進撃のガッツ   作:碧海かせな

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プロローグ

 役に立たない立体機動装置を捨てる。立ち止まることもなく、走りながら。

——動け、動き続けろ。

 立ち止まった時が私の死ぬ時だ。

 走りながら、胸ポケットから手帳を取り出す。赤くて可愛らしいお気に入りの手帳。誰に頼まれるでもなく、日記のように壁外調査のことを書き連ねている。まだ半分以上が真っ新の白紙だ。

 その手帳を開き、不安定で乱れた字で文字を書き込む。

 

『私はイルゼ・ラングナー。第34回壁外調査に参加。第二旅団最左翼を担当。帰還時、巨人に遭遇』

 

 仲間を食らった、巨人の顔が頭を過ぎる。

 私は何も出来なかった。目の前の巨人を相手にすることで精一杯で、助けることなどできなかった。

 ただ仲間の断末魔を聞くことしかできなかった。

 

『所属班の仲間と馬も失い、故障した立体機動装置は放棄した』

 

 巨人に投げ飛ばされたときだ。立体機動装置のファンが壊れ、すぐに動かなくなった。戦力外になった私を助けるために、隊長は死んだ。

 涙が零れる。文字が霞む。

 

『北を目指し、走る』

 

——例え、

 

『巨人の支配する壁の外で馬を失ってしまった。人の足では巨人から逃れられない』

 

——それがいかに、

 

『街への帰還、生存は絶望的』

 

——絶望的であっても。

 

 諦めない。目の前に見えてきた森に走り込む。15m級であれば、森での行動が著しく制限されるはず。そう、私は授業で学んだ。

 

——こんな時にそれを思い出すだなんて、バカにしてた授業も、バカにならないのね。

 

 止まりそうになる足を動かし、乱れた呼吸は戻らない。

 

『ただ……巨人に遭遇せず、壁まで辿り着くかもしれない。そう……今私がとるべき行動は恐怖に平伏すことではない。この状況も調査兵団を志願した時から覚悟していたものだ。私は死をも恐れぬ人類の翼。調査兵団の一員。たとえ命を落とすことになっても最後まで戦い抜く。武器はないが私は戦える。この紙に今を記し、今できることを全力でやる。私は屈しない。私は——』

 

 顔を上げると、そこには巨人がいた。

 こっちを見ている。

 彼我の距離は3m。

 

 足は止まっていた。

 

 巨人が襲いかかる。崩れ落ちるように退いた私の背中に、木がぶちあたった。

 もう後ろはない。

 

 巨人がこちらを覗き込んでいる。

 生臭い息が、私の顔に当たる。

 私を食らうであろうその口は、一文字に噛みしめられている。

 

 食われない。

 地獄のような時間。

 殺すなら、一瞬で死にたい。

 スイッチを切るように、死ねたらいいのに。

 

——だが、その前にするべきことがある。

 

「わ…わたし…は屈しない」

 声も、手も震えていた。

 

『巨人遭遇』

 

——書け、私のやるべきことを為せ。

 

『6m級。すぐに私を食べない。奇行種か……』

 

——もう、顔を上げる勇気もない。

 

『いよいよ最期を迎える。これまでだ。勝手なことばかりした……。まだ親に何も返していない』

 

 壁の中に待つ両親の顔が浮かぶ。

——帰りたい。

 

『きも ちわるい おわ る』

 

「う…う〜…ユ…ミル…の…たみ……」

 

 それは私の声ではない。

 私の頭上からの声だ。

 涙は滂沱のごとく流れ続ける。

 だが、私は確認せねばならない。

 

 顔を上げる。

 巨人が、一歩退いた。

 

「今……」

 声が漏れる。

 

「ユミル…さま…」

 巨人が喋った。

「よくぞ……」

 そして頭を下げる。これは敬意の姿勢。

 これは、言葉だ。

 

『巨人がしゃべった』

——書け。

『ありえない……。意味のある言葉を発音した。「ユミルの民」「ユミル様」「よくぞ」間違いない』

——残さなきゃ、このことを残さなきゃ。

『この巨人は表情を変えた。私に敬意を示すような姿勢を取った。信じられない。恐らく人類史上初めて私は巨人と意思を通わせた』

 

「あ、あなた達は何?」

 私は聞かねばならない。

 

『この巨人に存在を問う。うめき声。言葉ではない』

 

「どこから来たの?」

 巨人は両手を顔に当て、俯いている。

『所在を問う。応答は無い』

 

「どうして私達を食べるの?」

 聞きたかったこと。ずっとずっと、疑問に思っていたこと。

 なぜ、私の仲間は、同僚は、食われなければならなかったのか!

 

『目的を問う』

 

「どうして!」

 声が勝手に、意思の赴くまま、勝手に叫んでいた。

「どうして私達を食べる!? 何も食わなくても死なないお前達が!! なぜだ!? お前らは無意味で無価値な肉塊だろ!! この世から——」

 もう、収まらない。

「消え失せろ!!」

 

 顔を上げた巨人は、自分で自分の顔を引きちぎっていた。こちらを見る目。憤怒の表情。さきほどまでの敬意は消え失せ、口の端からは涎が垂れている。

 

——しまった。

 

「え……?」

 私は震える足で立ち上がる。

「何……? 何なの!?」

 走り出す。逃げなければ。

「何で!?」

——ヤバい、殺される。

「何が!?」

——食われる。

 

 森の出口はすぐそこだ。

 開けた草原には巨人がいない。

 逃げなければ。

 

 そう思って、一瞬振り向いた私は、その行動を後悔した。

 

 そこには、巨人がいた。

 

 下半身を掴まれる。

 とてつもない衝撃。

 息が詰まる。

 

——いやだ!

 

 こんなところで、たった一人。

 

——巨人に食われて死ぬだなんて。

 

 右手を掴まれる。視界に広がる巨人の口。

 

——いやだ!!!

 

 

 次の瞬間、私は目を瞑っていた。

 だから、それを見逃した。

 

 もの凄い轟音。

 頬にかかる何かの血。

 巨人の手から投げ出され、地面に叩きつけられた。

 体に染みついた受け身動作で、衝撃を逃す。

 本能的に頭をかばる。

 

 目を閉じた暗闇の中で、何か巨大なものが崩れ落ちる音がした。

 

「ようやく、人間を見つけられたぜ」

 聞いたことのない、男の声。

 さきほどまでの巨人の声とは全く違う。

 意思のある声だ。

「目を覚ましたらうすのろでけぇ巨人どもばかりでびっくりしたが、ようやくだ」

 私は目を開ける。

 もう二度と見ることができないと刹那に思った現実の世界を、見る。

 

 そこには黒づくめの男がいた。

 黒く短い髪、整っているが傷だらけの顔、閉じられた右眼、金属で覆われた左手、黒鉄の装甲、黒いズボン、長いブーツ。

 そして、

 凄まじいほど大きな剣。

 

 それは、剣と言うにはあまりにも大きすぎた。

 大きく、分厚く、重く、そして大雑把すぎた。

 それは正に、鉄塊だった。

 

 それを男は、片手で持っている。

 剣先は、ぴくりとも動かない。

 

「涙拭って立て、娘。話は聞かせてもらうぜ」

 その男は、斬り落とされた巨人の首に足を乗せ、無愛想な顔で私に言う。

 

 その時、私はようやく生き延びたのだということに気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、碧海かせなです。
昨今の進撃の巨人熱で書き始めてしまった本作。
そもそも原作が完結していないのに二次創作を始める危険性は承知しているのだが、書かずにはいられなかった。
書こうと思ったきっかけはどこかで拾ったコラ画像。
鬱展開をどうすれば壊せるか。毒には毒をもって制すの精神でいきます。
頑張って更新するので、よろしくです。
プロローグなので引用が多めですが、以降は少なくなる予定。

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