言峰綺礼は生まれつき、歪んでいた。
他者の幸せや喜びが自分の苦痛であり、他者の不幸が自分の幸福であり、他者の苦痛が自分の快楽と感じていた。
彼は一般的な常識と倫理観を持っていた為、己で己の異常性を理解し、それに苦悩していた。
これを直す為にあらゆる努力をした、鍛練に身を費やし、転属を繰り返していたが最後には興味が失せ絶望していた。
そんな時出会ったのが、クラウディアと言うアルビノの女性だった。彼女は生まれつき病弱であったが、信心深くかった。
彼はそんな余命幾ばくもない彼女を娶った。彼自身、そんな女だから選んだのか、そんな女しか愛せなかったのか分かっていない。クラウディア自身もそんな綺礼の歪みを理解した上で彼を愛していた。
時は流れ、クラウディアは1人の娘を産んだ。綺礼自身それを喜びはしなかった。
そして、クラウディアは自身の残りの命の少なさを感じていた。彼女は幸せであった。唯、苦しみ死んでいくだけの自身を愛し、自身も彼を愛し、彼の子を成す事が出来たから。
妻として、母として夫と子を残していくのは心残りが全くないとは言えない。だからこそ、残り少ない命を家族の為に使おうと決心した。
彼女が選んだのは『自死』つまりは自殺だ。理由は綺礼が癒し尽くそうとしたクラウディアでも直す事が出来なかったと絶望し、己で命を絶とうとしていたからである。
綺礼やクラウディアが信じる教えでは自殺は最も罪深い事だとされている。だからこそ、クラウディアは自分が己で命を断つ事で綺礼に「貴方は生きていていい人間だ」と教えようとした。
血塗れなクラウディアを抱え、綺礼は静かに泣いていた。
「私にはお前を愛せなかった」
「いいえ、貴方は私を愛しています。
ほらっ、貴方、泣いてるもの」
~現在~
「わっ私は……私にはその子を育てる資格はない」
綺礼はそう言った。それ見て父・璃正はどういう事なのか分からなかった。何せ、璃正は子供が産まれていた等聞いてもなかったからだ。しかし、今の息子の見せた表情はこれまで見たことないものだった為、まずは事情を聞く事にした。
「綺礼、どういう事だ?」
「父上……私は……」
綺礼は思った、神が与えたきっかけだと。今まで父を欺き、他者を欺いてきた。だが心の何処かで誰かに打ち明けてしまいたいと思っていたが、それをしなかった。
だが、此処まできた以上、此処で話すべきだと。
「父上……
人は私を立派だと評しますが、実際は違います。
私は美しい物を美しいとは思えない、他者の幸福が私にとっては苦痛なのです。私は歪んでいると自覚し、これまでこの性根を直そうとしてきましたが、生まれ持ったこれは直る事はなかった。
クラウディアが目の前で命を断ったあの時さえ、自身でクラウディアを殺せたならと考えていた。
ずっと……ずっと、人を、父上を欺いてきた。そんな自分が何より許せないのです」
二十数年、溜めるに溜めてきた物を吐き出した綺礼。
「綺礼」
綺礼は俯きながら血が出るほど拳握る。
(父は何と言うだろうか? 私の様な存在を産み出してしまった事を嘆くだろうか? 私を畜生以下だと罵るだろうか?)
そんな事を考えていると、肩に手を置かれた。ビクッと体が反応し、ゆっくりと綺礼は顔を上げる。
そこには涙を流していた璃正の姿があった。
「すまなかった」
璃正はそう言った。
「父上……何故……何故謝るのですか?」
「お前の成長を見てきながら理解してやれなかった……いや理解しようともしなかった。
お前の苦悩に気付く事が出来ない愚かな父親だ、私は」
「そんな事はありません! 父上は立派です!」
「綺礼……全て打ち明けてくれ。私はそれを受け入れよう。
例え、美しい物を美しいと思えなくても、善ではなく悪を愛していても、私はお前を愛している」
璃正は息子の苦悩に気付けなかった事に悲しみ、例えどんなに歪んでいても息子である綺礼を受け入れ、愛していると伝えた。
綺礼はそれを聞き涙が出た。
「主は……神はこんな私を赦されるでしょうか?」
綺礼はそう聞いた。それに応えたのは璃正ではなく龍牙だった。
「言峰綺礼、俺はお前らの神には会った事はないし、知りもしない。
だがお前はこうして存在している以上、お前は此処に居ても問題ないと俺は思う。
人間には善と悪の面があるし、10人いれば10人とも性格が違う。全く同じ存在などないし、清濁含めての人間だ。
お前の様な人間がいても可笑しくはない。同じ悩みを持っていてもお前の様に自分を律する事なく唯、悦に浸る者もいる。それらに比べればお前はまだ立派だよ」
龍牙はそう言い、カレンを抱え綺礼に近付く。
「お前は奥さんが死にそうになった時、泣いていて手を出せなかっただろう?」
「違う私は泣いてなどいない」
綺礼はそれを否定した。
「いいや、お前は泣いていたさ……認めたくないが故の逃避と言う奴だ。
それに苦しむ奥さんに手をかけなかったのは何故だ? 苦しむ奥さんを見ていたかったからか? 違うだろう?
お前は生きていて欲しかったんだ。心の何処かでそう思っていたから動けなかった」
その言葉が綺礼の胸に刺さる。頭ではそんな事はないと否定しいるのに、何故かその言葉を受け止めている自分がいた。
クラウディアと共に暮らし、傷付き苦しむ彼女を見て美しいと思った。そしてその己の手で
何故か、理由は単純だ。こんなにも歪んだ自分を愛し尽くしてくれた彼女を失いたくなかったからだ。
「ぁあ……そうか私は失いたくなかったのか」
「言峰綺礼、お前はどんな歪んでいても人間だ。命ある限りその生を全うしろ。悩み苦しんで苦痛で止まってもいい、だが最後には立ち上がればいい。
お前はまだ若い、やり直そうと思えば幾らでもやり直しがきく。まずは娘と向き合うとこから始めたらどうだ?」
龍牙はそう言い、カレンを彼の前に差し出す。
綺礼はカレンにゆっくり手を伸ばすが、カレンは生まれて初めて見る綺礼を怖がっているのかビクッと体を震わせる。
「当然か……」
これまで向かい合おうともしなかった娘、恐らく自分の顔すら覚えていないだろう。いきなり父親だと言われても受け入れられないと綺礼は考えていた。
手を引こうとした時、小さな手が綺礼の手に触れた。
「お……と……」
カレンが小さな声で何か言っている。
「おとうさん」
カレンは綺礼を父と呼んだ。
「すまなかった……許してくれとは言わない。だがこれからはお前の事を傍で見守らせてほしい」
綺礼はそう言ってカレンを抱き締めた。
龍牙の目には2人を抱き締める銀髪の女性も見えていた。女性は龍牙が自分を見えているのか分かったのか、彼に向かい一礼するとそのまま消えてしまった。