「……はっ?!」
茹るような暑さで、目が覚めた。
暑さ?
今は冬のはず。
それに、夏の東京だって、こんなに暑くはない。
湿度皆無の、殺人光線のような直射日光。
肌が痛い。
「あぁっ、あっつ……!」
あまりの暑さ、その根源たる太陽から目を逸らすかのように下を向いた。
地面は、アスファルトではなく、一面の礫砂だった。
「砂、漠……?」
砂漠……、砂漠の、死の世界。
ポストアポカリプスの、世界……?!
血の気が引いた。
ポストアポカリプス、それは、水の一杯で人々が殺し合うような地獄の世界。
読んで字の通り、世界の終わり『黙示録』のその後の世界。
遥か彼方の地平線の果てまで何もない、ただ砂と灼熱だけの世界。
「じょ……、冗談じゃねぇ!」
気が狂いそうだ。
叫び声を上げる。
地面を殴りつける。
けど……。
「よし、切り替えよう」
現実は変わらないのだ。
『あの時』と同じ。
クソみたいな連中に夢を奪われた時と、同じだ。
泣き叫んでも何も変わらない。
過去も、他人も、変えられないのだ。
変えられるのは、自分の未来だけ。
その為にはまず、行動することだ。
俺は即座に、周囲を見回した。
砂漠。
礫砂漠だ。
地球で例えれば新疆のような、砂と石ころの砂漠。
太陽は灼熱そのもの。体感だが、気温は40℃を超えているだろう。
雲はなく、極めて乾燥している。
建物は……、蜃気楼でなければ、向こうに何かあるようだ。
とりあえず、建物へ行ってみる。
歩く。
歩く。
日差しを浴びながら歩く。
そして気付く。
タバコで汚染されきっているはずの肺腑も、老いて衰えた身体も、怖いくらいにすっきりしていることに。
ふと、手のひらを見てみると……。
「嘘だろ」
シワがない。
若返って、いる。
二十代くらいか?
これなら……!
二十代の頃の俺の身体能力は、自慢じゃないがかなりのものだった。
考古学者として、かなりフィールドワークを繰り返し、連日海外へと出張していた俺のバイタリティとメンタリティは、一般的な社会人のそれよりも遥かに強かったという自負がある。
ついでに、服装も、二十代の頃のフィールドワークの時の服装になっていた。
ホームセンターで買えるような、長袖上着と長ズボン。ハイネックの靴底が分厚いシューズ、滑り止め付き軍手につば広のキャップ、中は汗が乾きやすい肌着。
「よし、よし!いけるぞ、大丈夫だ……」
俺は自分を鼓舞しながら、廃墟へと向かった……。
「……クソッ!」
廃墟は、本当に廃墟だった。
何もない。
唯一、鉄パイプが転がっていたので、手頃な長さのものを拝借する。
中を探索するが、暗さもあり、何もわからない。
「おーい!誰かいないか?!」
俺が声をかけても、誰も……。
いや、何かいる?
『ジ……、ジジ……』
「だ、誰かいるのか?」
人か……?
いや、人の気配じゃないような……?
その時。
暗闇から何かが飛び出してきた!
それは、俺の土手っ腹に思い切りぶつかって、吹き飛ばした!
「ぐあっ?!」
思わず俺は尻餅をついた。
暗闇から飛び出てきたのは……。
「バッタ……?!」
犬くらいに大きな、全身が白い奇妙なバッタだった。
「ポストアポカリプス(黙示録)だけに、アバドン(バッタ)ってか?酷いジョークだ」
俺は、素早く立ち上がり、拾った鉄パイプを構える。
『ジッ……!!』
再び飛びかかってくる白バッタを、野球のスイングの要領で殴りつける……!
『ジ……ッ……』
ぐしゃり、と。
頭が潰れて、バッタは動かなくなった。
「……何なんだよ、こいつは」
日陰に隠れながら、バッタを見聞する。
生憎、専門は恐竜なもんで詳しくは分からないが、少なくとも尋常な生命体ではないことは察せられる。
「昆虫……、じゃないな。血液が赤い。赤虫のようにヘモグロビンが含まれているのか?いや、それにしては汚い色だ……、赤褐色だし、むしろ土のような……」
興味はまあ、ある。
未知の生命とかに心躍らない学者はいないからな。
もう学者じゃないけど。
俺がそうして、白バッタをひっくり返そうとした瞬間……。
『ジッ』
「まだいたか?!」
また、虫の羽音が聞こえたので、素早く鉄パイプを構えると、今度は……。
「赤い、バッタ?黙示録だけに、白、赤と来て、次は黒で最後は青か?」
赤いバッタが跳ねてきた。
大きさも形も、白いバッタと変わらない。
だから油断したって訳じゃないが……。
『ジッ……!』
「なっ?!は、速……、ぐああっ!!!」
白バッタよりも速い、凄まじい速さで突っ込んできた赤バッタに、対応しきれず吹っ飛ばされる。
「がっ、は!ごほっ、ごほっ!こ、この野郎!」
俺はすぐさま、鉄パイプを掴んで立ち上がろうとしたが……。
『ギジジジジ!!!』
赤バッタが、馬乗りになって噛み付いてきた!
「う、お、おおおっ?!!!」
咄嗟に鉄パイプを盾にしたが……。
『ガジジジ!!!』
「こ、いつ!鉄パイプを、食ってやがる?!!」
鋼鉄を噛みちぎる?!
こんなのに噛まれたら……!!!
「ぐ、この……!!!」
力もかなり強い!かなり鍛えた男くらいの強い筋力だ!この小さな肉体の何処にそんな力があるんだ?!
お、押し返せない!
体勢が不利過ぎる!
「ク、クソッ!おおおおおおおっ!!!」
『ギジジジジ!!!』
死ねるか……!
こんなところで死ねるか!!!
死んでるかのように生きていたが、他人に殺されて死ぬなんてごめんだ!
何が何でも生き残ってやる!!!
「うおおおおおおっ!!!」
『ガジジジ!!!』
そんな時。
とても、とても聞き慣れた声が聞こえた。
「先生っ!!大丈夫ですかっ?!!」
暴飲暴食くらいしか快楽がないのが悪い。