ハードオンの楽しい思いつき集   作:ハードオン

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はい。


17話 パラダイム・シフト

一ヶ月後。

 

龍種の素材は、全てマテリアルトランサーで分解され、資材として保管されていた。

 

それもそのはず、天災級の龍種を狩ったなど、今のタイミングで世界に公表するのは悪手でしかないからだ。

 

まだ、世界と戦える段階にないブックシェルフがいたずらに目立てば、国家からの横槍が入ることは想像に難くない。

 

しかしその問題も、段々と解決するだろう。

 

今回の火龍の素材で、戦力は更に増やせるし、パーツの予備や弾薬の類も山ほど作れたからだ……。

 

さあ、これから、少しずつ活動範囲を広げていこうか、というところで……。

 

「ダニエル。緊急の要件だ」

 

スパーダ、ではなく。

 

ボスたる、ドン・エスポジートが直接、ダニエルに会いにきた……。

 

「おお、これはこれは。ボスじゃないか。すまんな、もてなしの準備はしていない。ニア、コーヒーでも淹れてくれ」

 

ダニエルはそう言いながら、拡大したブルームーン号のテラス席でボスのために椅子を引いた。

 

「いや、結構。お気持ちだけいただいておく」

 

「……ふむ?何かヤバいことでも?」

 

常に、余裕を持った態度を崩さないボスが、このように話を急ぐのは不自然だ。

 

ダニエルは空気を読まないが、感じ取ることはできる。

 

なのでいつものように、直截的な言葉を投げかけた。

 

ドン・エスポジートは、ダニエルのその言葉を飾らぬ無骨さと言うか、ある種の幼稚さを気に入っている節がある。

 

ミスをしても言い訳をせず、問題に対しては常に建設的な意見を提起するダニエルは、ドン・エスポジートから見れば「有能な仕事人」そのものであるからだ。

 

また、律儀で裏切りをしないところも、裏社会向けの性格だ。

 

信義というのは、むしろ裏社会の方でこそ重視されるが故に。

 

力による私的制裁や暗殺行為がありふれている裏社会において、力を持ち、信義を重んじることこそが最大の自衛であるから……。

 

「ある政治家がいる。ベニーニョ・ムッシネッリという男だ」

 

「ああ……。何だったか、『赤党』を結成したとかいう奴だったか?」

 

「そうだ。奴は、マフィアの撲滅と、マフィアが持つ既存利益を奪い、国民に対して公平に分配することを公約としている」

 

「なるほどな。だがまだ、奴が力を持つとは限らないだろう?奴の言葉は無茶苦茶だぞ、政治家が既存利益に食ってかかって無事であるはずがない」

 

「まともな社会ならそうだろう。だが、今の社会は生憎だがまともではない」

 

「……というと?」

 

ドン・エスポジートは、懐かしむような目をする。

 

消して届かない、色褪せた過去を眺める目だ。

 

「私がまだ、若く愚かな貴族崩れだった頃の話だ。あの頃はまだ、ヴェリタ王国は統一されておらず、マギアメイルのような兵器もない、そんな時代だった……」

 

「ふむ」

 

「木造船で荷運びをする男、それと葡萄畑で働く女。穏やかな公国で穏やかに生きていたとも。だが、今はどうだ?ほんの二、三十年で、世界はまるっと変わった」

 

「そうなのか?」

 

「そうだとも。今はもう、ただの人夫、ただの農夫では生きられん時代に移り変わりつつある。民衆もそうだ、学校制度も始まり、今の子供達は下手な大人よりよほど賢い」

 

「そうかもしれんな。だが、それの何が悪い?」

 

「悪くはない。だが、若い世代が成長するとなると、我々、古い世代はどうなる?」

 

「後進に道を譲るか、消えるかだろうな」

 

「そうだ。だが、ファミリーがある身で消える訳にもいくまい。となれば、我々も適応せねばなるまい。それに……」

 

「それに?」

 

「このままの急激な社会の進歩が何をもたらすと思う?歪な進化による『ひずみ』があちこちで生まれている、このおかしくなりつつある社会は……、私にも予想できない、何か大きな『破局』が……」

 

確かに、ここ最近の社会の急激な進歩は、各界に歪みを齎していた。

 

機械化によって立場を追われる手工業、新たな農法についていけず没落する地主、銃器や魔導具などの、人を簡単に殺せる道具の開発と流通……。

 

ドン・エスポジートが懸念しているのはまさにそれだ。

 

つまりは、中途半端に賢くなった民衆が、共産主義などの危険思想にかぶれて、ドン・エスポジートすら予想できないような愚行を、国全体でやりかねない、と……。

 

「それに、バラカナ半島の方もいささかきな臭い。このまま加熱され続ければ……、いずれ、致命的な『破綻』が来るだろう」

 

「……それで?俺はどうすれば良い?」

 

「ファミリーを二つに分ける。古参のメンバーはこの国に残り、スパーダをボスとする新たなファミリーが『パトリオ合衆国』へと移民する……」

 

「俺もそれについていけと?」

 

「……やってくれるか?」

 

「おいおい、ボスはあんただろ?なら、ただ命じてくれりゃ良いんだ」

 

「よろしい。では、頼んだ。この基地は畳めるのか?」

 

「ブルームーン号は元々大型の宇宙船だからな。畳もうと思えばすぐに畳める。だが、事後処理などの関係もあるから一月ほど待ってもらえると助かる」

 

「良いだろう。渡航に関する書類の方はこちらで用意しておく。それに、移民についてはまだ予定の段階だ、準備期間は数年はある」

 

「分かった、こちらもそのつもりで動く」

 

 

 

新たに制作されたネクロ77型を含めて、八機ものグリムメイルが元祖エスポジートファミリーに配備された。

 

その中でも、四機を、ヴェリタ王国南部ネリアポリスの元祖エスポジートファミリーに配備し、残り四機はパトリオ合衆国ニューヤーク州ラングビーチの、新エスポジートファミリーに譲渡。

 

二十機のグリムメイルもまた、パトリオ合衆国の新エスポジートファミリーに送られる。

 

そして、ダニエルは……。

 

 

 

「昏き夜の世界を、星と月の光を支えに歩む。倒れる兄弟に手を差し伸べ、共に歩む……」

 

「………………」

 

「ダニエル・ヒューガ。ファミリーを裏切らず、共に歩むことを誓うか?」

 

「誓おう」

 

ダニエルは、指先を食い千切り、血液を誓約書に垂らした。

 

そして、ドン・エスポジートは、その誓約書を魔法で灯した青い炎に投げ込む。

 

「認めよう。今この瞬間から、君はカポ・レジーム(幹部)だ」

 

……この儀式は何か?

 

エスポジートファミリーのようなタイプのマフィアには、様々な儀式がある。

 

それは、自分達が単なるチンピラではなく、仁義を通す男だとアピールするためという内部的な事情もあるが……。

 

大きな組織として当然の、式典の意味もある。

 

結婚式や葬式などの冠婚葬祭と同じ、特別な儀式をすることにより、組織の引き締めをするのだ。

 

後の時代で、この神秘的な儀式が、マフィアという存在をある種の伝説に昇華する原因の一つとなるのだが、それは余談だろう……。

 




書き溜めはここまで。

次からサイバーパンク学園行きます。

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