~冬木市 アインツベルンの城~
此処は冬木市の外れにあるアインツベルンが保有する土地内にある城である。アインツベルンが聖杯戦争の為だけに、城を丸ごと持ち込んだのである。
そこに滞在するのは、セイバー陣営のマスター 衛宮切嗣、その妻アイリスフィール、切嗣の助手 久宇舞弥、そして、サーヴァントのアルトリアである。
そして机を挟み彼等の前にいるのは、先の埠頭での戦いを見せた龍牙とルーラーであるジャンヌだった。
「改めまして、無皇 龍牙とルーラーのジャンヌ・ダルクだ。
話し合いで来てるんだし、殺気は収めて欲しいんだが……まぁ無理な話か」
「当然だ……アレだけの力を見せておいて警戒するなと言うのが無理だ」
「まぁいい……それで話だが、聖杯の事は確認したか?」
「……あぁ、確かに聖杯の中に何がいる。それは確認した」
「ならばアンタ等には聖杯を諦めて貰う」
「ふざけるな!」
龍牙の言葉にダンッと目の前の机を叩き立ち上がる。
「簡単に諦められるか!」
それもその筈、切嗣は今回の聖杯戦争に全てをかけていた。
「恒久的な平和か」
「! ……どうして僕の願いを知っている?」
「知っているからだ……それで納得しろ。
さて、アンタはこの聖杯戦争を人類最後の争いとするつもりだな」
「そうだ……」
龍牙が自身の願いを知っていた事に驚くが、切嗣は彼の言葉に頷く。
「聖杯が正常でない以上、それは破滅に繋がる。それとも今のまま、聖杯戦争を続けてこの街を火の海にするか?」
「……少なくとも、そのつもりはない」
「なら良かった……続けるつもりなら俺も対処しないといけないしな。
まぁ、正常な聖杯であっても止めたかもしれんがな」
その言葉を聞き、切嗣が反応する。
「別に平和を願うのが悪いとは言わないよ。でも……聖杯がどの様な手段を取るか次第だ」
龍牙の言葉に場の全員が疑問に思う。平和を願うのは悪くないと言うのに、何故、手段次第で止めるのかと。
「まず争いを無くす為には人から闘争を取り上げる必要がある。だがそれを取り上げれば人類は終わりだ」
全員が更に疑問を深める。
「人から闘争を取り上げれば争いは止むだろう……しかし人類はそこで破滅する。
何故なら闘争とは人の進化の根本の1つだからだ。人は他者と競い合い、高め合う事で、次の一歩へと進む。それは歴史が証明している。人の歴史は争いの歴史と言っても過言ではない。残念ながらそれが事実だ。
それに闘う事を止めれば、外敵から攻撃を受けても反撃しないと言う事だ。アンタはそこの奥さんが獣や敵に襲われても何もしないつもりか?」
切嗣はそれは無理だと思った。もし妻が襲われる事があれば、自分は武器を持ち敵を倒すだろう。
「人を守る事と人の進化から闘争はきって離せないものだ……哀しいけどそれが人間と言うものだ」
切嗣はそれを聞いて、力が抜けたのか、倒れる様に椅子に座る。
切嗣は龍牙の言葉を聞いて納得してしまったからだ。この星では生き残る為に進化し適応する事が必要だ、加えて戦いの手段と意思を無くせば外敵に対して人を守る術がなくなる。そうなれば一時的に争いを止めても、将来的には多くの命が失われると。
同時に今までしてきた事は何だったのかと考える。
「アンタの考えは素晴らしいと思うよ。争いのない世界っていうのは……だが衛宮切嗣。
平和って言うのは人類全体で、永い時をかけて考えないといけない物だ。アンタ1人が背負うべきものではない」
「僕は……」
切嗣は語る。今まで彼は戦い続けてきた。幼い頃、父の実験が原因で初恋の女の子が使徒になり、住んでいた村が全滅した。その影響で、彼は多くを救う為に常に少数を切り捨ててきた。子供も、老人も、魔術の師であり母親の様に思っていた人も。
そして、この度、聖杯と言う万能の願望器を手にし、この戦いを人類最後の流血にすると考えていた。
その為に聖杯の器として妻ですら犠牲にすると覚悟を決めた。だが聖杯は穢れ、使えば破滅。例え正常であり、願いが叶っても人類に未来はない。
平和の為に戦い続けた彼の夢は失われた。
「確かに……アンタはこれまで大小を秤にかけて命を救ってきた。それが正しいかどうかは分からない。
でも、アンタに救われた命があるんだ。その命達がこれから多くの命を繋ぐ。
アンタはアンタで最善を尽くし戦った。後の事は……未来の人間に任せればいい」
「未来……」
「人は命を繋ぐ事で未来を手にした。アンタが出来なかった事は、今を生きる子供が、これから産まれてくる子供達の誰かが達成してくれる事を信じるしかない。
アンタは十分、他者の為に生きてきた。だけど、もう自分や自分の大切な物の為に生きてもいいんじゃないか?」
龍牙はそう言うと立ち上がり、自分の背後に手を翳す。するとその空間に穴が開く。そこから巨人が出てきた。
場の全員が固まる。
「ご苦労様、ヘラクレス」
龍牙は巨人をそう呼んだ。ヘラクレスは頷くと、視界に切嗣達を捉える。
ヘラクレスはゆっくりと彼等に近付く。
セイバーを始め、アイリスフィール達も警戒するが、ヘラクレスはその場に膝をつき、腕に抱える布を見せた。
切嗣達はその布に包まれているものが直ぐに分かった。
「「イリヤ!?」」
切嗣とアイリスフィールの娘、イリヤスフィールだった。どうやらイリヤスフィールは眠っている様だ。
彼等は直ぐに我が子に近付き、抱き上げた。
「大丈夫だ。今は疲れて眠ってるだけだから」
「でもどうやって……」
「ヘラクレスに攻め込んで貰って拉致ってきた。ついでにアインツベルンも潰した」
「「はっ?」」
切嗣、アイリスフィールは驚愕する。
「アンタ等家族を聖杯から解放する為さ……メイド2人と金になりそうな物は取っておいたから」
そう言うと、空間の穴から2人の少女が出てくる。彼女等はアインツベルンのホムンクルスだ。
「セラとリーゼリット……元々聖杯の器として使おうとしていたけど、失敗したみたいで放置されてたから有効利用させて貰った。
さて、後は奥さんと娘を聖杯から切り離す必要があるな」
「ちょ……ちょっと待て、待ってくれ! 状況が把握しきれない! 少し頭を整理させてくれ」
情報量が多過ぎて整理出来なかった切嗣がそう言い出した。
それから少し沈黙が続き言葉を発したのは数分後だった。
「そのサーヴァントは英雄ヘラクレスで君のサーヴァント」
「うん」
「それでその英霊がアインツベルンに乗り込んでイリヤを救った」
「うん」
「そしてアインツベルンは彼が……いや君が潰したと?」
「うん……あっ、これ旨いね、おかわり下さい」
切嗣の質問に答えながら、出された紅茶と茶菓子のお代わりを要求する龍牙。
「奥さんと娘……古い考えに凝り固まった魔術の家、天秤にかけるまでもないだろう?」
それはそうなのだが、いきなり過ぎる。
「さてと……取り敢えず、聖杯は諦める方向でいいかな?」
此処まできて、諦めないとは言えない切嗣。
「……あぁ」
「なら良かった……さてセイバーがいるから大丈夫だと思うが、暫くは警戒しておくんだな。
取り敢えず奥さんと娘を聖杯から解き放つのは少し後だが……追って連絡するよ」
龍牙はジャンヌとヘラクレスと共に空間に穴を開けこの場を去った。
という訳でハッピーエンドへと向かって突き進みます。