「何で俺がこんな事を・・・・・・・」
青い空を見上げつつ、翼はポツリと呟く。そしてここまでに至った経緯を、朧げにソッと振り返った。
事の始まりは、いつもの如く華琳に玉座の間へ呼び出された時だった。いつもの如く玉座に座り、両脇に春蘭と秋蘭を従え、王の風格を醸し出す華琳。
『遅いぞ翼。華琳様に呼び出されたなら、駿馬の如く駆け付けろ!』
『相変わらず無茶を言ってくれる・・・・・・』
春蘭の言葉を適当に聞き流し、翼は華琳に向き直った。すると華琳はにこやかな笑顔を浮かべながら、口を開いた。
『翼。貴方、張三姉妹の事は知っているわよね』
『知っているも何も、俺が捕らえたからな』
翼がそう言うと
「ええ。そうよね」
華琳はと何処はかとなく呟いた。
『(今更そんな分かり切った事を訊いて、彼女はどうするつもりなのだろうか?)』
首を少し傾げつつ、翼がそう思っていると、華琳は笑顔のまま言い放った。
『今日から貴方に彼女達の仲介と世話役をしてもらうわ。忙しい私に代わってね』
翼は思わず自分の耳を疑ってしまった。そしてもう1度彼女に訊き返した。しかし無情にも返ってきたのは、彼女が先ほど言った事と同じ言葉であった。
当然翼は、あの張三姉妹の仲介役を務めるのは納得がいかなかった。今では凪、真桜、沙和の3人の面倒看役。更に警備隊の指揮を任されている上に、張三姉妹の世話役を受け持てと言うのだから。
『何で俺なの?俺よりもっと適任が居る筈だろう?』
『へえ。例えば、それは誰なのかしら?』
『それは・・・・・・・・』
と考えるが
『(思いつかない)』
と諦めた
『名前が出ないと言う事は、仲介役の件を承諾すると言う事で良いのね?』
華琳の中では、翼はもう仲介役に決定してしまっているらしい。
『(春蘭は短気だし、桂花は華琳命、季衣はまだ橋渡しには幼すぎる。秋蘭は・・・・だめだ。もしや華琳はこの事を考慮した上で、俺を指名したのだろうか)』
『・・・では決まりね。男なら見事、女を御して見せなさいな。期待しているわよ』
そう言い残すと、華琳は春蘭と秋蘭と共に自室へ引っ込んで行った。玉座の間に1人残された翼は、溜め息が出るのを抑えられなかった。
「ここか。休日前に厄介なことになったなー」
不本意ながら、役目を引き受けた以上、張三姉妹には事情を説明しなくてはならない。訓練の指導を凪達に一任し、翼は3人がよく居ると言う酒屋を訪ねていた。思えば彼女達と直に会うのはこれで2度目となるが、随分久しぶりな気がする。黄巾党が壊滅状態となってからは残党狩りに忙しく、会う機会は殆ど無かったのだ。
「さて、奴等は・・・・・・」
酒屋の主人に事情を説明し、中に入れてもらった翼。辺りを見回すと、すぐにそれらしき姿を確認する事が出来た。酒屋の奥――丸テーブルに3人が着き、昼食を食べている。
「ちょっとお姉ちゃん! それちぃのだよ!」
「良いでしょ~♪ お姉ちゃんにも分けてよ」
「2人とも、太らないように注意してよね」
翼から見て左と中央の少女が料理を取り合い、右の少女が冷静に発言している。己の記憶が正しければ左が張宝、中央が張角、右が張梁と言う名前だった気がする。凪、真桜、沙和と同じく、手綱を握るのが非常に難しそうな感じの三姉妹であった。
「あ♪ これ美味しい!」
「だ~か~ら~! これはちぃのだってば!」
「2人とも、もう少し静かに食べて・・・・・・」
何と騒がしい事だろう――この光景を見るだけで、これからの先行きが不安だ。とにかくこのまま突っ立っている訳にもいかず、翼は声を掛ける事にした。
「おい・・・・・・・」
翼がゆっくり近づきながら、彼女達に声を掛ける。すると意外にも、最初に彼に気付いたのは張角だった。
「あっ♪ ゴメンなさい。今は私的な時間だから、揮毫は出来ないんです♪」
「(何で、サイン知っているんだよ)」
どうやら彼女、翼を応援の1人と勘違いしているらしい。更に張角に続き、他の2人も翼の存在に気付き始めた。
「ゴメンなさい♪ お昼ご飯食べてるんで、邪魔しないでもらえますかぁ?」
「・・・・・・・揮毫は然るべき場所を設けますから、その時にお願いします」
そう3人は好き放題のたまった後、眼の前の料理を再び食べ始めた。応援と勘違いしている所か、自分が捕らえた事も忘れているらしい。溜め息を吐きながら、翼は彼女達に言った。
「お前等のサインなぞ、別に欲しくない。俺は曹操からお前達の世話役を任されて来た」
翼の言葉を聞き、彼女達の料理を啄ばむ箸が止まる。
「世話役? 何それ?」
「曹操から・・・・・貴方が?」
翼が頷いた。
「紅翼だ。・・・・・何も覚えていないのか?」
そう問い掛けると、3人のねめつけるような視線が翼を見つめた。暫く経った後、張宝が先に思い出したらしく、彼に指を差して言った。
「あ、あんたッ! あの時、私達を捕まえた仮面の男!」
「・・・・・・・・・思い出した。貴方が私達の世話役を・・・・・・?」
「お~っ! ぼんやりだけど、お姉ちゃんも思い出した」
張宝に続き、張梁と張角も翼の事を思い出したようだ。怪訝な顔を浮かべる張宝と違って、他の2人は何とも思っていないらしい。
「仮面の男じゃあなくて、仮面ライダー。お前達を捕まえた俺が世話役だ。曹操の命令故、悪く思うな」
「ふ~ん・・・・・・へ~・・・・・・ほ~・・・・・・」
気の抜けるような声を出しながら、再び翼を見つめる張角。翼自身、下から上まで隈なく見つめられているせいで気分が悪い。すると観察し終わった張角が、笑顔でピースサインを出した。
「うん! 合格~っ! 貴方が世話役で良いよ~」
「・・・・・・・・・何の話?」
訳が分からず、翼は思わず首を傾げた。
「え~っ! お姉ちゃん、こんな男が好きなの?」
「ん~? 顔立ちは整ってるし、カッコいいかなぁって・・・・・・」
張宝が呆れたように溜め息を吐いた。
「・・・・・・趣味悪いよ」
「むぅ~……いいもん。とにかくお姉ちゃんのだから、盗っちゃ駄目だよ」
「こんな男、頼まれたって欲しくないも~ん。もっと良い男が居るし」
散々な言われようであるが
「(ま、天の国でも、同じことがあったし、良いか)」
翼は別段気にはしなかった。
元々自分は、彼女達に深く好かれようとは思っていない。普通に仲介役をし、普通に世話役をすれば良いのだから。
「(しかしこの態度・・・・・・もう少しどうにかならねえのか)」
「貴方、天の御遣いって言われる人と同じ所から来た人でしょう?」
張梁に唐突に問い掛けられ、翼は彼女を一瞥する。
「・・・・・・知っているのか」
「馬鹿にしないでもらえる? こう見えても世の動きには敏感なの」
「へぇ~流石は人の心を読むのに長けた人だね」
翼の言葉に対し、張梁の眼付が一瞬だけ鋭くなる。
「・・・・・・何それ? 誰が言ったの?」
「曹操が言ったんだ。張梁は人の心を読む事に長けた人形使いだと、な・・・・・・」
「そ、そんな事・・・・・・」
張梁が顔を気まずそうに歪める。
「まあともかく、俺がお前達の世話役だ。文句は曹操に言う事だ」
「分かったわ。・・・・・・世話役って言ったけど、仕事は何をするの?」
「具体的には聞かされていない。その都度曹操から命令が来ると思うが・・・・・・」
張梁が「そう」と呟きつつ、下がり気味の眼鏡を上げた。
横で張角と張宝が頼りないなどと騒いでいるが、無視しておく。いちいち小言に付き合っていたら、こちらの身が持たないのだ。
「・・・・・・所で曹操さんとは、真名を呼ぶ関係なの?」
「一応な。向こうが呼べと言ったから呼んでいる」
予想外の答えに「げっ!?」と呻いた張宝が、慌てて笑顔を作った。
「あ、あはは・・・・・・今まで言った事は無しにして下さいねえ? 翼さまぁん♪」
「今更そんな気味の悪い態度を取っても、お前の本性は分かっているから無駄だ」
「ぐぬ・・・・・・っ! ちょっとれんほーっ!この男、ちょっと生意気すぎーっ!!」
「・・・・・お前ほど口は悪くないつもりだ。それと人に向けて、指を差すんじゃない」
更なる翼のツッコミに、張宝の怒りが爆発しそうになった。1人ヒートアップしている張宝を、張梁が冷静な態度で宥める。
「落ち着いて姉さん。曹操様は私達の雇用主でもあるんだから、その人が派遣した世話役とは、出来る限り仲良くしないと」
「い~っや! いやいやいやいやいやいやいや!! 絶対にイヤ!!」
姉の態度を見兼ねた張梁が、再び眼鏡を上げた後――。
「じゃあコレだけど?」
親指を立て、首を横に掻き切る仕草を張宝に見せ付けた。大人しそうな顔をしておいて、かなり過激な性格らしい。
「うう~っ! それも嫌だ・・・・・・」
「なら我慢してよね。頼むわよ」
「ぐぬぬ~・・・・・・・・・っ!」
悔しそうに唸りながら、張宝は身を潜めてしまった。末っ子であるにも関わらず、張梁には頭が上がらないようだ。翼が呆れていると、不意に張角が声を掛けてきた。
「ねぇねぇ翼ー」
「・・・・・・・・・何だ」
「さっき言った仮面ライダーって何?」
「ん?曹操から聞かなかったのか?」
「・・・うん」
「そういえば私たち捕まえた時、仮面をかぶっていたけど・・・」
「あれは、ディケイドだ」
「ディケイド?」
「何それ?」
「あれは・・・」
と翼は説明した
「・・・という物なんだ」
「世界の破壊者・・・」
「何か怖いわね」
「安心しろ。お前たちが危険なことに合っている時は助けてやるから・・・」
「ほんとう~」
「・・・・・・・明らかに無茶な事でなければな。出来る限り手助けもしてやる」
そう言うと、張角が眩しいくらいの笑顔を再び浮かべた。この笑顔は嫌な予感がする――翼は咄嗟にそう思った。
「じゃあ私、追加のお菓子が食べたい♪翼、奢って?」
「何・・・・・・? それくらい自分の金で頼めば良いだろう」
「無茶な事でなければ、世話してくれるって言ったじゃん!」
「はー 仕方ないなー・・・・・・」
渋々翼は給士に注文し、彼女が食べたいと言ったお菓子を持って来させた。張角が喜んでそれを食べる中、張宝と張梁が次々と翼に注文していく。
「あっ! ちぃは杏仁豆腐お代わりね! 大至急よ、大至急!」
「私は鉄観音茶をお代わり!」
「纏めて言うな!1人1回ずつ言え!」
そう怒鳴りながらも、翼は彼女達の注文を受けて行った。
「頑張れ♪翼」
「翼、遅い!」
「翼さん、お茶・・・・・・」
この調子では、例え秋蘭でも身体が持たないだろう。春蘭や桂花は言わずもがな、季衣も泣き出しそうだ。
「曹操さんも気が利くなぁ。こんなにカッコよくて、優しい世話役を付けてくれるなんて」
「それだけ私達に期待しているって事よ」
「ま、少しくらいは手伝ってあげても良いかもね」
勝手に言ってろと、翼は内心で悪態を吐いた。これからどうなるのか――前途多難な予感がした。
「(休日前に何でこんなことに・・・・・・)」