彼の名は。   作:ma96

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さてさてどんどんいきますよー!
ちなみにpixivの方とこちらではネームは違います。



彼の名は。中編

 

あれから、いったいどれだけの時間が流れたのかわからない。

いや正確には覚えているのだが。

綺麗な星空とお月様をただ眺めてる時のように、はたまた駐車場が無駄に広いコンビニで深夜バイトしてたかのように。

流れる川に身を任せる落ち葉。

 

つまり、ひたすらに毎日を生きていた。

 

過ぎ去ってみれば呆気ないが。

先月から今日まで何していた?。と聞かれたら「仕事。」としか答えられない。

まさに、光陰に関守なし。

 

 

 

そして今日は世間で言う花金。はなの金曜日だ。

 

 

 

先月から社畜の如く働いていた立花瀧も、仕事終わりにこの花金を馴染み深い友人である司と高木と過ごしていた。

 

 

 

 

 

『乾杯ッ!。』

 

 

グラスとグラスがぶつかり合い、カチンッ。と心地の良い音が鳴る。

大学の頃は盛り上がるからと言う理由だけでやっていたが社会人になるとこの音が堪らなく好きになっていた。

酒を片手に持っている人からすれば、この音は夏の風鈴に負けず劣らずの風流的なナニカの音だと思う。

 

 

「いやーッ。どうして仕事終わりの一杯ってこんなに美味いんだろうな!。」

 

 

「俺らもそんなセリフを言う年頃か。」

 

 

学生時代から変わらない関係だけにこうやって飲みに行くことが心嬉しく感じる今日この頃。

高木の一言に司も同意の言葉を被せる、

瀧も言葉にこそは出さないが二人と似た気持ちだ。

 

 

 

「瀧は明日から三日間、岐阜に行くんだろ?、しかも三葉さんと。いいよなぁ。」

 

 

もう既に一杯目を空にしようとしている高木は、空になったグラスに瓶ビールを注ぎながら瀧を羨ましそうに見る。

 

 

「その分、今日までこき使われ続けたけどな。無駄に雑用まで…あの上司のヤロー。」

 

言葉とは裏腹に表情は満更でもなく、気持ちもむしろ感謝に近い。

 

今までの頑張りを労うかのように。

今日は定時で帰れと言われたし、有給の方も瀧の願望通り二日取ってくれた。

「その結婚式を挙げた二人の新宅は是非、我が社で!。」と自分の友人のように楽しげに喋る上司の顔を思い浮かべる。

 

まったく、あの人には頭が上がらない。

 

 

「まぁ折角、久しぶりに三人集まったんだ。今日は飲もう。あ、瀧は明日があるんだから控えとけよ。」

 

そう語りかけ、司は眼鏡の奥にある目を細くする。

「そうだそうだ。」と高木は言い司のグラスにビールを注いでいった。

ちなみに瀧達が飲みに来ている店は定番の居酒屋ではなく、屋台のおでん屋さん。

夜も遅いし、瀧もチョイ飲み程度なので近場にあるここで落ち着かせたのだ。

あとは高木がここにハマっているからってのも理由の一つらしい。

 

 

 

 

 

 

「いつでも作れるし、何処でも売ってる。でも屋台で食べるおでんが一番体に染みて美味しい。それに都会人には不思議な懐かしさを感じさせるんだよな。」

 

その言葉を残し、高木は追加で卵と白滝と牛スジを屋台の親父に頼む。

「あいよ。」と録音したような低い声が聞こえた後、透き通っただし汁から注文したおでん達が皿に盛り付けられ置かれる。その香りに食欲が溢れ、喉が乾く。

 

 

「わからんでもないかな。俺も三葉の婆ちゃんの飯食べてた時にそんな気持ちになるし。」

 

目の前の皿にある大根を箸で半分に切り、からしを少しつけてソレを口に運ぶ。

ん、美味いと。思わず声が漏れてしまう。

 

瀧のその言葉を聞いた二人はお互いを見合って、興味津々と言った顔で瀧に詰め寄る。

 

 

「なになに?。お前ってばもう向こうの家に挨拶しに行ってたのかよ!?。」

 

「そこまで進んでいたなんてな!。くぅー!、展開早過ぎんだろ。」

 

 

司、高木の順でニヤニヤと笑いながら、からかうように瀧を肘で小突く。

 

 

「ッぃてーな。や、やめろって。そんなんじゃねーよ!。これは三葉と…。…いや、なんでもない。」

 

 

こんな非現実的な話をしても信じてもらえるわけがない。そう決めつけて、喉から出かけた入れ替わりの話を静かに呑み込む

 

 

「なんだ瀧。まだ一年も経ってないのにもう複雑な関係かよ。」

 

司の顔が曇る。変な誤解をされたら困るので瀧は今言える最大限の言葉を選び、そして喋る。

 

 

「そんなんじゃないって。あれだあれ!、タッパに入れて岐阜から送ってくれたんだよ。宮水家直送…みたいな。」

 

 

最初は疑い深い顔をしていた二人だが、聞かない方が得策だと悟ったのか、聞かなかったことにしようとしたのか、黙ってグラスに口をつけた。

 

付き合いの長さと二人の優しさに感謝しつつ、瀧も喉にビールを流し込んだ。

グラスに追加した瓶ビールを注ぎ足していたら隣で高木が「あっ。」と声を出して、瀧の方に顔を向ける。

 

 

「どうした高木?。」

 

そう口にすると高木は不敵な顔をしながら瀧に言った。

 

 

「瀧、お前。なら今回が初めてじゃん。三葉さんの家族とご対面。」

 

 

高木のその発言でその場にいる全員の時間が一瞬止まる。

屋台の親父もだし汁の奥をずっと見つめ、聞かなかったフリを決め込んでいた。

 

 

 

その沈黙を破った人物は。

 

「…あの、サービスです。」

 

屋台の親父だ。

 

一言、卵を瀧の皿に。

 

 

「…アリガトゴザイマス。」

 

張本人が一番動揺していた。

まるで今知ったかの如く、火照っていた顔が徐々に青ざめていく。

 

 

瀧は自分の脳内で格闘中であった。

大丈夫だ立花瀧、落ち着け。婆ちゃんとは何度も会っていただろう。見た目が三葉だっただけの話で中身は俺だったんだ。人は内面って言うし、大丈夫だ、うん、大丈夫だ。

四葉ちゃんは電話でなら何回も話したことあるし。何とかなる。

確か四葉ちゃんは岐阜市内の高校に通っていて、復興活動中の糸守町で三葉以外の家族三人で暮らしているんだよな。…ん、三人?。婆ちゃん、四葉、…あと、一人。…ッ!!!?。

 

「ッ三葉のおとうさん!。」

 

その言葉を口に出した瞬間。冷や汗がダラダラと流れ、少し寒気すら感じた。

 

 

「た、…瀧?、大丈夫か?。」

 

 

司が心配そうに顔色を伺ってくる。が、瀧には司が見えておらず、ただ一点、虚空を見つめていた。

そこに誰かがいるみたいに、ただじっと見つめている。

 

 

瀧が見ているのは無論、三葉のお父さんだ。

現実的にはそこにいないのだが、まるで陽炎や蜃気楼のように瀧にはその姿がぼんやりと見える。

そして脳内で再生されるのはあの時、星が降った日の出来事。三葉の中に入っていた自分が三葉のお父さんのネクタイに掴み掛かったあの瞬間。

必至だったとか、三葉のためだったとか、色んな想いもあるが罪悪感だって当然ある。

いずれ面と向かって話さなければと思っていたが、まさかこんな形でとは。

それにあの時の町長の態度は前々から気になっていた。正しくは記憶を取り戻してからだけど。

これは良い機会なのかもしれない。男として、恋人として挨拶くらいはしなければいけないし。

 

断じて結婚式に行くという建前で、両親に結婚前提のお付き合いの挨拶に行くのではない。けっして違うのだ。

そう自分に言い聞かせ、残るビールで乾いた喉を潤す。

 

 

「わるい司と高木。俺これで帰るわ、これお代。」

 

 

「「お、おう。」」

 

久しぶりの集まりなのに、二人には悪いと思っている。しかし、このまま酒を飲む気にもなれないので明日に備えて今日はもう休むことに。

自分の分のお代を棚に置いて、鞄を手に取り二人に挨拶を交わす。

 

「司、高木。サンキューな。じゃあっ。」

 

「じゃーな瀧。頑張れよ。」

「また今度な!。」

 

 

二人の笑顔に見送られ、自分の家へと歩き始めた。

その小さくなって行く瀧の背中を司と高木はずっと眺め。

小さな小人ぐらいになった所で、高木がフゥと小さな息を吐き、口を開ける。

 

 

「瀧の奴、三葉さんと出会ってから急激に大人っぽくなったよな。落ち着いたって言うか、今まであんな優しそうな目しなかっただろ。」

 

眼鏡を外し、レンズを拭きながら司は高木の話を聞いていた。

やがてピタリと手を止め、高木の方を見る。

 

「なんか…我が子が旅立って行く感じだね。」

 

眼鏡を再び掛け直した司は懐かし気にそう喋り、微笑む。

高木は瀧が初めて自分達の前に宮水三葉さんという女性を連れて来た時のことを思い浮かべた。

 

「瀧の友人の結婚式とかなんて俺達には関係ないし知らないが。瀧と三葉さんには幸せになってほしいよな。」

 

「そうだな。」

 

二人はグラスに残っているビールを一気に飲み干し。

お互いの顔を見て笑い合う。

 

「二人の門出を願って、飲むか。」

 

「いいね。親父、日本酒冷や二で。」

 

「あいよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司と高木と別れた後、瀧はアルコールの入った体に鞭を打つように急ぎ足で自宅を目指していた。

時刻はまだ次の日には余裕がある。短い針がまだ立ち上がる前だ。

 

 

明日は朝早いが、別に早く寝ようとしている訳ではない。

ただ、こうしていないと落ち着かないのだ。

遠足の前の日とテストの前の日を5:5の割合にした気持ちが自分の中にある。

通り雨が過ぎ去っては戻ってくるような感覚が襲ってきて一向に晴れてくれない。

 

 

「三葉に会えば晴れるような気がする。」

 

誰に言ったわけでもなく、ただの呟き。

根拠はないが自分にとっては一番の万能薬なのは明確だ。

そんな考えを一度してしまったら、無性に声を聴きたくなってしまい鞄からiPhoneを取り出し、宮水三葉と書かれた文字をタップする。通話ボタンを押す所で一瞬、こんな時間に迷惑じゃないか?と迷うが欲には勝てず、アルコールのせいにして通話ボタンを押した。

 

 

「ー。ー。…もしもし?、瀧君?。」

 

何回かの着信音の後に聴きたかった声と言われたかった名前が聴こえ。体中の血液がブワッと流れた感覚が全身を駆け巡る。

 

 

「よお三葉。あー。まだ寝てなかったんだ?。」

 

欲求を抑えられなくて勢いのまま電話したが。いかん、何を話したらいいかわからない。

何か話さないとヤバイと思い、絞って出した言葉がこれだ。もっと他に、こう…あるだろ。

 

 

「フフッ。なんやさ突然。」

 

少し眠いのか妙に声が優しく色っぽく聴こえた。

その声を聴くとどうしようもなくなる。

あぁクソ。もう言ってしまおう。

 

愛する相手に良く聞こえるように足を止めた。道が真っ直ぐ伸びる住宅街で街灯がスポットライトになり瀧を照らす。

 

 

「お前の、…三葉の声が聴きたかったんだ。どーしようもないくらいさ。」

 

恥ずかしさで顔が赤くなり、耳が熱い。

でも悪い気分じゃない。

 

「…瀧君も同じこと思っとったんやね。」

 

「えっ?。」

 

微かに聞こえたその声に、心臓の鼓動が大きく響いた。

無意識にiPhoneを耳に押し付けていて、耳が若干痛い。

電話の向こうでんぅ〜と可愛い唸り声が聞こえ、同時にバサバサと埃が舞いそうな音が聞こえた。

 

「私もね、待っとったんやよ。もしかすると瀧君から電話がくるかもって。したらホントに掛かってくるなんて…やっぱり瀧君やね。」

 

「はははっ。運命の赤い組紐で結ばれてるのかもな。」

 

「もうっ。そんな恥ずかしい言葉言わんといて。…寂しくなるの。」

 

「明日会えるんだから今日ぐらい我慢しろよ。」

 

「…今までずーっと我慢しとったもん。」

 

「だよな。だからその分、明日から俺の時間は三葉のモノだから好きに使ってくれ。」

 

「ずっと一緒にいてくれる?離れちゃ嫌やよ?。」

 

瀧は空を見上げる。空には無数の星がこの街、人、瀧を見守るように輝いている。

もし、この無数の星の中から三葉を見つけろってなったとしても自分なら可能だと思える。

そう俺達ならきっとできる。

 

「ずっと一緒にいるし、例え離れたとしても絶対にまた会いに行く。」

 

夜の星空に一際目立っている月、それを眺めながら言い切る。

なんとなく三葉も見ているような気がしたから。

見てるかな?、見てるといいな。

 

 

「うん…うん。今日は我慢する。」

 

自分を納得させるように何度も頷いている。

これ以上は彼女を寂しさで泣かせてしまう。だから瀧は電話を切ることにした。

本当は今すぐにでも抱き締めに行きたいが、明日が明日なので諦めるしかない。

だから明日は三葉に尽くすんだ。この一カ月間、寂しい思いを沢山させたから。

 

「 じゃあ、三葉。今日は…。」

「ま、待って瀧君。もう少し…もう少しだけ。ねっ?」

 

クソッー!好きだっ!!。って近所迷惑わきまえず叫びたい気持ちをグッとググッと、自分の胸を何度も叩き抑え込み。心を鬼にする。

 

 

「三葉。」

 

ただ一言。意地悪だがこれが一番効果的だとわかっているから。

 

「うぅ〜。瀧君。」

 

消え入りそうな声が聴こえる。これはまずい。

こうなったのも自分の責任。なんとか彼女を寝かしつけようよ脳の全てを三葉にまわす。

なんとも幸せな悩みだ。彼女が愛しくて堪らなくなる。

 

 

「三葉。…月見てるか?。」

 

「…うん、ベッドから見えとったから。綺麗で、輝いてるから…瀧君やと思って。」

 

おぉ〜。と心の中で感動したが、今が好機だ。

 

「奇遇だな。俺も綺麗な月を見ながら帰ってたんだよ。こうやって二人で月を見詰めてるとさ、目が合って見つめ返されてる気分にならないか?。大丈夫、見守ってるよって。」

 

「ん…そんな気がする。」

 

「三葉が寝るまで見守ってるから。安心して寝な。」

 

「瀧君はホントに、いっつも…いつもいつも、優しいな。もう大丈夫やよ。」

 

「よかった。おやすみ三葉。」

 

「おやすみ瀧君。」

 

 

プツッと電話が途切れた。彼女はもう大丈夫だろう。明日が凄いことになりそうだが。

 

三葉の為にもう少し月を眺めた帰ろう。

 

いつしか自分の中の曇り空も消えていた。

今、瀧自身が見上げている星空と同じで一面キラキラしている。

これも全部、三葉のおかげだ。

 

「晴れたよ三葉。今日も月が綺麗だ。」

 

そう語りかけ。歩き始める。

自分も帰ったら気持ち良く寝れそうだ。

 

今日はやっぱり早く寝よう。

心に誓い。見えてきた自宅に向けて更に足を動かす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

 

場所は東京駅。名古屋行き新幹線の切符を買って改札機を通り。目的である新幹線に乗車する。

 

 

某メーカーのボストンバッグを肩に掛けて。小さめなSサイズのキャリーバックを片手で転がし、もう片方の手は三葉に独占されていた。

これから仕事に向かうであろうサラリーマンの方々に様々な目(主に呪われるような目)で見られ、「私にも妻が。」と言って帰った人もいた記憶がある。

 

新幹線の指定席に座り、ようやくひと段落できたことに安堵のため息を漏らす。

旅の始まりにワクワクと緊張感は付き物だとなんかのテレビで見たが、全くその通りだと改めて実感し売店で買ってきたペッドボトルのお茶に口を付ける。

 

 

「お疲れ様。荷物持ってくれてありがとね。」

 

「女性が荷物多くなるのは当然だし気にすんなって。俺の荷物軽いしさ。」

 

「なんか前々から思っとったけど。瀧君っていつの間にか女性の扱い方が上手くなっとるよなぁ。」

 

「そうか?。もしかして三葉に鍛えられたのかもな。」

 

「嬉しいことやけど。…会社で瀧君に寄ってくる子がいないか心配やよ。」

 

後半の言葉はもごもごとした小声だったのではっきりと聞こえず、もう一度聞き返しても、なんでもないの一点張りで切られてしまった。

 

 

あれこれと話に花を咲かせて、寂しかったお互いの時間を埋めていく。

その間に新幹線は東京駅から出発してた。大都会が徐々に小さくなり、あっさりと離れて行く。

 

 

最初こそ初めての二人の遠出にお互い自分の年齢を忘れているかのように、変わりゆく風景などを眺めイチイチはしゃいでいた。

 

 

「瀧君見て!。富士山!、富士山が見えるよ!!。」

 

「おー。今回はDとE席だから見えるのか。スゴい迫力だな。」

 

 

出発して数十分後、天気が良かったので日本一の山と言われている富士山が俺と三葉を歓迎してくれた。普段はこれといって興味も示さなかったが、こうして見るとやはりスゴい。

しばらくは富士山と共に旅を楽しむ。

 

 

富士山を眺めながら早めの昼ご飯として用意した駅弁を食べ終えた後は。

平日の停車駅の多い新幹線なので何処かノンビリとした雰囲気が車内に流れていたのでそのまま身を任せるように二人身を寄せ合って眠ってしまっていた。

 

 

 

 

新幹線を降りてからも乗り換えを繰り返す。

今回はアノ前回とは違い、地元民である宮水三葉という存在がいるのでテンポ良く着々と身に覚えのある悪戦苦闘の風景がチラホラと見えてくる。

 

やがて、もう忘れまいと記憶に焼き付けた町並みが姿を現す。

 

中心部に広がるシンボル的な深い湖。険しくも立派な山々。一面を塗りたくっている緑。そして、合体して一つになっているが、湖の隣に新しく出来上がった湖。

 

 

太陽が真上から落ち始めた昼過ぎ。

俺と三葉は帰ってきたんだ、糸守町に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「懐かしいなー。帰ってきたって感じがする。」

 

 

田舎特有の無人駅。

文字通り何もないし、屋根も気持ち程度。都会暮らしの瀧からすれば本当にこれで機能しているのかと毎度の疑問だ。

 

 

駅からバスターミナルまで歩く。

 

そこから見える景色は瀧も良く知っている馴染みのある通学路だ。

違うのは学校からの帰り道が存在しないこと。

その意味の通り、ここから湖の向こう側は跡形もなく何もない。

帰り道でいつも通った道。四葉の小学校。自作のカフェ。石垣の階段。宮水神社。そして三葉の家。全てが面影すら残さずに消えている。

 

 

しかし、だからと言って憂鬱な気分になるわけではない。その場所は湖の一部になり、ひょうたん型の新しい糸守湖になった。復興も進み緑も増えている。

自然の力と人間の力が合わさり、言葉にこそ絶対に出さないが少し神秘的に思えた。

 

 

 

「瀧くーん、こっちこっち!。」

 

しばらく呆然と湖の向こう側を眺めていたので、三葉から離れてしまっていた。

元の家と方向こそ同じだが、瀧の記憶にはない通りで三葉は手を振っている。つまりは今はそっちに実家があるということだと解釈して、少し急ぎ足で追い掛ける。

 

糸守町で一番栄えている南西部から北側に向かう。商店街を通り抜けると今度は田畑が広がり一面が緑に囲まれた場所を進む。

車が殆ど走らないので本来の役割を果たせていない道路を歩き、坂を上っていく。

道中に現れた分かれ道を右に進行し坂道に別れを告げると比較的に人の気配を感じられる、家と家の間がかなり空いた住宅地にたどり着いた。

 

周りを見回して見ると、頂上の高台にある役場が目に留まった。

 

「さっきの坂の終着点は役場だったのか。」

 

「うん、こっち側も前の家と同じで周りに何もないからなぁ。ここに住んどる人か用がある時しか通らんもん。だから瀧君も来たことないやろ?。」

 

「うーん。一回あったかな。元、四葉の小学校があった場所の裏側辺りか。…前は湖を囲うように町が存在してたけど、今はこっち側に集中してる。」

 

瀧の言う通り、現在の糸守町はひょうたん型となった糸守湖の西、南西、南、に人の波が集中して広がっていて、彗星の被害にあった北側はただの山地となり東側は山と滝があるままだ。

 

 

「瀧君。あそこが今の私の実家やよ。」

 

三葉の指差す方向に周りの家よりも数段立派な平屋が見えた。

隣にはあの頃の立派な神社とは程遠いがシンプルな鳥居と拝殿があり、宮水家なのだと俺は実感する。

 

 

ここに来る間の道中で糸守町の現状は大体把握することができた。

好きでいるのかも知れないが今だにプレハブ小屋で住んでいる人達もいる中、周りと比べるとこれだけ立派な平屋に住んでいるのは凄い。

一葉婆ちゃんはきっと町の復興を優先したのだろうけど町の人達が役場と宮水家を最優先にしたのだろうと推測した。心の拠り所として。

 

宮水家がこの町でどれだけの影響力と支配力を持っているのか、これだけでわかる。

 

 

 

武家屋敷を彷彿させる新宮水家に職業魂が唸り、中を巡ってみたくなる衝動に駆られるが。今は挨拶が先だと冷静を装う。

玄関の前に立ち、ツバを飲み込む。

 

「開けるよ?。」

 

引き戸に手を掛け、三葉は俺に顔を向ける。

二つ返事で答えると戸が横に移動し、中の様子が姿を現す。

 

三人で暮らすには有り余るくらいに綺麗に整えられた広い玄関が俺達を出迎えてくれた。

 

「ただいまー。」

「…おじゃまします。」

 

音色、音量ともにそれぞれ異なった声が家の奥へと響いていく。

すると「はいよ。」と悲痛なほどに懐かしく、けれども心地良い声が耳に入ってきた。

すたすたと上品な足音が段々と近付いてきているのがわかり、やがて声と足音の主が姿を見せた。

 

「おやおやぁおかえり三葉。そんでそちらが三葉の言っとった瀧さんやな?。いらっしゃい、ゆっくりしていき。」

 

 

「…婆ちゃん。」

 

「婆ちゃん?。」

 

記憶があるとはいえ、曖昧な感じだった。

三葉で見ていた記憶がこの瞬間、自分の中にスッと入り込んできた感覚だ。

会いたかったよ婆ちゃん。

 

 

あの頃と変わらず、自分の中にいた婆ちゃんは今も婆ちゃんをやっている。

当たり前だが、瀧はそれに感動し、溢れかえった想いが”お婆ちゃん”と言う言葉になって雫が一滴落ちたかのようにポロっと口から出てしまっていた。

途端に目頭が熱くなり、駄目だ駄目だと全力で堪える。

 

 

今の自分は立花瀧なんだ。懐かしさも、ましてや感動的な再会なんて許されない。

 

「あ、申し訳ありません。自分の祖母と酷似していたもので…。改めまして、三葉さんからお話を聞いていると思いますが。三葉さんとお付き合いさせていただいている立花瀧と申します。本日はお世話になります。」

 

営業の挨拶回りを参考に、この場で最も適切な言葉を出来るだけ柔らかくなるように述べる。

 

「あらまあ。」

 

と一葉さんは一言だけ言うと、変わらず微笑みながら俺を中へと案内してくれた。

お茶を淹れてくるから居間でくつろいでてと言われたので、お言葉に甘えて居間の座布団に腰を下ろし長旅の疲れを癒すことに。

 

障子の奥にある縁側に顔を向け、庭の景色を眺める。

 

 

吹き込んで来る薫る風、澄んだ空気、透き通った景色。

 

「これだよこれ。…この故郷って感じが良いんだよ。」

 

もっと近くで感じたくなり、縁側に移動する。

先ほどよりも更に風が空気が日向が瀧を包み込む。

 

「気持ち良い。」

 

人間にも光合成が出来るんじゃないかと疑問を持つぐらい気分が和む。

その場に座り込み足をだらんと伸ばしてこの空間を堪能していると後ろの方で物音が聞こえたので振り向く。

 

「すっかり馴染んどるなあ。」

 

盆に急須と二つの湯のみをのせて歩いてきた三葉が縁側でくつろいでいる瀧を見て和かに笑う。

 

座卓に盆を置いて、慣れた手つきで自分と瀧の分の湯のみにお茶を淹れ、三葉も縁側に移動してきた。

 

「はい、瀧君。」

 

「ありがとう三葉。」

 

手が触れ合う距離で瀧と同じく腰を下ろし、二人で流れ行く時を楽しむ。

何も喋らない沈黙。しかし気まずいなんて感情は存在せず。

そこはもはや語ることができない二人の領域だ。

 

 

 

 

 

二人は知らないが。

その間に玄関の引き戸が開き、二つの影が家の中に入って来ていた。

 

「送ってくれてありがとね、お父さん。」

 

「丁度通りかかったからな。じゃあ父さんは仕事が残っているから役場に戻るよ。」

 

中年の男性とツインテールが特徴的な少女。

男性は再び玄関を開けて外に出て行ったが少女は靴脱ぎ居間に移動する。

 

居間の襖付近で微笑ましそうに立っているお祖母ちゃんに少女は声を掛ける。

 

「どうしたのお祖母ちゃん?。お姉ちゃん帰ってきたの?。」

 

「お帰り四葉。ちょっと来て縁側見てみい。」

 

「なになに?。あっ、お姉ちゃんと、あれが…瀧さんかな?。」

 

縁側で二人仲良く並んで座っているその姿に何故か少女は目を奪われる。

きっとお祖母ちゃんも自分と同じ気持ちなのだろうと思い四葉は喋る。

 

「なんかすっごく絵になるなぁ。」」

 

「ムスビがな、二人を繋いでくれたんやさ。」

 

「それってお姉ちゃんが言っとった運命の相手ってやつやね?」

 

「さぁてな、ワシにもわからん。」

 

 

拝殿の方に行ってくると言って一葉は四葉を置いて歩いて行った。その後ろ姿はどこか楽しげで会いたい人に会えたと語っているみたいだった。

 

四葉にはその意味がまだわからず。

このままここに立って縁側の光景を眺めているのも良いかもと考えたが、邪魔しちゃ悪い雰囲気でもないから、声を掛けることに決めて二人に近付いて行く。

 

こうして、縁側に新たな一人が加わり。

午後のひと時が流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「瀧さんは糸守町見るの初めてなんやよね?。」

 

「そ、そうだな。初めて見たけど綺麗な湖だよね。」

 

「私が瀧君にいっつも糸守の話するから。ここの住民並みに詳しいんやよ瀧君は。」

 

なにかとボロが出そうになるが、その度にその場のノリで適当に切り抜けていく。

元々入れ替わっていた頃からお互いがわかっていることだが、両方とも意外に肝が据わっているのだ。

今更そんな危機的状況にはならない。

 

「ところで四葉ちゃん。四葉ちゃんのおとうさんはいつ頃帰ってくるのかな?。」

 

話題を変えようと瀧は四葉に訊いた。

 

「お父さん今日は帰ってこないんやって。泊まり込みで仕事するみたい。」

その結果、結構重要な言葉が返ってきた。

瀧はもちろんだが、隣にいた三葉も揃って四葉を驚きの目で見る。

 

「それホントなん!?。私聞いてなかったんやけど。」

 

「えっ?、お姉ちゃん知らんかったの?。てっきり知っとって瀧さん連れてきたんやと…。」

 

「違うわよぉ!。なんで黙っとったんかなー。」

 

「お父さんもしかしてお姉ちゃんの彼氏さんに会うの嫌なんやない?。」

 

 

「えっ!?。俺、あ…会ったこともないのにそんなに印象悪いの?。」

 

「あー違うから落ち着いて瀧さん。お父さんな。この頃お姉ちゃんの話するといつも悲しそうな目をするんやさ。」

 

四葉の言葉に瀧は反対方向にいる三葉に視線を向ける。

目が合った三葉は、少し視線を下げて申し訳なさそうに喋る。

 

「ごめんね瀧君。 それも踏まえて一日早く帰ろうとしとったの。」

 

「いや、俺は別に良いけど。三葉は大丈夫なのか?。」

 

内心。お義父さん娘さんとのお付き合いを認めてください的な人生のビッグイベントをしなくていいとホッと胸をなでおろす。

 

「うーん。仕事なら仕方ないからまた今度やね。」

 

少し残念そうに三葉が言う。

ここにきて、瀧の中で眠っていた記憶が浮き上がってきた。

それは三葉の父さんと三葉自身の関係についてだ。

二人の溝は塞がることができたのだろうか。

一緒に暮らしているとしか瀧は聞いていない。

三葉の最大の問題だから、今まで蓋をしてきたが、自分の知らない時間の間にどうなったのか。

後で三葉に聞いてみようと瀧は決意する

 

 

 

 

 

 

その時間は偶然にも直ぐにやってきた。晩ご飯の支度を始めた宮水家では、四葉と一葉さんがせっせと台所で料理をしていた。

三葉も手伝おうとしたのだが、四葉に案内ついでに瀧さんと町の散歩でもして来ないと言われ。

言われるがままに、俺と三葉は湖の側を手を繋ぎながら歩いていた。

 

他愛もない話をしながら、家では出来ない昔話もする。

あそこ懐かしいとかあの場所はと二人のかつての記憶を巡っていく。

ひと段落した所で俺は三葉に先程の疑問を訊くことにした。

 

「三葉、縁側の…おとうさんの話なんだけど。」

 

聞かれるのをわかっていた様子で、三葉は一度瞳を閉じると気持ちを整えて湖の先に視線を向ける。握る手の力も心なしか強くなったように感じた。

 

「…あの災害の後に直ぐにお父さんとお祖母ちゃん、そしてテッシーのお父さんを中心に糸守の復興作業が進められたって話は瀧君も知っとるよね?。」

 

「ああ、記事でも見たし三葉からも聞いたしな。」

 

「お父さん、糸守の為に相当無理して頑張ってくれてたんやて、町を変えようとしてたけど町を捨てることはできなかったみたい。二葉もこれを望んでいるって言ってお祖母ちゃんに頭を下げて謝罪も兼ねた協力をお願いして、私達との距離も不器用なりに取り戻そうと努力しとったし。徹夜続きでも必ず私達と朝ごはん食べとったし。」

 

「今の町長しか知らない俺からしたら信じられない話ばかりだぞ。でも、それなら何で今みたいな現状になってるんだよ?。仲直りできなかったのか?。」

 

「仲直りはできとるもん!、その証拠にずっとみんなで暮してたわけだし。ただ…。」

 

「ただ?。」

 

不意に三葉は立ち止まる。瀧は振り返り彼女を見たが、俯いているその顔からは表情が読み取れなかった。

 

「私も…あの時は、必死で記憶の中にある大切な何かの正体を探していたから。心に余裕がなかったんやよ。」

 

うつろに木霊したその声に。俺は気の利いた言葉も何も言うことはできなかった。

だってその信念にも等しい気持ちを俺も知っているから。

 

「そして曖昧なまま東京に出て。気付いた頃にはお互い微妙な距離感になっていたってわけか。」

 

その代わり、彼女のこと先の言葉を代弁した。

瀧のその言葉に、三葉はコクリと頷いた。

 

それで三葉は今日、父としっかり話そうと思っていたのだろう。

しかし運の悪いことに三葉のお父さんは仕事で帰れない。

本当に運が悪いのか、それとも…。

 

「瀧君と再会して幸せな毎日を送って。そしたらお父さんのことも理解できて。…ちゃんと向き合わなきゃ駄目なんやさ。」

 

顔を上げた三葉の目を見て瀧は思う。

三葉の真っ直ぐな目を見るのが好きだ。

普段の彼女とは違った力強い瞳。

どうにかして力になってやりたいと心の底からみなぎってくる。

 

「大丈夫、三葉の想いはきっと届く。俺達は時間も超えられたんだ、距離なんて軽く飛び越えられるよ。」

 

笑って三葉の頭をポンポンと撫でる瀧には、ある決心がついていた。

 

それを行う前に今はとりあえず。

 

「よし、家に帰ろう三葉。腹減った!。」

 

「うん!、そやね。」

 

腹が空いては何とやら。自分にそう言い聞かせると瀧は再び三葉の手を握り、家へと歩く。

 

糸守の空には美味しそうな匂いが漂い。帰宅した二人も目の前に広がる懐かしき晩ご飯に今は心を躍らせた。

一つの空席が目立ったが、誰も口にすることはなく。

四人で懐かしき食卓を囲んだ。

 




次回で完結です。
短編なのでね。w

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