人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話 作:赤雑魚
日が落ちて暗くなった街の外れ、俺は夜空を見上げていた。
人工の灯りや視界を遮るビル群が存在しないこのフランスでは満点の星空を見ることができた。
宝石のような星々が黒のキャンパスに散らされたそれはとても美しいものに見えた。
人類の危機とはあまりにかけ離れた光景に、思わずここが特異点の中だということを忘れてしまいそうになる。
「………ッチ」
「············」
強烈な殺気を撒き散らしながら舌打ちをする女さえいなければの話だが。
チラッと横に視線を移す。
短く切られたくすんだ金髪と病的なまでの白い肌、憎悪と憤怒に彩られたかのような漆黒の衣装が特徴的な小柄な少女が座って焚き火の炎を眺めていた。
何を隠そう、ジャンヌオルタその人である。
現在は両腕を縛られ、木に寄りかかっている。
別に深い事情があるわけではない。
遭遇したジャンヌオルタとサーヴァント軍団を倒して捕獲しただけである。
順を追って説明しよう。
カルデアでは令呪を一画回復するのに1日の時間を要する。
休息して三日、優先的に令呪を回復された俺は藤丸立香の令呪が回復するまでの間、フランスの特異点の偵察役として送り込まれたのだ。
藤丸立香が到着するまでの三日間、派手に行動を起こすつもりのなかった俺は戦力を整えようとフランス中を駆け回った。
弱体化しているジャンヌを確保し、半壊した城で動けなかったジークフリートを発掘し、市民を守っていたゲオルギウスを見つけ出し、聖人二人にジークフリートに掛かった呪いを解呪して貰うことですまないさんを復活させたのだ。
そして令呪が回復した立香達と合流。
出没するワイバーンの群れを倒しながらオルレアンに進んでいるとサーヴァントを連れた竜の魔女に遭遇。
竜の魔女がモノホンのジャンヌを見て変なテンションになっている所を見計らい、立香に令呪を切らせて『約束された勝利の剣』を速射させた。
先手必勝、開幕カリバー。
たとえ警戒していたとしても防ぐことが難しいのがアーサー王の対城宝具だ。それが令呪によって速射されたものなら尚更である。
敵のサーヴァントであるヴラド、カーミラ、デオンの三名は為す術なく消滅。唯一防御宝具を持つマルタが盾代わりに大鉄鉱竜タラスクを呼び出したが完璧には防ぎきれず全身に火傷を負った所を沖田が始末した。
ようやく戦いが終わった、第三部完と思った矢先に白目を向いて気絶するジャンヌオルタを発見。
おそらくマルタが防いだものの、極光の斬撃による衝撃波で気を失ったのだろうと当たりをつけて始末しようとしたところ、The善人であるところの藤丸立香が物申した。
勝敗は決まったからすぐに殺すのはどうかと云々。
俺はさっさと殺したかったのだが、マスターを立てるサーヴァントの鑑であるアルトリアさんが話を聞いてからでも遅くはないと賛成、ついでにマシュも賛成、あとロマンも賛成。
竜の魔女の正体が気になる白ジャンヌも賛成し、元気になったジークフリートもすまないと言いながら賛成。
一人で少女を殺すとゴネる男ほど醜い存在もないし、なによりサーヴァントの皆さんに逆らう勇気もあまりないので俺も渋々頷く結果となった。
そうとなれば話は早い。ダヴィンチちゃん特製の『狂った魔獣が暴れても大丈夫』らしいワイヤーロープで拘束。霊体化には効果がないので目を覚ましたジャンヌオルタに逃げようとしたらぶっ殺すと念を押して現在に至る。
…………うむ。
面倒臭いことになってきた。
邪竜百年戦争オルレアンというのが今回の特異点である。
そもそも特異点を作り出したのは散々フランス中の話題となっていた黒ジャンヌではなく、その第一の手下であるCoolな旦那ことジル・ド・レェだ。
カルデアの目的は聖杯を回収し、歴史を変えるほどの現地の問題を解決すること。
早い話、今回は竜の魔女とジル・ド・レェを殺害すればいい。
そして竜の魔女は聖杯によって生み出された贋作英霊であり、おそらく現在は竜の魔女自身が聖杯を所持している。
つまりここで竜の魔女を殺せば目的の半分以上を達成することができる。
ジル・ド・レェの都合の良いように記憶が改竄されている上に、聖杯が竜の魔女を成り立たせているのに力を割いているからか、聖杯の力も不完全なようだし、これ以上のチャンスはないのだ。
俺としては使い道が少なそうなソロモン式聖杯には興味がないので、さっさとセイバーにカリバってもらい竜の魔女と一緒に吹き飛ばせばいいとまで考えていたのだが―――普通に生きていたのだから困る。
ジャンヌを殺して聖杯を回収したいが、立香達や騎士系サーヴァントもいるので手を出せない。いつの間にかマリーとアマデウスも増えているし。
とりあえず竜の魔女の本拠地らしいオルレアンの城へ向かってそれとなく誘導してはいるが原作から大きく解離してるし、どうなるかわからないというのが現状だ。
「……何見てんのよ」
「……別に」
どうやら眺めているのに気付かれたようで、チンピラみたいに睨み返してくる竜の魔女からそっと目を逸らす。
だが流されたのが気に食わなかったのか彼女が絡んでくる。
「目ぇ逸らしてんじゃないわよ。ビビッてんの?」
こいつ、めんどくせぇ。
チンピラかよ。
「……お前、急に喋るようになったな」
ジャンヌとアルトリアが居たときは絶対に口を開かなかったくせに。なんで俺が見張ってる時だけ絡んで来るんですかね?
もしかしなくてもアレですね、俺が完全にナメられてるってことなんですね。わかります。
一応、霊体化しているとはいえ沖田やジークフリート達もいるのだが。
「ハッ! なんで私がアンタ達の都合に合わせて話さなきゃならないのよ。仲良しごっこは内輪だけでしてもらえる?」
吼えるねぇ。
捕虜にしては随分と強気なものである。
まあ実の所、黒ジャンヌにしてみればそこまで切羽詰まった状況というわけでも無いのだろう。
イカれているが戦の天才ジル・ド・レェもいるし、固有スキルの『竜の魔女』もあった筈だ。いざとなればワイバーンを大量に呼び込むくらいは出来るだろう。殺されていないならどうとでもなるといった所だろうか。
「……まあ上手くやろうぜ? チョコ食う?」
「ナメんな!」
黒ジャンヌの怒りと共にお近づきの代わりに差し出したチョコが一瞬で燃え尽きる。
苛烈すぎる対応に呆然としていると、追い打つように俺の顔に唾を吐き掛けられた。
トロリとした唾液が頬を伝う。
「…………」
絶句と言うのだろうか。次に続く言葉が出てこない。
何も言えずにいる俺を見て怯えたと取ったのか、ジャンヌが勝ち誇ったように嘲笑う。
「ムカつくのよ、その他人の顔色を窺うずる賢い目付きが。私を火炙りに追い込んだあの男とそっくりで殺してやりたくなるわ」
顔をハンカチで拭いながら考える。
なるほど、どうやら竜の魔女は俺がピエール・コーションに似ていたのが気に食わなかったらしい。
だがそれはあくまで俺が生き残るための生存戦略であって、別に好きで他人の顔色を窺っていたわけではない。
俺はできる限りの譲歩をした筈だ、にもかかわらずこの仕打ち。
水洗便所の如く清い心な俺を持ってしても少しばかりぶちギレている。
よろしい、ならば戦争だ。
うんこたれが竜の魔女と静かに向かい合う。
カルデアの端末から鳴らされる非常警報とゆらゆらと揺れる焚き火の炎が、不吉な未来を示しているかのようだった。