~冬木市内 高級ホテル~
「「桜!」」
龍牙によって、彼等が滞在しているホテルの一室に遠坂葵と桜の姉である凛を連れてきた。
現在、桜はアタランテと共にいた。
2人は桜を見つけると、桜に飛びついた。
「……」
桜は少し驚いた様だが、反応は殆どない。今の桜にはそんな余裕がないからだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい、桜……」
葵は桜に謝り続ける。
此処で今にも葵を射殺しそうな目を向けるアタランテ。
「この娘を此処まで追い詰めたのに、よくも顔が出せたものだ」
アタランテは葵に向かいそういい放つ。
「っ」
「アタランテ……」
「分かっているマスター……だが私は許せない」
「分からなくもないけども……雁夜、悪いが娘達を隣の部屋に」
「あぁ……凛ちゃん、桜ちゃん、向こうに行こうか。お母さんは彼と話があるから」
「えっ……あっ……うん」
凛と桜は雁夜に連れられ隣の部屋に行った。
「さて……遠坂葵さん、そっちに座って」
「……はい」
葵は龍牙に促され、ソファーに腰掛ける。
「取り敢えず桜ちゃんの状態は理解してくれたかな?」
そう聞かれ葵は頷く。
「今のあの娘は、親に捨てられ、生きる希望がない様な状態だ。
勿論そんな事になったのは、言わずとも分かるな?」
彼女は理解している。自分と夫の所為であると。
「今の状況でアンタに出来る事は……なんの変哲もない日常を過ごさせてやることだ。
その中で、あの娘に自分は生きていていい、必要とされていると思わせる事だ。取り敢えず……家事でも手伝わせ、褒めてやればいい。そんな小さな事でもあの娘には生きる力を与える。
それで少しずつではあるが、元に近い状態まで戻る筈だ。だがある時、蟲共の記憶が蘇ってパニックになる事もあるだろう……そんな時は黙って抱き締めてやれ」
「……私は……あの子の傍にいてもいいのでしょうか?」
「ふざけるな!」
黙っていたアタランテが葵の首を掴む。
「何故だ! 何故、あの子を捨てた!? 親であったなら何であの娘を護ってやらなかった!
もし養子に出すなら、何故もっと相手の事を調べなかった!?
お前に分かるか、親に捨てられる悲しみが! 苦痛が! どれ程のことか!」
英雄アタランテ……その出生は王であった父が男児を欲していた為に、森に捨てられた。それを哀れに思った女神アルテミスが雌熊を遣わせ、育てたと言う。その生い立ちからアタランテは「子供は庇護し、愛情を注ぐ存在」だと考えている。
だからこそ、彼女は葵が許せなかった。
「アタランテ、ストップ……相手は人間だから死ぬから」
「チッ……マスター、私は子供達の所へ行く」
「あぁ……それはそうと、そんな恐い顔をしてると恐がられるぞ」
「ムッ……分かった。少し頭を冷してから行くとしよう」
アタランテは葵の首から手を放すと、霊体化してその場から離れた。
ゴホッゴホッと咳き込みながら起き上がる葵。
「まぁ……言いたい事は彼女と変わらない……正直、アンタ達にあの娘を返すのは気乗りはしないよ。アンタの旦那は根っからの魔術師だし、同じ事を繰り返さないとも限らないし……アンタはアンタで旦那に従って子供の事は二の次となってはねぇ」
そんな事はないと言おうとするが、その通りである。時臣の意見に反対しなかった故に、桜はあの様な目にあった。
「とは言え……今の桜に必要なのは、さっきも言った様な変哲もない日常だ。
だからこそ、アンタを連れてきた。まぁ……返す返さないかはあの娘の精神がマシになってからか……。
まずは数日、此処で過ごして貰う。聖杯戦争は停戦中とは言え、万が一があるからな」
龍牙は立ち上がり、部屋を出ようとする。
「あの娘の傍に居ていいか、悪いかは知らない。だがあの娘の身体と心に一生消えぬ傷をつける原因となったのはお前達夫婦なのも事実だ。
それは絶対に忘れるな」
彼はそう言うと、部屋から出ていった。
彼が出ていってから、葵はずっと考えていた。
『夫の意見を反対していれば』『何がなんでも桜を手放さなければ』と葵の頭の中にそんな考えばかりが周り続けている。
~遠坂家 屋敷~
遠坂家の現当主、時臣は頭を抱えていた。
「どうした、時臣」
時臣が顔を上げると、ギルガメッシュが現界していた。因みに今は薬の効果が切れたのか、大人の姿だ。
「王よ……私は娘の幸せを願っています。恵まれた才能をもって、自分の道を切り開いて、立派な魔術師となってくれると信じ間桐の家に養子に出しました。
間桐ならば必ずや桜に幸せのある未来を与えてくれる筈だと。それを魔術師の教育も受けさせずに胎盤としての扱いを受けていたなどと……許されることではない!」
時臣がそう言う。それに対してギルガメッシュは
「全く……たわけよな。いや、魔術師はその様なものなのか?」
「どういう意味でしょう?」
ギルガメッシュの言葉にそう答える時臣、彼本人は未だに気付いていない。
彼女が冷たい目を向けている事に。
「お前が案じているのは、娘のことか? それとも娘の魔術師としての将来か?」
「それは……」
時臣はそう言われ、黙ってしまう。
「我が見た限り、貴様が案じているのは後者の方だ。
貴様なりに娘の将来を案じて出した結果がこれとは……愚かな」
ギルガメッシュの言葉が時臣に胸に刺さる。
「子供とは親の思う通りにはならんぞ、時臣。
お前が思った道を子供が絶対に通るとは限らん。だがそれは子供自身が選んだ道だ。子供の人生は子供の物だ、親がどうこう言える物ではない」
時臣はギルガメッシュの言葉にその通りだと思った。そして思い返してみる、自身は親から魔術の道か、それ以外の道を選ばせて貰えた。だからこそ娘達にも選択肢を与えようと考えていた。だが、今、自身が考えている娘達の未来は魔術の道を歩んだ時の事ばかりだ。
長女の凛は魔術の道を真剣に考えていた、だが桜はどうだった? 凛ほど、魔術に興味を持っていたのだろうか? その様な事を娘達としっかりと話をした記憶などなかった。
確かに桜の素質は稀有な物だが、もっと他に方法を考えていればと後悔の念が時臣にのし掛かった。
「私は……親、失格ですね。私は魔術の事だけで、娘達の意思を考えてなかった」
「それに気付いたならば1つ成長したと言うことだ……後はどうするべきかは、娘の心を癒してから考えよ」
ギルガメッシュはそう言うと、霊体化し始める。
「王よ、ありがとうございます」
時臣は己の過ちを気付かせてくれたギルガメッシュに一礼し、感謝する。
「ではな……我は暫く出かけるとしよう」
時臣はギルガメッシュが去ると頭を上げる。その顔を心から彼女に対し感謝している表情だった、
と言う訳で一旦、遠坂家の話しは此処で区切りです。