オーバーロードif 振り返ればネコの城   作:西玉

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2 何が起きたのか、モモンガに聞かされる

 ミケは城主であるため、客を出迎えるといっても外に迎えに出ることはない。出迎えるのは、ミケの使用人であるギルド長ヤンバル・クイナの仕事だ。

 ヤンバルが城の入口に出ると、目の前には約6メートルはあろうかという巨大な壁が立ちふさがっていた。

 

 城の向かいに巨大な墳墓である。普通に考えれば、城の死者を弔うための墳墓、ということになる。だが、ミケが治めるナベシマ城は、決して巨大な城ではない。

 外見だけはヨーロッパの城風のものだが、規模としては屋敷といったほうが近い。あまり広くないことが、ヤンバルのお気に入りポイントの一つでもある。

 

 墳墓の方が立派な城、というのがあるのだろうか。

 もっとも、その所有者であるアインズ・ウール・ゴウンと争う気は全くない。

 ヤンバルは、目の前に突如存在した高い壁を見上げて茫然とした。

 時刻は真夜中である。ただし、それほど暗いとは思わない。

 星々の明かりが地上を照らしていたからである。

 

 月が出ているというわけでもないのに、星の輝きだけでこんなにも明るくなるのかというほどに、はっきりと見える。

 隣に、ヤンバルの背後から近づいてきたセバス・チャンが並んだ。

 

「あなたは、この壁の向こうから来たのですね?」

「はい。これはナザリック地下大墳墓の壁でございます」

 

「この辺りには、他にどんな施設があるかご存知ですか?」

「はい。モモンガ様からは、周囲一キロを探索するように命じられております。ナベシマ城を訪れたのは、探索を終えた後のことでございますから」

 

 セバスは深々と頭を下げる。さすがに、ヤンバルも違和感を持った。セバスはモモンガに仕えているという。モモンガというのは、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長だとして、セバスはプレイヤーではないのだろうか。

 

「セバスさん、あなたはプレイヤーですか?」

「なんのことか解りませんが、私は41人の至高の御方に仕えるために生み出された執事でございます。現在は、最後まで残られた唯一のお方、モモンガ様に仕えております」

 つまり、ノンプレイヤーキャラクターだ。

 

「……命令されれば、ノンプレイヤーキャラクターが外に出られるのかい?」

「もちろんです。命令されなくても出られますが」

 

 それの何が不思議なのかとでも言いたげな物言いだ。

 ヤンバルは顔が広い。ネコカフェに遊びに来るプレイヤーとは丁寧に接してきた。ギルドとしては機能していなくても、情報は把握している方だと思っていた。

 

 だが、情報に欠落があったのだろうか。いままで、ノンプレイヤーキャラクターは外には出られないものだと思っていた。どこかの段階でアップグレードが行われ、仕様が変更されたのだろうか。プレイヤーの過疎化が進んだため、冒険にノンプレイヤーキャラクターを同行することができるようになったのに、ヤンバルが知らなかったということはありそうだ。

 

 それが事実なら、ネコたちも外に出られることになる。ネコは外で遊ぶのが好きだが、そのために病気をもらってくることも多いとは、飼うこともできないのに本で調べた知識である。

 ネコたちを外に出すかどうかは置いておき、試してみる価値はあるだろう。

 ヤンバルは、城に敷地に一歩入ってから、城に向かって呼びかけた。

 

「おーぃ、チェシャ、聞こえるかーぃ?」

「なんだニャ」

 

 突然、目の前に大柄なアメリカンショートヘアが現れた。チェシャネコ、というのは不思議の国のアリスという童話に登場するにたにたと笑っている神出鬼没なネコだが、ヤンバルの作ったチェシャは笑ってはいない。ネコはにたにた笑ったりしないのだ、というヤンバルのこだわりである。

 しかし、転移魔法と透明化の魔法を習得させてある。そのため、チェシャと名付けたのだ。

 

 チェシャは空中に突如出現した。浮遊する魔法も使えたはずだが、慌てたようにばたばたと前足を動かす。ヤンバルが横腹を両手で支えると、落ち着いたものの、勢いでヤンバルの手をひっかいた。

 ヤンバルは何も言わず、チェシャを抱いたまま城の外に踏み出す。

 

「おお。本当だ」

「ニャ、ニャんだ? ぼくを追い出すのかニャ? そ、それなら、ぼくにも考えがあるニャ。泣くニャ」

 

 チェシャの考え、というのが、『泣く』ことなのだろう。ヤンバルは、実験のためとはいえ、自分がいかに酷いことをしたのか思い知った。ヤンバルは、ネコに対しては徹底的に甘いのだ。

 

「ご、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだよ。ネコたちも外に出られるかどうかの実験のつもりだったんだ。チェシャが出たくなければ、もちろん外になんか出なくてもいいさ」

「……安心したニャ」

 

 ヤンバルの腕の中で、チェシャがゴロゴロと喉を鳴らす。ヤンバルは、腕の中のふわふわとしたネコをぎゅっと抱きしめた。

 

「ナザリックの者たちとは、至高のお方に対する考えが少し違うのでしょうか」

 

 セバスが呟くように言ったが、ヤンバルには何のことかわからなかったので、返事もしなかった。

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓、正面の扉が開く。

 ネコさま大王国のギルド拠点ナベシマ城の目の前である。

 まず現れたのは、眼鏡をかけた知性的な美貌を持つ黒髪のメイドだった。

 顔だけを出し、周囲をうかがうように視線を動かしている。

 

「誰です?」

 

 ヤンバルの位置から正面に見えたので、隣りでその様子を一緒に眺めているセバスに尋ねた。

 

「プレアデスの副リーダー、ユリ・アルファです」

 

 『プレアデス』を説明してほしいのだが、そう言う前に、扉が大きく開けられた。

 中から、先ほどのユリ・アルファを筆頭に総勢六人の美女が現れ、膝を着いた。

 まさに驚くほどの美貌である。それが、六人も現れたのだ。

 

「……金、かけているなぁ」

 

 つい、ヤンバルの本音が出た。ヤンバルは、城主であるミケ様を完璧なネコに近づけるためのデータを外注で作ってもらった。その金を課金ガチャに回せば、トップクラスの重課金者になれるとまで言われたが、別になりたいものではない。

 

「ナザリックの者たち、全員至高の41人に直接作成していただいております」

「……へぇ。ということは……メンバーにプロのデザイナーやプログラマーがいるっていう噂は、本当だったのか。いいなぁ」

「もちろんです」

 

 なぜか、セバスがとても誇らしげにしている。先ほどから話に出ている至高の41人とは、セバスがノンプレイヤーキャラクターであれば、プレイヤーだということになるだろう。自らの創造主、その単語を思い浮かべ、ヤンバルはつい狂信者をイメージしてしまった。

 

 扉が大きく開く。セバスも移動し、ユリ・アルファの隣で膝を着く。

 中央には、骨がいた。見るからに神級とわかる装備で全身を包み、手にはあり得ない数の指輪をしている。手にしている杖は、あまりにも禍々しい。

 

「……あれが、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長か……」

 

 その左右には、白いドレスをした黒髪の美女、スーツを着た悪魔、ダークエルフの双子、吸血鬼と思われる美少女、巨大な昆虫と並ぶ。

 

「モモンガ様、あちらが、ネコさま大王国のギルド長、ヤンバル・クイナ様です」

 

 セバスが平伏したままヤンバルを手で示す。

 モモンガ、というのがアインズ・ウール・ゴウンのギルド長の名だとは、ヤンバルは知らなかった。アインズ・ウール・ゴウンに良い噂は聞かない。たぶん、ギルド長が誰かわかれば狙われるので、極秘にしてあったのだろう。

 名指しされて、無視することもできない。ヤンバルは、チェシャを抱いたまま進み出た。

 

「ご紹介に預かりました、ヤンバル・クイナです」

 

 プレイヤー同士だ。しかも、互いにギルド長だ。対等だ。だが、なぜかモモンガが背負う圧倒的なオーラとも呼べる威圧感に、ヤンバルは意図せず敬語になっていた。

 答えたのは、モモンガではなかった。

 

「下等生物が。モモンガ様と直接口を聞こうなどとは、百万年早いわ」

 

 先ほどのメイドたちですら霞むような美貌を持った女が、針のごとき鋭さでヤンバルを射抜く。

 

「平伏したまえ」

 

 スーツ姿の悪魔が言った。だが、ヤンバルは突然何を言い出すのかと悪魔を見返した。

 

「ほう。ネコさま大王国は色物ギルドだと思っていたが、それなりのレベルには達していると見える」

「話を聞けるように、あたしがしましょうか?」

 

 ダークエルフと思われる少女がずいと進み出た。少女だろうか。ドラゴンの革を加工したシャツを着ており、ズボンを穿いている。少年かもしれないが、まだ幼いため中性的な印象があるのはやむを得ない。隣でおどおどしている少女からは、なにか得体の知れないものを感じた。

 

「よせ。この世界に、どれだけのプレイヤーが来ているかわからないのだ。ネコさま大王国を落としたとなれば、すべてのプレイヤーを敵に回すことになるだろう」

 

 モモンガがダークエルフの子供を押しとどめる。だが、ヤンバルはダークエルの態度以上に、不穏な言葉を聞いた。

 

「ちょっと待ってくれ。いま、『この世界』と言ったか?」

「ああ。言ったな」

「……どの世界のことだ?」

 

「うん? まだ、気がつかないのか? 我々がいるこの世界だよ。我々は、現実の異世界に放り出されてしまったらしい。ユグドラシルのアバターのまま、魔法は使えるし、ノンプレイヤーキャラクターが、AIではあり得ない動きをしているだろう」

 

 冗談だとは思えない。モモンガは、自分が言ったことを真実だと思っているらしい。

 ヤンバルは、チェシャを抱く手に力を込めた。

 

「苦しいニャ」

「あっ……すまない」

「ほう。ネコがしゃべりましたな」

 

 人間によく似た悪魔が関心を示したが、ヤンバルはそれどころではなかった。

 

「ユグドラシルのサービス終了が延期になったんじゃないのか?」

「違うな。お前の抱えるネコは、それで説明がつくのか?」

 

「アインズ・ウール・ゴウンが……ワールドアイテムでネコに命を与えたんじゃないのか?」

「面白い発想だが、そんなことをして何の意味がある?」

 

「……俺たちを仲間にして……他のギルドとの仲裁をさせるためとか……」

「ああ。確かに昔なら、そんな手段も考えたかもしれないな。だが、現在は、いや……最近は、アインズ・ウール・ゴウンも他のギルドを相手にできるほどの力はない。お前たちはどうなんだ? ネコさま大王国のギルドメンバーはどうしている?」

 

 モモンガの目が、突然真剣になったような気がした。ドクロの奥に灯された炎のような赤い目が、ヤンバルを見据えている。

 

「わからない。俺は……このセバスさんが来るまで……ただネコと遊んでいた。ネコさま大王国の加入条件は緩いから……最近まで出入りが激しかった。俺も、全員は把握していないし、城に誰かがいるかどうかも、確認していない」

「……そうか。アインズ・ウール・ゴウンとは、ずいぶん違うんだな」

 

 ヤンバルは、個々のギルメンに対してあまり思い入れがない。自分が金を費やして作成したネコたちに全て注がれているのだ。ギルドのメンバーはほぼ初心者で、ネコ好きだった。単にヤンバルのやっていることが物珍しく、この城にいれば色々なプレイヤーが遊びに来るから、という理由で、目的が明確に見つかるまでの腰かけであることも多かった。

 ギルド拠点としての城も、ネコさま大王国が戦力で勝ち取ったのではない。ネコの城を作りたいからという理由で複数のギルドに協力を申し入れ、当時のギルド長が所持していた全てのアイテムを差し出す代わりに、陥落させた城を譲ってもらったのだ。

 

 戦力については皆無である。ヤンバル自身も、レベルこそ100に到達しているとはいえ、同レベルのプレイヤー中では最弱である自信がある。

 

「立ち話もなんだから……城の中に案内しよう。二階にはネコカフェがあるんだ。昔は、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーも来たことがある」

「……ほう。初耳だな」

 

「ああ。ギルド名を隠したいという要望があったから、別室を用意した」

「……そうか。思い出した。アインズ・ウール・ゴウンが他のギルドから狙われていた時、唯一、どのギルドも差別はしないと声明を出したのが、ネコさま大王国だったな」

 

「ああ。当時は大変だったな。城を取るのに協力してくれたギルドから脅迫を受けた。アイテムを渡して許してもらったけどな」

 

「モモンガ様、こいつ、いい奴なんでありんすか?」

 

 小さな少女、と思っていた青白い肌をしたキャラクターが尋ねた。

 

「ああ。少しばかり借りもある。警戒しなくてもいいだろう。それと、この城の者には、手を出すな」

「はっ」

 

 居並んでいた一同が一斉に平伏した。ヤンバルは、その光景に度肝を抜かれた。

 




アインズ様:なに? ネコさま大王国?
     手なずけておけば、他のプレイヤーがいた時に、味方にするために使えるな。

↑こんなことを考えたのではないでしょうか。
 

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