人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話   作:赤雑魚

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彼はやっぱり卑怯だった

 全てを撃ち抜かんと、無数の矢が放たれる。

 

 紅き弓兵が放つ一撃は致死の威力と、なにより常軌を逸脱した精密性を併せ持つ。一度捕捉されれば逃げ切る事は不可能だ。

 

 その全てをマシュは大楯を持って防御する。

 

 英霊と契約することでサーヴァントの肉体を得た彼女はシールダーとして破格の力をもっている、放たれる弾丸を防御することは難しい事ではない。

 

 

 ―――だが。

 

 

「くうッ!?」

 

 だが、英霊の力を得たとはいえ、喧嘩すらしたことがなかった彼女では英霊の力を使いこなすには無理がある。十、二十と、幾重にも重なるように殺到する弾丸()はマシュをその場に釘付けにし、アーチャー自身へ近付くことを許さない。

 

「クソッ、間合いが遠い! あの野郎、面倒な戦い方をしやがって!」

 

 キャスターで召喚されたクーフーリンが悪態を吐く。

 ルーンの魔術を駆使して防いではいるものの、やはり防御に手一杯で防ぐことが出来ない。

 

 マスターを狙い、防御に徹するマシュを釘付けにし、ルーンで攻撃に転じようとするキャスターを魔術の発動前の段階で狙撃し妨害する。

 そんな二つの妨害を一度の射撃で同時に行っている。常人なら不可能な芸当だが、そこは弓兵(アーチャー)を名乗るサーヴァント。

 無理難題を苦もなく実行していた。

 

 完全にじり貧になっていた。

 

 マスターの魔力も無限ではない、此のままでは不味いとマシュの盾の影からマスターの藤丸立香が叫ぶ。

 

「キャスター! 宝具を使って!」

 

 キャスターとして現界したクーフーリンが持つ対軍宝具『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』。ライダー、ランサーとアサシンを容易く撃破した炎の巨人ならば、この状況を覆せるかもしれない。

 

 キャスターの宝具に僅かな希望を見出だすものの―――キャスター本人が使用を拒む。

 

「駄目だ!ここで使うと騎士王との戦いに使えなくなっちまう!」

 

 たしかにキャスターの宝具を使えばこの状況を動かせる。

 もしかすればアーチャーを倒すことが出来るかもしれない。

 

 だがアーチャーに勝つだけでは駄目なのだ。

 

 立香達は常勝の王と謳われた騎士王と戦い、勝利しなければならない。それがこの特異点を修正する絶対条件だ。

 たとえマシュの宝具で聖剣の一撃を防げたとしても、騎士王を倒せなければ意味がない。

 アーチャーを倒すことは、あくまでも過程であり目的ではないのだから。

 

 それにマスターの魔力にも余裕はない。

 

 比較的優秀な魔力回路を持つ立香だが、二人分のサーヴァントの全力を運用するだけの性能(スペック)は無いのだ。

 

 残り一回、魔力を振り絞って精々が二回。

 

 それが全力でサーヴァントの宝具を発動できる回数だ。

 

 ―――手詰まり。

 

 全員の頭の中にそんな言葉がよぎる。

 

 なにか1つでいい、この状況を動かせるだけの何かが欲しい。

 

 そう皆が考えたその時。

 

 唐突にアーチャーの射撃が、止んだ。

 

「なんだ······?」

 

 矢が尽きた―――訳ではないだろう。アーチャーの矢を生み出す姿を見るに、魔力が続く限り撃ち続けられる筈だ。

 

 再度、矢を構えたアーチャーを見て、ゾワリと鳥肌が立つ。

 

 距離のある場所からでもわかるほどに、その矢は禍々しかった。

 捻れた剣のような、イビツで禍々しい形状をしたその矢が宝具だということを、立香は直感的に理解する。

 

 それは全ての英霊が持つ切り札(ワイルドカード)。キャスターの炎の巨人のように、マシュが持つ大楯のように、紅いアーチャーは弓につがえた捻れた『矢』を宝具としているのだ。

 

 アーチャーが弓を引き絞る。

 

 不味い。

 

「先輩! 私の後ろへ!」

 

 マシュが叫ぶ。

 

 冗談のような精度を誇るアーチャーの射撃を回避することなど出来る筈もない。

 自分たちに残されているのはマシュの宝具を解放することだけだ。

 

 アーチャーの口が動く。 

 

偽―――(カラド)

 

疑似展開(ロード)―――』

 

 アーチャーがその宝具の真名を解放しようとした、その瞬間(とき)

 

 赤い弓兵の目の前に、()()()()()()()()()()

 

 あまりに唐突に―――ある意味、最も場違いな物体にアーチャーは目を見開き―――

 

『―――寸鉄魔(ペリルポイント)

 

 そんな呪文によって直径十数センチの鉄の塊は、轟音と共に炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ―――いきなり、いた。

 

 どうして気付かなかったのか。

 

 そう思えるほど近くに、彼はいた。

 

 爆破によって煙と土埃が舞うなか。キャスターと、マシュ・キリエライトと、藤丸立香から少し離れた洞窟の隅に、彼は存在していた。

 

 背はあまり高くない。適当に切った黒髪と夜を閉じ込めたような黒目。紺のジーンズに黒のパーカーという地味な服装をした男だ。場所が洞窟ということもあって少しだけ視認しにくいが、一般人が腰に刀を引っ提げたと表現できるようなチグハグな見た目だった。

 カルデアの職員を表すネームタグと首に掛けていなければ味方であることも分からなかっただろう。

 

「―――ヒズミさん?」

 

 誰の目に映ることもなく、耳に聞こえることもなく、気配を感じられることもなく、ただ当たり前のようにそこに存在した男を見て。マシュが戸惑った声を上げる。

 

 だがヒズミはマシュの声を無視して話し出す。誰かに向かって話し出す。

 

「爆弾には霊体にダメージが通るように魔術的な処理をした。『強化』による威力の底上げもしたし―――何より完全に不意打った筈なんだけどなあ?」

 

「······ああ、もう少し反応が遅れれば死んでいた」

 

 険しい表情を浮かべながら、砂煙の中から無傷のアーチャーが姿を現した。

 

「そんな······!?」

 

 愕然とした表情で、立香が呟く。

 

 至近距離で爆弾が爆発したのだ、いかに英霊といえども無事で済むはずがない。

 だがその異常な光景を目の当たりにしてもヒズミの余裕の表情に変化はない。

 

 彼はまるで防ぐことを知っていたかのように、ふてぶてしい態度でアーチャーを眺めていた。

 

「―――結局のところ、この聖杯戦争の真相は俺には分からなかった」

 

 彼は唐突に語りだした。

 まるでこの場にいない誰かに向けて話すかのように、なにかに対して朗々と語りだした。

 

「槍ニキじゃなくてキャスニキだったし、弁慶とかいたし、生存者は一人もいないし、七騎全てのサーヴァントが存在していたし。まあおそらくは聖杯戦争を完遂するまでもなくセイバーが聖杯を得たんだろう」

 

 チラリと、男はアーチャーに向き直る。

 

 その目に宿る底無しの闇を見て、アーチャーは思わず一歩下がる。

 

 世界に存在する、あらゆる黒を煮詰めたような、あらゆる無を凝縮したような、そんな底無しの闇が男の瞳に宿っているのを見てアーチャーは確信する。

 

 暗い。

 

 なんと、暗い。

 

 呑まれ、自我を跡形もなく消し去られそうなほどに暗い闇を見て、理解する。

 

 ―――こいつは、やるだろう。

 

 自分の目的の為に、他者を売り、他者を殺すだろう。

 たとえそれが赤子であっても躊躇うまい。

 

 利用価値。

 

 それを見出だせるなら、迷うことなく殺すだろう。一人でも、二人でも―――全人類であろうが殺すだろう。

 

「貴様は、何者だ。何を目的とする」

 

 簡潔に、質問を投げ掛ける。

 

 返答次第では、殺すしかあるまい。抑止の奴隷と成り下がったアーチャーにとって、この手の人間は間違いなく抹殺すべき対象だ。

 

 隠と陽を表す夫婦剣を投影し、いつでも戦闘を行えるよう構える。

 

 が、ヒズミと呼ばれた男は、武器を構えたアーチャーを見ても揺らがない。

 

「俺の名は鴻上ヒズミ、目的は―――人理の復元さ」

 

「人理の、復元?」

 

 外道が掲げるにはあまりにマトモな望みだ。

 反射的にヒズミの表情を窺うが、嘘を吐いている様子はない。

 

「騎士王が聖杯使って守ってる時代を修正するんだよ。それで狂った歴史は正常に戻り、冬木の惨状はなかったことになる」

 

「·······」

 

「可笑しいとは思っていたんだろ? なにせ聖杯戦争が終わる前に聖杯が現れたんだからな。正解だよ、その聖杯が全てを歪めている原因だよ。だからさ―――」

 

 ヒズミが嗤う。

 

 背筋に悪寒が走る。

 経験から、こいつは間違いなくとんでもないことを言うと確信する。

 

「―――協力して、騎士王を殺そうぜ」

 

「······なんだと」

 

「頼んでハイそうですかと渡してくれるならそれでもいいけど。たぶん無理だろ? ならサーヴァント三人でボコッた方が手っ取り早い」

 

 この男は何かが破綻している。おそらくは人として最も大事な何かが欠けているのだ。 

 

 僅かな思考の末、赤い弓兵は答えを出した。

 

「断る」

 

「ほおー、一応理由を聞きたいなあ」

 

「貴様の話は理解できたが信用できん。なによりその態度が気に食わん」

 

 剥き出しの敵意を叩きつけられ、「ひぇっ····」と声を漏らすが、依然として余裕の表情は変わらない。後ろにいる立花達の方向にチラリと視線を向け、再びアーチャーと向き直る。

 

「じゃあ、シールダーの女の子に最初から説明を·····」

 

「くどい!!」

 

「お、そうだな。じゃあ戦うか」

 

 アーチャーの一喝に動じる事もなく、あっさりと腰に差した刀を抜き放った。

 ゆっくりと剣を上段に構える姿を、アーチャーは注視する。

 

 特に歴史は無い刀剣だが、先ほどの手榴弾のように魔術処理が施され霊体への攻撃が有効になっている上、柄の部分が明らかに何らかの魔術礼装と化している。

 

 身体の重心移動や、呼吸法、果てには精神状態などから、武術に通じていることも見て取れる。

 

 なるほど、サーヴァント相手に生身で戦いに挑むだけの備えはしているようだ。

 

 だが若い。

 いかに勝算があろうとも、サーヴァントを相手に生身で挑むなど愚の骨頂。それが許されるのは追い詰められた最後の瞬間のみ。

 明らかに『無限の剣製』という宝具を持つこちらが有利だ。

 

 ヒズミとアーチャー、両者の間を沈黙が支配する。

 互いに僅かな油断が、決定的な敗北を招くことになるのを向かい合って理解する。

 

 ―――とにかく、よく観察する。

 

 剣の技で劣るとは考えてはいない。そう信じられるだけの修練を実戦の中で積み上げた。

 

 ならば警戒すべきは奴の切り札。柄に仕込まれた魔術礼装だが―――問題なし。

 投げ込まれた手榴弾をアイアスの盾で防いだように、必要な武具を投影する。それだけの対応幅が『無限の剣製』には存在する。

 なんなら剣を撃ち出し、魔術の立ち上がりを潰してもいい。

 どちらにしろ分はこちらにある。

 

 数秒か数分か、しばらくの読み合いの中―――ヒズミが、笑った。

 持っていた剣すらも下ろしてしまう。

 

「何だ、なんの真似だ」

 

「いやあ、やっぱ俺は魔術師なんだって思ってよ」

 

 そう呟く男を見て―――気付く。

 

 奴の影が揺らめき、アーチャーの影と繋がっていく。

 魔力の動きは感じられないなはずなのに、影はどんどん色を濃くしていき―――やがて色が闇と称せるほど黒く染まった瞬間―――

 

「チェックメイトだよ、正義の味方」

 

 足元から吹き出すように、漆黒の闇がアーチャーを呑み込み―――視界を封じられた彼の背後から強引に剣が刺し込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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