの』の世界の話なんて、夢みたいなもんでしょ〜?」
「ご主人様の奇行は今に始まったことではございませんが……、私めの主人ともあろう者が、『うそのせかい』などに惑わされては困ります」
一瞬、そのあまりの言い様にカッとなりかけたが。
だが、ああ、そうか。
こいつらの認識ではそうなんだな。
こいつらは、本当に、この世界で「生きて」いて。
ゲーム内の時間で二十年も俺と共に生きて。
子供を産んで、養子も引き取り、育てて独り立ちさせて。
冒険して、商売して、戦って、働いて……。
そんなこいつらの『ほんもののせかい』を、否定したのは俺の方が先か……。
認めよう、こいつらはNPCではない。
人間だ……。
いやあもう最近労働がアレでして……。
小説も読みたいのがあんまないから、書きたい気持ちも中々湧かず。
とりあえず、Twitter(頑なにTwitter呼び)でアンケートを取った結果、ファンタジーを書けとのことですので、三十話程度でっち上げました。
既存作品もちょいちょい書いてはいるんですけどねえ……、放つ時は十話くらいチャージしてから放ちたいし……。
とにかく、もう自分はダメです。労働が違憲認定されたり、ダイエットに成功したり、女の子にモテモテになったりなどの面白イベントがないと立ち上がれない……。