人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話   作:赤雑魚

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死界魔霧都市ロンドン
ハイドアンドシーク


 

 

 呼吸をするだけで蝕まれる死の霧が漂っている。

 もはやその街を出歩くような酔狂者はおらず、栄華を誇ったイギリスの首都は死んだように静まり返っていた。

 

 

 死界魔霧都市(ミストシティ)

 

 

 そう呼ぶにふさわしい。

 すでにロンドン内では大量の死者が続出し、政府や警察、果ては魔術協会ですらもまともに機能していない状態だ。

 

 すでに立香とは別行動を開始した上で、魔霧の入り込まない屋内へと退避は済ませた。

 現在は立香達が叛逆の騎士モードレッドを始めとするサーヴァントと遭遇し、今後の方針や予定を決めるのを待っている状態だ。

 

「ああ、わかった。それじゃ方針が決まり次第連絡をくれ。それまでは待機してる」

 

 通信を切る。

 

 外には異形の人型と機械仕掛け、姿の見えない殺人鬼。

 未だ戦うべき敵すらまともに定まらないというのが現状だ。

 

 何も知らない立香やカルデアの職員たちからすれば頭の痛い状況だろう。

 

「まあ、俺も例外じゃない……か」

 

 溜息を吐き、窓辺からロンドンの宙を眺める。

 道の先を見通すことすらままならない街の中で、それでも人理を滅ぼす光の円環は空の上に確認できた。

 

 あれがソロモンの宝具の一つ「誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの」とか言う対人理宝具だ。

 何億もの光帯で形成された円環であり、その一本一本が「約束された勝利の剣」並の熱量を誇るという冗談みたいな設定がある。

 そんなものを敵がいつでも撃てるという、控え目に言ってかなりヤバい状況なのだが―――しばらくは大丈夫だろう。ソロモン曰く、自分達も暇じゃないらしいので余程酷いミスをやらかさない限り狙って宝具を使われる事はないはずだ。

 

 とはいえ、それも魔術王のさじ加減次第だが。

 

 何かの拍子にソロモンの気が変われば、あっという間に殲滅されるだろう。

 きっと文字通り塵すら残るまい。

 

「ふん、辛気臭い顔だな。ヒズミ」

 

「……ほっとけ」

 

 まあ隕石がいつ落ちるか並みの事を考えるよりは、当面の問題である、こちらで受け持つことになった騎士王様のご機嫌取りの方が問題だろう。

 

 漆黒を基調に赤い血脈が走ったような鎧。凛冷とした顔立ちと、強者が放つ特有の覇気。

 

「·······」

 

 ああ、そうさ。

 

 確かに強いサーヴァントが召喚されればいいなと思っていたさ。

 

 どの特異点でも強大な敵がうようよしている以上、味方のサーヴァントが強いに越したことはない。

 だが最も危惧するべき事態はメフィストなどの味方を嬉々として殺しにかかる英霊を召喚することだ。対サーヴァント一級フラグ建築士たる藤丸立香は殺されないかもしれないが、俺はそんなチートは当然所持していないので即殺されることすらあり得る。

 

 だから召喚は立香に行わせるようにしていたし、事実として藤丸立香は強いサーヴァントを召喚した。

 

 アルトリア・ペンドラゴン

 

 黒い方である。

 

「はぁ……」

 

 あの立香(小娘)、とんでもねぇモン呼び出しやがった。

 

 確かに当たり鯖を召喚しろとは思ったが、それは呼び出しちゃ駄目でしょ。

 俺、この前あの人と殺し合ってたんですけど。無能とか玉無しとか言って散々侮辱して騙し討ちしちゃったんですけど。

 

 なんか特異点Fでの出来事を若干覚えてるような節もあるし、カルデアでも出会うたびに何かしら絡んでくるから苦手なのだ。

 

 あ、やべ。目ぇ合った。

 

 黙って沖田の後ろに隠れる。

 

「わ、マスター? どうしたんですか?」

 

 どうしたじゃ無いんだよ沖田さん。

 目の前に俺達がぶっ殺した王様が立ってることについて何も思わないのかね?

 特異点F攻略直後に召喚された為、そこそこ長い付き合いにはなるものの、やはりまともに剣を交えて死にかけた身としては苦手意識があるのだ。

 

「そう怯えるな。便の緩い小物とは言え、思わず喰い殺したくなる」

 

「ヒェッ……!」

 

 獰猛な笑みを浮かべるセイバーオルタにビビり倒していると、暖炉の側にあった椅子に、偉そうに座っていたジャンヌオルタが忌々しそうにアルトリアを睨みつけながら突っかかりだした。

 

「ちょっと、うちのマスターにボコボコにされたからって粘着するのはやめてもらえないかしら? 正直言って目障りだわ」

 

「……ほう、特異点では意気揚々と突っ込んできて返り討ち、特異点もろとも計画を潰された者の言うことは違う。非常に滑稽だな?」

 

「何ですってェ!」

 

「仲良くなれとは言わないから喧嘩すんなよォ!」

 

 オルタ二人と暴風と呪炎にさらされるこっちの身にもなってほしい。

 考えないといけない事は山ほどあるのに、こんなので悩み事を増やしたくない。すでにストレスでキリキリと痛み出した腹でこっちも色々と不味いのだ。

 下手すればようやく忘れられ始めたカルデアの脱糞王の渾名が復活してしまう。

 

「……っ! で、でもこの冷血女が!」

 

「馬鹿にされた気持ちは分かる! けど! そこをグッと抑えてください! 」

 

「なっ!? 馬鹿にされてるのはアンタでしょう! なんでアンタは怒らないのよ!?」

 

 だってカルデアの評判は事実だし。

 というか計画としてはこうなる事は想定済みなのだから、いまさら渾名程度で怒る気力も起きない。

 精々がちょっとブルーな気持ちになる程度だ。

 

「まあ事実だし……。 味方同士そう突っかかんなよ。 ほら、チョコあげるから」

「いらないわよ!」

 

 いらないと言いながら、チョコをひっ摑んだジャンヌが近くの椅子にドカリと座り込む。

 機嫌は悪そうだが、どうにか落ち着いたようだ。

 

「ところで、さっきからこの部屋に飛んでいる黒いモノはなんだ?」

 

 アルトリアの指が示す方向には蝶が飛んでいた。

 生き物と呼ぶにはあまりに無機質な、影から切り抜いたかのような蝶だ。

 

「ああ、それは俺の……魔術? みたいなもんだよ」

 

 黒い蝶々の正体は転生特典の「魔力放出(闇)」であり、魔術なのかは怪しいところだ。

 微力な魔力で闇を生成することができる能力なのだが、使い道が闇に隠れるくらいしかないため、いまいちパッとしない。

 

 どうせならもっと派手な力が欲しかったが、これはこれで重宝するために発動練習をしていたのだ。

 

 ある程度の効果を把握しているとはいえ、未だに闇の効果範囲は未知数なのだから、自身の能力を研究はしておくべきだろう。

 

 生み出した闇に、適当な形を取らせて動かすと言った感じの簡単なものだが。

 試しに手のひらから闇を生み出し、何匹かを蝶や鳥の形で飛び回らせて見せる。

 

「ほう、面白い。貴様が単独で特異点を動き回れたのはその力のせいか」

 

「逃げて隠れるのには向いてるからな。それ以上の役には立たんけど」

 

「ふん、自身の力を下げて評価するな。意味のない謙遜は貴様以外の者の価値まで下げる」

 

「……ああ、気をつける」

 

 アルトリアの言葉に少々驚いた。

 絡まれるあたり、なかなかに嫌われているのかと思っていたが。

 

「なんだ、その表情は。 私は価値のあるものは正当な評価を下す。叛逆の騎士モードレッドに対して貴様がとった行動に対してもだ」

 

 モードレッドとアルトリアが遭遇しないように別れた件の事を言っているのだろう。二人が出会って無事に済む光景が浮かばなかったので、多少無理を通して立香が連れてきたアルトリア・オルタを、特異点に入る前に仮契約して借りたのだ。

 

 立香のコミュニケーション能力があるとはいえ、ブリテンの騎士王と叛逆の騎士の邂逅はリスクが大きすぎた。

 

 しかし、ロマンに戦力は十分なんて言った手前、かなり不自然に立香に頼む形になってしまった。しかし何もしなければ、特異点攻略にてほぼレギュラーメンバーとして組み込まれているアルトリアは確実にロンドンでモードレッドと遭遇していただろうし、仕方ないと割り切るしか無いだろう。

 

「……まあ、運が良かったと思ってるよ。この調子で何事もなく進んでくれれば嬉しいんだが」

 

 本音の少し混ざった、当たり障りのない言葉。

 その言葉を目の前の騎士王は鼻で嗤った。

 

「なにか変なことを言ったか?」

 

「いやなに、ずいぶんと白々しい言葉を吐くものだと感心しただけだ」

 

 アルトリアの言葉に眉をひそめる。

 

 アルトリアが召喚されたのは特異点F攻略後、つまりオルレアン、セプテム、オケアノスの特異点を乗り越える中で、何度も戦場を共にしたことがある。

 

 彼女との仲は悪くはない、少なくとも険悪ではないはずなのだ。

 性質が反転したオルタ故に馴れ合うことはないものの、連携を取るといった形ではそれなりに付き合いがある。

 

 

 嫌な予感がする。

 

 

 俺が1度目の死を迎える前、狂った父親に襲われる前のような、あと一歩で全てが壊れてしまうという致命的な予感。

 

 

 

「ああ、貴様は疑われているぞ。 カルデアに、奴は人理焼却を成した者の手先ではないかとな」

 

 

 

 

 瞬間

 

 沖田が剣を抜き放ち、目の前にいた騎士王へと叩きつけていた。

 一瞬遅れて金属の擦れる音が鳴り響き、騎士王との距離が空く。

 

「なっ……!?」

 

 頬を伝い零れ落ちる赤いモノを見て、()()()()()()()()()と理解する。沖田がいなければ、おそらく首が飛ばされていたかもしれない。

 

「ほう、臆病者のマスターを持って腑抜けた訳ではないらしいな、人斬り」

 

「黙りなさい。仮契約とはいえ、主人に噛み付く狂犬風情が!」

 

 状況が理解できない。否、脳が理解を拒否している。

 

 頭を抑えて呻き声をあげる。

 おそらく最悪の状況だ。

 それも、俺が回避しようとしていたモノの中でも一番不味い。

 

『ヒズミくんのバイタルが乱れた! なにが起こったか状況を教えてくれ!』

 

「……立香から預かっているアルトリアに襲われた。 理由は俺が裏切り者である可能性が大きいから、だそうだ」

 

『な!? それは彼女の独断なのか!?』

 

 何を当たり前の事をと言わんばかりに騎士王が嗤う。

「何を驚く。 貴様らが言っていたのだろう。アイツは怪しいと、お前は信用できぬと。ならば処断するほかあるまい?」

 

「それは、本当なのか。 ……ロマン」

 

『それは私から話をしよう』

 

『待ってくれ! ダ・ヴィンチちゃーーー』

 

 ロマンを押しのけ、万能の天才が現れる。

 ダヴィンチの目を見て理解した。説得をすることも、場を濁して話を流すこともできない。

 これは疑いの目ではなく、すでに味方では無いものを見る目だ。

 

『時間もある訳ではないし、簡単に説明しよう。

怪しい点はいくつかあるがーーー特異点Fからロンドンを含め、君はあまりにも()()()()()()()()()()。まるで何が起こるのかわかっているようだったよ。

 

 

ーーーはっきり言って、君をただの味方として見るのは無理だ』

 

 

 

「…………俺は、お前達の、味方だ」

 

 呼吸が浅い。ストレスで頭がグラグラと揺れる。

 気を張っていないと今にも崩れ落ちそうだ。

 

 ダ・ヴィンチがどこか悲しそうに俺を見る。

 

『うん、ごめん。信じたいけど、信じられない』

 

「……そうか」

 

 そう言われたならば、そういうことなのだろう。

 もはやカルデアに俺の居場所は残されていない。

 

 だがーーーーーー

 

「この男の処断はどうする?」

 

『とりあえず、レイシフトを終わらせて拘束させてもらう。……それでいいね、ヒズミくん』

 

「ーーーいいや、この特異点だけはこなさせてもらう」

 

 ここだけは投げ出せない。

 

 死界魔霧都市ロンドン。

 

 特異点F、オルレアン、セプテム、オケアノスの四つの特異点とは一線を画す場所だ。

 特異点を破壊し尽くせるだけの圧倒的な魔力を持つサーヴァントとの連戦、そして何より魔術王ソロモン(黒幕)の出現。

 ロンドン時点で唯一、気まぐれで藤丸立香を殺すことができる圧倒的存在。

 

 物語における重要な分水嶺(ターニングポイント)

 俺の存在が原作に影響を与える可能性があるのなら、干渉できない場所で眺めることは許容できない。

 

 ダ・ヴィンチが呆れた風にため息をつくが、俺にだって譲れないものはあるのだから仕方ない。

 

『……君に選択肢は無いと思うのだけれど。 ……レイシフトを始めてくれ』

「だから嫌だって言ってんだろ」

 

 改造魔剣『隕鉄』を抜き放ち、闇を呼び起こし全身に纏う。

 生み出された漆黒は光を飲み込み、音を消し、熱すら隠し、魔力すら消沈させる。

 

 一時的とはいえ、誰もまともに俺の全容を把握できないし観測することはできない。

 

 何一つ例外はない、それは()()()()()()()()()()()だ。

 

『鴻上ヒズミの観測が不安定です! これではレイシフトが成立しません!』

 

『彼の固有魔術か! まさかシバからの観測まで躱すとは思わなかった』

 

「ならば魔術を使えぬように、一度ねじ伏せればいいだけだ」

 

「ッ!? マスター! 逃げてください!」

 

 騎士王の剣を沖田が割り込むようにして受けるが、魔力放出による一撃を防ぎ切れず吹き飛ばされる。

 

 壁をぶち抜いて倒れた沖田が立ち上がるが、すぐに表情を歪めて崩れ落ちる。

 沖田総司の剣は攻勢に発揮される、筋力の上回る相手に防衛は余りに不利だ。

 

 闇を使って逃げるにしても、直感持ちのアルトリアには分が悪い。

 隕鉄による自己強化で戦うのもやめた方がいいだろう。離脱が長引けば立香がサーヴァントを引き連れてくるはずだ。

 

 騎士王が爆発的に加速する。

 思考する時間がない。

 舌打ちしながら隕鉄で受けようとしてーーー

「なにを焦ってるのですか、らしくない」

 

 横合いから来た爆炎に騎士王が吹き飛ばされた。

 街並みを破壊しながら吹き飛んだ騎士王に呆然としながら、焔を放った者に目を向ける。

 

「……お前は、裏切り者に味方するのか?」

 

 俺の言葉に不機嫌そうな顔でジャンヌが答える。

 

「私のマスターはカルデアではなく貴方よ、それはそこの剣士も同じでしょう」

 

「マスター……! 早く逃げてください!」

 

「……時間くらいは稼ぎます。 はやく自分のサーヴァントを連れて行きなさい」

 

 ジャンヌが騎士王が吹き飛んだ方向を見据える。

 視線の先には漆黒の剣士が、獰猛な笑みで立ち上がっていた。

 

「……すまん、任せる」

 

「さっさと行きなさい。貴方にはやる事があるのでしょう?」

 

 相変わらずな態度に苦笑する。

 だが今は、そんな不遜な彼女が頼もしい。

 

「礼は必ずさせてもらうよ」

 

「ええ、たっぷりと絞り取らせてもらうわよ」

 

 隕鉄によって身体能力が引き上げられていく。

 崩れたままの沖田を抱え、蜘蛛が巣を張るように闇の範囲を拡大していく。

 

 ここはロンドン。

 毒性があるとはいえ、霧にあふれたこの街は潜伏するには最高の条件だろう。

 

 まずはこの場から逃げ切ること。

 

 それだけを考えて、俺は死の気配の満ちた魔霧に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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