問題児が聖杯探索するそうですよ? 作:最強系主人公大好き
とことん十六夜のペースに乗せられて騒いでいる内に、戦闘によるプレッシャーや緊張で肩に入っていた余計な力がほぐされていることに気づいたマシュ。
まさかこれを狙って、と十六夜の真意を伺うようにその瞳を覗き込むが、不敵な笑みを称えた十六夜の表情から真意を読み取ることは残念ながら叶わない。
「あの あなたはここで起きた聖杯戦争の関係者なのでは?」
頭が冷え、何時もの冷静さを取り戻したマシュは現状の正確な把握に努めるために、十六夜へと疑問をぶつける。
「聖杯?聖杯っていうとあれか?キリスト教の聖遺物で 最後の聖餐においてはイエス・キリストが弟子達に『私の血である』としてワインを注いで振舞ったっていう、あの杯のことか?」
≫間違ってないけど間違ってる……
「はい マスター。この様子からすると彼は特異点Fで行われていた聖杯戦争とは関係のない方のようです」
『あっ 良かった。今度はちゃんと繋がった。って ちょっ!?マシュ!君たちのすぐ傍にとても強力なサーヴァント反応があるぞ!』
突然に聞こえてきた間の抜けた声に十六夜は周囲に目を配り怪訝な顔をする。一方のマシュは慣れた様子でその声に返事を返す。
「あっ ドクター。実はエネミーの大軍に襲われているところを こちらの方に助けて?いただいて……」
『そうなのかい?でも なんで疑問形?まあ いいか。いやぁ マシュたちがお世話になったみたいだね。僕はロマニ・アーキマン。みんなからはドクターとかロマンとか呼ばれてるから 好きに呼んでくれ。ところで君は冬木の聖杯戦争に呼ばれたサーヴァントなのかい?』
「声だけ聴こえるが 通信機の類いか?それにしては機材なんかが見当たらないが……まさか
いや……だが…………。と暫しの間だけ考えを巡らせる十六夜だが、情報のない状態から上手い具合に答えが導けず、眉をひそめてがしがしと頭を掻いた。
「聖杯戦争ってのは知らねぇな。そのサーヴァントってのは使用人か奴隷って意味か?だとしたら 俺のどこを見ればそんな発想に至るんだって話なわけだが……」
十六夜の返す問いにロマニと名乗った声の主は明らかに動揺する。
『いや サーヴァントってそういう意味じゃ……。おかしいな。たしかに君からはサーヴァント反応が出ているんだが………サーヴァントとしての自覚がない?』
ロマニがぶつぶつと呟きながら考え事を始める。マシュはドクターは放っておきましょうとばかりに十六夜への質問を再開する。
「あの 大変不躾なのですが。あなたはどうやってこちらへ?」
サーヴァントか否かはさておいて。聖杯戦争で冬木に呼ばれたサーヴァントでないとすると、この十六夜という青年は果たして何処から来たのか。それはマシュの抱いた率直な疑問であった。
「ああ 気づいたらここに居たんだよ。なんか記憶も曖昧だし 仕方ねぇからスケルトン蹴散らしながら歩いてたらお前らを見つけた。何か知ってるんじゃないかと思って助けてみたんだが……。なんだよ お前らはどうやら諸々と事情を知ってるみたいだな?」
なんでもないとばかりに答える十六夜の言葉を纏めると、特異点Fに自分が居る理由がわからないということであった。そんな状況で何故この青年は笑っていられるのか。マシュは自分がたった独りでこの死の蔓延する世界に立ったらと仮定してみる。
きっと、いや、間違いなく耐えられないだろう。サーヴァントを宿していながら戦闘にさえ未だ恐怖を覚える自分だ。マスターであり先輩である少女が居るからこそ自分は気丈に振る舞い、こうして二本の足で立っていられるのだ。
どうしてこの人は独りでもこんなに強く在ることができるのだろう。マシュには理解が及ばなかった。それと同時に憧れも芽生える。自分もこんな風に強く在れたら、もっとマスターを守れるのにと。そんな思いも決して顔には出さず、マシュは十六夜へと返答を返す。
「愉快 かどうかはわかりませんが。助けていただいた手前 情報を提供することは吝かではありません」
ですが その前に……。と、マシュは十六夜の顔を覗き込むように見上げた。それは二人の身長差も相俟って、まるで上目遣いのようになる。
「あなたの名前を 教えていただけませんか……?」
その台詞に一瞬だけキョトンとした十六夜だったが。あー そう言えば名乗って無かったな。と、快く応じる。
「逆廻十六夜だ。ちょっとお茶目で娯楽至上主義なだけの 純粋培養の人間様だぜ」
≫ダウト!
…………
……
「ほう 何者かによる2016年以降の未来の消失と その要因となった歴史の歪みである特異点 サーヴァントと呼ばれる英霊の写し身の力を借りてそれを解消しようと動いている 魔術と科学のハイブリット組織なカルデアねぇ……」
十六夜はマシュの話を聴き終えると、顎に手を当てて真顔で何やら思案するポーズをとる。そして、口角をつり上げて笑みを浮かべた。
「いいねぇ 大体理解した。なんだよなんだよ!滅茶苦茶ワクワクするじゃねぇか!どうせ帰り方も分からねぇし いい退屈しのぎになりそうだから俺も同行させろや!」
ロマニとはまた違ったベクトルでどこか軽い調子の十六夜に対して、マシュはむっと口をヘの字に曲げて苦言を呈する。
「ワクワクって……あの わたしたちは命懸けで戦ってるです!」
「おっと そいつは悪かったな。配慮が足りなかった。素直に謝ろう」
「はぁ……まぁ 謝罪は受け取りましょう」
「けどよ 自慢じゃねぇが 俺は強い。連れてってくれるってんなら 降りかかる火の粉だろうがスケルトンだろうが任されてやってもいいぜ?」
「むぅ…………」
マシュとしても十六夜の助力の申し出は魅力的この上ないことだ。情けないことながら、自分一人ではマスターを守り切れるとは思っていない。十六夜が攻勢に回ってくれれば、マシュは本業であるシールダーの職務を全う出来る。
≫たしかに……スケルトンとかズガーンって感じで吹き飛ばしたし……
マスターもどちらかと言えば乗り気のようだ。不本意だが。非常に不本意だが。マスターが信を置けると認めたのなら、マシュから言うことは何もない。
「なら 満場一致ってことで。マシュマロ娘も異論ないよな? これからよろしく頼むぜ ぐだ子?」
≫ぐだ子!?たしかに自己紹介してないけど 流石にその呼び方は……
「あの……マシュマロ娘とは もしや私のことでしょうか?」
「お前以外に誰が居るんだよ?」
マスター改めた以下ぐだ子はなにやら呼び名に不満そうであるが。一方のマシュはわなわなと肩を震わせている。マシュ……?とぐだ子が声をかけると、マシュは顔を上げた。てっきり怒っているのかと思えば、マシュは瞳を輝かせて頬を上気させた。
「マスター!これが噂に聞くアダ名というやつなんですね!友好の証であるというあのアダ名なんですね!」
≫純心だなぁ……
うちのマシュは天使やで。ぐだ子は嬉しそうなマシュの顔を見て、その誤解を訂正するのを諦める。わざわざマシュの可憐な笑顔を曇らせる必要がどこにあるのか。ぐだ子は十六夜にアイコンタクトをとる。
そういう方向でオーケー?
あぁ……オーケーオーケー。
単に自分が認めた者以外は名前では呼ばないというちょっとしたポリシーに従った結果の呼び名だったのだが。まさかこんなポジティブに捉えられるとは思わなかった十六夜はばつが悪そうにぐだ子からのアイコンタクトに応える。
そんな時、ロマニからの通信が入る。ぐだ子は出会ってから始めてロマニに心底から感謝した。空気を変えてくれてありがとうドクター。
『君たち 交流を深めているところ申し訳ないけど 近くに多数の敵性反応を発見した』
その通信を聴いてマシュは弛んでいた顔を元に戻す。顔を、強張らせる。十六夜はそんなマシュを一瞥して、目を細める。
「了解です ドクター。また スケルトンでしょうか?マスター 指示を」
≫うん!マシュ 迎撃だ!
「まあ 待てよ。マシュマロ娘はぐだ子を守ってろ。ものの数分で片付けてやるから」
…………
……
それは戦闘ではなく、きっと蹂躙と呼ばれるべきものだろう。マシュはぐだ子を守るように大盾こそ構えたものの、スケルトンたちを千切っては投げ千切っては投げとする十六夜のその圧倒的な戦いぶりにただただ呆けていることしか出来ない。
「凄いです。凄すぎて なんだかスケルトンたちの方が可哀想に見えてきました……」
マシュは思わず敵であるスケルトンに哀れみの目を向けてしまった。ロマニも通信越しに十六夜の戦闘を見てただただ唸る。
『うーん さっきの戦闘ログも確認したけど 本当に凄まじいな……。彼のサーヴァントとしてのステータスを大まかに割り出してみたんだけど 最優とされる英霊たちのそれすら霞んでしまいそうなレベルだ。この非常事態に 彼のような協力者を獲られたことは 君たちにとっても僕たちにとってもすごく幸運なことだよ。流石は人類最後のマスター。持ってるね ぐだ子ちゃん?』
≫どうしてドクターまで『ぐだ子』呼び!?
がびーん、と擬音が聞こえてきそうなほどショックを受けるぐだ子。
≫違うから!ぐだ子は本名じゃないから!わたしの名前は
…………
……
数分で戻ると言った手前、時間をかけるつもりはない十六夜は次々とスケルトンを殴りつけて粉砕していく。順調なように思われた作業は、しかし、乱入者によって横槍が入ることとなる。
十六夜は自身に向けて背後から投擲された短剣を掴んで握り潰す。
「へぇ……スケルトンより少しはマシな奴が出てきたか」
人型、とは言っても少々異形の黒い影。十六夜の望んでいた中ボスっぽく見えなくもない。見た限りスケルトンより骨はありそうだ。……スケルトンには骨しかないが。
ロマニは慌てたように通信を入れる。
『マシュ!あの黒い影はサーヴァントだ!他にも同じ反応が二体。計三体のサーヴァントを確認した!』
「サーヴァント……!それも三体も……」
マシュはその端正な顔を苦し気に歪ませる。スケルトンとは比べものにならない力を持つサーヴァント。それが三体も居るということは、端的に言って著しく不味い状況である。いくら強いといえど十六夜一人では流石に……。
≫マシュ 加勢してあげて!
「ですが そうするとマスターが……」
しかし、それは杞憂でしかなかった。
「ハッ 消し飛べや!」
≫……。…………。……へ?
「」
事態を重く見ていたぐだ子とマシュは、しかし、次に見せられた光景に唖然とするしかなかった。
十六夜の一蹴りで、黒い影は胴体に風穴を空けられ、塵のような粒子となって虚空へと溶けるように散っていったのだ。
最初に再起動を果たしたのはマシュであった。
「……はっ すみませんマスター!わたしはどうやらこんな時に白昼夢を見ていたようです。これではマスターのレムレムを責められる権利がありません!」
≫うん マシュ。気持ちはわかるけど現実逃避はやめようか……
『まいったなぁ……数値の上だけでも凄まじいのに 実際にはここまでとは…………うん なんか もう彼一人でいいんじゃないかな?』
アサシンと思わしき異形の影を消し飛ばした十六夜はその勢いのまま、ライダーとランサーのサーヴァントをほぼ一撃で仕留めていく。そして一言。
「まあ スケルトンよりは手応えがあったな」
「はあ そう ですか……」
≫えっと よかった ね?
息ひとつ切らさず戻ってきた十六夜のなんでもないような物言いにぐだ子とマシュは遠くを見つめながら適当に返事を返す。
「ハハッ マジかよ!泥に汚染されてるとはいえ 仮にもサーヴァント三体相手にして快勝とか オマエさんトンでもねぇな!」
「あん?」
かけられた聞き覚えのない声に十六夜はそちらを振り向く。そこには木の杖を担いだ青い髪に紅い瞳の長身の男が立っていた。