「お断りします」
「そ、そうかね……」
今村と名乗る中高年。
偉くなさそうだが、偉い人らしい。
佐官、と言っていた。
自衛隊の階級にはあまり詳しくないが、「自分が責任者だ」と口にできる程度には偉いのだろう。
そんな今村さんは、俺にこう言ったのだ。
———「是非、自衛隊に力を貸してほしい」
最初に来た自衛官は、人当たりは良さげだが態度も礼儀もあまり整っていなかった。
それはまあ、良いとしよう。
確かに俺は、礼儀を弁えない奴が嫌いだとはよく言うが、俺が言う「弁えない奴」というのは、「悪戯に他人に突っかかる奴」のことだ。
俺の平穏を乱す奴だ。
あの、最初に来た乃木という男は、気安くヘラヘラとした態度だったが、俺の気分を積極的に害そうとしてきた訳ではなかった。
むしろあの態度は、三下のような雰囲気を出してあちら側をあえて侮らせるという策略にも見えた。
その為、俺はどうも思わなかったのだ。
だが、この今村という人のように、しっかりと敬語を使い、頭を下げて、腰を低くしている人に対しては、俺も同じように礼儀正しく接することとしている。
……それとこれとは別に、交渉事には手を抜かないが。
「一つ言いますが、我々は殆どが高校生の集団なのですよ。今のこの世界では、子供達は大人を信じられない……。かく云うこの私も、彼女達から信頼を得るには相当な努力をしました」
「そ、そうなのかね……?す、すまない。私はただ、市民の方々の平穏な生活の為を思うと、これが最善だと思ったのだが……」
「確かに、自衛隊が我々を守り、我々が必要な物資を提供する、というのは一見理想的な関係に見えますが……、あなた方が裏切らないという保証はありませんからね」
「う、うむ……。私も流石に、今の今まで助けられなかった諸君らに、いきなり信用されるとは思わないが……。だがその……、強力な能力者がいなくなってしまうと、こちらも立ち行かないという話が出ていて……」
ふむ。
まあそれは分からんでもない。
人員の引き抜きと言われればそうだからな。
自衛隊は公僕だろう!と言おうにも、既にその「公」がないのだから、最早彼らは何者の「僕」でもないだろう。単なる、善意で人々を集めて保護する武装集団だ。
今村さんは争いを望んでいないだろうし、強く言えば無理矢理にうちの子の身内を奪い取れるかもしれないが……、それは無礼であるし、何よりも悪手だ。
無理矢理の引き抜きに怒った自衛隊と戦う羽目になどなれば、目も当てられない。
確かに、うちの子達はとても強い。銃を持ち、練度が高いからだ。
だがそれは、ここにいる自衛隊にも全く同じことが言える。
いや、経験的な話をすれば、自衛隊の方がよっぽど上だ。
やり合っても負けはしない……とは思う。
だが、やり合えばどちらのコミュニティも無事では済まないだろう……。
故に、あまりにも無理な条件を突きつけて逆上される、などということは防いでおきたい。
とりあえず俺は、ここまでわかったことを、女子校本部にいる理絵に連絡する。
生徒会の理絵には、『遠話』のスキルがあるからな。
このスキルの力を使って貰えば、数十キロ離れたこの地点から、女子校の理絵と会話ができる。
「もしもし、理絵か?」
『はい!どうしました?』
「実は……」
『……お話は分かりました。それじゃあ、こうしましょう』
理絵の言葉に従って、俺は今村さんと交渉を再開した。
「電話はもう良いのかね?」
「ええ、お待ちいただいてありがとうございました」
「いや、構わんよ。私はほら……、暇だから……」
「それで……、本題なのですが」
「あ、ああ」
「あなた方の仲間になる事はできません。ですが……、あなた方が下につくなら良いでしょう」
「し、下に……?」
「ええ。今村さん、あなたは恐らく、良い人なのでしょう。ですが、自衛隊の全員を信用する事はやはりできません」
「う、うむ」
「そこで、あなた方の生命線を握らせていただきたいのです」
俺は、理絵に言われた案をそのまま出した。
その案とは、自衛隊に協力している民間人を全て引き取るという話だ。
引き取った民間人は、女子校のすぐ隣にあるマンションなどに入植してもらい、こちらの指定する労働に従事してもらう。
そして、自衛隊はこちらが提供する衣食住で生活をする代わりに、女子校及び女子校近辺の治安維持活動を行う、と……。
俺がそう説明すると、今村さんは一度戻り、また明日に結論を出したいと言ってきた。
そして明日に来たのは、今村さんだけでなく、眼鏡をかけた鋭利な印象の若い男だった。
「自衛隊の山下です」
「女子校の交渉担当の皆川です」
軽く自己紹介をした後、山下と名乗った若い男は、いきなり本題を切り出してきた。
「こちらとしては、先の提案はそのままでは飲めません。こちらが一方的に生命線を握られたままでは、こちらがあなた方を信用できない」
ふむ、これもまた一理ある。
だが、よく考えてみてほしい。
「私は中年男性ですが、こちらは女子高生……つまりは十代の少女ばかりなのですよ?それが、男達が棲家の近辺を彷徨くという多大なストレスを受け続けるのですから、こちら側に主導権がなければ恐ろしくてそちらに協力などできません」
と、いう訳だ。
「しかしこれでは、協力どころか連携すら取れないではありませんか!」
「そうですね。では、女子高生に戦えと?」
「そこまでは言いません。ですが、武具の提供や、人員の貸し出しなどを……」
「無理ですね。こちらは女子高生の集団でして、同じ質の武器を持っていれば、そちら側の方が正規の軍人であるのだから強いに決まっています。そちらに望むのはあくまでも『警察官』のような役割です」
「だがそれでは、自衛隊の意味がない!自慢ではありませんが、我々自衛隊は、戦闘と救助活動しかできることはありません。況してや、警備活動など、ノウハウがあまり……」
「……話を整理しましょうか。あなた方は、人員を渡したくはない。渡すならば、こちらのコミュニティを吸収合併したい。そういう事ですよね?」
「そうだが……、私達は何も無理な話は」
「ほう、無理だとお分かりにならない?言っておきますが、うちのコミュニティの指導者は私ではなく、女子校の生徒会長である少女ですよ」
「そんなまさか!あなたは、十代の少女に何をやらせているのですか?!」
ううむ……。
意外と、話が分かってもらえないな。
まあ、話が通じるだけマシか。
「まず、そこが間違っているのですよ。彼女達は、あなた方や、多くの人間から見れば未熟な子供でしょう。ですが、この半年間、このコミュニティをまとめ上げてきたのは、リーダーの実力と彼女達の力に他なりません」
そう、そうなのだ。
大人のコミュニティでも、不和が起きて崩壊している、なんてよくあるケース。
特にこんな世界じゃ、人と人とが協力し合うなんて難しい。
だが彼女達は。女子高生達は、お互いに庇い合い、譲り合い、今の今まで自分たちの力のみで戦い抜いてきたのだ。
確かに、周りの大人から見れば子供で女で、頼りないのかもしれない。
それでも……、今までこのコミュニティを上手く運営した実績は、今や既に信頼となり……。
女子高生達は、自分達のやり方に、自分達のリーダーに大きな大きな信頼感を抱いているのだ。
そこに、他所からやってきた人間に、「俺達は大人で男だから、子供で女のお前達のやり方は信用ならない」などと言われて、頷けるはずがないだろう。
その「大人の男」達が、自衛官様であっても、だ……。
俺はそんな風な話をした。
新作ー。
新作をー。