「「「「グエーッ!」」」」
俺は、ボコボコにした群衆を踏み越えながら、前へと進んだ。
「これが普通なのか……?」
「そうっすね。絡まれたくないんなら、魔力を放射して威嚇するといいっすよ」
杜和はそう言って、ふっ、と魔力を巡らせる。
俺もそれを真似して、同じ程度の魔力を放射した。
「どうなってるんだ、本当に。俺が外を出歩かないうちに、全世界がイカれてしまった」
「慣れてくださいっす、今の世の中はこんなもんっす」
俺は溜め息を吐きながら、ガキを踏んづけた。
「これなんて、まだガキだろ?良かったのか、やっちまって」
「良いんすよ、負ける方が悪いんすから」
「ふうん……、そういうもんかね」
「そうっすよ!その子、子供なのに何種類もスキルを使ってきたじゃないっすか?」
「そうだな」
「ってことは、親がスキルスクロールを買い与えてるってことっす!良くないんすよこう言うのは……」
スキルは数を増やせば良いってもんじゃないんすよ!と、杜和は吐き捨てるように言った。
「確かに、ステータスも低めな割にレベルは高く、スキルシステムに甘やかされた感じの戦闘だったが……、そこまでのことか?」
スキルは、発動させれば半自動で身体が動くものがある。
そういう瞬時発動型のスキルをそこそこの数揃えれば、武術が全然使えなくても、ある程度戦えてしまうのだ。
その辺はステータスを見れば一目瞭然だな。
ステータスに反してスキルだけが多い奴は、甘やかされている。
スキルはあくまでも補助、戦うのは自分の力と技なのだ。
「そこまでのことっす!今の社会問題と言えば、親の金でスキルを買いそろえて調子に乗った子供が、暴行とかの事件を起こすことなんすから!」
なんだそりゃ?
……なんでも、今の日本のセレブは、スキルスクロールを金で集めて自分の子供にたくさん使わせて手っ取り早く強くさせて、それで「強くなった!」と言うことにして、今のこの「武力偏重世界」における地位を得させているらしい。
世も末だなあ……。
俺は、通販で冷えたドリンクを購入して、一本を飲み干した。
ああこれ、スタミナ回復系のポーションが配合されているな。
身体の疲れが不自然に抜けていく。
二リットルのボトルを半分ほど飲んだところで、杜和が「自分にもくださいっす」と言ってきたので渡す。
普通に回し飲みだが、俺はあまり気にしないし、杜和も気にしない。
夫婦だしな。
ドリンクを飲み干した杜和は、ペットボトルを魔力で圧縮し3cm角くらいにして、それを清掃ロボに投げ渡す。
円筒状の掃除ロボは、円筒の上面側からマジックハンドを出してそれを掴み、円筒の側面中央にあるゴミ箱にそれを押し込んでから、どこかへ移動して行った……。下部のブラシで道路を磨きながら。
ふむ、にしても……。
人々の格好は、また変わってるな。
ああいや、そりゃあ、剣を帯びて鎧を着ているから、そう言う意味では変わっているんだが……。
そうではなく、服装そのものが変なんだ。
何故か、多くの人が着物を着ている。
袴も多いし、学生は学ランだし……。
そうでなくとも、わざと襟を着物のように折重ねられたシャツだったり、帯風のベルトを巻いていたり……、袖広のコートと着物が融合した何かを着ていたり、ラップスカートというらしい着物のようなスカートを穿いている人が極めて多い。
シャツにジーンズなんてほぼいない。
まあ、総理大臣も着物着て国会出てるからセーフか……?
……なんか昔、こういう漫画があったな。
銅魂だっけ……?
……その辺は良いだろう。
とにかく、何故かどんどん、サイバーパンクという世界観に近付いているという話だ。
俺は普通に着流しを、杜和も黒い袖広上着(着物コートとか言うらしい)にベルトのような帯を巻いたヤバい格好。
嫁のセンスがヤバい……。
と思ったが、他所を見てもどこもこんなもんなので問題はなかった。
もっとヤバい奴は、なんか知らんけどビカビカ光る蛍光繊維でできた羽織や、ビカビカ光る狐面風のマスク、般若面風の仮面などをつけていたりするので、最早ファッションは何でもアリなんだろう。
そもそも帯刀して外を出歩けるんだもんな、もう何でも良いわな。
「外国とかは、もっと服装に気を遣わなきゃならないらしいっすから、それと比べると楽で良いっすよ」
「そうなのか?」
「なんか……、オシャレしたり、長財布持ったり、ピンクの服着るとゲイ扱いなんだとか?」
「へえ、頭おかしいな」
「今は色々と逆行してるんすよ。今までは、国際化とか、他民族化とかして、差別を無くしたりするのが偉い!って扱いだったんすけど、今は逆に民族主義、国粋主義が偉いってされてるんす。世界的にそうなんすよ」
だから、アメリカも欧州も、今は白人が一番偉くて優れていると自称しているっす。
中華は漢民族が世界で一番偉いと言ってるし、アフリカなんかは黒人が一番強いとか言ってるっす。
どの国も、自分の国の方が偉くて強いって言ってて……、逆に、ゲイとかオカマとか、そういう在り方は「軟弱」だって叩かれてるんすよ。
日本人も、変な格好で変なことをしてる変な民族だって、外国は見下してるらしいっすよ?
まあ、国際社会に顔を出さなくなってもう二十年っすからね。最早、外国からすれば、自分達日本人はエイリアンっす。
……そんな話を、杜和はした。
「……また戦争とかになったら、困るんだがな」
「しばらくはないはずっすよ。海外は、今はダンジョン攻略にかかりきりっすから」
「ああ、そういえば、新出島はどうなった?」
「死者をちらほら出しながら、やっとのことで百階層まで攻略したっぽいっす」
……は?
「死者を?……何でだ?」
プロの軍人が、あんな程度のダンジョンで死ぬのか?
俺はそう思って首を傾げると、杜和は微妙な顔をしてこう言った。
「あー……、あのですね。先輩が思っているほどに、軍人は強くないんすよ」
「そんな馬鹿な」
「みんな相変わらず魔法銃ばかり使っていて、飼い慣らした動物をモンスター化させたり、機械兵器や四足歩行戦車とかを使ってばかりっす。まだまだ、根本的に、ダンジョンを受け入れてないみたいなんすよ」
マジか……。
未だに、キリストの神がどうこう〜とか言って、ダンジョンのシステムを使ってないのかよ。
「昔、列強と言われる国は、自分の国で生産機械を作れたそうなんす。むしろ逆に、精度の高い生産機械を作れることこそが、列強の証だったとか」
ふむ……、まあその辺は何となくだかわかる。
国産の、「機械を作る機械」がなければ、外国から永遠に工作機械を輸入しなければならない。
それは、その外国の手下になるも同義だ。
「今もそれと一緒なんすよ。日本は、ダンジョン技術を使った魔法機械を作る魔法機械があるんす。ダンジョン的な観点からすれば、日本が……日本だけが一等国、列強なんすよ。でも……」
「……かつて、科学文明の時に列強だった国々は、日本だけが圧倒的に一強な魔法文明の時代を認められない、ということか」
「そう言うことっす……。どの国も、自国自慢の科学文明の延長としてしか、魔法文明のものを捉えられない。だから、魔法文明的に見れば明らかに変なことばかりをやっていて……」
「なるほどな……」
海外諸国がスキルやステータスなどの魔法文明について批判的なのは宗教的な理由も当然あるが、自国の力で魔法について解析して、魔法を使いこなせるようにならないと、この新しい魔法文明の世界における覇権国家とは言えなくなってしまう訳か。
「けど……、魔法文明とは言うが、魔法関係の観測機なんて、二、三百階層のモンスターを倒して『魔法機械』を手に入れなきゃ無理なんじゃないのか?」
『マシン』系統のモンスターを倒して、その亡骸をリバースエンジニアリングし、魔法科学というような技術を得なければ、魔力や魔法物質の観測など無理な筈だ。
「そうっすね」
「で、二、三百階層では、魔法銃なんてゴミ以下だし……、ステータスを上げてスキルを使いこなさなきゃまず勝てないと思うんだが」
「そうっすよ」
「んん……、つまり?」
「海外はこの調子だと、いつまで経っても魔法文明の覇権国家にはなれないっすね」
そうか……。
満月の狂人、五話ほど書けた。
第三章、鉱山都市編……。