「…いやに暗いな…」
「廃墟同然ですからね…空気が悪いのも気のせいではなさそうですし…」
店の中は暗く、そして空気も重い。
何かが出る、っていうのはなさそうだがそれ抜きにしてもじっと見られてる気がしてならない。
「…ほんとにこの中にヒントがあるのか…?」
「…あまり自信はなくなって来ましたけど、もうこれしかないですよ」
あちこちをくまなく探してみるが置いてあるのは珍しい時計やオルゴール等、まぁ骨董品店の名に恥じぬラインナップである。
どれもこれもしっかりと装飾が施されており、どの品も綺麗に磨かれていた。
「…も……や…」
「…ん?」
どこからともなく声、らしきものが聞こえた。
幼い少女っぽいようなか細い声。
「今、声が聞こえませんでした?」
「声…ですか?私は何も…」
聞き間違いだったのか。
……………
…………………
…もう……や……
「…いや、やっぱり聞こえますね。位置的にはそんなに遠くないような…」
声の位置的には多分この奥、カウンター近くの扉の先だ。
「…その先から、聞こえたんですか?」
「えぇ、何が潜んでいるかはわかりません…が、今ここで引き返すと次の情報はいつになるかわからない。俺は行きます」
「…わかりました。私もついていきます。先生1人に無理をさせる訳にはいきませんからね」
彼女の顔には少しばかり不安の表情が見えた。まぁ無理もない。自分には聞こえない何かを発しているモノがこの奥にいると言われたのだ。人間得体の知れない物に安易に近付くほど勇猛果敢な人物はこの世に片手で数えられる程度だろう。もしくは頭が弱い類か。これが普通の反応だ。
しかし彼女はついてきてくれる、と言った。これは人間性だ。彼女の優しさがこの行動に変えてくれた。俺としては有難い限りだった。
「…開けますよ」
「…はい」
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「…鏡…?」
「…ですね…」
確かにこちらの方から声が聞こえた気がしたのだがやはり勘違いだったのか…?
「にしても…」
バカでかい鏡だな、と思った。周りには色んなガラクタも散乱していて明らかに何かが潜めるような所ではなかった。
「…八卦炉?」
「え?」
呆然と見ていたのですぐには気付けなかったが、鏡のすぐそばには八卦炉と使い古されたほうきが目立つように置かれていた。
「なんでこんなものが…」
西遊記に登場した、斉天大聖孫悟空が炉にぶち込まれる原因となったアイテムである。
…骨董品、とは言えないはずだが…
「…まぁこの際いいか…」
結局この場には中村に関する情報は何一つ得られなかった。まぁこの店がある、という意味では一歩前進したが。
「…すいません、お力になれなくて…」
「大丈夫ですよ。何も無かった時よりは全然」
実際何も無いよりかはマシだ。手探りで闇の中を探索しているところにひとつの松明を手に入れたような感覚に近い。
「とりあえず今日のところは帰りましょう。これ以上は暗くなって難航してしまいますしね」
「…そう…ですね…」
もう時間は7時を回る。家の奴らも心配する時間だろうし八島先生を夜中1人で帰すわけにも行かない。
「…先生、私はまだ残って調べてみます」
「…え?」
予想外の言葉が彼女から出て、少しばかり驚いた。
「先生の言った通り、ここには何かがいます。こう、思念のような」
「…はぁ…」
いまいち信用は出来ない。てか女性をこんな所で1人にするのは流石に出来ないだろ。
「安心してください。腕には自信があるので」
それこそ安心できないのだが。
…なんかこのまま言っても動かなそうだし、仕方ない、といえば仕方ないのか…
「わかりました。ですが、あまり無茶なことはしないでくださいよ」
「勿論ですよ」
再び彼女は笑顔を取り戻したようだ。
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「…ふぅ…」
水原先生はなんとか帰ってくれたようだ。
こんなところを見られる訳にも行かないから。
「…あーあ…聞かれちゃったかぁ…」
まさか水原先生…
いや、この呼び方だと先生と被っちゃうから和真君、って呼んだ方が正しいか。
和真君に聞かれるとは思いもしなかった。
なんせ約25年前、その思念の結晶が未だ存在してるとは思いもしなかったからである。
「ヒントに導くつもりだったのに余計な事聞かれちゃったよ…」
ううん。振り返っても仕方ない。今回の『私』には今があるんだから。前回できなかった事をやりとげよう。
「…よし!」
私は鏡の前に向き直し、気合を入れ直した。
「…ごめんね。和真君。必ず隼人を助け出して、元の生活に戻すから…」
鏡に手を触れると同時に光が溢れた。