人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話 作:赤雑魚
彼は全てを犠牲にした
―――レフのテロから生き残る。
ただそれだけの為に入念な準備を重ねてきた。
カルデアの研究などの重要なタイミングでいつもトイレに向かい、トイレに行く違和感を無くした。
―――そのせいで減給された。
トイレに行くだけの理由を作るために、職員達の前で何度も脱糞とお漏らしを繰り返した。
―――カルデアでの渾名がウンコ垂れになった。
コフィンの中でも普通に出したし、食堂でもやった。社会的地位に人としての尊厳等、あらゆる大切な物を犠牲にして、この状況を作り上げた。
白い目で見られるようになったし、何度も消えてしまいたくなったがそれをやりきった。
お蔭でレフに怪しまれずに離脱できた筈だ。
今頃所長は怒り狂っているだろうが、そんなことは関係ない。世の中生きてる人間が勝ち組である。後はレフがテロるのを待つだけだが、俺は油断しない。
まだレフが直々に殺しに来る可能性が残っている。爆破テロのあとロマンが生きていたので、その可能性は少ないだろうが、僅かな可能性も全力で潰させてもらう。
「目指すはもっともカルデア内で遠い男性トイレ―――その隣!」
女性用のトイレに駆け込み、さらに個室ではなく清掃用具の入ったロッカーの中へ飛び込む。
尊厳? プライド? なにそれ食えんの?
変に意地を張ってあっさり死ぬことこそが俺にとっての最悪なのだ、それを避けるためならば俺は女性用トイレに引きこもる事すら躊躇しない。
さっきから何度も俺の名を呼ぶアナウンスが入るが、俺はその一切合切を無視し続ける。所長が怒り狂っているだろうが、何度も怒られ続けて慣れた俺はなんとも思わない。
レイシフトを行わない職員が探しているだろうが、まさか女性用トイレの清掃道具のロッカーに潜んでいるとは思うまい。
俺はそんな頭を使った場所に隠れるほど頭のいい人間だと思われていない。常に鼻くそをほじって食い、上司の命令を何度も聞き間違え、挙げ句の果てに公衆の面前でウンコを垂れる無能、それが俺だ。
見つけられるなら見つけてみろ、俺はここにいるぞ。すでに俺の評価は最悪。渾名に女子便覗きが追加されようとも痛くも痒くもないぜ。
―――俺の戦いはまだまだこれからだ!
◆◆◆◆◆◆◆
カルデア内に緊急事態を知らせるアナウンスが響き渡る。
それは世界の終焉を知らせる滅びの音にも聞こえたし、人理修復の物語が始まる合図にも聞こえた。
「·······始まったか」
仕方無い。まったくもって不本意ではあったが女子トイレから出ることにする。出るタイミングでオペレーター嬢と出会ったが気にしない。
何かを失った感覚の中で冷静に考える。
恐らくレフはもういない。
ならば次の段階に移行するべきだろう。人理が焼却されたのならば、サーヴァントが簡単に召喚できるようになっている筈だ。
一旦自室に戻る。
俺はこれから冬木へとレイシフトをする。その為の装備を整える為だ。その身一つで聖杯戦争の現場に突入するのはさすがに無謀だろう。そんな状況で生き残れるのは圧倒的主人公補正を持った新人マスター藤丸ちゃんくらいのものである。
部屋に入り、ぐるりと見渡す。
カルデア魔術礼装、黒鍵、魔術スクロール、日本刀(改造済み)、グレネード一式、銃火器一式(魔術処理済み)、中性洗剤爆弾、回復ポーション擬き等、自室で見られないのを良いことに大量の武器が散乱している。
大半のものがカルデアに持ち込むことを禁止されているので運び込むのに苦労した。
ぶっちゃけこんだけあれば軽くカルデア職員を皆殺しに出来るくらいの戦力はあるので、たぶんこの部屋がバレれば即刻カルデアから追放されるだろう。
まあそんなことは今さらなので問題ない。時間に余裕がある訳ではないのでさっさと持っていくことにする。
「これと、それと、·······あとはこれだ」
装備を整え、最後に壁に立て掛けてあった日本刀を手に取る。
とりあえず魔術的な結界をぶった斬れるくらいには古い歴史を持つ刀なのでカルデアに持ち込んだのだ。
他にも理由があるが、とりあえずゴルフバッグの中にしまって背負い、部屋を出る。
歩きながら腕についている通信端末を起動すると画面にオペレーター嬢の姿が映る。いつも笑顔のなはずの彼女の表情は俺を見た瞬間に無表情へと変化した。
何故だ、この娘とはなにもなかった筈だ。俺がウンコを漏らした時も苦笑しながら替えの服を持ってきてくれた彼女に何があったんだ。
『······何かご用でしょうか? ······女子便覗き魔』
······そういや、女子トイレから出てくるの見られてたわ。こらあかんわ。
「······ああ、ロマンに代わって貰いたいんだが」
『無理です、ロマンさんは特異点でのマスターの藤丸さんと通信なさっています』
痛い、オペレーター嬢の素っ気ない対応が痛い、なんというか胸に刺さる。でも見下した感じの視線がちょっと気持ち良い。
また一つ人の繋がりと言う大切なものの喪失を噛み締めていると、ロマンがオペレーター嬢と交代した。ロマンと交代する間際、彼女の口から舌打ちが聞こえるの俺は見逃さなかった。
『ごめんね、ヒズミ君、さっきまでマシュ達と通信していて手が離せなかったんだ』
「ああ、大丈夫だよロマン、俺は大丈夫だから」
『ちょ······どうしたんだヒズミ君!? 泣いてるのかい!?』
泣いてなんかない。これは心の汗が目から染み出ただけなのだから。
「そんな事はどうでも良い。 ロマン、状況は理解している。 俺も非常用のコフィンでレイシフトさせてくれ」
『·······わかった、じゃあ急いでコフィンに向かってくれ』
「いや、もう入っている」
『はやっ!? どうしたんだ、普段はウンコ垂れな君が、いつになくアクティブだよヒズミ君!!』
「やかましいわ」
軽口を叩きながらも仕事はしているようで、ヴゥンとコフィンが起動する音が聞こえる。
―――始まる。
人理修復に向けた過去最大の聖杯戦争が。原作準拠で進めたい所だが俺と言う
身体が震える。
父親に殺された時のような暗い死の感覚が甦る。
目を閉じる。前世の親ではなく、現世の両親を思い浮かべる。学校入学、卒業、カルデアに就職したこと等、俺の成長を自分のことのように喜ぶ両親を思い出す。
―――不思議と震えは収まっていた。
『それじゃあ準備は良いかい? 君には新人マスターの立香君達と合流してもらえるように彼らの近辺にレイシフトしてもらう』
「·······待ってくれロマン、いきたい場所がある」
『······まさかトイレかい?』
「違う、そうじゃない」
レイシフトは移動場所をある程度指定できる。ならば全力で生き残るために行動するならば、やることは決まっている。
「―――冬木の街に大きな屋敷はないか? 衛宮っていう姓なんだが」